第42話 あと1inの恋

 ブルーノの来日は、ロビンソンの耳にも届いた。

「《シャドー》がねぇ」

 その名は、CIAでも有名だ。

 フランス外人部隊に居た際、紛争地帯で戦争犯罪を行い、不名誉除隊。

 そのまま行方不明になっていたが、この様に日の目を見るとは、思いもしなかった。

シャドー?」

「奴の綽名だよ。ルー―――いや、煉か」

 2人は、赤坂のホテルの喫茶店でお茶していた。

 アメリカ大使館が近くに居る為、客層もアメリカ人が多い。

「まるで《影》の様に正体が掴めない、って話だ。ICPOインターポールが追っかけている大罪人が、まさか、王族が囲っていたとはな」

「あの婆さんを大統領ポトマックの主は、どう思っているんだ?」

「さぁな。神のみぞ知る所だよ」

 ソ連崩壊により冷戦が終わり、資本主義と社会主義の争いは前者の勝利に終わった。

 然し、小噺アネクドートにある様に、社会主義が先に死んだだけで、資本主義も崖っぷちなのは、変わらない。

 2016年の大統領選挙で社会主義者が、大統領候補になったのだから。

 資本主義の親玉であるアメリカでさえ、選挙次第では社会主義者の大統領が、誕生しても可笑しくは無いのだ。

「ただ、判っている事は、一つだけある。主は以前の弁護士上がりの大統領プレジデント以来、『人権』という御言葉がさぞ、大好きな御仁だ。不法移民が入国しても、愛で歓迎している所を見るに、トランシルバニア王国が共産化しても指を咥えて見ているだけよ」

「……軍需産業は、次代に期待?」

「いや、待てないさ。そんな悠長な事は言っておられん。東アジア南部は赤の手に落ちたし、東アジア東南東も赤化まっしぐらだ。もう新冷戦の時代だよ。ニクソンの様に弾劾されて、新大統領の下で戦争をおっ始め様って脚本シナリオを上層部は、作っているよ」

