第58話 #StopAsianHate

『トランシルバニア王国と敵対関係にあるホワイト・パワー運動は、元々は、とても小さな組織であったが、欧州ヨーロッパ難民危機を機に勢力を拡大させた。

 難民の中に偽装カモフラージュしたテロリストや犯罪者が居り、それらを敵視する極右派の人々の支持を集めたのだ。

 欧州ヨーロッパ各国は、ネオナチの台頭を危険視し、監視を強めている―――』(CIA 欧州担当班 調査報告書レポート

 ……

「「「ホワイト・パワー!」」」

 ナチス式敬礼をする人々の前にあるのは、ヒトラーの肖像画。

 白こそ偉大なる色を重んじる彼等は、トランシルバニア王国内に居るそのテロリストだ。

 ユダヤ人自治区を攻撃し、モサドとも抗争を繰り広げている。

 彼等は、トランシルバニア王国を足掛かりにナチズム復活を目論んでいた。

「素晴らしいな」

 手を叩いて喜ぶのは、イスラム教徒ムスリム

 見た目は、白人だが、中東系である。

 先祖が移民として欧州に来たのだが、彼は、そこで差別や偏見に遭い、心の拠り所としてイスラム過激派に傾倒しているのだ。

 欧州人同様、欧州が故郷なのに、同じ人間として認められない。

 悩み苦しんでいた彼を誘ったのが、イスラム過激派であった。

 ベルギー、フランス、ドイツ、イタリア……

 ホワイト・パワー運動は、同じ反ユダヤ主義を掲げる組織として、イスラム過激派と同盟を結んでいるのであった。

「有難い事です。同胞の多くは、ナチズムを理解しない赤に成り下がってしまった。その点、アラブ人は総統を評価して下さる」

「欧州では発禁処分の『我が闘争』だが、中近東では売れていますからね。私達は名誉白人、という訳だ」

「ははは。その通りですね」

 本音の所では、お互い、嫌っている。

 ホワイト・パワー運動は、イスラム教は戦争を好む邪教として。

 イスラム過激派は、十字軍の末裔として。

 それでも手を組んだのは、パレスチナ問題が念頭にあるからだ。

 聖地であるエルサレムをイスラエルが支配しているのは、両者は共に気に食わない。

 なので、歩み寄り、今の良好な関係に至る。

 共通の敵であるユダヤ人を排除出来た後は、WWII後の米ソの様な対立は目に見えているが。

「大使館を襲った後は、如何するんで?」

「それは、今から君達の出番だよ。我々は、君達の言う所の聖戦ジハードで手傷を負った。それが癒える迄は、計画のみに留める。その間、君達は、欧州各国のイスラエル大使館を襲うんだ」

「成程」

 世界中の目が、日本のトランシルバニア王国大使館に向いている中、今度は、イスラム過激派が、欧州各国でテロを起こす。

 実に良い考えだろう。

「アメリカ、ロシアも襲っても?」

「構わない。両国共、我々の敵だ。但し、日本、イタリア、タイ等は対象外にしてくれ」

「何故です?」

「約80年前、共闘した仲だ。特に日本は、総統も高く評価している誇りある国だ」

 ヒトラーは、日本を当初、有色人種カラードの国の一つと見て蔑視していたが、同盟国になって以降は、名誉白人の様に、極力、日本人への差別行為は避けていた。

 それ所か好意的にも見ていた様で、日本の豆腐に興味を示していたり、日本が同盟国になって以降は、「建国以来、無敗の国が我が国の仲間になった」と喜んだ逸話迄残されている。

 ホワイト・パワー運動はそれに則り、日本を名誉白人と見、有色人種カラードの中では一目置いているのだ。

 彼等だけでない。

 日本は意外とKKKや白人至上主義に人気がある国でもある。

 日本の番組がKKKを取材した際、「日本は移民を受け入れない国」と高く評価(御世辞の可能性もあるが)したり、ノルウェーでテロを起こした白人至上主義者が、「日本の政治家に会ってみたい」と発言したりしているのが、その例だ。

