第66話 家母長制

 信介と知り合った為か、北大路家の周囲はよくパトカーが見回りに来る様になった。

 表向きは向いにあるトランシルバニア王国領事館の警備であるが、本音の所では外国人を守っても票には繋がらない為、家の警備だろう。

 そんな家で、10月中旬のある日曜日。

 世間では、日曜日というにも関わらず、が会談していた。

 詰まる所、北大路家と王家が。

 会談場所は、両家を繋ぐ地下隧道トンネル

 これは元々戦時下、防空壕であったのを、オリビアが領事館を移築した際に地下を掘り、北大路家の防空壕と無理矢理繋げて、隧道にした物だ。

 その為、地下隧道の丁度真ん中が、両境界線ボーダーラインとなる。

 そこに椅子と机が用意され、出席者は、

[北大路家][王室側]

・皐月   ・オリビア

・司    ・ライカ

 俺、スヴェン、シーラ(戸籍上は、北大路家)は、発言権が無い。

 酷い話だろ?

 この剥奪は、両家が決めたんだぜ?

 酷い婚約者と許嫁と養母だよ。

 その為、俺はシーラを抱っこし、スヴェンに抱擁されている状態で聞いている。

「正妻を認めますわ。ですから、私を側室に御認め下さい」

「嫌です」

 会談は、始まってからもう1時間以上経つが、平行線のままだ。

「借金を無償化するんですよ? それで、勇者様はお飲みになりました。貴家の為に」

「たっ君は、受け取っていません。なので未成立です」

 会議は、基本的に司VS.オリビア。

 皐月とライカは、2人の会話を聞きつつ、微笑んで御茶を飲んでいる。

 仲が悪いのは、婚約者と許嫁だけの様だ。

「師匠は、英雄ですね?」

「この光景で、そう感じるお前の神経が心底羨ましいよ」

「有難う御座います!」

「褒めてないよ」

 面倒臭い忠臣だ。

 シーラも耳を塞いでいる。

 相当、うるさい様だ。

 聞き飽きたのか、皐月が漸く口を開く。

「あのさ、どっちも譲らないなら、どっちも譲歩すれば?」

「「え?」」

「どっちも煉の事が大好きって事が分かったわ。でも煉は1人。このままずーっと、争っていくつもりなら、私が貰うわ」

「「!」」

「割と本気だから。ねぇ、煉?」

 投げキッスされ、俺は曖昧に笑う。

 皐月は本気で俺の事が好きな様で、最近キスが多い。

 時々だが入浴中にいきなり、浴室に突撃したり、俺の枕を盗んでクンカクンカしている等、犯罪行為に暇が無い。

「結婚したいのならば、どっちも高潔になりなさい。じゃなきゃ、煉は、誰にも渡さないわよ」

「「……」」

 新法が施行される来年度までは、結婚には、親の同意が必要だ。

「煉、おいで」

「はい」

 渋々皐月の下へ行くと、彼女は抱擁し、あろう事か俺に口付け。

「「「!」」」

 女性陣は、息を飲んだ。

 頬ではなく、唇だったから。

 皐月は、俺の後頭部を両手で、掴み、更に自身のそれを押し当てる。

 舌が入って来た。

 本能的に絡めてしまう。

(……若い頃を思い出すな)

