第86話 Girl with a Pearl Earring

 王位を乗っ取る事を画策するカリオストロは、フランス系だ。

 フランス系はナポレオンの時代にトランシルバニア島に入植し、そこで勢力を築いた。

 然し、その後はドイツ系に押され、更には本国が共和制になった事で衰退。

 今では、全盛期の100分の1位しか影響力を持たない。

 その為、カリオストロが協力を仰いだのが、本国であった。

 フランス系と本国は、王党派と共和派という事で、長期間交流が無かった。

 当然だろう。

 共和派は、国王を殺したのだから。

 だが、20世紀以降、フランスはトランシルバニア王国が独占している北海油田に目を付けた。

 ベトナム等多くの植民地を失い、代替となる資源を確保する必要性に迫られたのだ。

 冷戦時代はソ連との全面戦争を避ける為に我慢していたが、ソ連が居なくなった今、怖がる者は居ない。

 フランスの大統領、ボナパルトは書簡にわらう。

「伯爵め。売国奴に成り下がったか」

 40歳の筋骨隆々の大統領は、カリオストロを嫌いつつも、その重要性を認めていた。

 元フランス軍大尉。

 柔道家でもあり、五輪オリンピックで金メダルを獲得した事がある程の武道家でもある。

 対テロ戦争で沢山の戦果を挙げた軍人は、退役後、人気そのままに無所属で大統領選挙に出馬。

 既存の政治に不信感を抱いていた無党派層の圧倒的な支持を得て、当選したのだ。

 政治経験が無いまま、大統領になるのは、当然、不安視する者も多かったが、パンデミックで落ち込んだ経済を立て直す為に給付金を配ったり、公共事業の予算を増額させ、失業者を臨時で働かせる等の政策は国民に高く評価されている。

 そんな大統領が次に狙っていたのが、北海油田であった。

(黄金期を取り戻すには、北海油田が必要不可欠だ。あそこの同胞を利用し、領有権を主張してやる)

 ロシアがウクライナの半分を事実上、支配している様に、移民は時に侵略の道具に出来る。

 かつてはハワイ王国が外国人参政権を与えた事で侵略され、アメリカの一部になった。

 トランシルバニア王国は、過去の悪例から学び、憲法で外国人参政権を認めない事を明記しているが、元々居る同胞なら、その対象外だ。

「……」

 三色旗トリコロールを、ボナパルトは見た。

・自由

・平等

・博愛

 を模したその精神は、フランスの国体の様になってはいるが、実際には死語になっている事は言うまでもない。

 富める者は更に富み、貧しい者は更に貧者に。

 国内では、アラブ系やアフリカ系等の移民が増え、その結果、人種的対立が悪化。

極右派が反発し、排外主義を公約に掲げる、極右政党が票を伸ばしている。

 テロも多い。

 テロ組織を支持する一部の移民や、自国産テロリストによるテロも多い。

 フランスの精神を表したそれは、最早、時代に合っていないだろう。

(EUはドイツに支配されている以上、我が国が生きるには、新たに活路を見出す事しかないんだ)

