第64話 白い血

 官邸を後にする俺達。

 送迎車は、トランシルバニア王国の国旗を掲げた外交官車だ。

 運転手は、ライカ。

 助手席には、スヴェンが座っていた。

 停車位置で寸分違わず停まる。

 まるで、新幹線の様だ。

「凄いな」

「我が国の外交官車を運転するには、それなりの運転技術テクニックを求められますからね」

 スヴェンが降り、後部座席の扉を開けた

「どうぞ」

「有難う」

 オリビアが先に乗り込む。

 次に司が乗車し様とした時、

「司様、申し訳御座いませんが、最後で宜しく御願いします」

「? 如何して?」

「その方が、師匠と隣同士になれますよ?」

 くるりと振り返ると、

「たっ君、どうぞ」

「……有難う」

 乗ると、オリビアが擦り寄って来た。

「貴重な経験が出来ましたね?」

「そうだな」

 最後に司が乗って、俺は見事に挟まれた。

 狭いなぁ。

 両手に花は嬉しいけれど。

 軍用車の中、鮨詰すしづめの状態で戦地を駆け巡ったのが懐かしい。

 尤も、あの時は、むさ苦しかったが、今回は。花の様な匂いが立ち込めれている。

 これは、男女差別だ。

 男性も体臭改善をしなければならない。

 車が走り出す。

「たっ君、もうさ。夫婦になろうよ」

「え?」

 突如、求婚プロポーズ

「卒業まで待てないよ」

「……分かった―――」

「勇者様、では、わたくしも御願いしますわ」

「おいおい、重婚になるぞ?」

 民法の『第732条配偶者のある者は、重ねて婚姻をする事が出来ない』(*1)とある様に、重婚は法的に出来ない。

「大丈夫ですわ」

 謎の自信である。

「だってわたくし、上級国民ですもの」

「「……」」

 俺と司は、ドン引きだ。

 実際、そうなのだが、ここまで公言出来るのは世界中の王族の中で彼女だけだろう。

 まぁ、法務省の事だ。

 国益重視の官邸に忖度や官邸からの要請により問題視しない可能性もある。

「清々しいな」

「でしょう? わたくしは、正直者なんですわ」

「……そうだな」

 良い意味で、純粋。

 悪い意味で、ストーカーだ。

 オリビアは、俺の手を握る。

「後悔はしていませんわ。惚れた男が、既婚者だっただけの事なので」

「……」

 映画の『わては極道と結婚したんとちゃいます。惚れた男が、極道だっただけや!』という名言があるが、これは人間の本質だろう。

 恋は盲目。

 好きになった以上、相手の氏素性は二の次なのだ。

 周囲から反対されればされる程、盛り上がる事もある。

 幼少期から、俺の話を聞かされ、平均的な愛を受けずに育ってしまったオリビアは、この状態だと俺が例え犯罪者であっても、惚れていたかもしれない。

「例え事実婚でも構いませんわ。わたくしは、勇者様だけなのですから」

「……オリビア」

 そんな潤んだ目で見詰められると、困ってしまう。

 司に助けを求めると、彼女は嫌そうだが、オリビアの境遇を知っている手前、引き裂く事は出来ない。

 昔から看護助手として沢山の患者を看て来たのだ。

 助けたい、という篤志家フィランソロピストな精神が働いているのだろう。

「……少佐、ラブラブな所、申し訳御座いませんが、2時の方向に不審者です」

「8秒前から気付ているよ。スヴェン―――」

「どうぞ」

 M16を渡す。

「2人共伏せててくれ」

「「はい♡」」

 素直に頭を低くする。

 外交官車は、防弾仕様だが、反撃しない訳ではない。

 トランシルバニア王国の信条は、『やられたらやり返す』。

 泣き寝入りしないのは、戦後日本の政治家には、強硬派振りだろう。

 車窓は、マジックミラーなので、外から仲の様子を窺い知る事は出来ない。

 俺は、その方向を見る。

「「「……」」」

 喫茶店で座る白人3人。

 タンクトップで、肩には、刺青で鍵十字が。

 ブレイビク、タラント、ルーフの様な、どす黒い瞳をしている。

「スヴェン―――」

「撮影しました」

 3人は、撮影に気付いたのか、目を逸らす。

 とても堅気の雰囲気ではない。

 写真は、直ぐにAIで確認される。

 数秒後、

『ネオナチと確認。

 関係各所に通報しました』

 との返信が。

「少佐、迂回して帰ります」

「そうだな」

 経路ルートが調べられている可能性がある為、妥当な判断だ。

「スヴェン、親衛隊に伝えろ。『警戒レベルをMAX』と」

「は」

 直ぐにスヴェンは、自動車電話で親衛隊に指示を出す。

「少佐より御命令だ。警戒レベルMAXにしろ。今すぐにだ」

 俺達が属する《貴族シュヴァリエ》は、親衛隊の上部組織に当たる。

 最高指揮官が俺で、階級的には、その下にシャロン、スヴェンが、新兵としてシーラが属している。

 つまり、親衛隊は、シーラよりも下の存在なのだ。

 階級を重んじる軍隊では、どれ程嫌おうが、階級が逆転すれば、何も出来ない。

 俺が、シーラをチームに入れたのは、彼女を虐めから守る為でもあった。

 車は、迂回路を進む。

 早々に対応出来た事から、攻撃は未然に防げられたのであった。


 夜。

「貴方も大変ねぇ~」

 お肌つるつるな皐月が、呑気に言う。

 今日は、休みを利用して、オイルマッサージに行ったんだと。

 元々、美人だったのが、更に磨きがかかり、もう女子大学生の様にしか見えない。

「心配しないんだな?」

「襲われかけたの? 全然」

 余裕綽々に皐月は微笑む。

「貴方を信頼しての事よ。何時も守ってくれているんでしょう? なら、それで良いじゃない?」

