第60話 戦闘的民主主義

 ロシア大使館のテロ事件解決に一役買った俺は、モスクワから非公式にロシア連邦英雄を贈られ、棚から牡丹餅式に米露の雪解けに貢献した様で、

大統領プレジデントから、感謝状が届いたって?」

「そうだよ」

 双頭の鷲の紋章が印字された手紙をシャロンに見せる。

「すっごい!」

 子供の様に爛々とシャロンは、両目を輝かせる。

「飾って良い?」

「良いよ」

「やった!」

 大事そうに抱き、シャロンは額縁にしまい、玄関に飾った。

 プレハブ小屋に大統領直筆の感謝状は、非常に不釣り合いだが。

 ハリウッドスターの様な豪華な家に住むも更々無い為、問題では無かろう。

 もう1人の目撃者であるシーラも又、

「♡ ♡ ♡」

 言葉にこそ出せないが、態度で憧れを示している。

 返り血が付いたロシア軍の軍帽を何度も被ってみては、姿見に向かって敬礼。

 洗いたい所だが、あの様にされると、中々洗えない。

 困ったものだ。

「勇者様が、まさか、あの事件に関わっていたとは」

 オリビアは、未だ信じられない様子。

 あの後、オリビアはライカの護衛の下、一旦領事館に避難していた。

 ロシア大使館が襲われたのだ。

 誰が標的であるのが分からない以上、用心に越した事は無い。

「少佐殿、これがロシアのメダルなんですか?」

「ああ、俺も初めて見たよ」

 五輪オリンピックで見る様な金メダル。

 外国人の為、大々的に授与式は出来ないが、ロシアとしても恩を無視する事は出来なかったのだろう。

 大統領が元諜報員で、対テロ戦争に関わっているのも関係しているのかもしれない。

「これも飾っておきますね?」

「いや、箱に入れておいてくれ」

「? 如何してです?」

「偽装したとはいえ、アメリカ人に助けられたら、ロシアも複雑だろうしな。若し、露見したら、問題になる」

「分かりました」

 西側諸国と未だに色々な問題を抱えているロシアだが、俺は、政治以外の部分に関しては、ロシアに敬意を払っている。

 あの様な広大な土地に多民族、多宗教……

 それらがある中で、何とか纏まっているのは、相当な手腕がないと無理だろう。

「師匠、紅茶を淹れました」

「有難う」

 紅茶の気分ではないが、折角、スヴェンが淹れてくれたのだ。

 有難迷惑ではあれど、やっぱり、俺は弟子に甘い。

 紅茶だけに。

「……」

 シーラに睨まれた。

 凄いな、秘書官。

 俺の思考迄読み取るとは。

「師匠の活躍、報告書で読みました。凄かったです!」

「報告書?」

「はい! ラングレーでもテルアビブでも話題ですよ!」

「……そうか」

 CIAもモサドも素早いな。

 光に次ぐ位の早さでもう、事件の報告書を纏めているとは。

「師匠の御活躍を拝読した各国の軍が、師匠を指導教官として招聘しょうへいしたいと―――」

「駄目ですわ」

 ぴしゃりと、オリビアは言い放つ。

「勇者様は、わたくしと終身雇用を結んだ為、無理です」

「! そうなんですか?」

「そうなんですわ。今、決めましたもの」

 笑顔で圧を加えて、オリビアは、俺を抱き締める。

 乳圧が凄い。

 何このJK女子高生

 発育良過ぎるだろう?

 オリビアは、俺の頬に接吻し、

「日米等、同盟国に限り、レンタル移籍は認めますが、それ以外の国々には、何兆ドル積まれても貸しませんわ」

「師匠! 殿下が仰る以上、永住権を取得されたら如何です?」

 囲い込みが激しい。

「永住権ねぇ……」

 興味はあるが、ぶっちゃけ日本が居心地良過ぎて出れませんわ。

・人種差別を契機とした暴動

・銃社会

・治安の悪さ

 等をアメリカで経験している手前、日本が天国過ぎて、他国に今更移住する気は0。

 無論、地震等の天災は嫌だけどな。

「悪いな。俺は日本人なんだわ。ここから離れる気は無いよ」

「そうですか……」

 しゅんと、スヴェンは項垂れる。

 トランシルバニア王国に招待したかったのかもしれない。

 ピンポーン。

『たっ君、居る~? 夕食、持って来たよ~』

「おお、有難う」

 シーラが軍帽を脱いで、洗濯機に放り込んだ後、開錠。

 司には血生臭いのは、見せない配慮だ。

 開けると、司が皐月と大鍋を各々おのおの持って入って来た。

「あら、大勢ね? 乱交でもしての?」

 皐月はそういうと、部屋の隅々をクンカクンカ。

 愛の営みの残り香を探している様だ。

 何度も思うけど、この痴女(失礼)みたいな母親の子供が清廉潔白な司なんだぜ?

 遺伝子どうなってるんだ?

 俺は溜息を吐いた後、

「してても言わないよ」

「じゃあ、したいんだ?」

「興味はあるよ。男だからね」

「中身はおじさんの癖に」

「うっせー」

 軽口を叩いている間に、シャロンが蓋を開けた。

「お粥とカレー?」

「そうだよ。たっ君が下痢らしいから、お粥作ったんだ。はい、たっ君♡」

「おお、有難う」

 下痢という設定を忘れていたが、お粥で思い出した。

 司は良い御嫁さんになるなぁ。

 夫?

