第43話 御神酒徳利
生徒会室では、既にシーラが待っていた。
「……」
生徒会役員に囲まれ、頭を撫でられたり、肩を揉まれたりと可愛がられている。
「馴染んでいるな?」
「保健室登校だからね。皆、心配して、昼休みは毎回、ここで歓迎しているんだよ」
シーラと目が合う。
「!」
彼女は長髪で隠れているが、笑顔を見せ、俺に近寄った。
「……」
「そうか。良かったな」
「? シーラちゃん、何て言ったの?」
「『御茶、美味しかった』ってさ」
「「「可愛い~♡」」」
再び生徒会役員共に捕まり、頬擦りされる。
ここは、女性社会。
皆、同性の為、シーラも打ち解けているのか、嫌がっている雰囲気は無い。
保健室登校であるが、しっかり馴染めているのは、良い事だろう。
ガチャリ。
「おいおい、賑やかだな」
『生徒会長』という肩章を付けた歌劇団の男役の様な格好良い女性が出て来た。
ドラマの再放送で観た「事件だから」が口癖な女優を彷彿とさせる。
「貴様が、話題の煉か?」
視線だけ殺す事が出来そうな目付きの鋭さ。
ライカもボーイッシュな印象だが、彼女はそれ以上だ。
普段、胸に晒しを巻いて、木刀を振るっているのかもしれない。
「煉、女性の体を見詰めるのは、セクハラだぞ?」
「たっ君!」
ずぶ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!」
目潰しされ、俺はのた打ち回る。
視神経まで指を感じた。
両目を抑えつつ、掌越しに司を睨む。
「医学生志望が、婚約者を視覚障碍者にするのか?」
「その時は、
「……」
直接見ている訳ではないが、何故か言葉からヤンデレさが感じ取られる。
シーラが袖を引っ張る。
「ん?」
「寝て下さい」
そのまま優しく、頭を抱えられ、強制膝枕。
「目、開けて下さい」
「……」
恐る恐る見開くと……ぴちゃ。
水滴が落ちて来た。
直後、眼球に浸透する。
目薬と分かったのは、それから暫く経っての事であった。
徐々に視力が戻っていく。
流石、俺が見極めた秘書だ。
「……おお」
「見える?」
「ああ、有難う」
「……」
シーラは、嬉しそうだ。
「シー―――ぐえ」
「はいはい。愛弟子に色目使わないの」
司に引っ張られ、抱擁される。
「おいおい、北大路、今からおっ始める気?」
「良いんですか?」
「バッカ。不純異性交遊も度が過ぎたら退学だぞ?」
ここの生徒会は独自の警察機関の他、生徒を自由に入退学させる事も出来る。
何故そんな事が出来るのかというと、生徒には大人には分からない人間関係を有している。
SNSも大人より、詳しい。
なので、彼らに有望な人材をヘッドハンティングさせ、更に虐めなどの諸問題も発見してもらおう、という訳だ。
いうなれば、大学生の自治組織が学校側から認可を受けてその範囲内で活動している、と言い換えた方が分かりやすいかもしれない。
教職員ではなく生徒自身に運営の一部を担わさせることは、責任転嫁とも見えるだろうが、画期的な取り組みでもある為、近年、全国からこのシステムは、注目を集めている。
司以外のメンバーは、会長の周りに集まり、彼女の為にエマ〇エル夫人が座るような椅子を用意した。
「有難う」
会長はそこに深く座った後、俺達を見た。
「で、司。夜の方は如何なんだ?」
「会長……」
「如何なんだ?」
「……」
司は俺を気にしつつ、赤くなって答える。
「……まだです」
「その悪人面は残念だが、雄としての魅力がある様だから、早く既成事実を作った方が良い。子供が出来たら男は、覚悟を決めるしかない。調べによれば、煉は、義理堅い男らしいな?」
「はい」
婚約者を褒められ、司は上機嫌だ。
一方、俺は聞き捨てならなかった。
(……調べによれば?)
俺の様子に気付いたのか会長は、嗤う。
「そうか……言ってなかったな。まぁ、
「!」
「会長、今、何て?」
「何でもないよ。煉とシーラ君以外は出てくれ。個人的な話をしたい」
「「「はーい」」」
司と取り巻き達は、素直に退室していく。
出て行け、と言っても怒らないのだから、良い関係なのだろう。
「……さ、何処から話そうか」
会長は、足を組んで電子煙草を咥えた。
「……法律違反」
シーラの指摘に、会長は一瞬、電子煙草を落としかける。
「……私が
「……?」
首を傾げつつ、シーラは頷く。
「……じゃあ、煉。君は何歳に見える?」
「……3―――」
「死ね」
瞬間、頬を何かが通過する。
直後、背後で刺突音が。
振り返ると、クナイがダーツの様に突き刺さっていた。
「シーラ君は賢明だが、煉。君は短命らしいな?」
「……」
反応からして三十路なのだろう。
女性の年齢は、
頬から流れ出た血を、シーラがアルコール消毒し、絆創膏を貼る。
流石、優秀な秘書官だ(2回目)。
「残念だが、煉。君が初めてだよ。認めたくはないが、私は、学生ではない」
「……!」
シーラは、目を白黒させる。
反応が可愛い。
「0よ。意味、分かるわね?」
(……公安か)
公安とは、敵対関係―――という訳ではない。
日本では、一般市民の俺が拳銃を所持している事を問題視し、監視対象されている位だ。
尾行はあっても盗聴はされていない。
但し、親衛隊の少将になって以降、その監視体制は強化されている。
身分上、トランシルバニア王国の騎士になり、外交特権を有し、国際法に基づき武装が許されているのだから当然だろう。
「……?」
シーラは、まだ意味が分かっていない様だ。
俺達の会話をテニスの試合の観客の様に交互に見ている。
「話して良いのか?」
「悪いけど、貴方、口固いんでしょ?」
ばさっと、俺の資料が目の前に投げられる。
―――
『【ルー・ブラッドリー(1955~2020)】
出身地 :アメリカ フロリダ州マイアミ
死没地 :ウクライナ オデッサ
イデオロギー:保守派
信仰宗教 :無
所属組織 :米陸軍→無所属の傭兵
軍歴 :1974~2020
戦歴 :グレナダ侵攻 1983年
パナマ侵攻 1989年
湾岸戦争 1991年
ソマリア内戦介入 1992〜1994年
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争 1995年
ユーゴスラビア空爆 1999年
アフガニスタン攻撃、駐留 2001年~
イラク戦争 2003年
イラク駐留 2004〜2011年
リビア内戦 2011年
IS掃討作戦 2014~2020年
最終階級 :軍曹
……』
―――
公安部が調べるだけ調べた結果だろう。
死没地等、CIAの資料と違う所はあれど、正解率は80%位である。
「よく
「言うても、大正11(1922)年からあるからね?
「……それで、俺を拘束するのか?」
「まさか」
鼻で笑うと、会長は立ち上がり、クナイを抜き取る。
「貴国は、友好国だし、我が国に
「ああ」
「ここだけの話、明日中にサプライズがある」
「サプライズ?」
「そうだよ。今までの既成概念をぶっ壊す出来事だよ」
会長は
そして、大きく吸った。
「今回、君と会いたかったのは、その挨拶だ。今後は許嫁や愛娘よりも、我が国の
「……司の庇護者って訳か?」
「そういう事だよ。まぁ、うちも色々あるんだよ」
「……」
意味深に嗤うと会長は、クナイを研ぎ始めるのであった。
午後。
生徒達が授業に行った後、会長は考えていた。
(全く……永田町の老害は、何を考えているんだ? あの男を利用するなんて)
この作戦を会長が知ったのは、前日の事。
会議に会議を重ねて、現場に通知されるのが、遅れたのだ。
『
独立派の首相が自ら考案した作戦名だ。
CIAは、その動きを察知しているかもしれないが、秘密作戦が開始した以上、中止や延期は無い。
その駒に成り得るのが、煉なのだ。
(明日の発表も世間の度肝を抜くだろうが……もう一つは如何なるか……)
電子煙草の本数も増える物だ。
それと同時に皺も増えていく事は当然の話であった。
同時刻。
赤坂の大使館に、ロビンソンとシャロンの姿があった。
「……日本がそんな事を?」
「そうだ。戦後、この国は我が国の従属国にしたんだが、今の首相は歴史修正主義者らしい。我が国から離れ、独立を目指すなど、言語道断」
「……」
ロビンソンは、首相の写真にナイフを突き立てた。
その話は、耳を疑う内容であった。
曰く―――首相は民族主義者でアメリカと決別し、真の独立国家を目指している、と。
「……モサデクのように追い落とす?」
シャロンが連想したのは、1953年、アメリカがイギリスと結託して起こしたイランに於ける
国内のイギリスに支配されていた石油の国有化を目指す、反欧米主義者のモサデク政権に対し、米英は危機感を募らせていた。
又、モサデクは非宗教的な一面があり、これが当時、米英がイランの共産化に繋がりかねないと判断された、とも考えられる。
実際、国有化計画は、ソ連への接近と見られていた。
この政変により、モサデクは失脚。
親欧米のパーレビ国王派が首相に就任し、イランは親欧米国家に変わる。
と、同時に国王により独裁が始まり、国民は秘密警察に監視される不自由な生活を強いられる事になった。
後に起きるイラン革命は、民主的に選ばれた政権の転覆から始まったイラン国民の反米感情が契機だったと言え様。
日本でもこの様な政変は、起きてはいないが、戦後、アメリカとの関係を見直す首相は、何故か短命政権が多い。
アメリカが裏で関わっていても何ら可笑しくは無い。
ロビンソンは、笑って受け流す。
「ハハハハハ。面白いな。でも、それは有り得んよ。裏切り者の映画を観たろ? この国が同盟国ではなくなった途端、電力システムが停止するマルウェアが横田に仕込まれているんだ。流石に永田町も馬鹿ではないだろう」
「……では、あの映画の内容は事実?」
「俺の口からは肯定も否定も出来んよ。イスラエルの核兵器と一緒だよ。真実は、神のみぞ知る」
「……」
「ホワイトハウスは君とルーの関係を重視している。困りごとがあれば、何でも相談してくれ」
咋にロビンソンは、2人を国の為に利用していた。
「……父とは、友達なんですよね?」
「友達だよ。でも、その前に俺は愛国者だ。奴の自己同一性は知らんが、俺は国に尽くす。奴との友情は別の話だ」
「……」
「君には、ルーに近付く公安関係者を名簿化してもらいたい」
「CIAになれ、と?」
「そうは言っていない。愛国者になってもらいたい。それだけの事だよ」
「……」
父の個人情報を暴露するのは、気が引ける。
然し、別人になってしまった父と繋ぎ止める唯一の物が、アメリカだ。
「……熟考させて下さい」
「色好い返事、期待しているよ」
そう言って、ロビンソンはルーの軍人時代の資料を机に置き、離席する。
「……」
賄賂、とは分かっていながらも、シャロンはつい受け取ってしまった。
父を知りたい。
純粋な想いだけで、悪いと感じつつも。
(パパ……悪い子で御免なさい)
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