第49話 俺の獲物はエリザベート

 日本ではエリザベートの薨去は淡々と報じられ、皇室から弔電が送られた。

 しかし、実際には老衰なんかではない。

 暗殺である。

 時は、戻って9月11日。

 寝室で寝ていたエリザベート。

 それに近付く影が居た。。

「「「……」」」

 目出し帽バラクラバを被った正体不明の集団を手引きしたのは、CIAトランシルバニア王国支部であった。

 集団は、寝静まったエリザベートの頭に目掛けて、AK-47をぶっ放す。

 それも連射だ。

 無抵抗な老女を射殺するのは良心が痛むが、それ以上にアメリカは、国益を最優先にした。

 かつてIRAがWWIIの老戦士、ルイス・マウントバッテン(1900~1979)を爆殺したのと同じであるが、CIAは国家の機関の一つだけあって、テロ組織とは違う。

 見た目上、何らテロとは変わりないが、これはCIAからすると正義なのだ。

「……終わりましたね」

「そうだな」

 男達は死亡確認すると、部屋を立ち去る。

 CIAが急遽、暗殺計画を実行に移したのは複数の理由からだ。

 まず一つ目は、前例がある事。

 王族が暗殺された事件を契機にそれまで王制であったネパールは、毛沢東主義者マオイスト跋扈ばっこ

 遂には与党になった。

 冷戦以来、反共主義を掲げるCIAとしては、共産主義の拡大は防ぎたい。

 もう一つは、決行日だ。

 911というのは、21世紀以降、同時多発テロ事件を象徴とする日となっているが、それ以前は別の意味を持っていた。

 ―――チリ政変クーデター

 1970年代、左派政権が誕生したチリを危険視したCIAは、後に独裁者として名を残すピノチェトを推し、政変を決行。

 左派政権を崩壊させ、その支持者を虐殺した。

 以来、チリは民主化するまで、熱烈な反共国家であった。

 9月11日というのは、そういう意味でCIAは意識したのである。

 過去の成功例を再び、として。

 彼等は、国王と廊下で遭う。

「「「……」」」

 全員、バラクラバを脱いで、国王に敬礼する。

 国王は、複雑そうな表情で問う。

「……終わったのかね?」

「はい。万事解決です」

「……晩節を汚してとはいえ、曲がりなりにも王族だ。最期位は、盛大に送ろう」

「は。その点もそちらにお任せします」

「有難う」

 国王は、涙一つ流さず十字を切る。

 彼は、キリスト教徒ではあるが、今回の計画を黙認した。

 キリスト教徒である前に国益を優先させたのだ。

 CIAの国内での活動も認めている。

 国が平和になるなら、と。

 彼等が自由に王宮を闊歩出来るのも国王が親米派だからでもある。

「今後も御困り事があれば、何なりとお申し付け下さい」

「有難う。では、御休み」

「「「……」」」

 集団は、最敬礼で見送るのであった。


 同時刻。

「仕留めたか」

「はい。御写真、見せましょうか?」

死体性愛ネクロフィリアの趣味は無い」

 CIA長官の報告を受けた上院議員は、大きく息を吐いた。

「大統領は気付くかな?」

「既に認知症の症状が出ています」

「俳優のように?」

「はい」

「……」

 上院議員は、部屋に飾ってあった星条旗を見る。

「……副大統領の方は、どうだ?」

「現在、調査中です。しかし、人間ですから一つや二つ、隠し事や醜聞が御座いましょう」

「……そうだな」

『MAGA』と意匠計画デザインされた帽子を被り、上院議員は、呟いた。

「奪われた祖国を、取り戻す」

 長官は、嗤う。

「次期大統領プレジデント閣下に御協力します」

 次の選挙が待ち遠しくなる2人であった。


 シーラが養子になった夜。

 俺は、ナタリーが入手したエリザベートの死亡診断書の複写コピーを見ていた。

「……」

 不備はない。

 然し、違和感が拭えない。

 第六感というものだろうか。

 直感が、これを「嘘」と告げているのだ。

 否、長年の経験則かもしれないが。

 兎にも角にも、これは怪しい。

「……ナタリー、写真ってあるか?」

『無いわよ。そんな物』

 画面越しのナタリーは、ぶっきら棒に言い放つ。

『相手は、コミ―でも王族よ。そんなの残す訳無いじゃない』

「だな」

 歳が歳なだけにエリザベートは、何時急死しても可笑しくは無かった。

 だが、俺の第六感が、『暗殺』と告げているのだ。

 これは、当たる事があり、ネパールの王族暗殺事件の際も反応した。

 後日、CIAの調査報告書を見たが、案の定、アメリカと敵対関係にある大国が関与していた事が判った。

 恐らくだが、今回の急死は、その意趣返しの様に感じる。

 何の証拠も無く、現時点では、憶測に過ぎないのだが。

「……情報公開される日を待つかね?」

CIAカンパニーが素直に公開すると思う?』