「ほぉ……」

 興味深い話に煉は、目を細めた。

「で、お前さんは、如何するんだ?」

「と、言うと?」

「我が国はお前が貴族になり、更に許嫁になった事に注目している」

「……」

「この意味が、分かるか?」

「……オリビアを推している?」

「そういう事だ。我々の調査では、シルビア殿下の臓器提供者が、アメリカ人である事が判った事で、彼女を推す様になった」

「! アメリカ人?」

「そうだよ。流石にそれ以上の素性は、教えられんが、兎にも角にも、御姫様は、アメリカ系でもある。又、普段の行いからも親米派だ。推さない理由は無い」

「……」

 革命の際、アメリカが秘密裡に支援していた為、王族には親米派が多い。

 今の国王も皇太子もそうだ。

 千葉にある大きな遊園地を誘致したり、アメリカの企業を王室御用達にしたりと、縁が深い。

 アメリカが、その親米度合いの深いから、親米派の王族を推すのは、当然の話だ。

 又、オリビアにアメリカ人の血が流れているのだから、彼女に一本化するのも分からないではない。

「その点、煉がアメリカ人でありながら、貴族になってくれたのは、ラングレーでも話題だよ。これで、トランシルバニア王国は、兄弟国になるだろう」

「……」

 アメリカの言う兄弟国は、所謂、衛星国の様なものだ。

 アメリカにとって邪魔な政治家が出ると、醜聞や選挙で追い落とす。

 煉の知る限り、昭和に1人。

 平成に4人。

 逆鱗に触れた事で、短命に終わった首相が日本に居る。

「……相変わらず、謀略が好きだな?」

「好きじゃないよ。国の為だ」

 微笑んでロビンソンは、御茶を飲むのであった。


 御茶会の後、俺は、図書館に寄る。

「待たせたな」

「……」

 本を閉じ、シーラがこちらを向いた。

 涙目である。

 まるで、飼い主と数年ぶりに再会した犬の様に。

 シーラは、勉強家の読書家だ。

 俺と居ない時は、大抵、読書しているという。

 自分の世界に浸り、且つ、誰にも邪魔されないその時間は、まさに彼女にとって、唯一の娯楽と言って良いだろう。

「……」

 本棚から何冊か本を選び、胸に抱く。

 借りたい様だ。

「規則では、10冊までらしいぞ?」

「……」

 すると、シーラは、迷った顔で再び本棚とにらめっこ。

 言葉こそ発さないが態度で、熟慮しているのが分かる。

「何でも好きな物、選び。閉館時間までたっぷりあるから」


 てな訳で、私は10冊全部借りました。

 外国人が借りるのは、身分証が必要なんですが、教官が御自分の名義で借りて下さいました。

 読書家の私には、非常に有難い事です。

 職員の話によれば、以前、外国人が借りてそれを持ち逃げした事件があった為、外国人に貸し出す際は、非常に厳格な手続きが必要なんだとか。

 仕方ないですね。

 日本の図書館は無料で入館出来、読む事が出来ますから。

 維持費の為には入場料を取っても良いとは思いますが。

 無料なのは、利用者にとって有難い事です。

 今回、私が借りたのは、

・『源氏物語』

 艶福家の主人公が、様々な女性と恋愛する現代版ハーレム小説ですね。

 ロシアのある大統領は、この作品を嫌っている様ですが、架空フィクションですからね。

 現実だと問題ですが、架空と現実は違います。

 それを混同するのは、可笑しいと思います。

・『伊勢物語』

 これも又、『源氏物語』同様、主人公がモテる話です。

 どうも私は、ハーレム物が好きな様です。

・『竹取物語』

 輝夜姫かぐやひめで有名な話ですね。

 富士山も登場しますし、日本人の当時の富士信仰が読み取れます。

 いつか、登ってみたいですね。

 遭難は怖いですが。

・『よく分かる! トランシルバニア王国王政復古物語』

 我が国の外務省が、出版している書籍です。

 教官とシルビア様の恋物語は省かれていますが、教官が、「ジョー」というアメリカ人の記者に改竄かいざんされ、記者目線で革命の経緯が描かれています。

 所々、史実とは懸け離れた描写がありますが、革命にアメリカが後方支援していた事は我が国としてもアメリカとしても隠蔽したい出来事ですから、無理無い話でしょう。

 数十年後、情報開示された場合に教官の存在が公式に認められる可能性もあるでしょうが。

 こればかりは、分かりませんね。

 この他は、世界のテロ事件の歴史や銃器に関するマニアックな物を始め、大人向けの小説……表現が難しいですね。

 R-18といった方が良いでしょうか。

 教官と司さんがイチャイチャしているので、触発されてしまったのでしょう。

 これはあくまでも保健体育の勉強であり、仕方なく借りた物です。

 他意はありません。

 悪いのは、私に興味を惹かせたお二人です(責任転嫁)。

「……」

 ちらっと、教官を見ます。

 相変わらず、視線だけで人を殺しそうな強面です(失礼)。

 目の前の人々は、目を逸らし、方向転換する人迄居ます。

