第67話 傍に居るだけで、愛。

 皐月が参戦した事により、パワーバランスが一気に崩れた。

 まるで、皐月はWWIのアメリカだ。

 同盟国は、オリビア。

 連合国は、司といった感じか。

 事あるごとに俺に、誘惑のメールを送り、時には下着の写真迄添付する始末だ。

 欲求不満もここまで来ると凄まじいな。

 皐月が縁談を一旦、保留にした事で、彼女とオリビアは休戦。

 あの隧道トンネルでの会談は、板門店パンムンジョムだったのだ。

「皐月、有難いけどさ。借金は、俺が頑張って払うから」

「自慢の息子を金で売り払うのは、毒親よ」

 皐月は、俺の頬を札束ではたく。

 金の事など心配するな、とでも言う様に。

「気を遣うのは、こちらとしも有難い事よ。でも、それは、有難迷惑でもあるわ」

 叩くのを止め、皐月は赤くなった頬にキス。

「……」

「私はね? 貴方には何不自由無く暮らして欲しいの。ただ、それだけの事よ」

「……」

「オリビアちゃんの事は、自衛隊の知り合いに訊いたけど、本当に箱入り娘なのね?」

 皐月は防衛医科大学の教授であって、自衛隊に顔が広い。

 その気があれば、民間人として防衛大臣に起用されても可笑しくは無い程だ。

「……どこまで知った?」

「前殿下の事まで。それ以上は、流石に聞かなかったわ。他人様の事だしね」

「……シルビアが気になった?」

「そうよ。貴方に惚れた悲劇の王女、気にならない訳無いよ。若し、タイムスリップがあれば、殿下を救いたかったね」

「……」

 皐月は、俺をバックハグ。

 俺が女性関係に奥手の為、リードされるのが、常だが、彼女に関しては、自然と見に任せる事が出来る。

 何されても不快感は無い。

 恐らく、波長が合うのだろう。

「……貴方は、好きだった?」

「……多分な」

「と、言うと?」

「好意はあっただろうよ。だから楽しかったし、可能な限り、一緒に居たかったよ。ずっと」

「……」

「でも、貴賤結婚する程、勇気は無かった。俺は、こう見えて臆病者チキンなんだよ」

 俺は、アメリカ人でありながら王党派だ。

 先祖を辿ればイギリスなのだから、恐らくその隔世遺伝なのだろう。

 自分の出自ルーツを確かめる為にイギリスに渡って、先祖の墓参りをしたが、その時も不思議な気分であった。

 衛兵に敬礼し、テレビで女王陛下を拝見した際も自然と最敬礼を行っていた。

 女王陛下の悪口を言っていた赤を殴打し、国際問題になりかけた事もある。

 シルビアに手を出さなかったのは、それが関係しているのだろう。

「……だから、権力には、興味無いのね?」

 少将から少佐に降格した話をした時、皐月は、悲しまず、笑っていた。

 そして、安定した道ではなく、自分を通した事を褒めてくれた。

『それで良い』

 と。

「そうだよ。義父と同じだよ」

「! 知ってたの?」

「ああ、失礼ながら調べさせてもらった」

 皐月の前夫も又、俺と同じ様に昇進を断った。

 理由は、『家族と過ごしたいから』。

 昇進すればする程、忙しくなり、家族との時間も少なくなっていく。

 それを見越した上での決断だ。

 後にも先にも、自衛隊史上初めての拒否だったそうな。

「……何で調べたの?」

「好きな人が惚れていた男だ。気にならない訳が無い」

「……嫉妬?」

 振り返って、俺は言う。

「そうだね。皐月、好きだよ」

「!」

「司の次だけどね?」

「……そ」

 一瞬、嬉しい顔を見せた皐月だったが、次の言葉で不機嫌に。

 でも、司の事も分かっている為、激怒する様な事ではない。

「……貴方は、誑しね?」

「始めてだよ。そんな事、言われたの」

「いーや、前世から誑しだった筈よ。絶対、何人か泣かせてきたわ」

「根拠は?」

「女の勘よ」

「……」

 ドン引きする俺を押し倒し、皐月は抱き着く。

「私をにさせた罪として、今日は添い寝させてもらうわ」

「可笑しいな。俺の知る日本語では、これ、『夜這い』って言う―――」

「黙れ」

 有無も言わさず、皐月は、キスで言論封殺。

 俺がどれ程暴れても、両手首をがっちり掴まれた状態ではどうにも出来ない。

 足も皐月に圧し掛かれている為、動けない。

 頑張って、脱出するのも可能だが、俺は皐月の顔を殴りたくない。

(……どうしたものか?)

 と、悩んでいた所、

 ぴちゃり。

 俺の頬に何かが落下した。

 見ると、皐月は、号泣していた。

 泣きながらキスをしているのだ。

 それも思い詰めた表情で。

(……前夫、か)

 突如、参戦したのは、喧嘩の仲裁だけでない。

 前夫と俺を重ね合わせてしまったのだろう。

 俺の力がどんどん弱くなっていく事を良い事に、皐月は、獣の様に俺の口を貪る。

 泣きながら。

(……駄目だな。俺は)

 司に申し訳なく感じる。

 今は、皐月の方が大事だ。

 俺は、彼女に身を任せ、キスを許すのであった。


 暫くして、皐月は気絶した。

(慣れない事するからだ)

