第53話 肌

「―――良いか。スヴェン。貴様は、没落貴族となった我が家を再興する為に日本に行くのだ。決して観光ではないのだから。その辺は心しておくんだぞ?」

「はい、父上」

 令和3(2021)10月1日。

 トランシルバニア王国の農村地域にある木造家屋の一室にて、2人の男が居た。

 1人は皇帝カイゼル髭が特徴的の老人だが、着ているのはボロボロの軍服だ。

 とても貴族の様には見えない。

 相対する男性は、15歳。

 中性的な顔立ちで、痩躯なものの、両目から見る者に熱い物を感じる情熱性があった。

 少女漫画の主人公が現実化したような、イケメンである。

 失礼だが、三白眼の犯罪者面の煉とは対を成す存在だろう。

「日本は、我が国とは友好国だ。しかし、気を付けろ。今の首相は民族主義者ナショナリストという噂がある。悪目立ちは、よすんだぞ?」

「はい。心得ています」

 没落貴族の苗字は、『ラインハルト』。

 それから分かる通り、ライカと同じドイツ系だ。

 家の歴史は浅く、ナチスが侵攻した際に入植したドイツ人が、出自である。

 冷戦中は、ナチス残党という事で共産政権から目の敵に遭い、弾圧の対象になったが、反共の地下組織の一員となり、秘密警察と暗闘を繰り広げた。

 革命後、その戦功が、評価され、貴族になった。

 世界的に元ナチスの貴族は、この家しか居ない。

 当然、イスラエルは、戦犯としてトランシルバニア王国に引き渡しを求めているも、「国の英雄を処罰する事は許されない」と拒否され、外交問題になっている。

 イスラエル側からすると、戦犯であるのは間違いないのだが、その後の戦功を見ると、評価が難しい家柄であろう。

 なので、ラインハルト家は、イスラエルに入国する事は出来ない。

 元ナチスで家長のラインハルト・イエガー(95)は、座り込む。

「日本は、旧同盟国であり、あの戦争では、最後まで戦った我慢強い国だ。負けはしたが、戦後の復興を見たらわかる通り、神に選ばれたのかもしれない」

「……」

「私は、そろそろ逝く。曾孫よ、我が家を日本の様に復興させるのだ。それが遺言である」

 目を閉じた老人だが、15歳の少年はUZIを抜く。

 そして、

「さようなら、おじいさん」

 と、引き金を引くのであった。

 それが終わると、何処かに電話を掛けた。

「……もしもし? ―――ああ、今、終わったよ」


『【最後の残党の1人、北欧で死す】

 元ナチスの貴族として世界的に有名であったラインハルト・イエガー元党員が、1日、老衰で死去した。

 95歳であった。

 ラインハルト元党員は、終戦間近の1945年5月に北欧の現トランシルバニア王国の強制収容所の看守に19歳でなったものの、職務に入る前に終戦を迎えた。

 戦後は、戦犯の1人としてニュルンベルクで裁かれる予定であったが、トランシルバニア王国にソ連が侵攻した為、ドイツに移送する事が出来ず、結局、出廷する事が出来なかった。

