第46話 王女暗殺を企てた男

 店を出て、ショッピングモール内を歩く一行。

 エスカレーターが並ぶ吹き抜けの場所まで来た時、

(……ん?)

 客の中にただならぬ雰囲気を持った輩を見付ける。

 電話ボックスで誰かと電話しつつ、こちらの方をチラ見。

 好奇のそれ―――ではなく、殺意がはらんだ視線だ。

 オリビア達に気付かれない様、手話ハンドサインで、『3時の方向に客』と伝える。

 受け取ったライカは頷き、鼻をいた。

 すると何処からともなく、親衛隊が出現。

 皆、私服で美人だが、雰囲気が堅気ではない。

 ライカが鼻を掻く、というのは親衛隊への合図ヒントだったらしい。

 野球で観るような分かり易い為、変更した方が良いだろう。

 と、目の前から老人が歩いてきた。

 ヨーロッパ人で年齢は、70~80歳位だろうか。

 紳士的な身形の御洒落さんである。

 その手には傘がある。

「……」

 俺は傘の外観に注目し、ある答えを導き出す。

 そして老人が、5m位の距離まで近付いた時、

?」

「!」

 すると老人は、傘を落とし笑顔を見せた。

同志タヴァーリシチ?」

「YES!」

 ズドン!

 隠し持っていたグロックで撃つ。

 老人は、額から血しぶきを上げて倒れた。

「勇者様?」

 突然、起きた発砲事件に人々は、驚く。

「何、あれ?」

「撮影じゃね?」

「どっきり的な?」

 思いのほか、逃げないのは、銃社会ではないからだろう。

 アメリカだとこうは行かない。

 人々は逃げ惑るか、低い姿勢で地面に伏せているのどちらかだろう。

 直後、先程の電話ボックスの男が受話器を放り、慌てて出て来た。

 そして、AK-47を取り出した。

「! 伏せろ!」

 俺の一声で、親衛隊は伏せた。

 意味が分からずきょとんとしているオリビアはライカが、無理矢理、遮蔽物しゃへいぶつに引っ張った。

 良い判断だ。

 シャロン、シーラには、指示を出す迄は無い。

 軍属と二等兵。

 言わずもがな、遮蔽物に身を隠す。

 AK-47から7・62x39mm弾が発射される。

 そこで漸く実弾だと悟った野次馬は、逃げ出した。

 ライカがベレッタ92を握るも、

「安全最優先!」

「! 了解!」

 指示を素直に受け入れ、俺が応戦する中、間隙を突き、他の親衛隊と合流。

 野次馬と共に非常口から逃げていく。

 親衛隊は、名前からしてナチス感が否めないが、トランシルバニア王国のそれは、日本のSPセキュリティ・ポリス同様、VIP要人の安全が最優先だ。

 元SPで身辺警護SP学院講師によれば、暴漢が拳銃を発砲して来て場合、

 ―――

『基本的にSPは応戦しない。

 VIPの安全が最優先だからです。

 防弾のアタッシェケース等でVIPの身を守り、1mでも良いから離れるのが鉄則。

 犯人逮捕は別の班が対応します』(*1)

 ―――

 との事だ。

 シャロンもベレッタ92で応戦する。

 唯一違うのは、シーラだ。

 同じベレッタでも92ではなく、ナノを使っている。

 装弾数は6発と92(15発)の半分以下だが、手提げ鞄に入る位の小さい為、女性でも扱い易いだろう。

 人数的には3対1とこちら側が有利だが、男は何個も弾倉マガジンを用意している。

 装備的には、向こうが有利だ。

「……」

「パパ、何か考えている?」

「……2人共、援護カバーを頼む」

「何するの?」

「まぁ、見てろって」

 2人が援護射撃する中、俺は匍匐前進ほふくぜんしんで老人の死体に近付く。

 そして傘を鹵獲ろかくし、直ぐに元の遮蔽物しゃへいぶつに舞い戻った。

 傘を分解し、確信する。

 空気銃である事を。

 ―――

 1978年9月7日、ロンドンで歩いていたブルガリア人の作家で記者のマルコフは、通りすがりの何者かに傘で突かれた(*2)。

 傷の周りは炎症し、心拍数と血中の白血球の数は増大(*2)。

 敗血症と診断される症状を起こし、遂に彼は衰弱死するに至った(*2)。

 突かれたのは、傘に偽装した空気銃で、右大腿部に弾丸を打ち込まれていた結果だ(*2)。

 イギリス当局の調査によれば、マルコフは毒殺されたものと断定された(*2)。

 彼の傷口の組織から直径1・5mm程の弾丸が発見され、症状から弾丸の中にヒマの種子から取れるリシンが仕込まれていたという(*2)。

 又、当局は前年にパリの地下鉄で襲撃され奇跡的に助かったブルガリア人亡命者の体内から発見された弾丸と、マルコフに打ち込まれた弾丸が一致した事から、ブルガリア内務省の関与を示唆する証拠とされた(*2)。

