第87話 S280

 翌日、各紙は報じる。

 ———

『【KKK、欧米各国の外交官にも浸透】

 世界最大のハッカー集団、アマデウスによれば、日本で駐箚ちゅうさつ中の各国の欧米の外交官の多くが、KKKを支持している事が判明した。

 HPでは、その個人情報が公開され、各国は、対応に追われている。

 日本政府は、「若し、事実であれば、好ましからざる人物として追放せざるを得ない」とし、情報収集に当たっている』

 ———

『朝から大ニュースですね?』

『そうですね。我が国は世界で初めて、当時の国連で人種平等を訴えた国です。今回の場合は、「思想の自由」よりも、国益を尊重して頂きたいですね』

 報道番組では御用学者が、世論の誘導を図っている。

 普段、人権人権を訴える左派系メディアは、沈黙だ。

「煉、如何思う?」

如何どうとは?」

「あら、私に隠し事? 裏でこそこそヤクザと交際しちゃって。その内、準構成員に認定されちゃうわよ?」

 孫を可愛がる好々爺の様に、皐月は俺を膝に乗せて、縫いぐるみの様に抱き締めている。

「地獄耳だな?」

「閣僚の候補者の親族が、犯罪組織と親しかったから、それでこそ大問題でしょ?」

「そういえばそうだな」

 皐月は、俺の頭を撫でまくる。

 その所為で髪型は崩れ、寝癖の様になった。

「それで閣僚の方は、如何なった?」

「断ったわ。熟考したんだけどね? やっぱり医療優先よ」

 政治家になれば、病院の宣伝にも成り得るが、高給よりも人命だ。

 それが北大路皐月という女性である。

 民間人閣僚も見たかったが、その決断には大いに拍手を送りたい。

「勿体無いな」

「あら、貴方の所為でもあるのよ?」

「俺?」

「そ。『皐月と離れたくない』的な求婚プロポーズしてくれたじゃない? それが、私のを刺激させたのよ。責任取りなさい」

「……」

 心配とは言ったものの、求婚したつもりは無いのだが。

 物凄い曲解に俺は、恐怖を覚え、逃げ様とするも、

「だーめ♡」

 絡新婦ジョロウグモのように、絡み付き離れない。

「ふふふ。これでも鍛えているものよ。前夫が自衛官の御蔭だわ」

「……」

 試しに腹部を擦る。

 すると、まるで超合金の様に固い。

 医師は、患者に健康を促す為だからか、自分でも鍛えているのだろう。

「本当に司を産んだのか?」

「どういう意味よ?」

「いや、鍛えていた女性が出産を経験すると、鍛え難い、って聞いた事があるから」

「正真正銘、あの娘は私の子よ。試しに股間見せ様か?」

「必要無い」

 もうやだ、この養母。


 皐月のセクハラから何とか自室に逃げる。

 そこでは、司とオリビアが待っていた。

「来てたのか? 呼んでくれたら、急いで来たのに」

「良いよ。たっ君も国家公務員だから忙しいでしょ?」

「そうですわよ」

 2人は笑顔で、ベッドの下や本棚の奥を覗いていた。

「……何してるの?」

「「家宅捜索」」

「何の?」

「えっちぃの」

「性欲を発散させる書籍や円盤ですわ」

 長時間、探していた様で、2人は、汗びっしょり。

 それでいて、汗臭さが微塵もしないのだから、女性の体は神秘的だ。

 発汗後、臭いのみ無効化される体質なのだろうか。

「無いよ」

「一応、PCも調べたんだけどね? たっ君は、無性愛者なの?」

「何処がだよ。こうして愛しているじゃないか」

 司を押し倒し、そっとキス。

 笑顔になるも、疑惑は払拭されていない様で、

「年頃の男の子なんだから、逆に心配なんだけど?」

「若し、あったらどうするんだ?」

「浮気と認定し、処分しますわ」

 オリビアも寝転がり、愛に加わる。

「じゃあ、無い方が良いんじゃないか?」

「そうですが……」

 オリビアにキスをし、その不安を取り除く。

「結婚しているのに、他の女に走る程、俺は不誠実じゃないよ」

「……それならば良いんですが」

 第一、俺は浮気出来る状況は絶対に有り得ない。

 司を傷付けば、大恩人・皐月の顔に泥を塗る事にもなる。

 オリビアの場合でも、竹馬の友であるシルビアが激怒し、真夜中、テレビ画面から這い出て呪い殺すだろう。

 それ以前に親衛隊の反乱を起こされ、殺されるのが先かもしれないが。

「神に誓うよ。浮気は絶対にしない」

「じゃあ、天照大御神様に」

「私は、唯一神に」

「分かったよ。証文に書くからな」

 2人を抱き締めて、電気を消す。

 今晩も又、営みに励む俺であった。


「「zzz……」」

 2人が寝静まった後、俺はこっそりと部屋を後にする。

 本当は一緒に寝たいが、国家公務員である以上、そう簡単には休めない。

 地下室に行くと、が終結していた。

 シャロンは、

「……」

 一心不乱に射撃練習。

 対照的にスヴェンは、

「♪ ♪ ♪」

 ドイツ国歌を口遊くちずさみつつ、撃っている。

 ナタリーは、シーラにハッキングの練習をさせていた。

『ここは、ね。こうするの』

「……?」

『そうそう。それしないと、バレてこっちが攻撃されるからね』

 教えているのは、初歩中の初歩の様だが、それでも一般人には分からない。

「皆、来てたのか?」

 声を掛けると、4人は、一斉に振り返った。

「師匠、御邪魔させて頂いています!」