 俺は、苦笑いしつつ、彼女を御姫様抱っこし、寝室に運ぶ。

「たっ君」

 びくっとし、振り返る。

 そこには、俺の抱き枕を抱いた婚約者が。

「ど、如何した?」

「それはこっちの台詞。御母さんを抱っこして、何があったの?」

「……」

 隠すと、余計、心証が悪くなる。

 俺は、先程の事を包み隠さず伝えた。

 婚約破棄を覚悟した上で。

「―――成程ねぇ」

 寝台に横たわる皐月の頭を撫でつつ、司は、俺の手を握っていた。

 逃げられない様に。

「……ま、しょうがないか」

「ん?」

「たっ君も知っての通り、御母さんは、寂しがり屋だから。御父さんが亡くなった後もずーっと、1人で家を守って来たから、たっ君に恋しちゃったんだろうね」

「……」

 意外な程冷静だ。

 予想では、包丁で刺し殺されて、その後、司が後を追う最悪の結末をも考えていたのだが。

「……怒らないのか?」

「全然。御母さんに幸せになって欲しいし」

「……」

 優しい娘過ぎて落涙しそうだ。

 俺も再婚を相談したら、シャロンはどんな反応を示しただろうか。

「それにたっ君の1番は、私なんだよね?」

「うん」

「なら、それで良し」

 親指を立てる。

 俺の婚約者フィアンセは、美少女のなりだが、中身はハードボイルドらしい。

 咥え煙草に顎髭を蓄えていていたら、もうそれにしか見えない。

「ん」

 目を閉じて、キスを強請る。

 上書きしたい様だ。

「……」

 緊張しつつ、俺も近付いてそっと重ねる。

 俺達は、純愛から、段々、大人の階段を上っている事は言う迄も無い。


 最近、少佐から女性の匂いがぷんぷんします。

 女装に目覚めた訳でも、香水を振っている訳でもありません。

 女の勘、と言いましょうか。

 私を抱擁して下さる度に、何故か、ちょっぴり悲しい気分です。

 恐らく、養母皐月さんや、義姉様との距離が、肉体的にも精神的にも近付いている為でしょう。

 御二人に気を遣ってなのか。

 少佐には、全く色欲の気配がありません。

 何一つ、です。

 10代ティーンエージャー男子の9割は、親や姉妹に隠れて、エロ本を所持している傾向にあります(調査元:私)。

 にも関わらず、少佐の私室には、その痕跡が一切ありません。

 潔癖症の如く、綺麗なのです。

 あるとすれば、養母さんから御提供された避妊具位。

 あとは、本当に何も無いのです。

 てっきり、最初は、同性愛者やED勃起不全を疑った程です。

 又、シャロンさんの出産以降、性欲が減退したのか、とも思いました。

 然し、オリビア殿下や義姉様とキスしているのを見ると、その説は、間違いの様です。

 赤くなり、更には、股間の膨らみも服の上ではありますが、視認出来た為、異性愛者で間違いないでしょう。

 ライカ隊長によれば、

「少佐は奥手であるが、私のメイド服にも興奮されていた為、特殊な性癖を御持ちなのろう」

 との事です。

 私もメイド服で、少佐を持て成したいのですが、恥ずかしくて出来ません。

 仕事と割り切って着用出来る隊長が凄いです。