 しかしながら実行犯は明らかにはなっていない(*2)。

 日本でも2015年に宇都宮市で殺人未遂事件が起き、アメリカでは大統領(2013年、2018年、2020年)が標的ターゲットになるなど、現代でも度々使用されている。

「……」

 俺は膝射しっしゃの姿勢で、傘型空気銃を構えて男を狙う。

 有効射程がどの位か分からないし、暴発する危険性もあるが、物は試しだ。

 俺はこの手に関しては、同害報復刑を好む。

 イスラム教徒から教わったイスラム法シャリーアに定められている刑罰の一つでもある。

 要は、目には目を歯には歯を、だ。

 人権団体は、「復讐の連鎖を生む」と非難しているが、犯人の人権が守られては意味は無い。

 その点、同害報復刑は理に適っているだろう。

 日米も導入したら良いのに、と常々思う。

 マルコフ同様、太腿に狙いを定めて、

「……」

 引き金トリガーを引く。

 パシュンと、空気が漏れ出る発射音と共に、リシン入りの約1mmの白金-イリジウム合金の弾丸が発射された。

「!」

 被弾した男は、AK-47を落とし、倒れた。

 目が合う。

 続けざまに俺は、グロックで顔面目掛けて撃つのであった。

 

 脳味噌を飛び散らせた死体を前に俺は、警戒を解かない。

 敵が2人とは限らないからだ。

 15分程経ったか。

 警察がやって来た。

「動くな!」

 刑事が叫ぶ。

 が、へっぴり腰。

 正義感より恐怖心が勝っているのだろう。

「「「……」」」

 分厚い盾で装備した機動隊の面々も、汗を流していた。

 あれだ。

 通り魔を相対した時位の緊張感なんだろう。

「外交官だよ」

「何?」

「身分証、見せる」

 グロックを床に置き、胸元から身分証を出し、開いて見せる。

「「「……」」」

 警官隊は、困惑顔だ。

 外交特権。

 これに勝る物は無いだろう。

 刑事の携帯電話が鳴る。

「はい……はい……済みません」

 分かり易く、怒られている。

 知らなかった、とはいえ外交官に銃を向けたのだから上司に大目玉を食らっているのだろう。

(早いな……ライカか)

 脱出後、直ぐに大使館に避難し、警察庁に連絡を取ったのだろう。

 出なければ、これ程早く現場に話は行かない、と思われる。

「……本当に外交官なんですね? 後程、参考人としても大使館の方に警察官が行くかもしれませんが、逮捕ではありませんので、その際はご協力の程、宜しく御願いします」

「いえいえ」

 俺は頭を下げ、グロックを拾い、2人を連れて歩き出す。

「「「……」」」

 警官隊は、モーゼの海の様に道を作る。

 外交官は事実上、訴追される事は殆ど無い為、上級国民と言え様。

 その為か、犯罪が後を絶たない。

 実際に以下の様なものがる。

 ―――

『・ベトナムの例

 平成31(2019)年12月、兵庫県警がベトナム人ブローカーを逮捕。

 在留関係証明書の不正発行を請け負っていたベトナム総領事館の領事に賄賂を渡したとして不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)の疑い。


・ガーナの例

 平成26(2014)年、警視庁がバカラ賭博店を営業したとして日本人等10人を逮捕。

 大使本人も部屋が賭博に使用されると知りながら一室を貸した疑いが持たれる。


・韓国

 平成26(2014)年9月、韓国大使館職員が暴行容疑で現行犯逮捕。


・その他

 警察関係者によると、大使館員や領事館員等に交付される外交官ナンバーを取り付けた車両が、銀座や六本木といった繁華街で駐車違反を繰り返しているとされる。

 外交官ナンバーが絡む駐車違反の時効件数は年間で数千件に及ぶ事もあるという。

 これらは、全て無罪放免となっている。

 その法的根拠は、以下の通り。 

【免除】

・身柄の拘束      (不逮捕特権)

・大使館、領事館への立入(不可侵権)

・受入国からの刑事訴追

・財産差し押さえ

・固定資産税、所得税等の支払い

【免除対象外】

・任意捜査で出頭要請

*重大事件の場合、司法の決定があれば、領事個人宅への立入は可能

・駐車違反金等の支払い要請

*一般のコンビニ等では消費税がかかる事も』(*4)

 ―――

 外交官万歳である。


[参考文献・出典]

*1:女性セブン 2014年10月20日

*2:コリン・エヴァンス 訳:藤田真利子『不完全犯罪ファイル 科学が解いた100の難事件』明石書店 2000年

*3:産経WEST 2019年12月19日

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