第63話 虹の旗

 日本は、一夫一婦制の国だ。

 然し、それは、キリスト教が明治時代に入って来てからであって伝統的には、側室が許されていた。

 又、男色も合法であった。

 その両方が改憲されたら、日本の価値観は、一気に明治時代以前に戻るだろう。

「何故、これを見せて下さったんです?」

「北大路さん、これは、貴女の為ですよ」

「え?」

「私は、以前、トルコに行きました。そこでイスラム教徒ムスリムの方々の御話を伺い、日本の少子化対策には、複婚が適当と考えました」

「……」

 司は、オリビアを見た。

 王女である彼女には、身分では勝てない。

 信介も公言はしないが、国益の為ならば、オリビアを推しているのかもしれない。

 尤も、支持者の前では、口が裂けても言えないが。

「両家の為にも良い事かと」

 王家と北大路家。

 二兎を追う者は一兎をも得ず、という諺があるが、信介は本気でその両方を得たいらしい。

「我が国としては、勇者様と結婚出来れば万々歳ですわ」

「たっ君……どう思う?」

「司と一緒に居たいよ」

「有難う♡」

 司は、握り返すも、直ぐに真顔に戻る。

「でも、皆と一緒に居たいなぁ。スヴェンちゃんとか良い娘だし」

「そうだな。でも、俺は、司一筋だから―――」

 だん!

「ぐわ!」

 オリビアが足を踏み付け、煉は悶絶。

 首相の前でも御構い無しだ。

 信介は、苦笑い。

「若いのは良いですな」

 それから居住まいを正す。

「お嬢さん、遅ればせながら御婚約おめでとうございます」


 その後、司とオリビアは、信介の夫人に招かれ、別室へ。

 昼食に誘われたのだ。

 一方、俺は、信介とである。

「蕎麦は好きかね? 少佐」

「はい。頂きます」

 現役時代、横綱に迄上り詰めた信介は、大食漢だ。

 俺の5倍以上もの量が盛られた蕎麦をズルズルと啜る。

「……少佐は、幸せ者だな」

「はい?」

「私も結婚前は、色んな女性と遊んだが、2人程の美人で良いは早々居ないよ」

「……」

 信介の力士時代の逸話は、豪快だ。

・銀座のホステスを一晩で同時に10人以上、抱いた

・愛人と別れる際、手切れ金1億払った

・タニマチから、優勝祝いに一軒家と娘を貰った

 等々。

 今の夫人もその時に出逢い、猛アピールしてから結婚したという。

「君の秘密シークレットは、内調から聞いた。不思議な事だな。転生が、事実とは。てっきりラノベだけかと」

 意外に感性が若い首相。

 政治家でラノベを読んでいる人は、中々聞かない。

「転生したら貴族になり、その上、美人2人と知り合えるなんて……羨まけしからん」

「閣下、それ御話とは?」

「おーそうだったな?」

 箸を一旦、起き、信介は、口元を手巾で拭き拭き。

「君を呼んだのは、別に理由がある。少佐、君は、愛国者かね?」

「? と、申しますと?」

「少佐の祖国は、何処にある? アメリカかトランシルバニアか、日本か?」

「……」

「君の経歴を全て知った上で聞きたい」

「……自己同一性に拘りますね?」

「敵か味方か判断する為の指標の一つだからな。自己同一性、というのは」

「……」

 信介は、俺を疑っている様だ。

 日本に仇名す人物か如何かを見定めているのであろう。

「内調の事でしょうから、もう調べがついていますよね?」

「ん?」

「自分は二重国籍ですが、日本人です。前世ではアメリカ人でしたが、現世では日本人ですよ」

「……分かった。そんな君に報告したい」

「?」

「私の任期中、我が国はアメリカから独立したい」

「……」

 CIAの報告書では、信介は、『民族主義者ナショナリストの疑いあり』とあった。

 然し、これで、はっきり判った。

 この独立宣言は、アメリカへの敵対行為だ。

「……強気ですね?」

を賭けた夢だからな。―――『苦しい事もあるだろう言いたい事もあるだろう。不満な事もあるだろう。腹の立つ事もあるだろう。泣きたい事もあるだろう。これらをじっと堪えてゆくのが、男の修行である』」

