第71話 欠格事由

 シャロンの射撃技術は、めきめき向上していく。

「貴女、最近、凄いわね?」

「? 先輩?」

 米兵の先輩に褒められ、シャロンは耳栓を外す。

 ALTを解雇された後、彼女は軍属として米軍基地に専任していた。

 もっとも本業が学者なので、軍人と交流する事は少ないが。

 それでも米兵とは仲が良い。

「外でも、撃ってるの?」

「はい。パパが先生です」

「パパ? ……お父上は、戦死したのでは?」

「それが生きていたんですよ」

 瞬間、食堂に居た米兵が全員、シャロンを見た。

「伝説の軍人が?」

「いや、嘘だろう?」

「生きて生きても、70近い老人だぜ?」

 米軍でもブラッドリーの事は、伝説的に語り継がれている。

 日本の船坂弘。

 フィンランドのシモ・ヘイヘ。

 ドイツのハンス=ウルリッヒ・ルーデル。

 が、チートな軍人として有名だが、ブラッドリーはそれに次ぐ米兵だろう。

「……一応、聞くけど、心の病ではないよね?」

「はい」

「……休みなさい。念の為」

 肩を叩かれる。

 軍属は終わり、と言わんばかりに。


 翌朝。

「―――という訳で、休職になったの」

「……そうか」

 予想していた事だが、仕方の無い事だろう。

 米軍内部では俺は、既に戦死者と思われている。

 それがいきなり生きている、とされたら、まずは精神病を疑うだろう。

 米軍はシャロンが病んで、事件を起こす事を危惧したのかもしれない。

 2017年、ラスベガスで58人もの人々を虐殺した犯人は鬱病を患っていた、とされる。

 武器が沢山ある基地内で攻撃的になれば、事件化は避けられない。

 俺が上官ならば、まずは休職させ、治療に専念させる。

 復職出来るかは、精神科医の診断次第だ。

「軍属に未練無い?」

「まぁね。このまま辞め様かと思う」

「……分かった」

 娘の人生だから、引き留めは出来ない。

「もう正式にパパのチームに入りたいな」

「そうか……軍属で良い?」

「又?」

「余り前線に立たせなくない」

「心配?」

「そうだよ」

「有難う♡」

 シャロンは、俺の額にキスする。

 俺は軍服だが、シャロンはホットパンツ。

 太腿が大きく露出し、尻のラインはくっきりしているそれは、非常に煽情的だ。

「シャロンさん、たっ君を誘惑しないで下さい」

 司は呆れ顔。

 彼女も彼女で、何時もよりミニスカートだ。

「たっ君、今晩さ、時間ある?」

「うん。宿題終わりでよれば」

「じゃあ、9時位に行くね?」

「分かった」

 そのまま司は、皐月の下へ。

「パパは、モテるねぇ」

「そうか?」

「うん。私に皐月に司、オリビアにライカにシーラ、スヴェンにナタリー……モテモテじゃない?」

「いや、最後の4人は、違うだろ?」

「そう? じゃあ、最初の3人は、認めるんだ?」

「……まぁ」

「いい加減、1人に決めた方が良いわよ。私が1番良いよ?」

「何で?」

「家族だから。知らない相手より、見知った方が夫婦生活に向いているかもよ?」

「……成程な」

 納得していると、―――じー。

 何処からか視線が。

 振り返るとシーラが、映画のジャケット写真の様に隙間から覗いていた。

「どった?」

「……」

 とてとてと走ってきて、俺にジャンプし、飛びつく。

「元気だな? 宿題、出来た?」

「……」

 ———まだ。

「忘れない内にし」

「……」

 ———うん。

 シーラの定位置は、俺の膝の上だ。

 そこに座り、見上げる。

「……」

 ———結婚しますか?

「ん? まぁ、早くて来年だろうね」

「……」

 シーラは俯いた。

 義兄と義姉が結婚するのだ。

 嬉しい反面、仲良しな2人と一気に疎遠になりそうな感じで、嫌なのだろう。

 片親の養子になり、片親と仲良くなりかけている所、片親が再婚すれば、世界で1人しか居ない味方が居なくなりそうになる感じか?

「……」

 俺の両手を取って、シーラは、自身の腹部に宛がう。

「……」

 ———子供は欲しいですか?

「分からんね。こればっかりは」

「パパは、子供、欲しいの?」

「そりゃあ欲しいさ。天使エンジェルだからな」

「私は—今も天使エンジェル?」

「そうだよ」

 財布からシャロンの昔の写真を取り出す。

「ほら、天使エンジェルだろ?」

「……」

 興味津々にシーラは、覗き込む。

 推定6~7歳のシャロンが、煉(当時は、ブラッドリー)のお腹に乗って、フラダンスを披露していた。

 ハワイ旅行らしく、ホテルと思しき窓の向こうには美しい真珠湾パールハーバーが見える。

「もう、パパ、恥ずかしい♡」

 シャロンは奪い取るも、俺は余裕綽々だ。

「残念だったな。電子で保存しているから。ずーっと見れるよ」

「……?」

 ———アルバムですか?

