第62話 大衆主義
第100代内閣総理大臣・伊藤信介(40)。
保守王国・山口県の出身で、日本史上初めて、角界を経験し、政界でも成功を収めた政治家だ。
身長2m、体重100㎏は、外国人にも劣らない。
その犬のような風貌と餡子型から、《ブルドック親方》と呼ばれている。
所属政党は、保守政党の『旭日党』。
長年、与党に君臨し続けていた保守政党が、新型ウィルス対策で失態を続け、国政選挙で大敗。
変わって、国民から支持を集めたのが、旭日党であった。
・議員の数を半分に減らす
・職務怠慢な議員は、即除名
・通信費等、高額な経費の削減
等を
同郷・伊藤博文が持つ44歳2か月での史上最年少就任記録を、4年も早く塗り替えるのは、それだけ国民が待ち望んだ政治家と言え様。
当然、議員数や経費を減らされた保守派からは、評判は悪い。
選挙期間中も、様々な妨害行為があったものの、SNSを駆使し、逆にネガティブキャンペーンを利用したのは、SNSを真面に使えない長老達には、出来ない事だろう。
アメリカからも評判は良い。
横綱時代、アメリカで巡業した際、現地の政治家との
英語も堪能である。
在日米軍基地の思いやり予算を高め、
「必要ならば、尖閣諸島も対馬も竹島も北方四島にも基地を設置しても構わない」
と発言し、アメリカを喜ばしている。
一方、先の発言からも分かる通り、周辺諸国からは、評判が悪い。
特にロシアからは、「アメリカの
そんな伊藤だが、裏の顔を持っていた。
(……そろそろかな)
電子煙草を吸いつつ、部屋の外に掲揚された日章旗と旭日旗を見上げた。
信介の本性は、独立派。
アメリカを追い出して、真の主権国家を目指す愛国者であった。
演技にホワイトハウスは気付いている節はあるが、それでも左翼主義者が大統領の内は、黙認してくれるだろう。
それも、認知症の疑いが出ている。
元俳優の時は、周りが有能だったが、今回は、違う。
冷戦は終えた今こそ、民族自決の時代だろう。
旧ソ連構成国は、独立している様に、日本も又、独立しなければならない。
「……閣下、御三方が来ました」
「有難う」
秘書が出て行った後、部屋に3人の高校生が入ってくる。
その内、2人は、黒スーツ。
1人は、セーラー服だ。
「首相、御呼び頂き有難う御座います」
「殿下、そう畏まらないで下さい」
オリビアは煉の手を強く握っている。
この場でも離さないのは、彼女の愛が深い証拠だろう。
一方、もう1人の女性は、お澄まし顔。
選挙の時、当選に貢献してくれた大恩人の娘である。
「どうぞ、お座り下さい」
3人は、信介の前のソファに座る。
「殿下、北大路姉弟さん。この度、来て下さって有難う御座います」
「首相、先日の地方選での大勝、おめでとうございます」
「北大路さん、君達母娘の協力が無ければ、我が党は、危ない所でした。今後も御支持の程、宜しくお願いしますね」
結党して歴史が浅い、旭日党だが、既存政党と比べると、まだまだ力の部分では弱い部分がある。
京都を除く関西圏では、別の保守政党が強いし、京都と沖縄では左派政党が強い。
信介と党の目標には、北大路家の協力が必要不可欠なのであった。
「贈答品は贈れない事をお詫び申し上げます」
「良いんですよ。野党の揚げ足取りにされたくないですからね」
信介は笑い、ある起案書を見せた。
「「「!」」」
その表紙には、大きく『改憲案』と書かれている。
―――
『【現行憲法】
[第1条]
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
[9条]
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
[9条②]
前項の目的を達する為、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。
【改憲案】
[第1条]
天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。
[第3条] *新設
国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。
日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。
[第4条] *
元号は、法律の定める所により、皇位の継承があった時に制定する。
[第9条]
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
[9条②]
我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保する為、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定める所により、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第1項に規定する任務を遂行する為の活動の他、法律の定める所により、国際社会の平和と安全を確保する為に国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守る為の活動を行う事が出来る。
4 前2項に定めるものの他、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行う為、法律の定める所により、国防軍に審判所を置く。
この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
[9条③]
国は、主権と独立を守る為、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない』
……』(*1)
―――
日本は、戦後、改憲歴が無い。
戦争過敏になった左派勢力の妨害により、出来ていないのだ。
作成者のアメリカも1960年代には、改憲出来る予想を組み立てていた、とされるが、まさか半世紀以上、護憲されるとは思ってもみなかった事だろう。
改憲勢力は、平成28(2016)年の第24回参議院選挙で史上初めて両院で3分の2を超え、今年(2021)年10月21日迄に実施される予定の第49回衆議院議員選挙でも、それが保たれるか、注目されている。
3人は、旭日党が、改憲勢力であった事は知っていたが、それ以上に驚いたのは、24条の所であった。
―――
『[第24条]
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
↓
[第24条]
婚姻は、双方の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有する事を基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない』
―――
改憲派は、これらの所に9条程の注目をしていないのだが、旭日党は、この部分も又、9条同様、注視しているらしく、わざわざ、赤字で修正している。
オリビアが問うた。
「首相、この『双方』というのは?」
「今の時代に合わせてですよ。男性、女性、LGBT。多様性に合わせての配慮です」
「「「……」」」
3人は、沈黙した。
保守派は、LGBTに不寛容な所がある。
アメリカでは、LGBTに対する差別が根深く、ロシアに至っては、世界的にLGBTへの理解が進む中、2013年に同性愛宣伝禁止法が制定され、人権活動家が殺害されているのだから。
そんな中、旭日党は、保守政党に関わらず、LGBTにも配慮した文言での改憲案を作成しているのは、珍しい事だろう。
煉が口を開く。
「閣下は、これも改憲派なんですね?」
「そうですね。この条項に関しては様々な議論がされていますが、我が党とましては、同性婚を合法化するのであれば、改憲が先、との考えです」
同性婚と24条に関しては、有識者の間でも議論が分かれている。
答えが出ていないのだから、旭日党としても、その問題部分である箇所を書き換え、議論に終止符を打ちたい、という事だろう。
信介は続ける。
「この結婚に関しては、同性婚だけでなく、複婚も視野に入れています」
「「「……は?」」」
「我が国は、少子化ですからね。その対策に一夫多妻、一妻多夫も合法化し様じゃありませんか? これこそ真の平等ですよ」
日本、ハーレム化計画。
その考えに3人の思考が追い付くのは、暫く後の事であった。
[参考文献・出典]
*1:日本国憲法改正草案 自民党憲法改正推進本部
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