第45話 専制君主

 令和3(2021)年9月5日(日曜日)。

 俺は、若者の街・渋谷に来ていた。

 日曜日だけあって、人通りが多い。

 今年の初めは、非常事態宣言で大騒ぎだったのが嘘な様な賑わいだ。

 飲食業や宿泊業も以前程ではないが、復活しつつある。

 何時も一緒に居る司は、隣には居ない。

 皐月が久々の休日だけあって、母娘水入らず、温泉旅行に行っているのだ。

 当初は、俺もそのメンバーになっていたのだが、

「貴族なら、ちゃんとしないとね」

 と皐月の後押しもあり、こっちが優先された。

 多分だが、母娘だけで話したい事もあったのだろう。

 2人は、実の親子。

 養子の俺には分からない絆があっても可笑しくは無い。

(帰りたい)

 鬼の居ぬ間に洗濯、という訳ではないが、家で1人で過ごすのも良いだろう。

「もう、パパったら、もう少し笑顔出来ないの? 死相が出ているよ?」

「……」

 左右のシャロンとシーラから、窘められる。

「逢引、面倒臭い」

「買物と思ったら良いんじゃないの?」

「……」

 シャロンは、秋を意識したのか。

 芥子色からしいろのトップスを穿き、ウールハットを被っている。

 美人の為、外国人モデルの様だ。

 シーラは、茶色いワンピース。

 皐月が散髪したお蔭で目元が見える。

 初めて見たが、クリクリしていて可愛い。

 司が、愛玩動物ペットの様に愛でるのは分からないではない。

「「「……」」」

 行き交う人々は、9:1位の割合でシャロンを見る。

 当然だろう。

 シーラには悪いが、地味で暗そうな女性より明るくて元気そうな女性が居ると、後者を選び易いだろう。

「……」

「何?」

「いや、美人だな、と」

「娘に欲情するの? 変態だね?」

 と言うも、シャロンは嬉しそうに腕を絡める。

 悪人面が、こんな美人を連れていると、誰も彼女に声をかけない。

 不良かヤクザの情婦と誤解されているかもしれないが、シャロンを誰にも渡すつもりは無い為、どう思われても俺の勝利だ(親馬鹿)。

「シーラは、何か買いたい物ある?」

「……」

 クレープ屋を指差す。

「シャロンも食べる?」

「奢りなら」

「分かってるよ」

 出店のクレープ屋に行き、3人分を買う。

 そして、ベンチに座って予定の時間まで待っていると、国旗をはためかせた異様な車が横付けされる。

 GMC・トップキックのシャーシにキャデラックのボディを乗せたリムジン―――アメリカで《キャデラック・ワン》と呼ばれる特殊車両だ(*1)。

 もう少し分かり易く言えば《野獣ビースト》―――大統領専用車と言えば、心象イメージし易いだろう(*1)。

 その重量は、約9t(*1)。

 厚さ約13cmの軍用レベルの装甲板に完全に覆われ、特殊鉄鋼やチタン、セラミック等を素材に使用した複合装甲とされる(*1)。

 その強度は、付近で爆弾が爆発し様がロケット弾で撃たれ様が壊れない(*1)。

 又、扉の厚さは20cm以上、防弾硝子は厚さ12cm以上とかなりの強度が確保されており、その余りの厚さ故に窓から十分な自然光が取り入れられない為、天井の内張り内に蛍光照明装置を備えている程である(*1)。

 タイヤについてはグッドイヤー社製のランフラットタイヤを履いており、銃弾を受けてパンクした場合でも走行出来る様になっている(*1)。

 又、化学兵器による攻撃を想定して、内装等も完全密閉式になっているといわれている(*1)。

 エンジンは重い車体を動かすパワーが必要な事と燃料が発火し難いディーゼル重油である事からディーゼルエンジンが採用されており、爆発を防ぐ特殊な発泡体に包まれた燃料タンク付近には自動消火装置も備える(*1)。

