第92話 Commando Kelly

 小島のテロリストは、ものの数十分で、フランス軍が鎮圧した。

 そのまま居座る。

 国際社会はフランスの対テロ戦争は支持したものの、駐留には反対した。

 猛反対したのは、アメリカであった。

 可愛い子分が、フランスに奪われそうなのだ。

 早速、動く。

 国際緊急経済権限法をフランスに適用したのである。

 国際緊急経済権限法が施行されたのは、1977年10月28日。

 その後、以下の国々が適用されている。

・イラン   (1979~ アメリカ大使館人質事件とその後の支援行為により)

・ニカラグア (1985~1990 FSNLサンディニスタ民族解放戦線の為)

・南アフリカ (1985~1991 分離アパルトヘイトの為)

・リビア   (1986~2004 テロ国家の為)

・パナマ   (1988~1990 マヌエル・ノリエガ軍事政変)

・イラク   (1990~2004 クウェート侵攻)

・クウェート (1990~1991 イラクによる占領期間のみ)

・ハイチ   (1991~1994 軍事政権に対して)

・セルビア・モンテネグロ(1992~2003年 セルビア人民族主義者派後援)

UNITAアンゴラ全面独立民族同盟(1993~2003年 国連平和維持活動への干渉)

・ミャンマー (1997~2016 民主主義的活動の抑圧)

・スーダン  (1997~2017 人権侵害やテロリズム支援の為)

・リベリア  (2001~2004 NPFLリベリア国民愛国戦線に対して)

・シエラレオネ(2001~2004 人権侵害の為)

・ジンバブエ (2003~ 民主主義制度を損なった為)

・シリア   (2004~ テロ支援の為、又その後の人権侵害の為)

・ベラルーシ (2006~ 民主主義的な制度弱体化の為)

 ……

 反米国とは言い難い国に行うのは、今回が初めてだ。

「日本の次は、フランスか? 糞ったれ!」

「大統領、現地の軍を動かしましょう」

 トランシルバニア王国には、米軍が駐留している。

 北欧諸国      :駐留米兵:内容

 トランシルバニア王国:1千人  ;軍事同盟

 ノルウェー(*1) :669人 :NATO軍北方司令部要員

 スウェーデン(*1): 15人 :MOU了解覚書、防衛協力協定

 アイスランド(*1):  2人 :NATO軍による航空監視任務

 北欧諸国の分類は、資料によって異なる為、今回は、『ザ・ワールド・ファクトブック』に基づき作成している。

 軍事同盟に基づき、兵を動かすのは、簡単だ。

 然し、下手すれば、フランスと直接対決しなければならない。

 米仏は、相互防衛援助条約を結んでいる程、軍事的な結びつきが強い。

 同盟国との衝突は、トム・クランシーの『日米開戦』の様な架空作品であるものの、現実世界に於いては中々無い。

 あっても、中立条約を反故し、満州に侵攻したソ連が近い事例だろう。

 「いや、交渉で経済制裁と交渉で解決しなければならない。核戦争になるかもしれんぞ?」

 ボナパルトは、元軍人だ。

 流石に理性ある人物と思いたいが、この様な侵略行為をする以上、戦争屋である可能性も十分にあり得る。

 人権派の大統領は、何としても戦争は、避けたかった。

 中国やロシア、そして日本との関係が悪化する中、フランスまで険悪になるのは、避けたい。

 閣僚達は、内心で唾棄する。

(腰抜けめ)

