第55話 amoroso

「師匠♡ 師匠♡」

 まるで子犬の様にスヴェンは、不可視の尻尾を振る。

 ベタベタと触りまくるのは、本当に犬の様だ。

 場所は、体育館から変わって屋上。

 親衛隊が学校に要請と言う名の圧力を行って、一時的に占拠した為、関係者以外、入る事は出来ない。

 余りにも度が過ぎる密着に、司は、思わず尋ねてしまう。

「スヴェン君って同性愛者なの?」

 ど直球な質問だ。

 失礼ではあるが、誰だって気にはなるだろう。

「失敬な。僕は、異性愛者ストレートだ」

「なら、少佐から離れて下さいませんか?」

 オリビアが眉間に皺を寄せている。

 決闘には、見世物として賛成していたものの、まさか俺が負傷するとは思いもしなかった様で、その犯人であるスヴェンに好印象を抱いていない。

 初対面で求婚され、挙句の果てには許嫁を罵倒されてしまったのだから、そもそも好印象など、0以下であるが。

「殿下、お気持ちは分かりますが、僕は、師匠の最後の弟子なんですよ? 再会の一入ひとしお位、御譲歩下さいませ」

「その師匠って何? 先程もラム……」

「ラムシュタインです」

「そう。そこで何があったのですか?」

「僕は、ルー・ブラッドリーの最後の教え子なんですよ。そうですよね、師匠?」

「ああ、済まんが。その辺の所はさっぱり」

「そうですか。でも、何れは思い出して下さる事でしょう。僕達の絆は、マリアナ海溝よりも深いのですから」

「……そうだな」

 真偽の程は、ライカが調べているので、今、追及する事は無い。

 気になるのは、

「……何故、俺の正体を知っている?」

 ギロリと睨むも、スヴェンは、気にしない。

 簡単に暴露する。

「テルアビブから情報提供があったんですよ? 僕、モサドの工作員エージェントなんです」

「……冗談ジョークだよな?」

「冗談ならもっと面白い事を言いたいですよ。少佐が戦死した事も、輪廻転生した事も、全てテルアビブは、把握しています」

「……」

 流石、世界中に情報を持つモサドだ。

 彼等とはよく世界中の紛争地帯で出会い、一緒に仕事もした事がある。

 良い関係だった。

 確か、俺の葬儀の時も匿名で1万ドル位、寄付していた様な気がする。

 まさか、現世でも、関わりを持つとは思わなんだ。

「少佐が亡くなった際、敵討ちしたかったのですが、少佐御自身が復讐するとは予想外でしたよ。どうです? 契約満了後は、是非、テルアビブへ―――」

「そこ迄だ。売国奴」

 ライカが軍刀を抜き、スヴェンの背後に立つ。

「ファシストの祖父を売り、今度は、国までも裏切ったのか?」

「……ファシスト?」

とぼけるな」

 俺達の前にライカが調べ上げた資料が放られる。

「殿下、少佐。この者は、最近、亡くなったイェーガーの孫です」

「!」

 オリビアは驚き、司は、別の所に注目した。

「……娘?」

「そうです。こいつは、こんななりでも女です。異性愛者は、事実ですよ」

 諜報員が情報を得る為に性別を偽って、対象者に接近するのは、無くは無い話だ。

 某国の情報機関でも、男性が女性に成り済まし、外国人男性と結婚。

 家庭まで築いていた例がある。

 日本人でも、川島芳子が男装の麗人として有名だろう。

 もっとも、彼女の場合は、最後の最後まで中国人と誤認され、漢奸として処刑されたが。

「……たっ君、その娘から離れて」

「あいよ」

 離れようとした時、スヴェンは、グロックを抜いた。

 そして、俺の顳顬こめかみに銃口を押し当てる。

「師匠、離れちゃ駄目ですよ? 又、死んじゃいますよ?」

「!」

 司はハッと息を飲み、ライカは、驚いた。

 銃を出すのが、見逃すほど早かったからだ。

 これだけの芸当を熟すのだから、本当にモサドの工作員なのかもしれない。

 それから、オリビアを見た。

「殿下、私は国を裏切ってはいません。祖国は、トランシルバニア王国のみ。イスラエルは、雇用主ですよ。売国奴に成り下がる気はありませんし、イスラエルもトランシルバニア王国と敵対する気は更々ありません。これは、長官の見解であり、テルアビブの姿勢でもあります」

