第54話 トランシルバニアから来た少年
折角得た少将であるが、俺は無欲だ。
会社と一緒で軍隊は、昇格すればするほど前線で戦えなくなっていく。
世間ではサイバー攻撃等で、兵力削減する軍隊もあるが、俺は軍人だ。
その手のことは若者に任せて俺は前線で戦いたいのだ。
少将という地位を自ら捨て、少佐になった俺に、ライカは呆れた。
「勿体無いことを」
「良いんだよ。興味無いから」
膝にシーラを乗せて、俺はネオナチのサイトをネットサーフィン。
早速、今日の事件が話題になっていた。
―――
『【駐日トランシルバニア王国領事館がネオナチに攻撃される】
今日の昼頃、東京にあるトランシルバニア王国の領事館がネオナチによって攻撃を受けた。
駐在武官が即応し、狙撃手を射殺した。
トランシルバニア王国側の被害は不明。
同国報道官は、
「我が国は、テロリストには屈しない。我々は何処にでもテロリストを追いに行く。便所で捕まえるのだ。我々は最後は便所でテロリスト達を死ぬ程痛めつけてやる」
とコメント。
テロとの戦いへの意気込みを見せた』
―――
『John Doe1「白人最後の国なのに面汚しめ」
John Doe2「バルス!」
John Doe3「次は、釘爆弾放り込もうぜ」』
ネオナチだけあって、汚い言葉が並ぶ。
中には、目を覆いたくなる位、差別用語もある。
こういうのは、片っ端から
「……?」
「ああ、疲れたよ。ちょっと、癒してくれ」
「……」
シーラは頷くと、俺の頭を撫でた。
可愛い義妹である。
司達が愛でるのは、当然だろう。
パソコンを閉じる。
こういうのは、正直、俺には、向かない。
仕事や正義感で監視している人達には、頭が下がる。
暴力的な言葉……中には、暴力的な映像迄ある。
こういうのを観続けたら精神を病むかもしれない。
寝台に寝転がると、シーラが添い寝してくれた。
「……? 帰らないの?」
「……」
こくり。
シーラの部屋は、司の隣だ。
本当は俺の部屋を分割する予定だったのだが、司が「隣が良い」と勝手に部屋を用意したのである。
その結果、俺は部屋を分割される事は無く、今まで通り、シャロンとプレハブ小屋で2人暮らしなのであった。
隣室からシャロンがやって来た。
それほど厚い壁ではないのでシャロンが外出すると、音がする為、大抵分かる。
『パパ、開けて』
「はいよ」
リモコン操作で開錠する。
今は何でも遠隔だから便利だ。
シャロンは、寝間着で俺の顔写真が貼られた抱き枕を抱いていた。
「あら、今日はシーラも一緒なの?」
「……?」
駄目? と、可愛らしく首を傾げる。
「良いわよ。家族だし」
家族の部分を強調したのは、嫉妬心の表れか。
高飛び込みの如く、寝台にダイブ。
「おいおい、ベッドが壊れる―――」
「その時は私のベッドで寝たら良いじゃない?」
「……負けたよ」
「やった! 大勝利!」
チャーチルのように勝利のVサインを不可視のカメラに作った後、シャロンは大きく手を広げて、俺達を抱き締める。
「! ……! ……!」
シーラは、何とか、呼吸をし様と這い出る。
そして、俺と目が合った。
「……!」
林檎のように真っ赤になり、シーラは気絶した。
可愛い妹だ。
「パパってさ? 若しかしてロリコン?」
「残念。好みの対象は、18~35までだ」
「なら、皐月も対象者じゃない?」
「そうなるな」
唇を尖らせつつ、シャロンは睨む。
年齢は、どんなに頑張っても追い越せない。
先程、大勝利を宣言したのに、今では大敗北だ。
「怒った顔もママ似―――ぎゃあ!」
噛まれて俺の顎は、シャロンの歯形が付くのであった。
翌日、登校すると、学校は何故か緊張感に包まれていた。
「……?」
女子生徒は、ソワソワ
男子生徒は、苛々である。
「司、何か知ってる?」
「転校生が来るんだって。噂じゃ超美形らしいよ」
「男?」
「そういう事。たっ君とは真逆だね?」
「……そうだな」
軽く傷付いていると、司が俺の頭を撫でる。
「冗談だよ。たっ君は顔は悪いけど、根は善人だから」
フォローになっている様で、なっていない様な気もするが、事実なので否定は出来ない。
「司は、興味無いの? 転校生に」
「全然。たっ君が居るしね。宇宙人だと流石に驚くけども」
「そりゃあ俺もだ」
この学校は、転校生が不定期で来る。
アメリカ人の生徒が多いからだ。
日本は4月入学だが、アメリカは、9月入学。
コロナの時に日本も9月入学が議論されたが、折角の日本らしさの伝統を一時的なのか、永続的なのかは分からないが、無くなるのは、桜を愛する日本人の俺としては、寂しい思いがある。
「転校生は、我が国の貴族らしいですわ」
当たり前の様にオリビアは、俺の膝に座る。
司の額の血管が
羨ましい、その強心臓。
何ドル―――いや、何円で買えるのかな?