 軍需産業の縮小化や銃規制を進める大統領を、当初、左派系の閣僚は、賛成していたが、蓋を開けてみれば、予想以上に動かない。

 外交も全てオンラインで行い、最近では、認知症を発症したのか、反応が鈍い。

 時々、涎を垂らしていたり、居眠りする等、大統領とは思えない行動を連発しているのであった。

 その為、副大統領派は、第25条を理由に昇格を狙っていた。

 ―――

『第1節

 大統領の免職、死亡、辞職の場合には、副大統領が大統領となる。

 第2節

 副大統領職が欠員の時は、大統領は副大統領を指名し、指名された者は連邦議会両院の過半数の承認を経て、副大統領職に就任する。

 第3節

 大統領が、その職務上の権限と義務の遂行が不可能であるという文書による申立てを、上院の臨時議長及び下院議長に送付する時は、大統領が、それと反対の申立てを、文書によりそれらの者に送付する迄、副大統領が大統領代理として大統領職の権限と義務を遂行する。

 第4節

 副大統領及び行政各部の長官の過半数又は連邦議会が法律で定める他の機関の長の過半数が、上院の臨時議長及び下院議長に対し、大統領がその職務上の権限と義務を遂行する事が出来ないという文書による申立てを送付した時は、副大統領は直ちに大統領代理として、大統領職の権限と義務を遂行するものとする。

 2

 その後、大統領が上院の臨時議長及び下院議長に対し、不能が存在しないという文書による申立てを送付した時は、大統領はその職務上の権限と義務を再び遂行する。

 但し、副大統領及び行政各部の長官の過半数、又は連邦議会が法律で定める他の機関の長の過半数が、上院の臨時議長及び下院議長に対し、大統領がその職務上の権限と義務の遂行が出来ないという文書による申立てを4日以内に送付した時は、この限りでない。

 この場合、連邦議会は、開会中でない時は、48時間以内にその目的の為に会議を招集し、問題を決定する。

 若し、連邦議会が後者の文書による申立てを受理してから21日以内に、又は議会が開会中でない時は会議招集の要求があってから21日以内に、両議院の3分の2の投票により、大統領がその職務上の権限と義務を遂行する事が出来ないと決定した場合は、副大統領が大統領代理としてその職務を継続する。

 その反対の場合には、大統領はその職務上の権限と義務を再び行うものとする』(*2)