 皐月さんの話によれば、昔の煉さんは可愛かった様ですが、記憶転移後、人相が変わってしまった様です。

 教官が強面だった為、悪い事にそれが、滲み出てしまっているのでしょう。

 最近では、前世での戦傷なのでしょうか。

 体中に痣や切り傷が、浮き出ています。

 記憶転移というのは、凄いですね。

 医学界を激震させる事例の様ですが、教官は静かに暮らしたい様です。

 情報部の資料を読みましたが、前世で沢山の激戦を経験した様ですから仕方の無い事でしょう。

「シーラ」

 突如、教官が止まります。

「?」

「冷たいの、要るか?」

 教官の視線の先を見ると、アイスクリームの屋台がありました。

 9月なのに出店しているのは、それだけ暑い証拠です。

 8月は、1か月間で都内だけで1千人もの人々が熱中症を発症し、その内、数十人が亡くなっている様です。

 これも地球温暖化の影響なのでしょうか。

 日本がバナナの産地になる日も近いかもしれません。

「……」

 私は生唾を飲み込み、頷きます。

「分かった。何が良い?」

「……ソフトクリーム」

「奇遇だな。俺もだ」

 教官は、微笑んで2人分購入して下さいました。

 一つ、500円もする超高級品です。

 東京の物価は高いですが、流石に単品でこれを超えるソフトクリームは、無いでしょう。

「お、兄ちゃん。そのの物か?」

「はい」

「気前良いな。幸せにするんだぜ。お嬢ちゃんには、かき氷もプレゼントだ」

「? 俺には?」

「モテる奴は、男の敵だ。一昨日来やがれ。馬鹿野郎」

 店主なのに物凄い発言です。

 教官は、苦笑いしつつ、かき氷を受け取りました。

 屋台から離れ、公園のベンチに座ります。

「はい。プレゼントだ。ゆっくりお食べ」

「……」

 右手にアイスクリーム。

 左手にかき氷。

 アイクリーム頭痛になるのは、必至でしょう。

「……?」

「ん? 俺は良いよ。折角、下さったんだ。1人で食べて良いよ」

 そう言って教官は、自分のアイクリームを食べ始めました。

 少将という地位に居るのですが。この御方おかたはどうも良い意味で共産主義者コミュニストの様です。

「……」

「あ、溶けてるぜ?」

 教官が手巾で服に付着したアイクリームの一部を取って下さいます。

 幼子に世話を焼く母親の様です。

 世代的には、それ程違わないのですが、如何も教官は、精神年齢が還暦以上なので、若しかしたら、私を孫娘の様に思っているのかもしれません。

 そうだとすると、ちょっと不満ですが、世話して下さるのは、非常に嬉しいです。

「……」

「お、今日一の笑顔が出たな?」

 教官も微笑みます。

 私の裸の心は、当分隠した方が良いでしょう。

 この想いを告げるのは、場面緘黙ばめんかんもくが治った時かもしれませんね。

(少将、大好きです)

 残暑厳しい9月の公園で、私は教官との逢瀬を楽しむのでした。


 学校公認(追認?)の騎士となった俺だが、学校生活もそれ程変わりは無い。

「勇者様、これ、何て読むのです?」

「『ことわざ』」

「博識ですわ♡」

 オリビアによしよしされる。

 彼女の感覚だと、俺は飼い犬の様な存在なのかもしれない。

 一方で、司も最近、ヤンデレ化が進んでいる。

「たっ君。は~い♡」

 暗黒物質と化した目玉焼きらしきを箸で摘まんで、俺の口元へ運ぶ。

「……焦げた物って発癌性はつがんせい物質―――」

?」

「何でも御座いません」

 医者の娘が、婚約者を癌にし様としている。

 何故だろうか。

 第六感が「逆らうな」と言って、俺を束縛し、自由行動を許さない。

 動物的本能から、司を怖いと感じているのだろう。

「……」

 もぐもぐ。

 何故だか、涙が出る。

 これが俗にいう「目から汗が出る」というやつか。

「たっ君、馬鹿な事を考えているね?」

「! そ、そんな事無いぞ?」

「分かりやす過ぎ」

 頬を膨らませた司は、俺の腕を掴むと、

「不純異性交遊で現行犯逮捕」

 そして、手錠をかけた。

「……私人逮捕?」

「そうだよ。生徒会には、刑事警察と同等の権限を有しているから」

 アメリカには、学校に警察官が常駐している場合がある。

 銃規制が世界トップクラスに厳しい日本では、考えられない事だが、アメリカでは、ほぼ毎年の様に学校での銃撃事件スクール・シューティングが起きている。

 その他、治安が悪い地域の学校では、校内での麻薬の売買が絶えない。

 日本でも、犯罪の低年齢化が問題視されているが、アメリカ人からすると、まだまだ序の口に見えるだろう。

 そのまま、俺は、生徒会へ連行される。

「放課後、お会いしましょうね~♡」

 オリビアは、助けずハンカチを振って見送る。

 とんでもない許嫁だ。

 恨めしくオリビアを見詰めていると、

「たっ君」

 有難い(?)拳骨を食らう。

 最近の司は、攻撃的だ。

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