俺も欲しいわ。
「貴族? じゃあ、俺と同じか?」
「そうなりますわね」
チャイムが鳴った。
そこでオリビアは下り、隣席に座る。
流石に膝での授業は、恥ずかしい様だ。
「お早う御座います」
担任が、入って来た。
後に転校生が続く。
「「「……!」」」
昔のフランスの貴族の様な洋服を着た男子生徒だ。
司、オリビア以外の女子生徒は、その気品の高さとイケメン振りに、呼吸困難になりかける。
俺以外の男子生徒も先程迄の怒気は高貴な風に吹き飛ばされたのか、茫然自失だ。
「……」
そんな中で、俺はつい癖で観察してしまう。
(成程な……)
直ぐにある事に気付いたが、その恰好である以上、何かしらの事情を抱えているのだろう。
敢えて口外はせず、見守る。
長い金髪を
「初めまして。オットー・フォン・スヴェンと申します。この度、国費留学生として参りました。以後お見知り置きを」
フォンがミドルネームにある辺り、本当に貴族なのだろう。
「(めちゃんこイケメンやないか)」
「(何あれ? 俳優?)」
「(
騒然とする教室だが、スヴェンの視線は1人に注目している。
……俺に。
「貴様が、殿下の許嫁か?」
ほら、来た。
ある一定の身分だと、この手は、よくある話だ。
シルビアが昔、「求婚が多くて、面倒臭い」と愚痴っていた事を思い出す。
王族は、大変である。
「聞いてるのか?」
「……なぁ、オリビア。貴族ってこういう奴が多いのか?」
「無視するな!」
激高したスヴェンが、持っていた軍刀を抜き、ダーツの様に投げる。
俺の鼻先を切っ先が掠め、教室後方の壁に刺突した。
「貴様は、僕の大事な人を寝取った大罪人だ。恥を知れ! 馬鹿者め!」
目前で殺人未遂事件が起きた、というに誰もドン引きしない。
それ所か、
「良いぞ! 転校生! 不良をぶっ倒せ~!」
男子生徒が煽り、
「スヴェン様、格好良い!」
女子生徒は、黄色い声を送る。
あろう事か、既に
一体、いつ用意したんだ?
女子のフットワークの軽さ(?)は、ナチスの電撃戦並に素早い。
「少佐、大丈夫ですか?」
「全然。わざと外してくれたからな」
「ほう……見破ったか。流石だな」
額に青筋を立てつつ、スヴェンは、褒める。
そこは、腐っても貴族か軍人か。
大きく見開き、俺を指差して宣言した。
「決闘を申し渡す! 僕と戦え!」
HRと1時間目が潰れ、俺達は体育館に集まっていた。
警察官が居たら決闘罪として御縄なのだが、誰も止めない。
何時からこの国は、無政府状態のソマリアになったのか。
「勇者様、決闘って御経験ありますの?」
「無いよ」
「! 負けないで下さいまし! あんな輩に!」
王族に「輩」と呼ばれる求婚者、スヴェン。
何をどう頑張っても、彼の好意は報われる事は無さそうだ。
司も応援してくれる。
「たっ君、若し怪我しても私が止血するし、腕も繋げるからね? 半身不随になっても一生、介護するからね?」
「……有難う」
何この
何時からサイコになっちゃったの?
