第89話 ♨

 黒幕は、モサドの協力もあって直ぐに判明した。

「あのペドフィリアか」

「こいつ、嫌い」

 シャロンは、カリオストロの写真に唾を吐いた。

 アメリカの犯罪史上に名を残すくらい闇が深い、ジェフリー・エプスタイン事件(王族などの有名人が関わった児童買春事件)に、カリオストロは大きく関わっている。

 アメリカでもその疑惑は大きく報じられ、カリオストロは全米一、評判が悪い王族だ。

 王族にも関わらず、アメリカに入国出来ないのは、ナチス突撃隊将校だった事を理由に、アメリカを始めとする多くに国々から元首又は外交官待遇を拒否されたクルト・ヴァルトハイム(1918~2007 オーストリア 大統領 1986~1992)以来の事だろう。

 洗えば洗う程の醜聞の総合商社だ。

 パナマ文書に名を連ねているのは、勿論、性的な写真まで出るわ出るわ。

 中には、反社会的勢力とのパーティーでナチスの親衛隊の仮装をしている写真もある。

 何時行ったのかは不明だが、イギリスの王子が同様の事を行って、相当叩かれた事がある為、若し、表沙汰になれば大騒動になる事は間違い無い。

 スヴェンも怒っていた。

「糞野郎が」

 彼女は反ナチスだ。

 ヒムラ―の娘であり、戦後は、ネオナチに傾倒していったグドルーン・ブルヴィッツとは対照的である。

 ナタリーもスヴェン程ではないが、不快そうだ。

 戦後、ドイツはナチズムから脱却する為に戦う民族主義を採用して迄努めている。

 それでも、こういう事で、再び世界からナチスが注目を浴びるのは、当然、国際的イメージの低下を懸念しているのだろう。

「そっちは、如何するんだ?」

『そりゃあ殺したいわよ。でも、地位が問題よね』

「まぁな」

 醜聞の多さから、王位継承権は剥奪されているが、腐っても王族だ。

 方法次第では、逆にこちら側が危険に遭う可能性もある。

「奴に持病は?」

『特に無いわ』

「じゃあ、心臓発作が妥当かな。スヴェン、本国の突撃隊に報告書を送れ」

「は」

 突撃隊は言わずもがな、親衛隊と並ぶ準軍事組織だ。

 ナチスの同名の組織との連続性や関連性は無い。

 王党派の意見を借りれば、「こっちが、オリジナル」なそうだ。

 親衛隊だけでは心許無い、という訳では無いが、一つの組織だと、権力が集中した場合、暴走しかねない為、この様に同じ位の準軍事組織が存在するのである。

 分かり易く言えば、イランが似た例だろうか。

 イランは国軍の他にイスラム革命防衛隊なる、国軍以上の軍事力を持つ軍隊を擁する。

 これは国軍が政変クーデターを起こした場合に備えての事の様だが、反体制派の暗殺まで行っている情報省が居る以上、イランで政変は、困難を極めると思われるが、良くも悪くも国を守る姿勢は、国家として当然の事だろう。

 ♪

 携帯が鳴る。

 直ぐに出ると、

『たっ君、朝御飯出来たよ~』

 ほんわか声に思わず、俺の頬は緩む。

「分かったよ。直ぐに行く」

 彼女達が居るからこそ頑張れる。

 彼女達の存在こそが、俺の生きる証だ。


 自分で言うのもなんだが、俺は学校一、有名人だ。

 学園女王・司。

 王女・オリビア。

 貴公子・スヴェン。

 の3人を常に侍らせているから、当然、目立つ。

 通りすがりの男子生徒からは、憎悪の目を向けられ、スヴェンのファンの女子生徒からは、中指を立てられる始末だ。

 この状況で最も、割を食っているのが、ライカである。

「少佐殿、申し訳御座いません」

「良いよ。気にするな」

 アンチは親衛隊の目を掻い潜って、俺に悪さを行う為、オリビアから監督責任を問われ易いのだ。

「勇者様、ライカを甘やかさないで下さいまし」

 オリビアは、不満顔だ。

 俺が殆ど問題視しない為、親衛隊が怠慢たいまんにあるのではないか? と不安視していた。

「甘やかしていないよ。実害無いし」

「ですが―――」

「自分の身は、自分で守る。そこは、アメリカ人なんだよ」

 俺達は、今、食堂の一角に居る。

 オリビアが王族の為、必然的にその空間のみ、オーラが違う。

 日本では昭和天皇のオーラが凄まじかった、という話があるが、トランシルバニア王国ではシルビアがそれに当たる。

 その血を引くオリビアは、同様のオーラを持っているらしく、平民が近付く事さえ出来ない。

「まぁ、俺の事は気にするな」

 笑って、俺は海苔が巻かれた御握りを食べている。

 司も一緒の物を食べている。

 俺は、ツナマヨ。

 司は、鰹節だ。

 これに対し、オリビア、スヴェン、ライカ、シーラは不思議がっている。

 八つの眼球の先には、海苔が。

 外国人には、海苔は時に珍しく見える場合がある。

 外見的にカーボン紙に見えてしまう為、仕方の無い事だろう。

 又、外国人は、海苔が消化し難い事が証明されている。

 2010年にフランスの微生物学研究チームが、「生海苔を消化出来るのは世界で日本人だけ」という研究結果を発表しているのが、根拠だ。

 生海苔を分解する酵素を持つ「バクテロイデス・プレビウス」という腸内バクテリアが存在するのだが、このバクテリアを持っているのが世界中で日本人だけ(*1)、とされている。

