第52話 スター誕生
北大路家は、女性社会だ。
皐月 :家長
司 :長女
俺 :長男(養子)
シーラ :次女(養子)
シャロン:居候
と、5人中4人が女性である。
傍から見れば、非常に肩身の狭い様に見えるかもしれない。
問題なのは、
「勇者様、今日も格好良いですわ」
「……有難う」
オリビアは、カメラ小僧の様にスマートフォンで連射。
俺が着ているのは、真っ白な襟詰に金色のボタンで構成された軍服であった。
日本海軍第二種士官制服は、その白さが
宝塚歌劇団で衣装として使われても、気付く事は出来ないだろう。
無理矢理着せられた俺に、見守る司もシャロンも視線を奪われる。
「たっ君、似合うね?」
「パパ、格好良い♡ 海兵隊のドレスブルーのもあるから後で着てね?」
「何で持ってんだよ?」
「う~ん、職権乱用?」
「可愛く言うなよ。犯罪だぞ?」
軽犯罪法1条15号に明記されている様に、警察官や自衛官のコスプレをした場合、軽犯罪法違反になる可能性がある。
その処罰は、最高で29日間の身柄拘束だ。
警察官、自衛官以外にも、
・消防士
・海上保安官
・駐車監視員
等も、同じ様に非合法の可能性がある。
今着ているのは自衛官のそれとは違う為、罪に問われる可能性は低いかもしれないが、
「煉、似合うじゃない? 防衛大学を進学先にしたら?」
「俺の頭じゃ無理だよ」
偏差値(*2)
防衛医科大学:73
防衛大学 :62
と、非常に高い。
防衛大学は入校すれば他校と違い、給料も貰える為、もう少し頭が良ければ志望校にしたい所だ。
「そう? 勿体無い」
皐月もまた、俺を撮影する。
この家では俺は、モデルの様だ。
似合っているのか、自覚が無い為、よく分からない。
撮影会にはナタリー、ライカも居るが、2人が参加する事は無い。
「―――」
「―――」
ドイツ語で何やら会話している。
頑張れば、内容を聞き取れるかもしれないが、流石に盗聴は良くない。
気にはなるが、女子会だ。
男の俺が参加する事は無い。
撮影が一段落した時、
「……」
「ん? どった?」
シーラに袖を引っ張られた。
問うと、装填されていないM16を渡される。
「……」
「構えろ? って?」
「……」
頷く。
「……分かった」
言われた通り、構えてみると、
「……」
「おい、鼻血出てるぞ?」
提案者の癖にシーラは、興奮した様だ。
漫画等で
興奮すると血圧が上がる為、血管に負荷がかかって出血し易くなるが、それだけで出血するなら鼻に限らず他の血管からも出血する筈だからだ(*3)。
ハリウッド映画では観た事が無い為、恐らく日本の漫画かアニメが
「世話のかかる義妹だな」
微笑みつつ、俺はM16を傍に置いて、シーラの小鼻(キーゼルバッハ部位)を強く摘まんで抑える。
この時、ティッシュは詰めない。
更に前屈みの体勢にさせ、15分間、手を離さない。
「喉に入り込んだ血は、吐き出すのよ」
皐月が吐く用の桶を持って来てくれた。
これらは全て、鼻血の正しい止め方だ。
・前屈みの体勢になる(*3)
・圧迫の目安は15分間(*3)
・圧迫している間は手を離さない(*3)
・喉に入りこんだ血は吐き出す(*3)
鼻血が出たら静かに座り、頭を下げる事(*3)。
顔を上に向けると鼻血が喉の方に流れてしまい、誤嚥や嘔吐を引き起こし易くなる為、必ず前屈みの姿勢をキープ(*3)。
小さな子供の場合は、まずは落ち着かせ、大人が摘まんで止血してあげた方が良い(*3)。
これらのポイントを守れば殆どの鼻血が止血出来る(*3)。
無論、耳鼻科の受診が必要な事例もある(*3)。
「たっ君、冷静沈着だね?」
「シャロンが小さい時によくしていたからな? シーラ、痛くないか?」
「……」
笑顔でシーラは応える。
絶妙な匙加減で摘まんでいる為、痛みは無い様だ。
「パパ、私何かする事ある?」
「う~ん……」
何も無いのだが、シャロンが身を乗り出している以上、無碍には出来ない。
「じゃあ、ちょっと服が汚れたから、シーラの着替え、頼む」
「分かった。パパも後で海兵隊のにね?」
「ああ」
シーラの鼻血が少し付着し、純白の軍服は返り血を浴びた様になっていた。
「オリビア、済まんな。汚して」
「良いですわ。それよりも、より軍人さんらしくて格好良いですわよ。流石、
「……有難う」
この態度だと、どれだけ贈られた物を壊したり、汚したりしても寛容かもしれない。
王族だからこそ、なのかもしれないが、時には怒らないといけないだろう。
シーラの止血が終わると、彼女は、
「……」
恥ずかしさと申し訳無さで一杯らしく、会釈し、シャロンに連れて行かれた。
