第44話 勇者様と私

 令和3(2021)年9月3日(金曜日)。

 国営放送は、深夜にも関わらず大騒動であった。

 男性アナウンサーが、額の脂汗あぶらあせ手巾ハンカチで拭いつつ、報道する。

『―――え~。ただ今入って来た情報によりますと、日本、イギリス、トランシルバニア王国の3カ国による同盟関係が締結された模様です』

 直後、SNS界隈では話題沸騰。

 ———

『【速—】

 日英同盟爆誕!』

『島 国 同 盟』

 ———

 等の関連ワードが、SNSのトレンドを覆い尽くす。

「パパ」

「うん?」

 夜も明ける頃の午前2時。

 寝室にシャロンが入って来て起こす。

「如何した?」

「大ニュースよ! テレビ観て」

 大はしゃぎでシャロンは、テレビを点けた。

 ———

『【日本政府、イギリス、トランシルバニア王国の三国同盟が成立】

 ———

 と、大きな字幕テロップが、表示されていた。

『原稿が無い! 原稿が無いの!』

 ヒステリックにわめく女性アナウンサー。

 民放は、大混乱だ。

 煩わしさを感じた俺は、災害の時のみ頼りになる国営放送にチャンネルを変える。

 案の定、教会のような静かさを漂わせつつアナウンサーは、真っすぐこちらを見詰めていた。

 民放の醜態しゅうたいを観た直後だけあって、国営放送の冷静沈着さが際立つ。

 アナウンサーが取り乱すと、視聴者に不安を必要以上に与える可能性がある為、このような姿勢は流石、プロだ。

『えー。先程、発表された同盟は、我々としても寝耳の水でした。御覧の様に原稿はありませんが、入って来た情報を詳細にお伝えします』

 おお、原稿無しで読むのか。

 民放とはえらい違いだ。

『今回の同盟は、現行の日米同盟とは別の軍事同盟でして、アメリカが仲介者となり、3か国の仲を取り持った様です。3か国は係争中の事案が無く、又、相互の親愛性も高い為、この度、対テロ戦争を基に成立した模様です』

 通常、同盟というのは先に案が発表され、国民の支持率を見極めつつ、計画を進めるのだが、今回それを素っ飛ばし成立になった。

 国民から支持が得られ易い、と踏んで簡略化させたのか。

 真相は分からないが、余り民主的とは言えない素早さもある。

『これに伴いまして、外務省の前では未明に市民団体が抗議に訪れています』

 画面が切り替わり、真っ暗な外務省前へ。

 老人達が、

 ———

『戦争反対!』

『軍国主義反対』

 ———

 とプラカードを掲げ、シュプレヒコールを上げている。

『や・め・ろ! や・め・ろ! 兎に角伊藤は、や・め・ろ!』

 中には、秘密情報保護法の際に非難していた市民団体も集まっていた。

 深夜なのに行動力が凄い。

 主張している内容は、「反対」「辞めろ」等、非常に中身の無い物ばかりで聞くに堪えない。

 与党の法案に対し、対案を出さず廃案に追い込もうとする野党と同じ位に中身が無い。

 恐らく、野党の支持者も含まれているのだろう。

(プロ市民かもしれんな)