「……何故、勇者様に接近を?」

「殿下が親衛隊の長に据えた様にモサドも、欲しがっているんですよ。少佐をね? 今の軍隊は情報力に力を注ぎ過ぎた所為で肝心の軍人が育っていない所が多いです。第四次世界大戦を想定して、戦畑いくさばたけの少佐を顧問にし、兵士の強化に繋げたいんですよ」

(……流石、モサドだな)

 2千年以上、流浪の民でありながら、独立を成し遂げ、今尚、軍事大国であり続けるイスラエルのその姿勢は本当の「国民国家」と言えるだろう。

 国民に核シェルターを用意させ、万が一に備えつつ、第四次世界大戦をも想定している。

 アインシュタインだったか。

『第三次世界大戦は、何時起きるか分からない。

 でも、第四次世界大戦は、石と棍棒による戦いだ』

 という言葉が、その根拠だろう。

 階級は分からないが、その高等技術だと、自分と同等―――少佐位かもしれない。

「それに個人的な御恩もありますし」

「恩?」

「やはり、覚えていませんか?」

 一瞬、悲しそうな顔を見せるも、スヴェンは、力強く言う。

「ま、じき思い出して下さる事を願っていますよ」

 それから、とライカを見た。

「貴軍は、準軍事組織と聞いていましたが、全然ですね。私の方が、師匠の部下に適任なのでは?」

「な!」

 軍隊は、実力社会。

 強い者が、年齢に関係無く昇進出来る世界だ。

 挑発されたライカは、軍刀を振るいたい所だが、俺が人質である為、必死に自制する。

「……何時か殺す!」

 前言撤回。

 殺意が流出している。

 俺が居なければ問答無用で斬殺している事だろう。

「……スヴェン」

「はい、師匠♡」

 変わり身の早い奴だ。

 ライカへの敵意を伏せて、直ぐに俺へ好意的な態度を見せる。

「取り敢えず、俺の弟子になりたいならば、モサドを辞めてもらう。忠臣は二君に仕えず、だ」

「了解です。直ぐに辞表を出します」

「……え?」

「では、後程」

 俺に最敬礼をした後、スヴェンは、パルクールで包囲網を突破。

 屋上からスパイダーマンの様に壁を降りていく。

 生まれ変わって以降、会ってきた中で1番身体能力が高い様だ。

「……たっ君。さっきのって?」

「ああ、諦めてもらう為に提案したんだがな……まさか、快諾されるとはな」

 頬の傷が疼く。

 スヴェンの期待に応えるかの様に。


 その日の晩。

「宜しく御願いします!」

 俺の部屋でスーツに身を包んだスヴェンが面接に来ていた。

 貰った履歴書を見ると、前歴の所に、

『モサド 作戦行動部所属 少佐 所属先:トランシルバニア王国支局』

とある。

 俺と同じ少佐だったのは、別に良いのだが、履歴書に情報機関の名前、書いた奴初めて見たぜ。

 多分、何処の企業も「ヤバい奴」と思い書類選考で落とすだろう。

 俺が一般企業の人事課だったら、同じだ。

 面接官は俺、シャロン、シーラの3人。

 ライカも当初、自薦していたが、昼間の殺意を見ると、問答無用で不合格を言い渡す事は必至なので、外れてもらった。

「……えっと、弊社を希望した1番の理由は何ですか?」

「師匠と働きたいからです!」

「……親衛隊の仕事は、分かっていますか?」

「はい!」

「仰って下さい」

「師匠のサポートをする事です!」

「……」

 話が噛み合わない。

 シャロンも苦い顔だ。

「分かりました。結構です。シャロン、何か質問したい事ある?」

「……何故、パパを『師匠マスター』と呼ぶの?」

「守秘義務がある以上、例え師匠の御家族でも答える事は出来ません」

「同盟国であっても?」

「です」

 スヴェンの意思は固い。

 まるで金剛石の様に。

 その時、

 ♪ ♪ ♪

 俺の携帯が鳴る。

 画面に表示された名前を見て。

(……ロビンソンか)