「流石よ。さっきのは完璧な処置だった。本職は無理でも助手として雇いたいわ」
皐月は、大満足だ。
「有難う」
医者程の人助け、という訳では無いが、人の役に立ったのは、素直に嬉しい。
「たっ君、お色直しだよ」
司にせがまれ、俺は、海兵隊の制服に袖を通すのであった。
「……」
「謝らなくて良いの。私も鼻血は出なかったけれど、興奮したから」
シャロンさんのフォローに私の気持ちは、幾分か軽くなる。
あの時、軍服を汚してしまい、私は死を覚悟した。
少将は、見て分かる通り、軍人に非常に
ライカの話によれば、前世での殺害の対象は、
・戦時中の敵兵
・テロリスト
・無法者
だったという。
然し、私の予想に反し、少将は全然気にした様子は無かった。
シャロンさんが私の気持ちを見抜いてか告げる。
「パパはね。故意でしたら怒るけど、事故なら全然怒らないから安心して」
「……?」
「大丈夫。もし怒ったら、私が間に入るから」
「……」
父娘関係は誰が見ても分かる通り、
私に父が居たら、あれ位の良き父親を求めていただろう。
心底、シャロンさんが羨ましい。
「さてと、おめかし出来たわね?」
「……?」
「大丈夫。似合ってるよ」
言い方が、少将に似ている。
流石、父娘だ。
「……」
羨ましく見詰めていると、シャロンさんが照れた。
「何?」
「……」
「もう、可愛いんだから♡」
シャロンさんに抱っこされ、頬擦りされる。
少将殿程ではないが、彼女もまた、スキンシップが激しい。
「あ、私は
「!」
これは、驚いた。
私の心象では、これ程簡単に
日本では、性的少数者が告白した事で心無い差別はあっても、殺される事件は聞いた事が無い。
然し、アメリカでは、同性愛に否定的なキリスト教が根幹にある為、殺人事件に発展する場合がある。
2016年には、20代男性が同性愛者を告白した所、キリスト教徒としてそれを恥じていた父親が妻と息子を殺害する事件が起きている(*4)。
同年には性的少数者が集まる店がテロの標的になり、容疑者を含む死者50人と、近年稀に見る銃乱射事件も起きている。
キリスト教徒が少数派であり、銃規制が世界一厳しい日本では、この様に事件化する事は少ないだろう。
然し、無い訳ではない。
告白とは違うが、
私の様子にシャロンは、又も見透かす。
「若し、私が両性愛者でも同性愛者でも、パパは受け入れるよ。だってキリスト教徒じゃないしね。偏見も無いよ」
「……」
「本当、本当。昔からLGBTの店に連れて行ってくれたしね。LGBTの友達も居るよ」
「……」
LGBTに支持されている人々の事をゲイ・アイコンと言う。
その代表例が、女優のジュディ・ガーランド(1922~1969)だろう。
彼女は、LGBTのみならず、有色人種に対する偏見や差別が激しかった1960年代当時。同性愛者に理解を示す数少ない人物であった。
彼女の父親が同性愛者であり、自身も両性愛者だったとされる(*5)。
その為、彼女が早逝した時、当時の同性愛者の社会に大きな動揺を齎した。
史上初の同性愛者による暴動、ストーンウォールの反乱はジュディの葬儀が行われた教会付近で葬儀翌日に起きており、彼女の死による社会内でのショックが影響していたとも言われている。
こうした経緯から、ジュディは同性愛者にとって象徴的な存在となった。
現在、レインボー・フラッグが同性愛解放運動の象徴として用いられるのは、彼女が『オズの魔法使』で歌った「虹の彼方に」から由来している。
又、「ドロシー(=ジュディ)のお友達」は隠語で「同性愛者」を指す事がある(*6)。
若しかしたら、少将殿は何人にも愛される様、彼女が子供の時からLGBTに接し、ゲイ・アイコンの様に親しまれる様に仕向けたのかもしれない。
私は、少将殿もLGBTに寛容な御方と以前、親衛隊の資料で読んだ事を思い出した。
「……」
「あら、貴女も『パパ』って呼びたいの?」
「……」
「良いわよ。別に商品名じゃないし。呼んでみたら?」
優しいシャロンさんの後押しで、私達の仲は、深まる事は目に見えていた。
(……何時かは、恋人とか……なんてね)
[参考文献・出典]
*1:ニューズウィーク日本版 2016年10月24日 一部改定
*2:受験校偏差値ランキング
*3:アイチケット広場
*4:TechinsightJapan 2016年4月3日 一部改定
*5:デイヴィッド・シップマン 『ジュディ・ガーランド』 キネマ旬報社 1996年
*6:ウィキペディア
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます