第72話 初夜

 司に言われ、夜。

 自室で待っていると、

 ピンポン。

「開いてるよ」

 数秒後開き、司が入って来た。

「……」

 珍しく神妙な面持ちだ。

 雰囲気で、俺は察す。

 処女ヴァージンを捧げに来たのだ、と。

 アメリカの保守派やイスラム教等では、処女を重要視しているが、俺は、想い人が処女だろうが、関係無い。

 司は俺の寝台に座ると、夜着を脱いでいく。

 こういう時、色々会話するのが通常だろうが、生憎、彼女にはそれをする余裕は無さそうだ。

「司」

「!」

 声を掛けると、びくっと、体を震わす。

 司の方から誘ったというのに、この反応だ。

 本当は、怖いのだろう。

 女子から女性に成長していくのは。

「……な、何?」

「余り無理するな。それとも止めるか?」

「……いや、したい」

「……分かった」

 司が強行に出たのは、やはり、オリビア等の恋敵が理由だろう。

 俺は司一筋なのだが、美人が恋敵だと自分に自信が無くなりかねない。

 それを一気に形勢逆転するのは、既成事実を作る事。

 俺が浮気をしないのは、同居しているから分かり切った事だ。

 どんなにオリビアやシャロン、スヴェンから誘惑されても靡いたりはしていない。

 許してもキスまでだ。

 それ以上先は、例え大恩人・皐月であっても許していない。

「……聞き難い事聞いていい?」

「内容によるけども、何だ?」

 司は空気を変えたいのか、自分で話題を出してきた。

「前世の奥さんとは、如何だったの?」

 にも関わらず、本当に似合わない話題だ。

 司もテンパっているのだろう。

 他の男なら気分を害すかもしれないだろうが、俺は苦笑いだ。

「そりゃあ愛し合ってたよ」

「じゃあ、前妻さんみたいになれるかな?」

 俺とシャロンが殆どそのことを話さない為、北大路家ではその手に関しては、禁忌タブーの様になっていた。

 前世での話だから、現世は無関係なのも事実だが。

「前妻さんは、どんな女性だったの?」

「シャロン似で美人だったよ」

「……私より胸、大きかった?」

「……まぁ」

 司はスタイルが良いが、こればっかりは前妻と比べると劣る。

 当然、人種も体格も年齢も違う為、比較対象には、難しいのだが。

「……前妻さんに負けたくないな」

「勝負は無いよ。十人十色だ」

 俺は司を抱き寄せる。

 話題のお蔭か、彼女に先程までの緊張は無い。

「……前妻さんは、今?」

「小耳に挟んだかもしれないが、亡くなったよ。4年前だったかな?」

「そうなんだ……御免」

「気に病む事は無い。事実だし、隠していないから」

 俺とシャロンが、アメリカに帰らないのは、それが最大の理由だ。

 帰っても、妻(母親)が居ない。

「良い機会だ。司」

「何?」

「俺は、前妻と君を別に考えている。だから、俺に配慮は要らないから」

「……じゃあ、死因は何?」

 医者志望だけあって、やっぱり死因は気になる様だ。

 比較的、男性より女性が長寿な現代において、俺よりも早逝するのだから病死を考えているのだろう。

「射殺だよ」

「……え?」

「4年前、ラスベガスでな? 俺達は、運よく生き延びたが……妻は助からなかった」

「……」

「旅行先で、銃撃事件に遭ったんだぜ? 天文学的確率だよな。これなら、宝籤たからくじに当たりたかったもんだ」

 微笑むも司は、今にも泣きだしそうな顔であった。

「……ごめん」

「良いよ。別に隠していないから。ただ、シャロンは俺と同じか如何か分からないから、あいつの前では禁忌な?」

「……うん」

 司の涙を手巾で拭いつつ、俺は思い出す。

 あの日の事を。

 2017年10月1日、ラスベガス。

 俺達は、家族旅行で訪れていた。

 初めてのラスベガスで、カジノと音楽を楽しむ為に。

 ホテルにチェックイン後、俺はカジノ。

 妻子は、音楽を聴きに行ったのだ。

 今、思えば、妻子が嫌がっても無理にでもカジノに連れていけば運命は違ったかもしれない。

 音楽会場に着いた妻子は、そこで、史上稀に見る虐殺事件に遭遇してしまう。

 午後11時前。

 ホテルから銃撃犯が、会場を銃撃し始めたのだ。

 警察の報告書を読んだが、この時、妻は、パニックになったシャロンと他の人々を冷静沈着になだめ、避難誘導していたという。