親の顔が見てみたいな。
スヴェンが提案したのは、『
19世紀、主にドイツで盛んに行われていた決闘である。
フェンシングの様に戦い、一方が負傷した場合、終了する。
その有名人と言えば、《欧州で最も危険な男》と呼ばれた
彼は、15回の個人的な決闘(
写真を見れば、その傷は分かり易く残っている事が分かる。
放り投げられた剣を掴み取ると、
「
フェンシング部員が叫んだ。
と、同時にスヴェンが、突いてくる。
流石に使用している剣は、2人共フェンシング部から借りた物だ。
当初、スヴェンは、真剣でしたかったが、「校内での殺傷事件は認められない」という学校側の判断により、この様な形になったのである。
まぁ、決闘を黙認する学校側の姿勢もどうかとは思うが。
「ふん! ふん! ふん!」
必死に突き出すものの、生憎、全て見える。
これが若さか。
前世では、見えなかったものが、若さを手に入れた事で、まるで手に取る様に分かる。
否、スポーツ選手の言うゾーンの様な感じか。
切っ先数cmで躱す。
目を閉じても分かるのは、経験値の差なのかもしれない。
(懐かしいなぁ。よく前世で襲われたっけ)
「な、舐めるな!」
俺の態度が、スヴェンを更に激高させた。
残念ながら、俺は玄人。
彼は素人だ。
この埋められない差は、殺人の差だろう。
全て避ける俺に業を煮やしたスヴェンは、遂に急所を狙う。
―――顔を。
フルーレの有効面は、胴体のみ。
エペやサーブルは顔面を突いても良いが、フルーレは胴体のみと限られている。
反則技にライカは、怒った顔が見えた。
何だかんだで、俺の事を心配しているらしい。
良い部下を持つ事が出来て、俺も幸せ者だ。
真っすぐに伸びた剣が、防具を弾く。
「!」
その時、剣が俺の頬を掠めた。
……ポタリ。
血が滴る。
アル・カポネ(1899~1947 ギャング)、オットー・スコルツェニー(1908~1975
「……!」
決闘では、勝った筈のスヴェンは、俺の顔を見てギョッとした。
流血―――ではない様だ。
「……
「うん?」
「……ジョン・スミス教官ですよね? ラムシュタインで御世話になった、スヴェンですよ?」
「う~ん?」
ラムシュタインと聞いて、俺の記憶がノックされる。
「……NATOの?」
「はい! その節は御世話になりました!」
即座に膝立ちし、剣を遠くへ放った。
意味不明な展開に観戦者も困惑顔だ。
「……如何いう事?」
「何? 2人知り合いなの?」
「スヴェン君、滅茶苦茶笑顔じゃん? 何? BLなの?」
BL研究会が興奮した様子で、俺達を模写し始めた。
研究に余念が無い事は素晴らしいが、題材にされるのは、正直、嫌だ。
「勇者様、如何いう事?」
「俺にもさっぱりだよ―――う」
「ごめんね?
司が消毒液を塗り込み、ガーゼを貼ってくれた。
優しい娘だ。
これが出来るなら、決闘も中止して欲しかったのだが。
「師匠とは露知れず。これまでの御無礼を御許し下さい」
「分かったから。話は後でな?」
苦笑いで応じつつ、俺はライカに目配せ。
『調べろ』
と。
ライカは、
『御意』
とやはり目で応え、他の隊員と共に去っていく。
兎にも角にも、転校生は俺の事を師匠と言う変人でした。
[参考文献・出典]
*1:ウィキペディア
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