 シャロンが生まれる前は、毎時間位の間隔で愛妻としていた。

 キスは、10秒程で終わる。

 恥ずかしくなったのか、皐月の方から離れたのだ。

「……」

 パッと、赤い皐月は、正直、めっちゃ可愛い。

 司の母親だけある。

 前夫は、良いな。

 こんな女性と愛し合ってんだから。

 ちょっとだけ嫉妬しちまう。

 皐月は、俺の唾液が付着した自身の唇を指で撫でた後、

「この件は、私が預かるわ。じゃなきゃ、両方、破談だから」

「「え~……」」

「文句ある?」

「無いです」

「ありませんわ」

 皐月が、スターリン並の強権(強制猥褻)を発揮させ、黙らせやがった。

 俺を人質に取られた事で、オリビアも手だし出来ない。

 結局、俺達は皐月の掌に居る、という事が判った会談であった。


 会談後、俺はシャロンの手料理を食べる為にプレハブ小屋に居た。

 先の会談時、愛娘は研究所に提出する報告書レポート作成の為、不参加だった。

 若し、あの光景を見ていたら、マジ切れして散弾銃をぶっ放していた事だろう。

 シャロンは、それくらい平気でやる危ない女だ。

 何って、俺の愛娘なんだからな。

 娘の性格くらいお見通しよ。

「おお、魚か? 凄いな」

「うん。横須賀の友人から貰ったんだよ」

 秋刀魚にスルメイカに浅蜊。

 どれも9月が旬の魚介類だ。

「友人? 男?」

「そうだよ。海軍ネイビーのね?」

「……彼氏?」

「全然。私の彼氏は、パパだけだから」

 一瞬、横須賀ベースの軍人共をぶっ殺しに行きたい衝動に駆られたが、シャロンが正常で良かった。

 シャロンに男は必要無い。

 俺と一生、過ごすんだ(親馬鹿発動中)。

「何? パパ、嫉妬?」

「そうだよ。俺には、シャロンしか居ないんだから」

「あれ? 司は?」

「も、好きだよ」

「うわ、パパ、我儘じゃない?」

「親子愛と恋愛感情は違うから」

「私としては、恋愛感情の方が嬉しいんだけど」

「ん?」

「だって、パパと結婚したいんだもん」

「……ぐは!」

「パパ、大丈夫?」

 その圧倒的破壊力につい、鼻血が出てしまった。

 畜生。

 オッペンハイマーは原子爆弾という恐ろしい兵器を作ったが、俺は前妻との間に水素爆弾以上の恐ろしい物を作ってしまった様だ。

 やべぇ。

 ほんま、罪深いで。

 この可愛さは。

 つい、関西弁が出て来る位、動揺した俺を、シャロンは、優しく抱擁する。

「パパ、疲れている? 愛情注入♡」

「おお、有難い事だ」

 体臭、体躯、肉感……

 全て前妻を受け継いでいる為、俺がシャロンを大事にしたくなるのは、当然の事だろう。

 離れ離れになっていた親族が再会した場合に起こる、近親者同士の性的魅力=GSAジェネティック・セクシュアル・アトラクション―――によって、俺達は、間違いなく惹かれ合っている。

 悔しい事だが、これは事実だ。

 した時よりも、今、俺の心は恋愛に近付きつつある。

 最新の診断では、俺の前世のDNAは薄くなりつつあり、代わりに煉のそれが、復活しつつある。

 肉体的にシャロンとは赤の他人になりつつあるのは、悲しい事だが俺の臓器が、俺のDNAを薄めるくらい煉に馴染んでいる証拠なのだろう。

 このままだと、シャロンと繋ぐ数少ない接点は、国籍と記憶だけになる。

 記憶も若しかしたら、消えていくのかもしれない。

 その恐怖心が、俺をシャロンに強く惹かせる要因の一つなのかもしれない。

「……シャロン、本当に結婚したいのか?」

「うん。パパが世界で1番好きだから」

「……有難う」

 幸せな父親世界ランキング1位、俺(俺調べ)になった。

 ギネス認定されなーかな。

 すっげー、幸せ。

 心が温かくなる。

「でも、パパには婚約者が居るよ?」

「知ってるよ。それでも私は好き。自分の気持ちに嘘は吐きたくないから」

「……」

 前妻もこんな感じだった。

 恋愛に奥手だった俺を積極的にリードしてくれた事を思い出す。

 俺は、母娘2代に救われている訳だ。

 若し、前妻と結婚出来なければ、独身で何処かの戦場で早くに戦死していた事だろう。

 それだけ家族の存在性は、人生に大きな影響力を与えている。

「……、しょうがないけど、予約順だから司に譲るよ」

「正妻は?」

「別に籍を入れるのは強制じゃないし。私は結婚という感じじゃなくてもパパと一緒に居たいだけだから、同居って事で」

「……そうか」

「ゆくゆくは、同棲ってのもいいかもだけど?」

 にへら、と笑う。

 抜け目ないな。

 本当に。

 ゴトゴトゴトゴト……

「ん?」

「あ、やば!」

 浅蜊の味噌汁が沸騰し、吹きこぼれていた。

「あーあ」

「ごめん。忘れてた。あちゃ、灰汁ばっかし」

 エプロンを着用し、さじ灰汁あくを取っていく。

 その様は、本当に奥さんの様だ。

「……似合うな」

「何?」

「何でもないよ」

 俺もエプロンを着けて、隣に立つ。

「もう、日曜日くらい、私にさせてよ」

「逆だよ。日頃、お世話になっているんだから、今日くらい俺にさせてよ」

「そう?」

 本当は北大路家の9割の家事を俺が担い、その内、1割をシャロンが行っている。

 が、プレハブ小屋の環境整備もシャロンも行っている。

 その為、家主である筈の俺は、プレハブ小屋に関しては、ほぼノータッチだ。

 愛娘1人にさせて、申し訳ない気持ちである。

「灰汁、そんなに取らなくて良いからな」

「え?」

「俺は、そんなに気にしないタイプだから」

 灰汁は、漢字からすると悪い印象だが、取らなくても美味しい場合がある。

 俺も以前、味噌汁を作って、灰汁ありver.と無しver.を食べ比べしたが、結局、同じ様に美味しかった。

 無論、美食家の舌になれば、味の違いが分かるかもしれないが。

 俺は、そこまで重要視していない。

 美味ければそれで良いのだ。

「パパってさ、訓練では結構、神経過敏だけど、この手は雑だね?」

「そうか?」

「うん。完璧主義者かと」

「全然。俺は適当だよ」

 シャロンは、安堵した顔だ。

「良かった。パパの弱点が知れて」

「弱点、なのか?」

「そうだよ。弱点だよ」

 にひひひ。とシャロンは笑う。

 この時、俺は、見逃さなかった。

「シャロン、摘まみ食いしたろ?」

「え? してないよ?」

「おいおい、嘘吐きに育てた覚えは無いぞ?」

「……!」

 何故バレた? と、シャロンは、見るからに動揺している。

「歯間に葱、挟まってる」

「……あ~」

 手鏡で確認し、シャロンは、呻く。

 こういう所は、俺似かもしれない、

 シャロンの言う弱点が雑というならば。

 こういう抜けた所が、俺から受け継いだ可能性がある。

 外見や性格は、前妻。

 間抜けな所は、俺。

 良い所取りか。

 まぁ、逆より嬉しいから良いけどな。

「バーカ」

「ひっどーい! ママに言いつけてやる!」

 それから、俺達は仲良く、焼き魚のスルメイカの刺身、そして、浅蜊あさりの味噌汁を昼食に摂るのであった。

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