 流石、俺が惚れた女性だけあるよ。

 でも、パニック状態の群衆の中でのこの行動は、当然目立ち、標的になった。

 妻は心臓を撃ち抜かれ、即死。

 遺体と面会した時、今にも起き上がりそうな位、胸以外は無傷であった。

 シャロンがその場に居合わせなかったのが、唯一の救いだろう。

 目の前で親が殺されるなど、発狂しても可笑しくはない。

 カジノに居た俺は、そこで逃げて来たシャロンと再会し、彼女から全てを聞いて、驚愕した。

 頭が真っ白になったのを今でも覚えているよ。

 飲んでいた酒も一気に酔いが醒めた事は言うまでも無い。

 直後、俺はシャロンを警察官に預け、会場に走った。

 そして、警官隊の制止を振り切り、銃撃犯を見付け、殺した。

 これがラスベガス虐殺事件の真相だ。

 当然、俺は警察官ではない為、正当防衛の論争になったが、ロビンソンの協力により、事件は犯人の自殺、という事で幕を閉じた。

 歴史は、常に勝者側の物だ。

 自由に書き換える事が出来る。

 この事件を機に、俺はアメリカに帰り辛くなったのだ。

 亡き妻との思い出が残る場所に好き好んで居たくは無い。

 シャロンは、全寮制の学校に入っていた為、俺が居なくても衣食住は、問題無かった。

 然し、卒業後は、直ぐに外国へ職を求めた。

 彼女も又、祖国が嫌になったのだろう。

 俺が知る限り、シャロンは、墓参り以外で帰国する様子は無い。

 俺達父娘の境遇に同情したのか、司は下着姿のまま抱き締める。

「壮絶な過去、だね?」

「……まぁな」

 銃規制が、世界トップクラスに厳しい日本では中々味わえない事だろう。

 ほぼ毎日、銃撃事件が絶えないアメリカだからこその体験談だ。

「……たっ君は、その人の事、愛してたんだね?」

「そうだな」

「……嫉妬しちゃうな。たっ君にそんだけ愛されて羨ましいよ。その人」

「今の№1は、司だよ」

「それでも妬いちゃう。私、悪い性格だね?」

「全然。前世は前世。現世は、現世だ」

 シャロンには、言っていないが、前妻の顔と名前は、朧気だ。

 恐らく輪廻転生の影響で、忘れかけているのだろう。

 もっとも、事件を正確に覚えているのだから、その辺の差はよく分からない。

 神様の悪戯いたずらか、配慮か。

 まぁ、前妻をはっきり覚えていたら、良心の呵責から、司をここまで愛す事は出来なかっただろう。

「……御免ね。嫌な事思い出させちゃって」

「全然。気を遣うな。過去の事だ」

 俺は、司の手を取り、押し倒す。

「……たっ君?」

「過去を思い出せた償いとして、今晩は、逃がさないから」

「……分かった」

 既に司は、その気分では無さそうだ。

 然し、この機を逃せば、性格上、司はどんどん臆病者ラビットになりかねない。

 今後の俺達の為にならないだろう。

「「……」」

 俺達は見つめ合い、キスをする。

 皐月から貰っていた避妊具は、勿体無いが、ゴミ箱行きだ。

 心の底から愛し合っている者同士、これは、必要無い。

「たっ君、大好き♡」

「俺もだよ」

 その晩、俺達は初めて結ばれたのであった。


 その様子をシャロンは、隣室で聞いていた。

「あーあ、パパの初めて、奪おうと思ったのに」

 不思議と失恋の感じはしない。

 涙も出ない。

 無意識の内に司に譲歩していたのだろう。

「師匠は、結構、激しいんですね?」

 同じく耳を澄ますスヴェン。

 夜這いに来たが、先約に気付き、撤退して来たのだ。

 彼女も又、涙は無い。

 あれほど妄信的なのにこの態度とは、意外と冷静なのかもしれない。

「悔しくないの? 寝取られて?」

「私は、愛人志望ですので。肉体関係だけも可、なのです」

「……」

 中身は、どす黒かった。

 一方、

「……ぐすん」

 啜り泣きが止まらないのは、シーラだ。

 スヴェンと違って純粋に愛していたのだろう。

 シャロンが、ティッシュで拭いても拭いても、泣き止まない。

 お蔭でティッシュは、もう10箱目だ。

 泣き過ぎて、頭痛もしている頃だろう。

 シャロンは、倒れない様にシーラにペットボトルの水を与えている。 

「……好きだったのね?」

「……」

 頷く。