 そうそう、最近、入って来たばかりの新人ですが、彼女は本当に真面目ですね。

 付き纏いストーカーの気がありますが、それ以外は、尊敬出来る点が沢山あります。

 少佐に、雑巾掛け100往復を命じられた際も、嬉し涙を流し、行ってらっしゃいました。

 私と隊長の忠誠心がAだとすると、スヴェンさんは、S位でしょうか。

 少佐が戦死しても後を追っても可笑しくない、異常な忠誠心です。

 少佐もそんな彼女が可愛いのか、訓練の後は、膝枕を許す等、飴と鞭が分かり易いです。

 超甘々です。

 尤も、私が甘えたら、簡単に膝枕して下さるんですけどね(謎の負け惜しみ)。

 ……冗談です。

 実力では、天と月程ある為、仕事を熟して、オフの時、たっぷり少佐で疲れを癒している彼女が羨ましいです。

 嫉妬する位に。

『シーラ、今、大丈夫?』

 メールで聞かれました。

 隊長等によれば、用事の時に少佐が相手を気遣うのは、部下の中で私とシャロンさんだけの様です。

 愛娘と同等の扱いは、嬉しいですね。

 尤も、シャロンさんは、軍属とはいえ、実力を伴っている為、結局、私の場合は、なのかもしれませんが。

『はい、大丈夫です』

 返信すると、1秒も経たぬ内に電話が掛かってきました。

『シャロンがワッフル、作ったんだけど要るか? 御腹一杯なら、冷蔵庫に入れとくけど?』

「……?」

『司? ダイエット中で次回で良いんだと―――あ、スヴェン。摘まみ食いするな。罰として、1人で恥ずかし固めの刑だ』

『そ、そんな!』

『嫌ならライカの下に送る』

『お、お慈悲を……』

 場面緘黙の私の言葉を、発さずとも少佐は、理解して下さる。

 不思議な人だ。

 心の声が聴こえているのだから、とても徳の高い人物なのかもしれない。

 スヴェンさんに恥辱を与えなければ、の話ですが。

『じゃあ、御出で。待ってるぜ』

『シーラちゃん、御出で~♡』

 シャロンさんも誘って下さる。

 温かい一家だ。

 人生でこれ程の温かみは感じた事が無い。

 今迄普通じゃない人生を送って来たから。

 電話が切れると、私は嗚咽を漏らす。

 本当にここは、居心地が良過ぎる。

 少佐もシャロンさんも養母さんも義姉さんも皆、大好きだ。

 少佐には、異性愛を。

 後の3人には、家族愛を感じる。

「……」

 鏡に向かって声を出してみる。

 が、出ない。

 有難う御座います、位言いたいのだが、喉の奥がつっかえる様な感覚で、何も出てこない。

 少佐とは気楽に話せるのに、こんなによくして下さる家族の皆様には、申し訳が無い。

(……若し、声が出る様になったら、皆さんの前で少佐に告白してみようかな)

 そしたら一体、どんな反応をするだろうか。

 声を出せた事で喜ぶだろうか。

 それとも、横恋慕として女性陣は怒るだろうか。

 1番気になるのは、少佐だが。

(……私、意外と悪女かも)

 自分に嫌悪感を抱きつつ、私は、ボサボサの髪の毛を櫛で梳かす。

 少佐に女性として見てもらう為に。

 意識して頂く為に。

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