 丁度良い時機だろう。

 メールの内容を見ると、

『喫茶店で待つ』

 と。

 表示後、僅か数秒後で消えた。

 証拠は残さない。

 流石、諜報員だ。

「シーラ、行くぞ」

 指名され、シーラは嬉しそうに頷く。

「私は?」

「シャロンは、御守り」

「え~……」

「俺の昔の話が聞けるかもよ?」

「!」

「師匠、守秘義務が―――」

「思い出話位良いだろう?」

「……分かりました」

 シャロンと2人きりなのは嫌っぽいが、俺に認められたいのは、本心な様だ。

 俺とシーラは、手を繋ぐ、待ち合わせ場所へ行く。

 仲睦まじい兄妹の様に。

 

 喫茶店には、3人が待っていた。

 ロビンソンにナタリー、そしてもう1人。

 鷲鼻にキッパを被り、髭もじゃな男性。

 見るからにユダヤ人である事が判った。

 男性は、俺に気付くと、立ち上がって握手を求めた。

「ゴールドシュミットだ。支部長だよ」

 所属組織は言わないが、モサドの日本支部長、という事だろう。

「生憎、自分は―――」

「そうだったな。利き手を相手に差し出さない―――まさに資料データ通りの人物だ」

 ゴールドシュミットは気分を害さず、促す。

「有難う御座います。自分は―――」

「既に知っている。ナタリー君から色々教わったよ。相当、女性人気がある様だね?—

「そういう訳では……」

 否定しつつ、ナタリーを睨むも、彼女は知らんぷり。

 オレンジジュースをがぶ飲みしている。

「……」

「シーラ君の事も調べてある。良いよ。聞いてるだけで」

 笑顔で言うと、ゴールドシュミットは、㊙と押印された資料を出す。

「……これは?」

「奴の出自だ」

「「……」」

 俺達は、言葉を失った。

 資料には、スヴェンの曾祖父の情報が載っていた。

 ―――

 『Martin Ludwig Bormannと同一人物』

 ———

 和訳すると、マルティン・ボルマン(1900~1945)。

 ルドルフ・ヘス失脚後、ナチスのNo2になった超大物だ。

 戦後、長らく生存説が唱えられる程、行方不明であったが、1972年末、彼の物と思われる人骨が発見され、その後、本人と断定された。

 遺骨は、火葬され、バルト海に撒かれた、とされる。

 土葬で無いのは、若し、土葬だと支持者達の聖地となりかねないからだ。

 実際、ヒトラーの生家は、ネオナチの聖地の一つになり、問題視され、警察署に改築された(*1)。

「……知ってたんですか?」

「そうだよ。奴の最期は、我々の放った彼女が殺った」

「……」

 明言は避けているが、イェーガー=ボルマンの死にモサドが関わっている様だ。

 ナチ・ハンターの彼等には、主権侵害という言葉は通じない。

 南米に逃げたアイヒマンを捕らえ、イスラエルに移送し、処刑したのだから。

「……」

 資料を熟読すると、スヴェンの家族は彼女以外、皆、不審死を遂げている。

・交通事故死

・心臓発作

・犯罪被害

 ……

 1989年の民主化から2021年の32年にかけて、総勢50人以上もの人々が、亡くなっていた。

 その最後の1人がボルマンであったのだ。

「……何故、彼は、最後だったんです?」

「さぁな。まぁ、あれだろう。死の恐怖を味わえさせる為とか、じゃないかな? 知らんけども」

「……スヴェンは何故、奴の家に?」

「冷戦期、テルアビブが放った工作員が奴の家に潜り込み、そのまま家族になったんだ。監視の為にな?」

「殺害は躊躇ためらった?」

「それも計画の内だったが、奴を殺害すると、周りの元党員が気付く可能性があったから、まずは周りの処理を優先させたんだ」

「なるほど」

 計画を大々的に行うと、元党員や社会主義政権に察知され、ユダヤ人自治区が攻撃に遭う可能性があった。

 モサドが慎重居士になるのは、当然の話だろう。 

「あの小娘は、曾祖父の毒殺に成功させた。これにて作戦オペレーションは正式に終了だ。そこで少佐にあの娘を預けたい」

「……モサドに帰らせない?」

「作戦とはいえども、ボルマンに身内になったんだ。歓迎は出来ん」

「……勝手な話ですね」

「上の意向だよ」

 ロビンソンは、遠くを見た。


[参考文献・出典]

 *1:CNN 2020年8月9日

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