 民主化後、イスラエルは王政復古で民主化を果たしたトランシルバニア王国に対し、再度、引き渡しを要請するも、

「革命の英雄をニュルンベルクに送る事は出来ない」

 と拒否されていた。

 元党員の死去に、トランシルバニア王国では、半旗が掲げられる一方、イスラエルは、

「戦犯を永久に裁けなくした罪は、地球よりも重い」

 と、不快感を示している』

 ―――

「……」

 俺は、新聞紙を畳む。

 イスラエルが、ナチスの残党を根絶やしにしたい気持ちは分かる。

 戦後の貢献度からすると、トランシルバニア王国が守りたい気持ちも分からないではない。

 こればかりは、正解は出ないだろう。

 日本も東京大空襲を主導したカーチス・ルメイ(1906~1990)が、戦後、自衛隊の強化に努めた功績から勲一等旭日大綬章を授けている様に。

「オリビア、このラインハルト家って―――」

「今では没落していますわ。が理由で」

「……だろうな」

 一度、付いた心象は払拭し難い。

 ラインハルトが、どれ程、否定し様が、経歴は事実なので色眼鏡で見る人は多かった事だろう。

「……然し、何で民主派に居たんだ?」

「民主派には、その手の方が多いですわ。元白軍だったり、元ドイツ国防軍だったり、皆は、反共の為に集い、戦って下さりました」

「……」

「その中には、元ナチスが居た、と?」

「そういう事ですわ。当時は、無審査でしたから、素性調査が杜撰だったのでしょう」

「……」

「まぁ、彼の場合は、イスラエルに配慮して、王室は名誉勲章を授けませんでしたが」

「……」

「勇者様は、ユダヤ系だったんですよね?」

「前世ではな? 『F○CKING NAZI』が家訓だよ」

 もっとも、ユダヤ系と言っても、シナゴーグに通った事は無い。

 洗礼を受けた事も無いし、嘆きの壁にも行った事は無い。

 棄教した訳ではないが、宗教にそれほど熱心にのめり込む理由が無かった、のが正解かもしれない。

「では、ナチズムが嫌い?」

「そうだな。向こうでは、KKKの方が身近だったからね」

 公民権運動の時代に幼少期を過ごした為、生まれ故郷では、よくKKKと黒豹ブラック・パンサー党が抗争を繰り広げていた。

 ジョンソンが、公民権法を成立させて以降、KKKは弱体化していったが、無くなった訳ではない。

 9・11や初のアフリカ系大統領誕生等、節目節目に勢力を盛り返し、近年では移民や不法移民、難民の増加により、支持者を伸ばしている、とされている。

 KKKは反ユダヤ主義も掲げており、とある映画でも描かれていたように見た目が白人でもユダヤ人だったら、攻撃の対象だ。

 先祖を辿れば皆、アフリカというのに、白人だけが偉い、という思想は、どうも理解が出来ない。

 多分、死んでも理解出来ないだろう。

 理解する気も無いが。

「その点、貴国は、ユダヤ人に優しいな?」

「金融の専門家ですからね。嫌う理由がありません」

 トランシルバニア王国は、早くからユダヤ人の得意科目に目を付け、彼等を厚遇していた。

 その結果、北欧の中でもトップクラスに経済に強い国家となったのだが、それが、ナチスやソ連からの侵攻を受ける理由の一つにもなってしまった。

 まさに諸刃の剣であろう。

 島の一部には、ユダヤ人の自治区が存在し、イスラエル国防軍が駐留し、スコットランドの様に独自の議会を持っている。

 半分、独立国と言えるだろう。

 自治区が独立宣言をしても、中央政府は認めても可笑しくは無い程、その関係は良好だ。「何時かは自治区に行ってみたいね」

「聖地巡礼ですか?」

「違うよ。観光で、だよ。礼拝は、敬虔な人々に任せる」

「優しいですね」

 オリビアは、俺の膝に跨る。

 対面座位の様な事になった。

「……何?」

「母上は、勇者様を『ダヤン将軍(イスラエルの軍人)の様な立派な方だった』と仰いました。惚れ直しました」

「……有難う」

 オリビアが目を閉じた。

 接吻を求めているのだ。

 独身だったら嬉しい話だが、生憎、俺には婚約者が居る。

 なので、出来ない。

 断ろうした。

 その時、

「!」

 異変を感じた俺は、オリビアを抱き締めて、横っ飛び。

 次の瞬間、硝子が割れ、俺達の居た場所に穴が開く。

(狙撃か!?)