 ―――

 今回の場合は、第3節でいけるだろう。

 尤も、大統領は高齢の為、任期中に急死する可能性もある。

 今期中に選挙を経ずに副大統領が昇格した場合、ニクソン辞任でフォードが成った時以来、10人目になる。

 然も、副大統領は、女性。

 正攻法ではないが、女性が大統領になるのは、アメリカ史上初の事だ。

 フェミニストを含めた左派の一部が、密かに大統領の早逝を願っているのであった。


 2021年12月1日夜。

 俺の携帯電話が鳴った。

「はい?」

『済まんな。夜分遅く』

「えっと……どちら様で?」

『非通知』と書かれている為、相手の素性が分からない。

 防犯設定で、非通知は着信拒否される様にしているのだが、それを掻い潜るとなると、相手はハッカーなのかもしれない。

『アドルフだよ』

「え?」

『まぁ、信じられないだろうな。天皇から教えて頂いた諺に則れば、「論より証拠」。御見せし様』

「?」

 困惑していると、画面が勝手に切り替わり、アドルフが映し出される。

「!」

 俺は、寝台から飛び起きて、正座した。

「陛下?」

「ううん? パパ?」

 シャロンが、起きた。

 オリビアも欠伸あくびをしつつ、起き上がる。

 2人共夜着の胸元がはだけた為、慌てて、俺が毛布で隠す。

「パパ?」

「勇者様?」

「陛下だよ」

「「?」」

 2人は、ゆっくりと、画面を見た。

 そして、

「「!」」

 雷に遭ったかの様に固まる。

「……」

 シャロンは、ふっと気絶し、オリビアは俺同様、正座した。

「陛下、申し訳御座いません。気付かず―――」

『良いんだよ。時差を考えなかった僕の方が悪いんだから』

 トランシルバニア王国と日本は、約9時間の時差がある。

 時計を見ると、現在午前0時過ぎ。

 トランシルバニア王国では、午後3時過ぎだ。

 御優しい陛下がこちらの都合を考えずに電話を下さるのは、それ相応の理由がある筈だ。

 眠気が一気に覚めた俺は、夜着の皺を直しつつ、

「陛下、御用件は、何でしょうか?」

『うむ。単刀直入に言おう。君に又、国を救って頂きたい』

「「!」」

 今度は、オリビアが尋ねた。

「陛下?」

『国家の一大事を自前で対応出来ないのは、残念な事だが君は、外国人でありながら、我が国の国家公務員という特殊なポジションだ。君が動けば、我が国の恥は、少ない』

「……」

『我が国に着き次第は、政変に参加しなかった王宮警察や国軍、突撃隊、親衛隊が君の下に入る』

「……兵隊をお貸し下さるんですね?」

『恥ずかしい事に君程の適任者は居ないからな―――』

「私は、嫌ですわ」

 オリビアが、俺に抱き着く。

 そして、アドルフを睨んだ。

「幾ら勅令と雖も、勇者様は、新婚。然も、外国人ですわ―――」

『そうだな』

 アドルフも理解を示す。

「だったら―――」

『でも「十戒」に反する事になるぞ?』

「う」

 思わず、オリビアは、顔を顰めた。

 綺麗な顔が、台無しだ。

 俺も思い出す。

 騎士の称号を得た際、宣誓書に以下の様な文言が書かれていた。

 ―――

『第1の戒律[汝、須らく教会の教えを信じ、その命令に服従すべし]

 第2の戒律[汝、教会を護るべし]

 第3の戒律[汝、須らく弱き者を尊び、かの者たちの守護者たるべし]

 第4の戒律[汝、その生まれし国家を愛すべし]

 第5の戒律[汝、敵を前にして退くことなかれ]

 第6の戒律[汝、異教徒に対し手を休めず、容赦をせず戦うべし]

 第7の戒律[汝、神の律法に反しない限りにおいて、臣従の義務を厳格に果たすべ

       し]

 第8の戒律[汝、嘘偽りを述べるなかれ、汝の誓言に忠実たるべし]

 第9の戒律[汝、寛大たれ、そして誰に対しても施しを為すべし]

 第10の戒律[汝、いついかなる時も正義と善の味方となりて、不正と悪に立ち向

       かうべし]』(*3)

 ―――

 19世紀から続く歴史の浅い騎士制度で21世紀の今、それは、死文化している。

 然し、騎士になった以上、契約は有効だ。

「……」

 オリビアは行かせたくない様だが、宣誓書に署名した以上、遂行しなければならない。

 まぁ、それがなくても国家公務員だから、騎士になっていなくても、働くんだけどな。

「分かりました。早朝、そちらに向かいます」

「! 勇者様?」

『早いな。頼んだ身としては、何だが、数日以内であれば―――』

「陛下、御言葉ですが、死者が出た場合、最悪、内戦になりかねません。身内同士の殺し合いは、避けたいでしょう?」

『……そうだな』

 多くのドイツ系の王族は、反乱軍に怒りを覚えているに違いない。

 政変を起こされ、人質になっているのだから。

 人質生活が長引けば長引く程、ストレスが溜まり、その分、フランス系に憎悪が向きかねない。

「メンバーの方は、こちらで選抜させて頂きます」

『そう、か?』

 アドルフは、不満げだ。

 自分が信頼している兵士達が、信頼されていないのに、その反応は当然だろう。

「陛下、申し訳御座いません。陛下の信任ある兵士の中には、裏切者が居る可能性もある為、敢えて、自分が選抜したいのです」

『そうか。それなら仕方あるまいな』

「有難う御座います」

 頭を下げる俺。

 その目は、オリビアに見せられない位、恐ろしかった。

 《コマンドー・ケリー》ならぬ、《コマンドー・ブラッドリー》の復活である。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:合衆国憲法修正第25条 1967年2月10日確定 一部改定

*3:レオン・ゴーティエ 『十戒』 1884年

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