 ベトナム戦争の際、べ兵連がKGBの支援を受けていた前例がある様に。

 必ずしも、市民団体=本当の市民団体とは限らないのだ。

 記者が、説明する。

『午前9時より、伊藤首相は、会見を開き、かねてから構想状態にあった「ユーラシア平和条約機構」についての概要を発表する見通しです』

「ユーラシア平和条約機構?」

 シャロンが、首を傾げた。

「パパ、知ってる?」

「ワルシャワ条約機構とか北大西洋条約機構の様な物だよ」

 パンフレットを見せる。

「? パパって与党の支持者なの?」

「いや」

「じゃあ、何で?」

「日本医師会が、与党の支持基盤だから」

「……」

 与党・保守党の支持層は、その名の通り保守勢力にある。

 医師、建築関係、神社等だ。

 一方、野党の支持母体は宗教団体や弁護士会、日本教職員組合などとなっている。

 日本医師会の有力者である皐月が、与党の支持者なのは、当然の事であった。

「そうなんだ。てっきり、パパがもう日本人になるのかと」

「なって欲しくない?」

「うん。パパは、アメリカ人で居て欲しい」

「……そうだな」

 制限時間は、22歳。

 今から5年後だ。

 それまでには、を出さなくてはならないだろう。

 日本か、アメリカか。

 シャロンが寝台に飛び乗った。

「?」

「もうここで寝る」

 プレハブ小屋と一軒家は、繋がっていない。

 往来する為には、一旦外出しないといけないのだ。

 一応、敷地内とはいえども、真夜中の往来は、危険を伴うかもしれない。

 シャロンは欠伸を漏らして、俺の枕を奪い取った。

 そして、そのまま横になる。

 物凄い速さだ。

「……ったく」

 呆れつつも俺はテレビを消す。

 そして、寝台から出様とすると、

「待って」

 シャロンの手が伸び、俺を抱き寄せた。

 鼻先数cmで向かい合う。

「……出て行かないで」

「でも、いびきとか煩いぞ?」

「良いの」

 シャロンは俺の枕を抱くと、自身の後頭部を俺の胸板に預ける。

「……硬い」

「眠れない?」

「うん。でも、良いの」

 甘えた声で、シャロンは囁くと、そのまま目を閉じた。

 前世で惚れた女性との間に出来た子供だけあって、その寝顔は美しい。

(……嫁入りするまでの独り占めだな)