 その為には、売国奴と手を組み、トランシルバニア王国を支配する。

 当然、アメリカと敵対しかねないが、アメリカとは対テロ戦争で共闘している仲であって、決して友達ではない。

 経済的には、敵国なのだ。

 国を守る為には、喜んで侵略者の名を被ろう。

「……よし」

 決断したボナパルトは、直筆の手紙を送るのであった。


 カリオストロの動きに逸早いちはやく察知したのが、モサドだ。

「あのペドフィリアめ。遂に欲望を剥き出しにしやがったな」

「支局長、如何します?」

「決まっている。情報収集に努めろ。フランスの動きも要チェックだ」

「は!」

 モサドは、王室から直々に国内での活動を認められている。

 事実上、国防の一端を担っている形だ。

 若し、問題のある者が国王になれば、いずれその刃がユダヤ人に向かってくる可能性がある。

 だからこそ、モサドは、王位継承者を調査する権限も与えられていた。

 これ程、厚遇されている事にイスラエルは王室に感謝し、トランシルバニア王国の企業と積極的に契約を結ぶ等、両国は蜜月関係にある。

 一方、カリオストロは反ユダヤ主義の傾向が認められる為、モサドから監視対象者になっていた。

「支局設置以来、王室内での揉め事は、極力控えたいが……大恩ある王室の危機となれば、動かさざるを得ない。それが条約だからな?」

「は」

 平和ボケした日本人には、分かり得ない国家間の暗闘であった。


 令和3(2021)年11月中旬。

 六本木、会員制クラブに俺は居た。

 店名は、『リベラ』。

 店を仕切っているのは、ヤクザだ。

「まさか、高校生が顧客とはな。世も末だぜ」

 苦笑いするのは、日本最大の暴力団・山王会会長・岡田雄一。

 終戦後、日本国内で暴れ回る自称「戦勝国民」から日本国民を守った侠客だ。

 警察権力が復活した後は、暴力団として暗黒街で暗躍。

 最盛期には、神戸を拠点に6万人を束ねていた。

 然し、暴力団対策法施行後は、には、極道を引退。

実業家として政財界に強い結びつきを持つ。

 世渡り上手な元ヤクザ、と言えるだろう。

 経歴が経歴なだけに悪く言う人は多いが、震災時には率先して、被災地支援に奔走する事から、一部の地域ではアンチよりも圧倒的に共鳴者が多い。

 もう既に100歳以上なのに、認知症の気配無しなのは、凄い事だろう。

「然も、別嬪べっぴんさんを2人も侍らすとは、羨ましい限りだよ」

「「おほほほほほ」」

 上品に笑うのは、シャロンとスヴェン。

 来店前に「粗相のない様に」という忠告が功を奏している様だ。

「済みません」

「良いって事よ。英雄色を好む。何の問題も無い」

 笑って、岡田はウォッカをがぶ飲み。

「それで、商品の方は、不備は無い?」

「はい。御蔭様です」

 岡田は銃砲店を経営している為、日本国内では非合法な拳銃も容易に作る事が出来る。

 口癖は、「ヤクザでも正業を持て」。

 部下に言い聞かせて、自分でも率先しているのは流石、人の上に立つべき人物であろう。

 彼の店では、多くの芸能人や政治家、スポーツ選手も来店し、一夜限りの愛ワンナイト・ラブやカジノを楽しんでいる。

 摘発された事は当然無い。

 やはり、警察と縁故を持っているのは、それだけの強みになるのだ。

「最年少だよ。うちの顧客では。それで次は何を買いたい?」

「情報は買えますか?」

「内容次第だな」

 岡田が部下に目配せすると、それまで静かだったBGMが徐々に強くなる。

 個室とはいえども、こういう配慮は、素直に有難い。

 岡田は、神妙な面持ちで問うた。

「それで情報、というのは?」

「国内のKKK関係者の個人情報を御教え下さい」

「儂が知っていると思うか?」

「暴れ回っていた外国人から国民を守った義賊の貴方です。知らない訳が無いですよね? それとも失礼ながら老いましたか?」

「……」

 親の仇の様に岡田は、俺を睨む。。