「……」

 この言葉は、山本五十六のだ。

 力士時代、辛い稽古もこの言葉を信条にする事で、信介は乗り切った。

「我が国は、昭和20年までどの国の植民地になった事が無い国だ。アメリカの衛星国になって以降、先祖の皆様に申し訳ない」

「……何故、自分に言うんです?」

「日本人とアメリカ人、双方の心を持つ君の見解が聞きたくてね。適任者だよ」

「……はっきり言って無謀ではないでしょうか?」

「と、言うと?」

「イランの様にアメリカを追い出す事に成功しましたが、今度は、ロシアが接近してくる筈です。高い理想を掲げるのは、御立派ですが……現実的ではないかと」

「だろうな。でも、先祖は、それを行った」

「……」

「我が国は、主権国家だ。対等な同盟関係というなら、アメリカにも自衛隊の基地が置かれるべきだ」

 理論は分かる。

 CIAは、多くの政治家が親米派になり、扱いがし易くなった、と高笑いしていたが、信介の場合は、違う。

 服従ならざる日本人。

 恐らく、白洲次郎以来、気骨ある人物だろう。

 又、先程、「」と言った。

 政治家人生 ×

 人生    〇

 解釈次第では、失敗した場合、自殺する、ともとれる。

 それ程、アメリカから独立を果たしたいのだろう。

「……御意見は、重々分かりました。先程申し上げた通り、現実的には、難しいでしょう。然し、御決断された以上、勝機を見出した、という訳ですね?」

「そうだな。流石、御嬢さんが惚れただけあるな」

 苦笑いしつつ、信介は、内調の調査報告書を見せた。

 アメリカの大統領の診断書を。

「! 認知症?」

「俳優上がりの大統領の時以来だよ。永田町もホワイトハウスも介護施設になりつつあるな。定年制を導入しないといけない」

 ふー、と信介は、大きく嘆息。

 40歳での首相になったが、まだまだ長老は健在だ。

 パソコンもスマートフォンも出来ない老いぼれ共に、その国の未来を担う若者達の支持を得る事は難しい、とでも考えているのかもしれない。

 大統領の病気は、アルツハイマー認知症。

 その症状は(*1)、

・記憶障害

・見当識障害

・遂行機能障害

・失認

 等。

 これらの症状が出ている以上、大統領は勿論、他の仕事は務まらないだろう。

「……これは、国家機密トップシークレットですね?」

「反大統領派から貰ったよ。アメリカは、一枚岩じゃないね? こんなのが、同盟国に出回るなんて」

「恥ずかしながら、WWII位の戦争が起きない限り、両党は挙国一致しないかと」

「……かもな。でも、この爺さんの任期中が勝負だ。真面に政権運営出来ないだろうから。副大統領も女性票を気にするばかりで、外交なんざ二の次だからな」

「……」

 力士は、中卒が多い心象であったが、信介は相当、頭が切れる人物らしい。

 アメリカが弱体化している所を一気に突くとは。

 余程の決断力が無ければ出来ないだろう。

 然も現政権は、自分の事ばかり。

 副大統領が若しかしたら黒幕かもしれない。

 若し、病気で辞任すれば、自分が昇格し、晴れてアメリカ史上初めて女性の大統領になるのだから。

「……愛国心が強いんですね?」

「親族が硫黄島と沖縄で亡くなっているからな。靖国神社に祀られているよ」

「……」

 信介は、歴代首相の中で、最も参拝が多い首相だ。

 毎年、開戦日、硫黄島と沖縄戦戦闘終了日、終戦記念日の4回は欠かさない。

 忙しくて行けない時には、玉串料を奉納している。

 その為、左派系や諸外国からは、非難されているが、「家族が眠っているんだ。何が悪い?」と一蹴している。

 これ迄、見た事無い強硬派の首相だろう。

「我が国は、将来的には、核武装も検討している」

「そりゃあ又、ホワイトハウスが許しますかね?」

「仮想敵国が、核保有国な以上、我が国も核抑止力の観点からは、避けられない。若し、アメリカが反対ならば、アメリカとの共同管理も考えている。必要ならば、」」

「!」

 売国的発言だ。

 アメリカは、どの様な反応を示すだろうか。

 嘗て、ブルガリアのジフコフは、1968年にブルガリアがソ連に加入してその第16番目の構成国となる考えを非公式に提案した、とされる。

 この時、ブレジネフはジフコフを怪しんだのか、この案を受け入れなかった。

 信介は、それ以来の政治家であろう。

「……国の一部を売ってでも、国を守り通す、と?」

「コヴェントリーをチャーチルが売った様に、時には小さな犠牲も必要だ―――『小の虫を殺し大の虫を生かす』、だよ」

「……」

 1940年11月14日、イギリスの工業都市、コヴェントリーはにはナチスの空爆の標的ターゲットの一つになった。

 この空襲について、イギリス政府は事前にドイツ軍のエニグマ暗号を解読し察知しながら、その後の迎撃戦を有利に運ぶ為、コヴェントリー爆撃隊を見逃したとする陰謀論があり、「小の虫を殺し大の虫を生かす」類の説話としてしばしば語られる(*2)。

 然し、BBC英国放送協会によれば、真相はイギリスはエニグマ暗号自体の解読には成功したが電文中で標的は「Korn」と暗号名コードネームで書かれていた為に、それが即ちコヴェントリーであるという事迄は判らなかったとされる(*2)。

 報道により真相は明らかになった訳だが、若し、陰謀論が現実であった場合、チャーチルは、救国の英雄から、その地位を落とす事になりかねない。

 最悪、遺族達から国家賠償請求訴訟を起こされるかもしれない。

 話を聞く限り、信介は、チャーチルがコヴェントリーを見殺しにした、と解釈している様であった。

「……自分には、FSBやCIAの知り合いが居り、漏れる可能性がありますが?」

「今話したのは、君を信じての事だ。それとも、拷問に屈さず、情報を一つも漏らさなかった前世の経歴は、偽りフェイクだったのかね?」

「……いえ」

「思想の自由は侵害しない。君が、我が国の為に働いてくれる事を期待しているよ」

 強く俺の肩を叩きつつ、信介は蕎麦をバキュームの様に啜るのであった。


[参考文献・出典]

*1:記憶長寿ネット

*2:ウィキペディア

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