 シャロンの頭を撫でつつ、俺も寝るのであった。


「……?」

 何やら視線を感じ、目覚める。

「たっ君?」

「ぐえ」

 司を視認直後、首を絞められていた事を悟った。

 常人ならパニックに陥る所だろうが、俺は軍人。

 無意識でも即応出来る。

 腰を上げて、逆に司の首に足を絡ませる。

「!」

 締められる直前、司はビビッて離れた。

「もう、たっ君、婚約者を殺す気?」

 おまいう、とはこの事だ。

「絞殺魔には言われたくないな。で、動機は?」

「復讐だよ。婚約者がまさか実の娘に手を出す変態だったからね?」

「……手を出す?」

 首を傾げると、毛布がもぞもぞと動き……ひょっこり。

「あ、パパ。お早う」

「お早う。よく寝れた?」

「うん。パパの寝顔も堪能出来たし、パパってやっぱり男の子なんだね?」

「何が?」

息子ディック、元気じゃない?」

 シャロンのニヤニヤとした視線を追う。

 それは、俺の股間に注がれていた。

「おお……」

 指摘されるまで気付かなった。

 これ程、綺麗に朝勃ちしているのは、約30~40年振りだろう。

 若さ万歳。

「パパって顔に似合わず、可愛いんだね?」

「そうだな。やっぱり、大きい方が良い?」

「まぁね。ただ、パパの場合は、強面なのに、息子が小学生だからそのギャップが可愛いけど」

「ありがとう」

 最低な会話であった。


 朝食の席にて俺の小指と司のそれは、赤い糸を結ばれていた。

 赤い糸は漫画で読んだが、ロマンチックで男の俺でも好きな話だ。

 もっとも、司がきつく縛り過ぎた所為で、小指は青くなり、鬱血しているが。

 兎にも角にも、愛されているのは、素直に嬉しい。

「良いな。司。私もしていい?」

「え~。先生は、親子なんでしょ? する必要ある?」

「あるある」

 勝手にシャロンは、赤い糸を持って来ては、俺のと結ぶ。

「これでパパと一緒!」

「……そうだな」

 こんな可愛い娘が、ファザコンなのは至上の悦びであろう。

 婚期が遅れる短所があるが、出来るだけ一緒に居たいのは、事実だ。

「お二人ともは、陰謀論者ですね。都市伝説を信じるなんて」

 オリビアは、余裕綽々だ。

 2人と違って微塵も興味は無い様だ。

 とはいうものの、

「……それ、俺の名前だよね?」

「? そうですわよ」

『北大路煉』と彫られた角砂糖を淹れた紅茶を飲んでいる。

 誰も指摘しないが、それも恋愛に関する都市伝説の一つだ。

 何故知っているか? って。

 読書家の秘書官が色々と教えてくれるからだよ。

 その秘書官は持ち前の地味さを発揮させ、気配を消し、俺の背中に隠れている、

「……」

 匂いフェチなのか。

 俺の体臭を̪頻りに嗅いでいる。

 意外だろうが、俺は英国王室御用達の香水を愛用しているので、良い匂いがするのだ。

 前世での傭兵時代、娼婦(友達であって、肉体関係は無い)から勧められ、それ以来、愛用していた。

 司やシャロン、オリビアが気にせず、近距離なのもその為だろう。

「そんな事より、勇者様。今度の日曜日、逢引デートに行きましょうよ?」

「そりゃあ又、急だな?」

「貴族への出世を祝して、贈り物プレゼントを贈りたいんですよ。とびっきりのね?」

「……燕尾服とかじゃないよな?」

「……まさか」

 分かりやすい間だ。

「じゃあ、何を贈ってくれるんだ?」

「その時の御楽しみですわ♡」

 優雅に紅茶を飲む。

 絵画のように美しい。

 悪女なのに、美人は無罪だ。

「司、日曜日って?」

「うん。御母さんと買物行く予定だから、

「……? 行って良いのか?」

「嫌だけど、しょうがない。シーラちゃんを監視役に付かすから。ね、シーラちゃん?」

 テディベアの様にシーラを抱き寄せる。

 可笑しいな。

 司と同世代なのに、扱いは、小学校低学年並だ。

「……?」

「良い子良い子」

 オレンジジュースを与えられ、シーラは複雑そうに飲みだす。

 賢明な判断だ。

 司の機嫌を損なわすと、後がどうなるか分からない。

「私は?」

「先生は、駄目だよ。今だって同居を許しているのに。逢引迄するの?」

「そうだよ。好きだから」

 俺の頬に接吻すると、シャロンは、力強く手を握り締める。

 一生、離さない、と言わんばかりに。

(……寂しさが嫉妬深くさせたのならば、俺の責任だな)

 内心で溜息を吐く俺の頭頂部に、司のチョップが炸裂した事は言う迄も無い。

 

 煉達が平和な日常を過ごしている頃、

「平和だな」

 ブルーノは来日していた。

 場所はヤクザの事務所。

 銃規制が厳しい日本では、武器は、手に入り難い。

 その点、犯罪組織は武器が豊富だ。

 なにせ、抗争時、ロケットランチャーを用意している犯罪組織も居るのだから。

「あんさん、堅気なのに勇気あるな。しかも傭兵やて? うちには是非欲しい所だ」

 太い指に金色の指輪を沢山めた金髪の入れ歯男は嗤う。

 名は、金田。

 裏社会の住人だ。

「幾ら出せる」

「1丁1千万」

「ほぉ……」

「1億でも良いぜ。現金の方が良いだろう?」

 ヤクザは、暴対法により口座を持つことが出来ない。

 別人を名義にすれば、持てない事は無いが、バレたら即逮捕される。

 ただでさえ人材難なのに、抗争でもないのにしょっ引かれたらヤクザも溜まったものではない。

 なので、他の組織は分からないが、少なくともこの組織は現金主義であった。

 ブルーノとしても、足が割れやすい送金より、直接、手渡した方がやり易い。

「相当、殺したい相手なんだな? ―――ああ、名前は言わないでくれ。関わりたくないからな」

 商談を引き受けたのは、金の為。

 それ以外に関わって組ごと、解散に追い込まれたら元も子もない。

 ヤクザの協力を得て、ブルーノは着々と暗殺計画を進めていた。

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