 そして、

・暗視カメラ

・酸素ボンベ

・輸血用血液製剤

 を備えている(*1)。

 他、万一、周囲の護衛を突破された場合の装備として、催涙弾や散弾銃等の銃火器も前席に完備されている(*1)。

 これらの装備による重量増加により、公表されている最高速度は時速100㎞前後(燃費はリッター2・8㎞程度、15秒で最高速度に達する)とされている(*1)。

 この車は、大統領を含め7人乗りであり、コンソールに搭載された通信装置が配される前席に2名が乗車する(*1)。

 前席と後席は硝子付きの隔壁で仕切られ、前席背後に位置するクッション付きの3人掛けの対面座席は折り畳んで隔壁に収納する事が出来る(*1)。

 大統領と賓客用の2人掛けの後部座席は、個別に背もたれを倒す事が出来る(*1)。

 左右の後部座席の間には折り畳み式の机、内装に設えられた収納部には通信機器が備えられている(*1)

 日本で《ビースト》を観れるのは、大統領プレジデントの来日時位だろう。

 それを逢引で乗り回す事が出来るのは、流石、オイルマネーの王女プリンセス様だぜ。

 運転手は、ライカであった。

 執事の様な恰好をしている為、本物の男性に見える。

 運転席から降り、後部座席の扉を開ける。

「……少将、御待ちしていました」

「……」

 待ってたのは俺達なんだけど? と突っ込みたかったが、そんな空気ではなさそうだ。

 3人が乗り込むと、ライカは扉を閉めて運転席に戻る。

「勇者様、今日も香ばしいですわね?」

「……そうだな」

 オリビアは、俺の膝に座り、俺を玉座にさせる。

「旦那様♡ さ、行きましょう」

「……そうだな」

 シャロンに手の甲をつねられ、俺はハーレムなのに肩身が狭い思いをするのであった。


 行先は、ショッピングモールであった。

 サウジアラビアの王族がフランスの遊園地を貸切にし、遊んだ事は有名だが、流石にオリビアはそんな真似はしない。

 サウード家にはサウード家の考え方があるし、非難も否定もせず尊重するが、貸切ったことで遊べなかった利用者の顰蹙ひんしゅくを買うかもしれない危険は冒したくない。

 そう言う所は、俺も好きだ。

 平民を見下す事は合っても、その生活を邪魔しない辺り、根っからの悪人ではないだろう。

 オリビアに連れられて入った所は、宝石店であった。

 店内の客層は、女性8:男性2と言った所か。

 若者が多い。

 カップル、若しくは若夫婦なのだろう。

 中には、女性同士や男性同士のパターンもある為、LGBTにも人気な店なのかもしれない。

「これですわ」

 オリビアが真っ先に選んだのは、模造品イミテーションの指輪であった。

 値段は分からないが、高そうだ。

「……」

 手袋を装着したオリビアは、それを手に取ると、俺の右手の親指に付けた。

 その意味は(*2)、

 ———

・指導力を司る

・威厳を高める

・勇気をもたら

 ―――

「……模造品ですけど、御許し下さいな」

 トランシルバニア王国には、王族が気に入った貴族には、指輪を贈る文化がある。

 日本で言う所の大名が武将に領土を与える様な感覚が近いだろう。

 現代の日本人の多くは、指輪と言えば結婚指輪マリッジリングを連想するだろう。

 然し、恋愛以外には、多くの意味を持つ。

 ―――

『①地位・身分・職種を証明する指輪

・漁師の指輪 所有者:ローマ教皇

 初代のローマ教皇ペトロが漁をする姿が彫り込まれている。

・枢機卿の指輪

 枢機卿に選ばれた時に教皇から授けられる。

・聖職者がつける指輪

 神との永遠の契約を示している。

・騎士の身分を表す指輪

 古代ローマでは武勇の印とした鉄の指輪。


 ②魔除けとしての指輪

 不死の象徴が刻印された指輪や、邪気を寄せ付けないよう霊力が宿るとされる貴石がついた指輪等、何時も身体に身につけて魔除けとして用いられた物もある。


 ③その他

・寡婦指輪

 未亡人が身に着ける。

・認証指輪

 王が使者に持たせる王の印章がついている。

・足の指にはめる指輪

・武器としての指輪

 等』(*3)