「……だな」

 就寝時刻が迫っている。

「じゃあ、そろそろこの辺で―――」

『その前に班長』

「ん?」

『若しもだけど、私が『貴方の妹になりたい』って言ったらどうする?』

「……急だな?」

『若しも、よ』

「……家族に相談の上―――」

『貴方個人の意見を聞きたいのよ。家族は、関係無い』

「……そうだな」

 食い気味に言われ、俺は引き気味だが、顔には出さない。

 恐らく、シーラが養子になった事での純粋な疑問なのだろう。

「……妹より姉が良いな?」

『はぁ?』

「ナタリーってさ。雰囲気、大人じゃん?」

『……老けてる、って意味?』

「違うよ。俺より何時も冷静沈着クールだから。そういう意味で欲しいな、と」

『……バーカ』

 罵倒され、切られた。

 何という後輩だ。

「……」

 心配そうな顔でシーラが俺の頭を撫でる。

 傷付いた、と思った様だ。

「大丈夫だよ。優しいな?」

「!」

 逆に撫で返すと、両耳は赤くなった。

 信じられるか?

 これでJKなんだぜ?

「可愛いなぁ♡」

 子犬を愛でるかの如く、俺は、秘書官を可愛がるのであった。


「……馬鹿」

 暗くなった画面を見詰めて、ナタリーは、再度呟く。

 大人びている、という評価は嬉しいが、複雑でもある。

 何せ、相手の精神年齢は、還暦超えのおっさん。

 本来ならば、年金生活者であっても可笑しくは無いのだ。

 そんな彼に大人びている、というのは、淑女に失礼極まり無い話である。

 無論、彼に悪気が無いのは、百も承知だ。

「……」

 姿見で自分の容姿を確認する。

 外見的に老けてはいない……と思う。

 なので、煉が褒めたのは、内面的な事だろう。

(私って冷静沈着なのかな?)

 何時も、PCを相手にしている為、第三者評価がよく分からない。

 よき理解者のロビンソンに相談してみようか?

 恥ずかしいが、身近に相談出来そうな相手は、彼位だ。

(……皐月なら分かるかな?)

 否、もう1人居た。

 北大路総合病院院長・北大路皐月なら相談相手として適任だろう。

 彼女は専門を外科としているが、それ以外にも内科や脳外科、皮膚科、眼科等、手の空いた時には、診て回っている。

 HPによれば精神科医もしているそうだ。

 日頃忙しいにも関わらず、他科も診るのは、本当に博愛主義の御人おひとだろう。

 更に言えば、

たらい回しにされた患者

・家族から見放された重度の認知症患者

終末ターミナルが近い身寄りの無い老人

・保護入院の精神病患者

 等も寝台ベッドの空き次第では、受け入れる。

 開院以来、人が絶えないのは、ナイチンゲール並の優しさだろう。

「……」

 HPに行き、予約する。

 本来ならば、紹介状が必要な所だが、皐月は、その辺の所が無頓着だ。

『初診料とか紹介状とか手続きが面倒。患者が払うのは、治療費だけで良い』

 と言っているのを聞いた事がある。

 その為、時に偽善者と心無い事を言われる事もある様だが、彼女が気にするのは、患者の容態だけ。

 自分の評価や病院の評判は、殆ど気にしない。

 物凄い強心臓の持ち主だろう。

 全世界の人々が、彼女並であったら、SNSによる自殺も激減するかもしれない。

 夜という事もあり、返事は明日以降と思ったが、

『御予約有難う御座います。

 受診日、お気を付けてお越し下さいませ』

 まるで自動返信メールの様な素早さだ。

(……何時寝ているのよ。あの化け物は)

 ドン引きしつつ、受診日を心待ちにするナタリーであった。


 エリザベートが死んだ事で当然、王家の勢力図も変わる。

 エリザベートを支持していた派閥は、一気に空中分解し、代わりに国王が属する親米派が台頭する。

 否、元の鞘に収まる、という表現が適当かもしれない。

 王政復古が出来たのもアメリカの援助があってこそだ。

 アメリカが後見人である親米派が復権した、というのが、正しいだろう。

 当然、アメリカ人の血を引くオリビアも一気に注目が集まる。

 ―――

『【留学中のオリビア様、王位継承権競争に参加か?】

 現在、日本に留学中のオリビア様が、次期王位への有力候補の1人になった。

 親日派であり、親米派であるオリビア様は外交力に長け、又、日系アメリカ人の平民と御婚約が成立した事から、平民からの支持も厚い。

 王室の報道官によれば、

「現時点で何も決まっていない」

 としつつも、軍部や外務省等が王位継承に支持している事を認めた。

 王室に近い軍部が支持者となれば、オリビア様が、最有力候補になる事は間違い無いだろう。

 今後、我が国史上初の貴賤結婚を果たした王女が、女王として誕生するかもしれない』

(トランシルバニア王国国営紙 電子版 2021年9月15日)