 尤も、日本は人種差別を嫌う国なので、彼等の好意は片思いと言える。

 現に日本は戦前、世界で初めて人種差別撤廃を国際連盟で呼びかけ、アフリカ系の人権活動家が来日した時も、差別する事無く受け入れ、感激させている。

 戦後もそれは変わる事は無く、世界的なアフリカ系のミュージシャンが来日した際も厚遇し、感動させた。

 プロ野球でも、アフリカ系の選手が日本人と同じ風呂に入れる事に感涙している。

 戦国時代には、弥助等、外国人が侍になる等、人種に隔たりが無かった。

 無論、国内に人種差別が全くない訳では無いが、アメリカ等と比べたら、日本は外国人にとって、差別が殆ど無い面では住み易い国であろう。

「では、我々も、日本人は対象外にしましょう。もありますしね」

 世界中があっと驚く、『敵の敵は味方』理論で、両者は共同戦線を張るのであった。


「師匠、これってどういう意味ですか?」

「これはだな―――」

 昨日の決闘が嘘であったかの様に、俺とスヴェンの仲の良さは、学校中で直ぐに噂になる。

「おいおい、どういう風の吹き回しなんだ?」

「スヴェン君って、若しかしてゲイなのかな?」

「いや、煉が両性愛者バイセクシャルって可能性もあるぞ?」

 誤解も甚だしいが、昨日斬り合ったのに、すんなり受け入れる俺の方がおかしいかもしれない。

 BL愛好会が、

「成程。北大路君がスヴェン君を掘って、骨抜きにさせたのね。これは良いネタよ」

「そうそう。次の販売会で売らなきゃ」

 と商魂逞しい事を言ってる。

 誤解が誤解を生み、俺は両性愛者にされそうだ。

 性的少数者に理解はあるものの、異性愛者なので断固として否定したい所だが、

「師匠、肩揉みますね?」

「ああ、有難う」

 甲斐甲斐しく、世話を焼いてくれる愛弟子2号を突き放す事になりそうなので、心苦しい。

 因みに学校には、スヴェンは、女子と公言しているが、制服は、男子のそれだ。

 性差が無くなりつつある現代、男子がスカートを穿こうが、女子がズボンを穿いても、学校側は、特に問題視しない姿勢スタンスだ。

・酒

・煙草

・賭博

・刺青

 位だろう。

 退学の対象になる様なのは。

「たっ君、お腹空いた」

「そうだな。じゃあ、食べ様か」

「師匠、待って下さい」

 食堂に行こうとする俺達を止め、スヴェンは、お弁当箱を人数分出す。

「あら、スヴェン。作れるの?」

「はい、殿下。1人暮らしが長かったもので」

1人暮らしが長い=生まれてこの方、愛情を知らずに生きて来たスヴェンは、物心ついた時から、1人で火事を熟していたのだろう。

女性の地位が向上した現代、別に家庭に入らなくても女性は、1人で暮らしていける。

俺、司、オリビア、ライカの4箱が机上に置かれる。

「……スヴェンのは?」

「皆様の分を作った為、自分の分は忘れてちゃいました」

 嘘だとその目は語っている。

 王女であるオリビアと、少佐である俺に気を遣い、同じ席で食うのは、躊躇い、結局、抜く事にした、と真実を告げていた。

 戦場で、テロリストを拷問にかける様になった後、俺は、読心術というべきか。

 嘘を見極める事が出来る。

 その答えも手に取る様に分かる。

「俺は良いわ」

「え?」

 瞬間、スヴェンは悲しそうな顔に。

 今にも泣きだしそうだ。

「スヴェンが食うんだ。俺は良い」

「然し、少佐の為に―――」

「命令だ」

「! ……はい」

 威圧して凄ませると、俺は立ち上がった。

「少佐殿?」

「コンビニで買うから、女子会しててくれ。俺は邪魔だろ?」

「勇者様―――」

「うん、邪魔だね」

 俺の真意を汲み取った司が笑顔で答えた。

 しっしと手で追い払う。

「たっ君みたいな女心の分からない馬糞野郎は、スヴェンちゃんの飯を食べる権利は無いよ」

 酷い言われ様である。

「じゃあ、馬糞の俺は、厩舎に行くわ」

「行ってらっしゃい」

 司は、笑顔で送り出す。

 スヴェンは、俺達の遣り取りを見て「?」を浮かべるのみであった。


 煉が出て行った後、

「御免ね。たっ君、素直じゃない所があるから」

「そうなんですか?」

「そうだよ。ほら、たっ君が譲ってくれたんだから、食べたら?」

「……少佐に食べて欲しかったです」

「空腹でひもじい思いをしているスヴェンちゃんを前に、たっ君がこれ見よがしに食べると思う?」

「!」

「たっ君も空腹だったみたいだけど、それ以上にスヴェンちゃんの体調の方が心配なんだよ」

「……」

 ライカが、援護射撃をする。

「少佐殿は、睡眠と食を重要視されています。若し、このまま大尉として少佐殿の下で働きたいのであれば、少佐殿の御助言に従った方が御自身の為でもありますよ。自分の体調を考慮しない、無理する隊員に対しては、強制的に休暇を取らせる程ですから」

 親衛隊では、煉が、不定期に心理カウンセリングを行い、空元気と判断された場合、どれだけ働きたがっていても、最終的には、休む事になる。

 無論、有給休暇で。

 煉は、部下の過労死を求めていないのだ。

「……全く、勇者様は一番の働き者なのに。部下には優し過ぎて、困ったものですわ」

 オリビアは、溜息を吐いた後、弁当を開ける。

「スヴェン、勇者様が御不在になった今、貴女の上官は、わたくしよ。一緒に食べましょう」

「……はい」

 自分の想いだけを表現していたスヴェンだったが、逆に煉を気遣わせてしまった。

(猛省しなければ)

と素直に反省する愛弟子2号なのであった。


 クラスから出た俺は、コンビニ―――ではなく、運動場の木陰に居た。

 そこで寝転がって、心を無にしている。

「……」

 遠目からすると、死体にも見える位、微動だにしないのだが、それが、俺の休み方だ。

 ただ、流れていく雲を眺めていると、

「……?」

 突如、視界が真っ暗に。

 青い空が見えなくなるのは、誰かが跨ったからだ。

 ふわりとした感触が、顔全体を覆う。

 昔、付き合っていた彼女(後の妻)にもされた悪戯いたずらなので、この正体は分かる。

「……ナタリー?」

『正解。スカートで当てるなんて変態ね?』

「いやいや、スパッツ穿いてるやんけ」

 視界が戻ると、ナタリーが見下ろしていた。

 その手には、サンドイッチが。

『何? 驚いた顔見たかったのに、冷静沈着に当てて、変態』

 ドン引きしつつも、俺の隣に座る。

 変態(仮)にこれ程近距離に居る貴女は、痴女じゃないんですかね?

『さっきの、司に報告するけど?』

「なんでだよ」

飛び起きると、ナタリーは少し嫌な顔になる。

『あの女の事、相当好きなのね? 名前出しただけなのにその反応って。まるでパブロフの犬じゃない?』

「……そうだな」

 否定出来ない。

 司に調されているのは、事実だから。

 然し、驚きだ。

 男性恐怖症である筈のナタリーが、あの様な真似をするとは。

『あ、治っていないから』

 だ、そうだ。

『貴方にしたのは、婚約者以外に手を出さない事を踏んでの事よ。このヘタレ』

「いや、そうしたら浮気じゃね?」

『据え膳食わぬは男の恥。まるでラビット並に臆病者チキンね?』

揚げて食べて位に?

『死ね』

 おお、心の声を読むとは、流石、ハッカー(?)だ。

 CIAが手放したくない逸材だけある。

 ナタリーから非情にもポカポカと肩を殴打されていると、

「……!」

 バスケットを持ったシーラが、物凄い形相で走って来た。

 まるでジョイナーみたいだ。

 世界記録も夢ではないだろう。

 俺の前まで来ると、シーラは仁王立ち。

 それから、ナタリーを睨む。

 如何やら俺が虐められている、と勘違いした様だ。

 場面緘黙症VS.失声症の対決である。

『面倒臭いのが、来たわね? 少佐、どうにかしなさいよ』

「シーラ、気遣ってくれて有難う。大丈夫だよ」

 振り向くと、シーラは、涙目で殴られた箇所を擦る。

 優しい娘だ。

 これが、狙撃手だと、益々、不向きに思える。

 願わくば、シモ・ヘイヘみたいに育って欲しいものだが、この様子だと彼には、程遠い。

 それ所か、狙撃手自体に向いていないだろう。

 万が一に備えて、他の職も探す必要があるだろう。

 尤も、秘書官でも良いのだが。

 シーラに慰められつつ、俺はサンドイッチを頬張る。

『食べるんだ?』

 提供者の癖にナタリーは、意外そうな顔。

「食べるよ。美味しそうだから」

『毒を盛っている可能性とか、考えないの?』

「!」

 瞬間、シーラが、ぎょっとした。

 今にもナタリーを視線だけで殺しそうな勢いだ。

 そんな嫉妬深い秘書官を俺は、縫い包みの様に抱き締める。

「ナタリーがそんな事する訳無いから安心しな」

「……」

「大丈夫。口は悪いけど、ツンデレだから」

『誰がツンデレよ』

 今度は、踵落としを脳天に食らう。

 流石、ドイツ人。

 足の筋肉、半端ない。

「おいおい、死ぬぞ?」

 軽く抗議しつつ、更にサンドイッチに手を伸ばす。

 卵入りの次は、豚カツを挟んだ物を。

 爆食いする俺に、徐々にナタリーのツンツンは無くなっていく。

『……そんなにお腹空いてたの?』

「それもあるけど、単純に美味しいからだよ。毎日、食いたい位」

『……考えとくわ』

 頬を染めつつ、ナタリーは満更でも無い様子。

 ぐー。

 その時、シーラのお腹が鳴った。

「可愛い音だな?」

「……!」

 俯きつつ、シーラはバスケットからサランラップで包まれたお握りを差し出す。

「あら? シーラも作って来たのか?」

「……」

 こくり。

「そうか。食べて良い?」

「……」

 こくり。

「有難う」

 コンビニで並んでいるくらいのサイズの御握りを食べる。

 中身は、高菜。

 ちょっと辛いが、食べれない事は無い。

「朝早く作ったのか?」

 こくり。

「そうか。頑張ったな?」

 頭を撫でると、シーラは、鼻息を荒くする。

 嫌がっている様子ではない。

『父親みたいね?』

「そうかな?」

『そうよ』

 ナタリーはお握りに手を伸ばす。

 すると、シーラがバスケットを自らの下へ寄せた。

 明確な拒否反応だ。

 先程の一件で、ナタリーに対する心証が悪化したらしい。

「シーラ」

「!」

「駄目だぞ。俺が許しているんだから、嫌うな。良いな?」

「……」

 ナタリーの前にバスケットを置く。

『そんな感じで出されると、こっちまで気分が悪いんだけど?』

「済まんな。俺の顔に免じて許してやってくれ」

『貴方の顔に何の値打ちがあるの?』

 ふんと、鼻で笑う。

 この野郎。

 下手に出りゃいい気になりやがって。

「ああ、そうかい。お詫びに特大のケーキを贈ろうと思ったのに、残念だなぁ」(棒読み)

 わざとらしく、溜息を吐くと、

「……ケーキってどの位?」

 引っかかった。

 単純な奴。

 何を隠そう、頭脳労働なナタリーは、極度の甘党なのだ。

 俺に隠れて沢山の菓子を買い込み、ロビンソンに見付かり、没収されている事を俺は、知っている。

「要らないんだろう?」

『講和条約の内容によっては、要るわよ』

 何処迄も自己中心的な奴。

 この期に及んで上から目線は、凄いね。

「そりゃあ、ナタリー次第かな? シーラと仲良くすれば10㎏かもしれないし、表面上の関係なら500gかもしれない―――」

『シーラ二等兵、さっきは御免ね。私が悪かった。食べて良い?』

「……」

 こくり。

 嫌そうだが、シーラが頷いたので、ナタリーはお握りの獲得に成功する。

「……」

 俺の巧みな交渉術(?)を前にシーラは、複雑な表情であった事は言うまでも無い。

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