「ああ、元気なのは良いが煩い」

「はい! 精進します!」

 この娘、無能。

 テルアビブは、人格上の問題から放出したのかな。

 スヴェンは、UZIを銃架に直した後、俺の右に立った。

 明らかに内弟子1号への挑発だ。

「……」

 シーラも無視はせず、ナタリーに頭を下げた後、俺の左へ。

 そして俺を緩衝地帯に、2人は睨み合う。

 ナチスとソ連に挟まれたポーランドの様な気分だぜ。

 俺はシーラの頭を撫でつつ、机上に報告書を放る。

「KKKの名簿だ。今回のは殺人株式会社マーダー・インク並の仕事になる。皆、心してかかってくれ」

 恐ろしい事にこの殺人株式会社は、実際にアメリカでマフィアが、経営していた会社だ。

 依頼人から仕事を請け負い、殺し屋が標的を殺す。

 マフィア全盛期の時代とはいえ、映画のような世界だ。

『御希望は?』

は資産を奪い、事故死を希望している。だから、今回は武器は、極力使わん」

「じゃあ、の様に済ませますね」

 スヴェンは、キーを指で回しつつ、笑顔で頷く。

 走行中の自動車のある部分に、自分のそれを衝突させ、転がす。

 工作員エージェントあるあるの殺し方だ。

「あの技、出来るのか?」

「ええ。保安局MI5と共同訓練した際、御教えして下さったんですよ。師匠も御存知なんですね?」

「まぁな。した事は無いけれど」

 それから、指示を出す。

「ナタリー、ハッキングで名簿リストの全員の資産奪ってやれ」

『YES Sir.』

「シーラは、その補助だ」

「……」

 目を見て、大きく頷く。

 本当は返事して欲しい所だが、病気が病気なだけに仕方が無い。

 本業は狙撃手なので、本音だと狙撃で活躍して欲しいが、今は先輩の手伝いに徹すれば良いだろう。

「シャロン、スヴェンは俺と一緒に外回りだ」

「「YES Sir」」

貴族シュヴァリエ》の初任務にしては、少し難しいかもしれないが、実績が無い限り、軍内部での地位は低いまま。

 実力で前評判を覆すしかないのだ。

 其々、《貴族シュヴァリエ》の標語モットーを心の中で、復唱する。

 ―――Born at sea, baptized in Blood, Crowned in Glory.(海で生まれ 血の洗礼を受け 栄光の冠を授かる)

 米国欧州陸軍の標語をそのまま拝借したのは、

・トランシルバニア王国が島国である事

・冠が王制を連想させる事

 が、理由だ。

「じゃあ、行くぞ」

 俺の呼びかけに、愛娘と痴女は緊張した面持ちで頷くのであった。


 3人が出て行った後、

『……』

 ナタリーはすぐさま仕事に入った。

 普段、煉を軽視しているが、それは私的な時だけであって、仕事中は本来の上官と部下だ。

 カタカタと、キーボードを打ち鳴らし、どんどん名簿の載る人々の資産を奪っていく。

 この様な犯罪者やテロリストは、匿名性の低いビットコインを好む、とされる(*1)。

 なので、ナタリーは、闇サイトダークウェブで荒稼ぎする。

 1時間くらいで、掲載者全員の財産を奪い、0にした。

 その個人情報をICPO国際刑事警察機構に通報し、国際協力も欠かさない。

「……凄い」

 思わず、シーラは呟いた。

『初めて貴女の地声、聞けたわ』

「!」

『良いのよ。良かった。話せるんだね?』

 仕事を終えたナタリーは、優しく微笑んだ。

「……」

『あ、無理に喋れ、とは言ってないからね。じゃあ、仕事も済んだ事だし、あの人の働き、見ようか?』

「!」

『出来るわ。見たいんでしょ?』

「!」

 何度も頷く。

 赤べこの様に、何度も。

『じゃあ、見せてあげる』

 ナタリーは煉に当たりがきつい時があるが、後輩には滅茶苦茶優しい。

 親衛隊に居た時、怒られっ放しだったが、このチームでは殆ど一度も怒られた事が無い。

 ここでは褒めて伸ばすのが、煉の指導方法であり、それがそのままチームの若手育成に繋がっているのであった。

 都内全土の防犯カメラが、PCの画面を埋め尽くす。

『……居たわ』

 ものの数秒で発見し、それをタップ。

 すると、スヴェンが運転する車であった。

 シャロンは助手席。

 煉は、後部座席だ。

 煉が何か指示を出した後、スヴェンは頷き、車を対向車のある部分にぶつける。

 すると、対向車は、バランスを崩し、フェンスを突き破って横転。

 大炎上した。

 映像は全てを捉えているのだが、3人が逮捕される事は無い。

 肝心なぶつけた瞬間が、映像がちゃんと映っていないのだ。

 これだと立件は難しいだろう。

『こういうのを消すのも裏方の仕事よ』

 そう言って、ナタリーはこちらもハッキングし、映像を改竄していく。

 煉の車が無く、対向車が勝手に事故った様に。

 シーラは、思った。

(……阿吽の呼吸だ)

 と。

 これだけ、物理的に距離があるにも関わらず、2人は信頼し合っているのだ。

 2人のその関係性を羨ましく感じ、精進を誓うのであった。


[参考文献・出典]

*1:GMOコイン HP 犯罪者がプライバシーコインより匿名性の低いビットコインを好む理由

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