「そうだよ。アルバムだ」

 シーラの頭を撫でつつ、

「俺達の思い出は、今から作って行こうな?」

「……」

 頷くシーラであったが、この時、俺は知る由も無かった。

 彼女が本気で俺に好意を抱いている事に。


 昼休み。

 教室にてオリビアは、何かを渡す。

「勇者様、どうぞ」

「……マジ?」

「本気ですわ」

 オリビアから秘密裡に受け取ったのは、避妊具であった。

 五輪で選手村に配られるあれだ。

「……」

 俺はそれを直ぐに隠す。

 まさか、王室の企業が避妊具を作っているなんて。

 多分、世界でここだけじゃないかな。

 因みに司は、シーラと一緒に学食だ。

 珍しくオリビアに花を持たせたのは、婚約者としての余裕と俺を信頼しての事だろう。

 皐月からは、婚約者としての立場を抹消されたが、来年度になれば親の同意無く結婚出来る。

 司によれば、来年3月31日深夜に家を抜き出し、4月1日になったと同時に最寄りの市役所に提出する、との事だ。

 そうなったら、改正後、日本で初めての夫婦の1組になるだろう。

 流石に俺達以外にも同じ様な事を考えているカップルは、多そうなので、というのは、認定が難しいだろうが。

「それにしても、人払いは完璧だな?」

 教室には俺、オリビア、ライカ、スヴェンの4人以外、誰も居ない。

 昼休みになったと同時に親衛隊が突入し、俺達以外を追い出したのだ。

 21世紀とは思えない所業である。

「この学校の経営者に我が国が、なりましたの」

「……株式を買ったのか?」

「はい。日本の法律に則って、51%買いました」

「……」

 長い歴史を持つ母校は、一瞬にして経営者が変わっていた。

 俺との結婚の為にそこまでやるかね?

 ……否、シルビアの血を引くオリビアだ。

《民主派の女神》と呼ばれた様に、シルビアは、何でも率先しなければ納得し辛い性分であった。

 その遺伝なのだろう。

 辣腕家らつわんか、その表現が正しいのかもしれない。

「俺、来年卒業だけど?」

「その時は売却しますわ。この学校を経営する気は、更々ありませんから」

「……そうか」

 金が物を言う時代だ。

 日本政府も親日国であるトランシルバニア王国の頼みを、無視出来なかったのかもしれない。

 心証を悪くすれば北海油田からの輸入が減り、国民生活は大打撃を食らう事になりかねない。

 日本に油田が出ればその必要は無いのだが、力関係は、トランシルバニア王国が上だろう。

「それで勇者様。シャロンが何か?」

「ああ。正式に俺の部下にして欲しい」

「……軍属を? スヴェン以下の素人なのに?」

 イラっとする言い方だが、トランシルバニア王国では、軍人は尊敬され易い職種だ。

 一応、軍属も軍人に近いとは言えるが、=軍人ではない。

「素人でも、俺が見定めたんだ。欲しいよ」

「それは、公私混同ではなくて?」

「ああ、情報将校として役に立つ。アメリカ人が1人でも居れば、ホワイトハウスに良い顔が出来るだろう?」

「……」

 オリビアと対等に渡り合う俺を、ライカは、無表情で、見詰め、

「師匠♡ 格好良い♡」

 スヴェンは、両目を♡にし、見惚れている。

「……分かりましたわ。但し、こちらとしても条件が御座います」

「何だ?」

「一度で良いので、私とデートをして欲しいのです」

「……何処が良い?」

「良いんですの?」

「断る理由が無いからな」

「有難う御座いますわ」

 オリビアは、深々と頭を下げた。

「場所は、舞浜を御指定しますわ」

「ああ、あそこか」

「恥ずかしながら、わたくし、殿方と遊園地に行った事が無くて、勇者様と行きたかったのですわ」

「……」

 サウジアラビアの王族が、パリの遊園地を貸切、遊んだ様に。

 王族というのはそれが簡単に出来る身分と思われているだろうが、オリビアの場合は違う。

 貴賤結婚の末、生まれた為、王位継承権は無い。

 王族の中でも末席に当たり、上位の王族程目立つ事を好まない。

 若し、派手に動けば、「王位継承を画策する者」と誤認され、粛清されるかもしれないからだ。

(……そう言えば、シルビアも行きたがってな。遊園地)

 亡命先のイギリスで経験した事はある様であったが、男性との交際歴が無かった当時、デートすら未経験であっただろう。

 オリビアがデートに強い憧れを持つのは、そんなシルビアの影響かもしれない。

「デートは、2人きり?」

「出来れば……」

「難しいな」

 警備上の問題で2人は、流石に困難だ。

 頑張れば出来なくは無いが、俺としては、俺が死傷した場合の事を考えて、最低でも2人以上は欲しい。

「……ライカ、スヴェン」

「「は」」

「お前らも来い」

「!」

「師匠、良いんですか?」

「ああ。お姫様を守るには、お前達の力が必要だからな」

「……」

 お姫様、と呼ばれ、オリビアはキュンとする。

「親衛隊も全員、偽装カモフラージュした上でな?」

「勇者様とデート」

「うん?」

「これは、婚前旅行と認識しても良いですわよね?」

「何でだよ」

 突っ込みを入れるも、オリビアは暴走状態に入った。

「……お城で、2人きり……花火を見ながら……ベッドイン♡」

「オリビアさん♡」

 手を顔の前で振っても反応が無い。

 駄目だこりゃ。

 悪手だった様で、俺は今更ながら後悔するのであった。

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