第70話 父娘

 領事館の私室に戻ったライカは、

「……」

 隠し持っていたお守りの中を確認する。

 そこに入っているのは、縮れ毛であった。

 言わずもがな、大河の陰毛である。

 これはかつて、日本にあった風習が由来だ。

 戦時中、出征兵士は妻や彼女から彼女の陰毛入りの御守りを貰い、それを肌身離さなかった。

 女性の毛には、古代から霊力がある、とされる(*1)。

 神奈川県川崎市の金山神社で伝わる、かなまら祭等に代表される様な、生殖器崇拝の一種であろう。

 トランシルバニア王国にもその様な文化があり、とりわけ、軍人のそれは、男女問わず、重宝されている。

 煉が落とした縮れ毛の一部をライカは、密かに拾い、お守りにしていたのだ。

 彼女だけでない。

 オリビアやスヴェン、シーラ、他の隊員もしているかもしれない。

「……少佐♡」

 ライカは、強い男が好みであった。

 トランシルバニア王国では、連戦連勝。

 ボクシングの五輪代表選手にも勝った事があるくらい、腕っぷしには、自信があったのだが。

 まさか、煉には直ぐに負けた。

 あの時ほど自尊心がズタズタになった事は無い。

 糞生意気な不良少年ルーズボーイ、と会う前は軽視していたのだが、いざ、会って時は、本当に自分が『井の中の蛙大海を知らず』であった事を思い知らされた。

 あれ以来、憧れている。

 スヴェンほどではないが、彼女があれほど心酔するのは、分かる。

「……」

 机の引き出しを開けて、煉の盗撮写真を見る。

「少佐♡」

 ライカの眠れぬ夜は続くのであった。


 急性アルコール中毒で入院した俺は、発症翌日も寝台に居た。

 今日は、大事を取って、学校を休んだ。

 体調的には、何も無いのだが、ドクターストップなので、仕方が無い。

 司達は、登校後している為、家には居ない。

「……」

 味の薄い、且つ少量の病院食は、俺には拷問の様に感じる。

 ただ、皐月が心を込めて作ったものだ。

 残す事は出来ない。

 完食後、やる事が無い為、惰眠を貪ろうと横になる。

 と、

 コンコン。

 個室の扉が叩かれ、俺が答える間もなく、開けられる。

「……おお」

 自然と俺の口から声が漏れた。

 だって入って来たのが、メイドの恰好をした皐月とシーラ、シャロン、スヴェンの4人なんだぜ?

 三十路の皐月は、自信満々にチラリズム。

 太腿が煽情的だ。

 シーラは恥ずかしそうにスカートの裾を摘まんで、上目遣い。

 犯人のシャロンは罰の為か、4人の中で最もミニスカートだ。

「パパ……見ないで……」

 涙目で必死に手を翳し、隠している。

 やべーな。

 それでも、男心がくすぐられるから。

 最後のスヴェンは、スルーしたい所だが、皐月の話じゃ、前日、ずーっと看病してくれた恩があるから無碍には出来ない。

 仕方なく、見ると、

「師匠♡」

 御開帳♡

 おお、純白のパンティーが眩しい。

 外見は男なので、女装にしか見えないが、中身はしっかりとした女性だ。

「……」

 俺の一瞬の興奮を察知したのか、シーラはムッとし、裾を捲り上げる。

「おお……」

 桃色のパンティー。

 義妹らしく可愛い下着だ。

 ……いかんいかん。

 妹に欲情しては、兄の恥だ。

 4人は、俺の寝台を囲み、一斉に乗り込んでくる。

 凄いな、囲い込みが。

 皐月が、跨って、額を俺の額に密着させ、熱を測る。

「大丈夫そうね?」

「随分、旧式なんだな?」

「御希望なら直腸で測る方法もあるけど?」

「これで良いよ」

 皐月は、微笑んだ後、俺の布団を被った。

「んだよ?」

「昨晩、司が添い寝していたから羨ましく思って」

「……有難いけど、もう完治―――」

「治療費、保険適用外にするわよ?」

 医者が脅迫している。

 世も末だ。

 今年、令和3(2021)年は末法の年だったらしい。

「……」

 シーラが小さな太腿の上を叩く。

 膝枕したい、という意味らしい。

「有難う」

 笑顔で感謝し、その頭を撫でると、彼女は、呼吸を荒くする。

 嬉しい様で、目を閉じて堪能している。

「パパ♡」

「師匠♡」

 両手を愛娘と内弟子2号に取られ、胸の谷間に挟まれた。

 シャロンは、胸がある為、心地良い。

 一方、スヴェンは晒しを解けば、シャロン程にはないにしろ、胸がある。

 これ程、快楽的な拷問は、嘗て受けた事が無い。

 否、共産圏特有の色仕掛けハニートラップ以来だろう。

「セックスはしないからな?」

「こんなに固くしておいて?」

「俺は、聖人なんだよ」

 皐月は、不満げだが、俺に跨ったままで、それ以上の事はしない。

 他の皆も。

 やはり、司に気を遣っているのだろう。

「俺は眠いんだよ。お休み」

「「「お休み♡」」」

「……♡」

 4人から一斉にキスを浴びる。

 白雪姫なら4人起きている所だ。

(……俺って皇帝スルタンだったのか?)