 シャロン、スヴェンのコンビは、それぞれ脇の下や太腿のホルスターに手を伸ばしている。

 いつでも発砲出来る準備だ。

「……小童こわっぱの癖に、度胸があるな。以前、貴様程の若い新聞屋が、取材に来て、同じ様な事をほざいておったわ。まぁ、不幸な事に取材後に行方不明になったがな?」

「……」

 マフィアと親しかったジミー・ホッファという人物を御存知だろうか。

 彼は共和党、民主党に次ぐ位の勢力を誇る労働組合のトップであったが、ある日、親しいマフィアと会った後に行方不明になった。

 一説によれば、

・追放された組合に戻ろうとして、反対するマフィアの説得を聞かなかった

・マフィアを脅し、殺害された

 等、様々な推測がなされている。

 一説によれば、射殺後、ごみ処理施設でされ、車のコンクリートの一部になった、という噂もある。

 無論、一切の証拠が無い為、真相は一切不明だ。

 この出来事から、世間ではこう囁かれた。

 ―――マフィアは、死体を完全に消滅出来る。

 岡田の怒りを買えば、行方不明(意味深)になるのは、明白だろう。

 俺が逆に睨み返すと、

「ほぉ、やるな」

 岡田は笑って、殺気を鎮めた。

「流石、元軍人だな。儂の殺気に耐え得るとは」

「? 前世の事を?」

依頼人クライアントの素性を調べるのは、当然の事じゃろう? 儂が言うのも何じゃが、反社チェックじゃ」

 2019年の大手芸能事務所の騒動を機に、反社会勢力というのが、流行語になったが、岡田はその遥か前から、依頼人の調査に熱心だ。

 実業家だから当たり前と言えば当たり前だが、やはり、その危機管理能力は高いと言わざるを得ないだろう。

「良いじゃろう。教えてやる。貴様程高い依頼料を払ってくれる上客は早々居ないからな」

 日本は、資本主義の国。

 やはり、金が力になる。

 ただ、共産圏コミュニスト・ブロックも赤い貴族等が居る為、結局、資本主義も共産主義コミュニズムも根っこは同じ拝金主義なのだ。

「貴様の思う程沢山居るぞ。その多くは、不逮捕特権を持っている」

「……外交官?」

「さぁな。それ以上の事は、後程送る名簿リストで自分の目で確認した方が良い。色んな所に浸透しおって。世も末じゃな」

 白人至上主義は、日本人の想像以上に多い。

 昭和に活躍した、日本人に人気のとある白人プロレスラーは、黒人プロレスラーの告白によれば、KKKだったという話がある。

 又、アメリカの大統領もKKKに属していた経歴がある。

 現在では、9・11やアフリカ系の大統領の誕生、新型ウィルスによるアジア人差別により、白人至上主義が活発になっており、銃乱射事件まで起きる始末だ。

 岡田が嘆息するのは、当然だろう。

「その文書を公開すれば、何カ国の政権が倒れるかのぉ」

 意味深に嗤う。

 相当数の国家の外交官に居る、という訳か。

「まぁ、儂の目下の敵は、白豚ではないがな?」

「と、申しますと?」

「さっきから、儂を監視している、馬鹿が居るじゃろ? ありゃあ敵対組織じゃ」

「……」

 気付かれない様に確認すると、確かに若い刺青をした者が1人、物陰からこちらを伺っていた。

「鉄砲玉?」

「じゃろうな。見ろ。何も失う物をしている目じゃろ? 無職程恐ろしい事は無い」

 鉄砲玉は映画では、玄人くろうとの殺し屋が描かれている場合が多いが、実際には少ない。

 現実的に鉄砲玉にされ易いのが、

・借金でもうどうにも首が回らくなった者

・麻薬中毒者

・破門された者

余命幾許よめいいくばくも無い者

 の大体4パターンだ。

 近年、その例は顕著で、例えば分裂した組の組長を撃った鉄砲玉は、麻薬中毒者であった。

 記者に偽装して抗争相手を射殺した者は、余命が短かった様で、逮捕から僅か数年以内に病死している。

 無論、全部が全部そうではない。

 ホテルで大手の組の№2を撃った者は組長であった事例もある為、一概には言えない。

 岡田の命を狙う彼も基本的には、どれかに分類されるだろう。