 勿論、俺だよ。

 誰にも渡さん(嫉妬)。

「はい、たっ君、あーん♡」

「おいおい、恥ずかしいぞ?」

「なら、ちゅーして♡」

「何でだよ」

 突っ込みつつも司の頬にチュ。

「大正解!」

 司は。飛び跳ねる程、大喜び。

 が、オリビア、シャロン、シーラ、スヴェンは浮かない顔。

「勇者様……」

「パパ……」

「……」

「師匠、それは無いっすわ」

 純愛なのに何故に非難轟轟?

 反論したいが、ライカが、槍を振るっている為、出来ない。

「御浮気は、許しませんよ?」

「浮気ってか純愛だけどな」

「あ?」

「何でもないです」

 立派な反逆なのだが、訓練以外では弱い俺であった。


 家庭的なタイプの俺だが、ニコライの仇はちゃんと討っている。

『ロシア大使館の内部情報を流したのは、右翼系テロ組織だったわ』

「やっぱり?」

 食堂で俺達は、お茶を楽しんでいた。

 個室なので外部に声が漏れる事は無い。

「ロシアを怒らせたな。そっちは、ロシアに任せた方が良いな」

『そうよね』

「右翼の方は?」

『破防法の対象になってるわ』

「だろうな」

 日本の現政権は、アメリカの後押しの下、対テロ戦争に熱心だ。

『じき、殲滅されると思うわ』

「そうだと良いな」

『問題は、ネオナチの方よ』

 御茶を一口、飲んだ後、

『イスラム過激派と手を組んで世界で同時多発テロを起こす気みたい』

「……物騒だな」

『もう既にトルコが、その動きを察知して、国内の治安維持を強化させてるわ』

「流石だな」

 トルコは、欧亜のはざまにあるだけあって、ネオナチもイスラム過激派も入り易い。

 サウジ人記者がトルコのサウジアラビア総領事館で殺害された、とされる事件でもその有能さを世界に知らしめた様に、トルコは強い為、それ程心配する事は無いだろう。

「日本では、テロは起きるのか?」

『さぁね。ただ、テロの時代よ。巻き込まれても可笑しくは無いわ』

 日本国内では、イスラム過激派のテロは、令和3(2021)年3月時点で起きてはいない。

 然し、バングラデシュでは日本人がテロの犠牲になる等、決して他人事ではない。

『それよりも貴方、大丈夫?』

「何が?」

『新人を愛弟子にしたんでしょ? 有能なの?』

「有能だよ」

「呼びましたか?」

 床のタイルが浮き上がり、スヴェンが登場。

 お前は、忍者か。

「よくここが分かったな?」

「師匠の臭跡しゅうせきを辿って来たんです。どうぞ」

 ホットドッグを手渡す。

「有難う。で、聞いてた?」

「はい♡」

 頷きつつ、俺の後ろに回り込み、肩を揉み出す。

「で、誰から殺っちゃいます?」

 血の気の多さよ。

らないよ。俺はな」

「え? 戦わないんですか?」

「これからは、国家が介入する。俺達の出る幕は無いよ」

「そうなんですか?」

 残念そうなスヴェン。

 俺の活躍を期待していた様だ。

「済まんな。俺は、平和主義者なんだよ」

「格好良いです♡ 流石、師匠です♡」

 駄目だこりゃ。

 このざまだと俺が結婚詐欺師でも妄信している事だろう。

 スヴェンは、俺の背中に抱き着き、囁く。

 お、意外と胸ある。

 隠れ巨乳、というやつか。

 意外と着痩せするタイプなのかもしれない。

「師匠、愛しています♡」

「うん?」

「私、脱ぐと凄いんですよ? 師匠が望むなら、何時でも―――」

『おっほん』

 わざとらしく、ナタリーが咳払い。

 グッジョブだ。

『スヴェン大尉、慣れ慣れし過ぎやしないか?』

「何よ? の」

 あ(察し)。

 このあま

 爆弾発言しやがった。

 振り返ると、鬼の形相のハッカーが。

 やべぇよ。

『そうね……じゃあ、そのは、大きな貴女に助言しとくわ』

「何が?」

『少佐の盗撮写真で長時間、自慰するのは、止めなさいよ』

「な!」

 モアイ像の様に固まった。

 へ~、自慰しているんだ。

 意外そうに見詰めていると、スヴェンは、赤面して取り繕う。

「し、師匠をにしている訳じゃないですよ! 単純に近くに男性が居ないから、その、どんな感じなのかなぁ、と」

「いや、何も聞いてねーよ」

『ほら、師匠マスターが居る前で自慰マスターベーションしてみなさいよ。みたいにさ』

 最低だな。

 ドン引きしつつも、俺は尋ねる。

「何時も、って知ってるの?」

『ウェブカメラをハッキングしたのよ。色々な人の弱みを握る為にね』

 おお、流石、諜報員だ。

 凄いな。

「それって、俺のとかも?」

『どうでしょうね? でも、私の言う事は、聞いておいた方が良いわよ。何、暴露されるか分からないから』

「分かったよ。でも、良かったよ。こんな心強いハッカーが、味方で居てくれて」

『……え?』

「これからも頼むな。その腕前、高く買っているんだから」

 にっこりされ、主導権イニシアティブを握った筈のナタリーは、いつの間にか形勢逆転されていた事を知る。

『……ふん』

 臍を曲げつつ、ナタリーは、俺の膝に座った。

「何?」

『肩揉み。凝ってるから』

「俺で良いのか?」

『良いの。早くしてよね』

「上官への態度じゃねーな」

『何?』

「何でもありません。女王様」

『分かってるじゃない』

 ナタリーは嬉しそうに微笑み、肩揉みを受け入れる。

「師匠、大好きです♡」

「へいへい」

 女王様の御肩に触れつつ、愛弟子2号変態(痴女とも)を全力で無視する俺であった。

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