「……」

 シーラが御握りを「食べて良いか?」と聞く。

「良いけど、消化出来る?」

「……」

「分からないなら、安易に手を出さない方が良いと思うな。体調不良になっても困るし」

「……」

「食べ慣れた物を食べた方が良いよ」

 不承不承だが、シーラはサンドイッチを食べ出す。

 食文化を知るのは良い事だが、慣れない物を食べると、腹を下す事も十分に考えられる。

 来日した外国人力士が和食に慣れず、逆に体重を減らしてしまう事例もある様に、異なる食文化に適応は難しい。

 あるモンゴル人力士の場合に於いては、日本食に慣れた途端、帰国後は今度は母国の料理で腹を下してしまった話もある。

 繊細だった可能性もあるが、この様な事例がある以上、躊躇うのは当然だろう。

 因みにオリビアは、ハンバーガー。

 ライカ、スヴェンはホットドッグだ。

 ジャンクフードが好みなのは、やはり、親米国家だからこそだろう。

 因みに俺も好きだ。

 太る程は食べないにせよ、食べる時は、子供並にテンションは上がってしまう。

 日本人が寿司で同じ様になってしまう様なものだろう。

「「「……」」」

 周囲から憎悪と羨望の視線を浴びつつ、俺は御握りを頬張る。

 心なしか、涙の味がするのは、気の所為だろうか。

「たっ君、今月、何処に行く?」

「寒いからな。温泉が良いんじゃないかな?」

 外には、雪が降っている。

 東京の初雪の平年値は、1月3日(1981~2010 気象庁)なのだが、今年は、近年の異常気象の所為なのか、11月時点で、こうだ。

 この時期に初雪を観測している時点で、今年の降雪期間は長いかもしれない。

「温泉かぁ。そういえば御母さんが、温泉療法を推してるから、そういうの詳しいかも」

「そういえばそうだったな」

 医師会に属している皐月は、色々な治療法に詳しく、特に最近注目しているのが、『温泉療法』なる分野だ。

 外科等の有名な分野とは違い、余り知られはないが、日本温泉気候物理医学会という正規の学会が存在し、温泉療法医なる資格も存在する。

 独仏伊等を始めとする欧州諸国では、各温泉地に温泉の専門医が常駐し、その指導の下に温泉療養が行われているのが通常だ。

 然し、日本では、その様な温泉地は大変少ない。

 その大きな理由としては、

・日本で温泉医学に通じた医師の絶対数が少ない

 →医師になる為に温泉医学の履修は義務化されていない

・温泉医学の講座を設けている大学がほぼ皆無

・近年、温泉医学を研究してきた大学付属の研究施設や病院が閉鎖される動きも

 この他、現在の保健医療制度の中で、温泉を利用した治療については、ある程度の制限がある事も関係している様だ(*2)。

 この現象に対し、皐月は「極論、湯治が無くなりかねない」と警鐘を鳴らし、自分の病院に温泉を設置したり、最寄りの銭湯と契約を結ぶ等、活発に活動している。

 彼女自身、温泉療法医の資格は持っていないが、、例え専門分野以外であっても、「良い物は、何であれ導入する」という姿勢は、医者として当たり前かもしれない。

 温泉は、俺も好きだ。

 何より、温かい。

 それに温泉卵や入浴後のコーヒー牛乳も又、美味しい。

 入浴しながら、御猪口おちょこで飲酒するのも、良いだろう。

 まぁ、俺は下戸だから、その辺は皐月の独壇場になるだろうが。

「勇者様、混浴しましょうよ」

 瞬間、ギャラリーの視線が8割増しに厳しくなる。

 当然の結果だ。

 世界的に見て、日本の混浴文化は、奇異に映り易いから。

 江戸時代に来日した、《蒸気船海軍の父》も、激怒されておられる。

 ———

『男も女も赤裸々な裸体をなんとも思わず、互いに入り乱れて混浴しているのを見ると、この町の住民の道徳心に疑いを挟まざるを得ない。

 他の東洋国民に比し、道徳心が遥かに優れているにも関わらず、確かに淫蕩な人民である』(*3)

 ———

 俺自身、転生当初、混浴には抵抗があったものの、自己同一性が日本人になって以降は、抵抗力が薄れている。

 日本で学んだ、『郷に入っては郷に従え』という諺も大きく影響しているのだろう。

 一応、擁護するが、海外にも混浴文化が無い訳ではない。

 有名な所で言えば、ドイツのヴィース・バーデンでも混浴が可能だ。

 ペリーは怒ったが、現代の日本は売春を非合法化し、一方で欧州の多くの国々では売春を合法化している為、どちらが「淫蕩いんとうな人民」か火を見るよりも明らかな気がするが。

「混浴ねぇ」

「たっ君、駄目?」

「良いよ」

「やった♡」

 司に頬をキスされ、食堂は冷え冷え。

 あれ? 屋外だったっけ?

 氷河の様な冷たい視線の中、俺はオリビアからもキスを浴び、スヴェンからはバックハグされ、シーラには膝を占拠されるのであった。

 雪達磨ゆきだるまみたいに大きくなったぜ(現実逃避)。


[参考文献・出典]

*1:2018年8月17日 エキサイト・ニュース

*2:日本温泉協会 温泉名人 HP 【温泉療法医について】2015年12月11日

*3:ペリー 『日本遠征記』

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