 ごろごろと抱き締めながら転がりつつ、俺は、ベレッタを取り出し、勘で狙撃手が居るであろう方角に向けて、撃つ。

「ぐわ!」

 向かいの建物の屋上から誰かが落ちた。

 その手には、狙撃銃が。

 ドサリと音がする。

 結構な高さから落ちた為、掠り傷でも、転落死したかもしれない。

 運が良くて骨折だろうか。

 親衛隊と駐在武官が、大慌てで外に出る。

 落下地点には、既に警察官が大勢居た。

 丸坊主スキンヘッドに全身、鍵十字の刺青タトゥー

 額にも『万歳ハイルヒトラー』を意味する「88」との刺青が。

 これほどまでに分かり易いネオナチは、他には居ないだろう。

 若し、ここがイスラエルならば、袋叩きに遭う可能性は高い。

 鑑識が来る前にトランシルバニア王国側が、勝手に死体を運ぶ。

 警察が不満顔だが、文句は言えない。

 狙撃を許したのは、警察側の責任とも言えるから。

 死体が、俺の前に置かれる。

「知っていますか?」

 運んだライカが、問う。

「何故、俺?」

「失礼ながら少将殿のからして、1番狙われ易いかと思いまして」

「生憎、ネオナチに知り合いは居ないな」

 オリビアを見た。

「……」

 知らない、と首を振る。

 まぁ、知っていても言わないだろう。

 王族とネオナチが繋がっていたら、国の恥だ。

「済まんが、外部の専門家を呼んでも良いかな?」

「外部? 何方どなたですの?」

「部下にその手の専門家が居るんだよ。ドイツ人だが、入れてくれ」


 てな訳で、ナタリーがやって来た。

『……「ホワイト・パワー運動」ね?』

「知っているのか?」

『この時代にこれ程分かり易いネオナチと言えば、それ位よ。馬鹿正直に額に88なんか入れちゃって。暇なのかしら?』

 ナチズムを国の恥、と感じているナタリーは、ネオナチに厳しい。

 死体に唾を吐いても可笑しくは無い位の反応だ。

「誰が狙われた?」

『さぁ? でも、身分からして王女様じゃない?』

「狙われる理由がありませんわ」

『貴女はそうでも、向こうは違うわ。大方、貴国がやってる親以政策が理由じゃない?』

「……」

 参りました、とばかりにオリビアは、両手を上げる。

「殿下……」

「隠したって何時かはバレるものよ。ライカ、説明してあげて」

「……は」

 ライカが俺達を見た。

 険しい顔で。

「我が国は、ネオナチのテロが絶えません。先程の国策の為に」

「……」

『……』

「その多くは、未然に防がれているのですが、全て抑えきれてはいません」

 王族による独裁体制であるトランシルバニア王国は、情報統制が敷かれている。

 テロがあっても、報じられる事は殆ど無い。

 何故報じないかと言うと、報じれば報じる程、噂が噂を呼び、最悪、外資系企業が撤退しかねないからだ。

 それを繋ぎ止める為にも、事件があっても無い事にしている。

 なので、外国まで伝わらないのであった。

「ですが、我々は、負けません。共産主義コミュニズムに打ち勝った様に、今度はナチズムでも同じです」

「……分かった」

 俺は向き直る。

「オリビア、済まんが、少将から降格させてくれ」

「! 何故ですの?」

 指をポキポキ鳴らしつつ、

「今の地位―――少将だと、動き辛い。少佐にしてくれれば前線で働くよ」

「! ネオナチと戦うのですか?」

「家訓が家訓なだけに黙認は出来んな。先祖のかたきだよ。こればかりは、譲れない」

 ユダヤ人という自己同一性アイデンティティーは無かったが、目の前でネオナチを見たら、殺意が湧いてきた。

 先祖の為にも見過ごす事は出来ん。

、国を御救いに?」

「済し崩し的にはそうなるな」

「やっぱり、勇者様は、国の英雄ですわ!」

 オリビアは、抱き着いて、顔中に接吻しまくる。

 御蔭で、口紅だらけだ。

 司にバレたら殺されるな。

 絶対。

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