「そっか……」

 その姿にシャロンは、母親を亡くした時の事を思い出す。

 あの時は、ブラッドリーがずーっと傍に居てくれた。

 観光後、直ぐに戦場に戻らなければならないのに。

 戦友が待っているのに。

 遅れれば遅れるほど、信用を失い、高額な違約金を払わなければならないというのに。

 それでも、ブラッドリーは、居てくれたのだ。

 1番弱くなっていた時に看護されたのだから、シャロンには、最善だった。

 若し、あの時孤独だったら、精神病になっていただろう。

 愛妻を亡くし、自分同様、辛かった筈の父は一切泣かず、常に笑顔であった。

 思えば、父の泣き顔は1回も見た事が無い。

 本人は、「拷問で涙腺が焼けたから涙は出ないんだよ。蛇と一緒だな」と言っていたが、あながち本当なのかもしれない。

 愛妻が亡くなっても、泣かないのだから。

「……」

 シーラを落ち着かせる為に抱擁する。

 あの時、父にされた様に。

 それが功を奏したのか、段々、シーラの嗚咽は少なくなっていく。

「明日の朝、パパを殴りに行こうか?」

「……」

 こくり。

 驚いた。

 人畜無害そうなシーラが、肯定したのだから。

 それ程、ムカついているのかもしれない。

 その晩、2人は一晩中、煉の悪口を言い合うのであった。


 先を越された事は、オリビアにも報告された。

「……司様には、やはり、勝てなかったですか」

 その瞳に敗北感は無い。

 涙も無い。

 心の何処かで司に勝てない、とでも思っていたのだろう。

 自分でも驚く程、冷静だ。

 恐る恐るライカは、尋ねる。

「……今後は、どうされます?」

 その顔から、オリビアは察した。

 撤兵があるのではないか? とでも、考えているのかもしれない。

 そもそも、この任務は煉との結婚の為。

 それが今、事実上、無くなった訳だから撤兵は当然、視野に入れるべきだろう。

「どうもここもありませんわ」

「では、撤兵―――」

 自分でも驚く程、強い口調であった。

 びくっと、ライカは、肩を震わす。

「日本では重婚が禁止されていても、我が国では、合法ですわ。例えば、サウジ人が、日本人女性と結婚しても、処罰されますか?」

「……いえ」

 その辺の重婚は、複雑だ。

 日本の司法が重視されるだろうが、かと言って、行政がサウジアラビアまで行って重婚の有無を調べるだろうか?

 否、しないだろう。

 あくまでも申告しなければ、出来るかもしれない。

 法の抜け穴は、意外とある。

 これ以外にも、大麻の種子は合法でも、育った後は違法になる様に、現実問題と司法が追い付いていないのが、現状だ。

 又、日本はトランシルバニア王国の北海油田に大きく依存してある。

 若し、問題が露見しても、オリビアは、だ。

 日本政府は、司法よりも国益を優先し、曖昧な態度を採るだろう。

 オリビアは、全てを想定済みであった。

 立憲君主制の日本やイギリスだと斯うは行かないが、絶対王政であるトランシルバニア王国では、可能だ。

「……わたくしは、勇者様に身も心も捧げた身。今更、国に帰る気は更々ありませんわ。政治にも関わる気は、一切ありません」

「……は」

急死以降、政権内部ではアメリカの関与が大きくなり、親米派が台頭している。

 王族でも今まで巨大勢力であった親英派は削ぎ落され、親米派が一気に巻き返しを図っている。

 今後、政治家も王族も、親米派が占めるだろう。

 トランシルバニア王国は、日本同様、51になりつつあった。

 そんな状況下で、オリビアが帰国すれば、アメリカ人の血を引く彼女だ。

 必ずや、次期国王に推されるだろう。

「ライカ、早朝。勇者様を」

、ですか?」

「ええ。心が完全に支配される前にわたくしを一片でも良いので、覚えて頂きたくて」

「……分かりました」

 失恋した直後でも、尚も強くあり続けるオリビア。

 その心中は、如何ばかりか。

 あれだけ純粋に想い続けていたのだから、胸が張り裂けそうな気持ちだろう。

(……少佐、今は、恨みますよ。殿下の想いを踏みにじった貴方を)

 ライカも又、涙を我慢するのであった。

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