「……ああ」

 皐月は、珈琲を飲んだ後、俺の頬に口付け。

 口紅が、付着した。

「……情熱的だな?」

「貴方の所為よ」

「何?」

「私好みに育っちゃって♡」

 野獣の眼光だ。

 診察中には、絶対に見せない本性だ。

「おーい。子供に手を出すなよ?」

「養子よ。若し、問題化すれば、揉み消すし―――で」

「……」

 何ちゅう親だ。

 これが医師である事も恐ろしい。

 俺の知らぬ間に沢山の患者が毒牙にかかったのかもしれない。

「大丈夫よ」

 俺の心配を察してか、皐月は俺を抱っこし、膝に乗せる。

「貴方以外には、手を出すつもりはないわ」

「……それはそれで問題では?」

「良いのよ」

 首筋に口付けし、文字通り、赤く染める。

「おいおい、娘の婚約者だぞ?」

「大丈夫よ。家族だし。それはそうと、今日、求婚されたそうね?」

「……ああ」

 今日の話は、司が全て話している。

 信介が、

・複婚制

・同性婚

 の改憲を目指している事も。

「……如何するの?」

「学生結婚、良いのか?」

 男女共に18歳から法的に結婚出来るのは、来年(2022年)4月1日から。

 同時に親の同意も不要になる。

 俺達は、17歳。

 来年丁度18歳となり、結婚出来る年齢に達する。

 俺としては、高校卒業後を理想としているのだが、司のあの状況だと、待てないだろう。

 俺も正直、待てない。

 恋敵が増えている以上は。

「良いわよ。両想いなら。ただ、結婚を許す代わりに、一つ、守って欲しい事があるの」

「何?」

「司を幸せにする事」

「……ああ」

 母親として当然の事だろう。

 これ迄母子家庭だったのに、血の繋がる愛娘が、養子とはいえ、男に奪われるのだ。

 その想いは、相当、複雑だろう。

「(まぁ、どの道、大奥に入るんだけどね)」

「何?」

「何でも無いわよ」

 皐月は、俺の手を握る。

「まるで、ゴリラね?」

「もう少し、他の言い方は無いのかね?」

「じゃあ、熊」

「……」

 俺の手を触りまくる。

 皐月は、俺の様な大きい手が好みの様だ。

 手相セラピストによれば、大きな手の人は、慎重派らしい。

・真面目

・器用

・堅実

・内向的

・用心深くて神経質な所もある性格

 となり易く、技術者の様にコツコツ堅実に動く人が多い、との事だ(*2)。

 上記の項目で言えば、俺に当てはまるのは、最後位だろう。

 とても、

・真面目

・器用

・堅実

・内向的

 とは思えない。

 顔が広いのも仕事で偶々たまたま知り合っただけなので、それを自分の手柄にするつもりは更々無い。

「……」

 恋人の様にしな垂れかかる。

「有難うね?」

「?」

「あの娘の事、好いてくれて」

「何の話だよ?」

「あの娘、好きになったら一直線じゃない? それで心配していたのよ。『こんな重い娘、誰が好きになってくれるんだろうか?』ってね?」

「……」

 美人で人気がある彼女だが、確かにその本性を知れば、男性は離れていくだろう。

 常にべったり。

 最初の方はそれでも良いだろうが、暫く経つと、重く感じ、最終的には、嫌になってくるのが、大半ではなかろうか。

 斯う言っちゃなんだが、俺の場合は、前世の御蔭で精神力が強く、辛抱強い。

 なので、この位の重さなら許容範囲だ。

 流石にミザリークラスになれば、尻尾を巻いて逃げ出すだろうが。

「……母さんは―――」

「名前」

「……皐月は、本当に司の事を心配しているんだな?」

「子供の事を心配しない親は、鬼畜よ」

 子供を虐待する全国の親共に訊かせたい御言葉だ。

 尤も、鬼畜には、馬耳東風だろうが。

「私達母子って風変りな親子よね?」

「何が?」

「こんなおじさん、好きになっちゃうんだから」

「……」

 真正面でこれだけ素直に言われたら、俺も赤くなってしまう。

 本当、美人って得だよな。

 でも、嬉しいのは、事実だ。

 再度、首筋に接吻。

「んだよ?」

「マーキングよ。これ以上、変な虫がつかない様にね?」

「おいおい、嫉妬深いな?」

「偏執病だからね?」

「スターリン並の?」

「そうかもね?」

 困ったものだ。

 司が風呂から上がる迄の間、俺達は、濃密な大人な時間を過ごすのであった。


「……」

 就寝時、俺の枕がシーラになっていた。

 置物の様に微動だにしない。

「……ええと、何?」

「枕、です」

「いや、見りゃあ分かるけども」

「疲れ、を、癒し、たく、て」

 緊張しているらしく、たどたどしい。

 それ程緊張しているのならば、やらなければ良いのに。

「師匠、私は布団です♡」

 ムササビの様に毛布を広げるのは、スヴェン。

 こいつら、俺の安眠を邪魔する事しか考えてないな。

「じゃあ、私は、ベッド♡」

 シャロンが赤く染めつつ、寝台に横たわる。

 愛娘の上で寝ろ、という意味らしい。

 何こいつら?

 本当に俺の事尊敬しているの?

 ♪

「はい、もしもし?」

『勇者様、夜伽の準備が出来ました。来て下さいませ』

「……」

 まさに四面楚歌である。

 先程までの皐月と楽しかったのが嘘の様な状況だ。

 割と本気で転職し様かな?

 と、思う俺であった。


[参考文献・出典]

*1:民法第732条

*2:ウラスピNavi

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