 ―――

 オリビアが俺に与えたのは、①の騎士~のそれだろう。

「……これで子飼いの騎士って訳か?」

「そういう事ですわ」

「……有難う」

 オリビアは、お揃いのを自身の右手の小指に嵌める。

 その意味は(*2)、

・自分の魅力上昇

・自分らしさ発揮

・お守り

 だ。

「……違うな」

「え?」

殿の付ける場所は、ここだよ」

 指輪を抜き取り、オリビアの右手中指に付け替える。

「!」

・邪気から身を守る

・行動力、迅速さを発揮

・意志を強くする

 の意味である(*2)。

「殿下は、そそっかしいからな」

「……勇者様……」

 その愛に応える事は困難だが、忠誠は誓う事は出来る。

 直接の雇用主だからな。

「あー! オリビアに色目使って! パパ、私にも買ってよ!」

 パパ、と聞いて何人かの客が振り返る。

 店員は、通報し様か困り顔だ。

 明らかにパパ活と勘違いされている。

 否定したいが、実際には父娘だし、それだと別の疑いをかけられるだろう。

 ここは、恋人通しを演じるしかない。

「シャロン、好きなの選び。買うから」

「本当? 太っ腹!」

「司と皐月の分もな? シーラも要るか?」

「!」

 良いの? という顔。

「要らないなら買わんけど?」

「……」

 逡巡しゅんじゅん後、シーラは、シャロンと一緒に商品を見に行った。

 素直で可愛い奴だ。

「勇者様?」

「俺は共産主義者コミュニストでな? 平等じゃないと気が済まないんだよ」

 ナタリーの分も後で買おう。

 好みは分からんし、突き返される可能性があるが、買わなかったらそれはそれで怖い。

 あくまでも私的プライベートは関わらないのが規則ルールだが、指輪の一つや二つ、贈ろうが、男嫌いのナタリーが俺に惚れる訳が無い。

「あと、ライカもな?」

「え? 私もですか?」

「ああ。オリビアの御付きならそれ相応の装飾品が必要だろう?」

「……殿下?」

「勇者様の仰る通りよ。甘えなさい」

「は」

 オリビア以外、全員分の買う事になった。

「勇者様は、人の上に立つお人ですね?」

「そうか?」

「男女平等な我が国では、女性を立てる男性は珍しいですから」

 WEF世界経済フォーラムは、毎年、GGI(ジェンダー・ギャップ指数)を公表している。

  最新版(2021年 調査対象:156か国)のベスト20は以下の通り。

               *は国際連合統計局の分類により、北欧に属する国

 ―――

『1位、アイスランド   *

 2位、フィンランド   *

 3位、ノルウェー    *

 4位、ニュージーランド

 5位、スウェーデン   * 

 6位、ナミビア

 7位、ルワンダ

 8位、リトアニア

 9位、アイルランド

 10位、スイス

 11位、ニカラグア

 12位、ドイツ

 13位、ベルギー

 14位、スペイン

 15位、コスタリカ

 16位、フランス

 17位、フィリピン

 18位、南アフリカ

 19位、セルビア

 20位、ラトビア     *

 ……

 120位、日本

 と、上位20か国中、北欧諸国12カ国(ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニア、ブリテン諸島、アイスランド)の内、約半分の5か国がランクインしている。

 因みに日本の順位は、以下の通り。

 2006年、115か国中80位

 2007年、128か国中91位

 2008年、130か国中98位

 2009年、134か国中101位

 2010年、134か国中94位

 2011年、135か国中98位

 2012年、135か国中101位

 2013年、135か国中105位

 2014年、142か国中104位

 2015年、145か国中101位

 2016年、144か国中111位

 2017年、144か国中114位

 2018年、149か国中110位

 2019年、153か国中121位』(*4)

 ―――

 トランシルバニア王国は独裁国家だが、北欧に属す為、当然高順位だ。

「そういう訳じゃないが、まぁ、プレゼントだよ」

 結局、購入者全員は模造品を左手の薬指に装着するのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:指輪に願いを込めて…-つける場所によって変わる意味

*3:Gold Plaza 一部改定

*4:国際協力NGOジョイセフ HP

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