 疑問に思いつつ、俺達は、同衾するのであった。


「……」

 煉が寝入った所、シーラは凝視していた。

 他の3人も既に夢の中だ。

 起きているのは、自分だけ。

「……」

 煉の唇を狙う。

 思いの外、近くで見ると、小さい。

 又、瑞々みずみずしくもある。

 吸い付きたくなる衝動に駆られるが、流石にそれは我慢だ。

「……」

 フレンチ・キスを狙うも、

「駄目よ」

「!」

 スヴェンが、煉の頭の向きを変えて、シーラの首筋にウージーを突き付ける。

 完全に寝ていたのに瞬時に起き、即応出来るのは、煉が気に入るだけの戦闘能力であろう。

「シーラ二等兵。貴女ね。師匠を骨抜きにしているのは」

「……?」

「内弟子1号は、返上しなさい。貴女には荷が重いわ」

「!」

 煉に抱き着いて、その頬を舐める。

 長い舌だ。

 まるで蛇を彷彿とさせる。

「私は、師匠の為に全てを投げ打った。貴女にその覚悟がある?」

「……」

 2人は、言いたくは無いが、有能と無能だ。

 煉に才能を認められ、入隊したスヴェン。

 将来性を買われるも、未だ何の実績も無いシーラ。

 その差は、歴然とし、埋める事は出来ない所迄来ていた。

「傷付く前に転職を勧めるわ」

「……」

 今までのシーラは、逃げて泣いていた事だろう。

 然し、煉に秘書官として認められた今、そんな事はしない。

 煉の手を握り、強く睨む。

「……そう? 私に勝てるとでも?」

 成程、とシーラは思った。

 スヴェンが、ボルマンの親族であった以外にこの様な傲慢な性格が、虐めの理由になっていたのかもしれない。

 強い彼女は、その度に打ち負かしていたのだろうが、結局は、孤立してしまう。

 その鼻っ柱を折った煉に、強い憧れを持つのは、当然だろう。

「……」

「何よ?」

 シーラは、握り拳を作る。

 そして、振り上げた。

 スヴェンにパワーで勝る事は無い。

 それでも、少しでも反撃したかったのだ。

「……」

 スヴェンは、ニヤリと嗤う。

 《《貴族シュヴァリエ》内での喧嘩は御法度。

 喧嘩両成敗である。

 無論、一方的な暴力行為は、当然、問題視され、刑事事件として、トランシルバニア王国の司法に基づき、処罰される。

 オリビアの許嫁である煉に暴力を行えば、ただの反逆にはならない。

 不敬罪が課され、最悪、死刑にも成り得るのだ。

(死ぬのは、貴女よ)

 高を括って待っていると、

「シーラ」

「!」

 煉が目覚め、シーラの手首を掴む。

「……!」

 パクパクとシーラは、口を動かすも、何もでない。

「……」

 完全に熟睡していた。と思っていたスヴェンも驚きを隠せないでいた。

「駄目だよ。隊規、覚えてる?」

「……」

 こくり。

 親衛隊には、新選組の様な隊規が存在する。

 ―――

『一、勝手ニ金策致不可かってにきんさくいたすべからず

 =勝手に人の金を奪ったり借金したりしてはいけない。


 一、勝手ニ訴訟取扱不可かってにそしょうとりあつかうべからず

 =勝手に訴訟を起こしたり、関係してはならない。


 一、私ノ闘争ヲ不許わたくしのとうそうをゆるさず

 =個人的な争いをしてはならない』(*2)

 ―――

 親日家のオリビアが、新選組のそれをそのまま流用したのだ。

 2人の喧嘩は、最後の私闘に該当する。

「スヴェン、それ程、チーム内で問題行動をするのであれば、居る必要は無い」

「!」

 煉は、しっかりと、シーラを頭を撫でる。

「俺は、人間性より中身を重視するタイプだ。和を乱すならば、第36SS武装擲弾兵師団にでも入ってろ」

「……申し訳御座いません」

 平身低頭だ。

 煉への異常な忠誠が、この様な暴走に至らしてしまうのだが、それは片思いに過ぎない。

 煉は、シーラを涙を手巾で拭く。

「この馬鹿には、処分しておくからな? 許してやってくれ」

「……」

 本当に2人は、優しい兄と泣き虫な妹の様だ。

「……ぐすん」

 とめどなく流れる涙を見て、煉は、彼女を抱擁する。

「大丈夫。大丈夫だからな?」

 背中を擦られ、シーラの悲しみの涙は、嬉し涙への変わるのであった。


 昼頃、俺は、皐月の作った病院食を摂っていた。

 今回も味が薄い。

「……」

 シーラが、食器を片付けてくれる。

「良いよ。自分で出来るから」

「……」

 首をブンブン振って、シーラは譲らない。

 メイド服が相俟って、本当にメイドの様だ。

「パパ、あの娘、変わったね?」

 横でハンバーガーを食べるシャロン。

 足を組み、下着が見えても気にしない。

 何このメイド?

 不良やんけ。

「変わった?」

「そ。強くなったよ」

「そうなの?」

「精神的にね」

 シャロンは、ハンバーガーを完食すると、俺の手を握る。

 フライドポテトの油でベタベタだ。

「拭けよ?」

「パパと共有したい」

「油を?」

「そうだよ」

 舐め腐った態度にイラっとするも、前世での負い目から怒り辛い。

 俺は親馬鹿なんだなぁ(自己嫌悪)。

「如何したの?」

「いや、娘に一つも怒れないのは、親失格かな、と」

「親じゃない。彼氏よ」

「え?」

 シャロンは、首に手を回して、口付け。

「おいおい?」

「天国のママに怒られる?」

「……そういう訳じゃ―――」

 もう一度、キスした後、シャロンは誘う。

「もう元気になった事だし、軽く運動し様よ」

「射撃?」

「そういう事」

「分かった―――あ、ちょっと、もう?」

「善は急げ、よ」

「焦るなよ―――おい」

 シャロンに引きずられれていく。

 そんな俺をシーラは、「行ってらっしゃい」と言う様に笑顔で見送るのであった。


[参考文献・出典]

*1:柳田國男 『いもの力』

*2:幕末維新庵 一部改定

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