 男は露見した事を悟ったのか、胸元に手を伸ばし、トカレフを向けた。

 暗がりなので、殆どの客は気付いていない。

「……」

 明らかに素人なので誤射し、射線上のシャロンが巻き込まれる事を察した俺は、岡田の部下よりも即応する。

 引き金が引かれる前に、瞬時に、ベレッタで撃ち返す。

 BGMが大きい為、銃声が搔き消された。

「ぐふ」

 男は腹部を抑え、倒れた。

 直後、岡田の部下達が到着し、男からトカレフを奪い取り、何処かに連れて行く。

「あいつ、如何なるんだ?」

「知らん方が見の為じゃな。儂とこれからも友好的な関係で居たいじゃろう?」

「……分かった」

 極道なので、岡田は何度も修羅場を潜っている。

 今回の様に狙われた程度では、一切同様しない。

 レーガンが暗殺未遂事件後の演説で、風船の破裂を発砲と勘違いした人々の動揺を和らぐ為に、「奴は又、外した」とジョークを飛ばした様な豪胆さだ。

「貴様は、儂の依頼人に相応しい相手じゃ。今後は仲良くしよう」

 そういって握手を求める。

 が、俺は拒否。

 代わりに御辞儀で返す。

「何じゃ?」

「握手は、貴方の嫌う西洋の文化ですよ。日本人ならこれでしょう?」

「……成程な。小童め、益々気に入ったぞ」

 高笑いし、岡田は日本酒を注文するのであった。


 帰りの車内にて。

 シャロンが、問う。

「ねぇ、さっきの刺客、如何なるの?」

「拷問に遭うだろうな」

「やっぱり?」

 岡田は以前、京都の店で映画関係者と飲んでいる時に、抗争中の相手から命を狙われ、重傷を負った。

 その後、鉄砲玉は山で腐乱死体として見付かった。

 これは都市伝説だが、その拷問の様子は撮影され、岡田の下に送られたという。

 岡田がそれを観たか如何かは分からない。

 然し、当時の彼は今の様な好々爺ではなく、イケイケドンドンな人物。

 観ていても可笑しくはない。

「師匠、気付いていましたよね?」

 バックミラーを傾けて、スヴェンが聞いてきた。

「ああ」

「何故、御指摘されるまで演技を?」

「会長の目が節穴か如何か試したんだよ。ありゃあ、もう100年は生きるな」

 感心しつつ、シャロンを抱き寄せる。

 俺達は、父娘なのだが、傍から見れば、愛妾と勘違いされるだろう。

 それくらい、ラブラブだ。

「パパ、格好良かったよ♡」

 シャロンが頬にキス。

 いやぁ、幸せだなぁ。

 にへらと、俺は年甲斐も無く、表情筋が緩みに緩む。

 その時、PCに新着メールが。

 シャロンのキス攻撃に遭いつつ、俺は開く。

「お」

「師匠?」

「会長からだよ。こりゃあ、永田町にを作れるな」

「え?」

 俺は、シャロンと共に名簿の一覧を見る。

「うわ」

 シャロンは、思わず目を覆った。

 有名な国々の外交官が、ホワイト・パワー運動関係者だったからだ。

 その中には残酷な事に、の母国、アメリカ迄ある。

「……幻滅したよ」

「今更?」

 俺は苦笑いで、シャロンを抱擁した。

 画面を見せない様に。

 俺のこの反応は、昔の事が関係している。

 ベトナム戦争の時代、アメリカでは、黒人の人権向上を主に訴えた黒豹ブラックパンサー党が、全米で大暴れしていた。

 それはFBIと大戦争を繰り広げる程であった。

 日本も無関係ではなく、在日米軍の兵士にも、その共鳴者シンパサイザーが存在し、日本で支部が作られる程、支持を拡大させていた。

 テロ組織を支持する米兵が過去に居たのだ。

 KKKの支持者が外交官に居ても、何も不思議ではない。

「スヴェン、確認するが、貴国は対テロ戦争の同盟国だよな?」

「はい。貴国同様、十字軍遠征には加わりませんが、テロ組織とは戦います」

「じゃあ、そういう事だな」

 静かにわらう。

 獲物を見付けた獅子の如く。

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