 ―――

 それを俺は、ライカに見せられていた。

「だそうです」

「……所々、誤報があるけど、大丈夫なのか?」

 まず俺達の婚約は、破談になった。

 なので、婚約は、成立していない。

 現状、許嫁、という状態だ。

 もう一つ。

 王位継承権に軍部等が口を出す事は絶対にありえない。

 皇室でも同じだ。

 政治家が、皇位継承権に介入した事例があっただろうか。

 あるのは、女系天皇の議論位だ。

 特定の皇族を政府が推した事例が無い。

 百歩譲ってあっても、国民から反発を買うだけで、支持率は急落。

 内閣総辞職は、避けられないし、次の総選挙では、大敗を喫し、野党に転じるだろう。

 がライカは、余裕綽々だ。

「日本には、噓から出た実、という諺がありますよね?」

「ああ、あるな」

「この時点で誤報でも、近い将来、真実になれば、問題ありません」

「なんちゅう考えだ」

「ソ連流ですよ」

 ソ連は、衛星国で民主化運動があった際、武力行使を行い、鎮圧後に救援要請があった事にした。

 例:プラハの春 等

  そうすれば例え人権侵害だとしても、衛星国から正式な要請があれば、それは、合法な事で、西側諸国から非難される筋合いは無い、という論法だ。

 然し、トランシルバニア王国は反共国だ。

 ソ連の悪習を受け継いでいるのは、流石に不味いだろう。

 そんなライカは、現在、オリビアの頭を洗っている。

「気持ち良いですわ~♡ ああ、そこ♡」

 夕食後、プレハブ小屋の自室でまったり過ごしていた時、俺は親衛隊に拉致され、身包み剥がされた上に大浴場に突き落とされた。

 一応、親衛隊の長なんだけどな。

 訓練以外では、敬意の欠片も感じないのは、俺の指導力の問題なのかもしれない。

「……オリビアって自分で洗わないの?」

「洗えますけど時々、ライカに洗って頂くの。気持ち良いですから」

 それから、とオリビアは俺をチラ見。

 案ずるな。

 下半身は、タオルでガードしている。

 シャロンを生んだ息子ディックを簡単に他人には、見せんよ。

 ……まぁ、皐月、司、シャロンには諸に見られたが。

「勇者様って結構、鍛えてますのね? 将来まで州知事でも目指していますの?」

「全然。政治家には、興味無いよ」

 頭にタオルを載せて、俺は湯船に肩迄浸かる。

 シャロンと司が怖い為、今すぐにでも逃げ出した所だが、衣服が無い以上、如何する事も出来ない。

 全裸で帰宅するのも選択肢の一つだが、警備が厳しい領事館を全裸で脱出するのは、非常に危険を伴う。

 射殺されるかもしれないし、俺が警備兵なら、絶対に殺す。

 又、運よく逃げ出す事が出来ても、敷地外には、警察官が御待ちだ。

 一難去ってまた一難。

 今度は、公然猥褻で逮捕される可能性が高い。

 警備兵と警察官という二つの大きな壁を乗り越える程、俺は、冒険家ではない。

 なので、ここに留まっているのだ。

 決して、2人の裸が見たい訳ではない。

「勇者様、腰巻き、外して下さいませんか?」

「そうですよ。少将殿。マナー違反ですよ?」

「簡単に男に裸を見せる2人もマナー違反では?」

 オリビアの胸と臀部は、豊満だ。

 司が推定Cだと、DかEくらいだろうか。

 単位は、敢えて言わないが。

 尻の方も、

 人<シャロン<オリビア<馬

 てな具合だ。

 貧まで差があるのは、まさしく、不平等であろう。

 不平等を訴える人権団体は、何処いずこか。

 ……冗談ジョークはここまでで、目の前の悪魔の相手をしなければならないだろう。

 俺は、深く溜息を吐いた後、

「……大人を揶揄ためらうとは良い度胸だな?」

 ライカの股に腕を差し込み、そのまま巴投げ。

「!」

 天地が引っ繰り返ったライカは、そのまま浴槽に頭から突っ込む。

 犬神家の一族の有名な場面の様に、水面から足だけ見せる。

「……勇者様?」

「若い肉体を手に入れたんだ。精神年齢は、人でも、筋肉と性欲は、全盛期だよ」

「……」

 オリビアは、本能的に胸と股は手で隠す。

 今まで散々見せびらしていたのに、俺がちょっち獣になれば、女は大抵これだ。

 多分、受け入れてくれるのは、司位だろう。

 ライカの臀部が、水面に浮く。

 頭をしこたま強打した様だ。

 たん瘤が出来、可哀想に。

 部下を溺死させるのは、流石に不味い為、俺は、ライカを抱っこする。

「危機管理能力が足りないな。素人アマチュアが」

「……勇者様?」

「大丈夫だよ。襲わない」

 安堵したオリビアの頭を撫でる。

「今晩は、帰してくれ。逃げないから。若し、用事があれば、合法的に連絡してくれ。の為に素っ飛んでくるから」

「……はい♡」

 両目がトロンとなる。

 何時だったか。

 東南アジアで組織の資金を持ち逃げし、薬漬けになった娼婦を見て以来の目だ。

 宗教は麻薬、と言っていた学者が居るが、恋も麻薬と言えるのかもしれない。

 オリビアの額に接吻すると、彼女は、

「はわわわわ♡」

 と腰砕け。

 ライカを気絶させ、オリビアを骨抜きにした俺はその後、2人と交換に服を返してもらい、悠々と帰宅するのであった。

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