第39話 Schweigt stille, plaudert nicht

「―――ええっと、殿下は、その……北大路……」

 ギロリ。

「ひえ……北大路殿下?」

 ニコリ。

「の、お隣を御所望の様だ。それで良いかな?」

「「「……」」」

 級友クラスメート達は、無言で頷くばかり。

 何人かは、涙目だ。

 それもその筈、廊下には沢山の親衛隊が、武装したままで級友をガンつけしているからだ。

 廊下と繋ぐ窓さえ開けて、威圧するのは、男の俺でも怖い。

 俺を嫉妬の余り、殴った男子生徒は、すぐさま親衛隊に制圧され、指導室に連行。

 暫くして、悟りを開いた様な清々しい顔で、戻って来た。

 賢者タイム―――ではないだろう。

 ガンジーの様に非暴力主義者に転向した事から、何か薬物を打たれたのかもしれない。

 それくらいしかあんな短時間で、転向は出来ない筈だ。

「……先生」

「何です? 殿下?」

 普段、それ程付き合いが無い担任から「殿下」と呼ばれるのは、違和感があり、そもそも気色悪い。

「俺は、平民ですので、敬称は必要ありません」

「少将―――」

「……は」

 ライカを視線のみで黙らせる。

 が級友は、更に委縮した。

(あの野郎、軍人を黙らせやがった)

(騎士って聞いたな? 軍人と関係あるのか?)

(婚約者が居ながら許嫁とは……死ねよ)

 恐怖8割、嫉妬2割と言った所か。

「勇者様―――」

「前にも言った通り、俺は、この国では、平民だ。『郷に入っては郷に従え』。自国の価値観を押し付けるな」

「はい♡ 分かりましたわ♡」

 直ぐに方針転換。

 猫なで声で可愛く敬礼した。

「「「(ぐは)」」」

 何人か、野郎が萌えた声を出すが、彼らは瞬時に真顔に。

 親衛隊が睨み付けたからだ。

 もし日本がトランシルバニア王国だったら、彼等は、親衛隊によって眼球を抉り出されていたかもしれない。

 王族の為ならば、喜んで殺人を犯すのが、彼女達の任務である。

 学校には皐月が居ない為、外堀を簡単に埋める事が出来る。

 策士はライカ辺りだろうか。

 オリビアが諸葛亮公明並に才女には、見えない(失礼)。

 学校公認(黙認? 追認?)となったオリビアは、笑顔で俺の隣席に座る。

 逆側の司が、今迄見た事ない程、眉間に青筋を立ててらっしゃる。

(……痛いな)

 手の甲に爪を立てられ、俺は、思わず、司を見るも彼女は素知らぬ顔。

 足を踏んずけたりと、想像以上に荒れてらっしゃる。

 司のその態度を知ってか知らずか、オリビアは、

「勇者様のその心は、いずれ掴みたいと思いますわ」

 そう言って笑顔で、腕を絡めとるのであった。


 放課後、俺は地下駐車場に居た。

「パパ、御免ね? 守れなくて」

 シャロンが、抱き着いて、わんわん泣いている。

 人権侵害として、俺とオリビアの仲を破談にさせ様とした所、「抗議するなら辞表を提出する様に」と言われ、感情のまま辞職したそうな。

 愛妻もそうだったが、シャロンは猪突猛進な所がある。

 オリビアの転校も今朝知った事から、ALTには事前に報告がされていなかったのだろう。

 もしくはシャロンにのみ報告が、行かないようにされていたか。

 シャロンが俺にべったりで且つ住所も俺と同じ家に移した為、問題視されていたのかもしれない。

 分かりやすくしていた彼女の愚策とも言えるが、愛娘故、強くは怒れない。

「良いよ。責めなくて。それで今後は、如何するんだ?」

「ぐす……軍属に専念するか、他の職を探すか」

「うーん……」

 日本での外国人が出来る職種は、限られている。

・英語教師

・建築業

・水商売

・解体業

・コンビニ

 ……

 思い付く限り、これ位だろうか。

 日本語検定の上級資格取得者なら、もっと範囲が広がるかもしれないが、少なくとも俺の周囲に居る外国人は、それ位だ。

 外国系日本人の芸人も、「日本では、アルバイトさえ受かりにくい」とテレビ番組で嘆いていた。

 東洋人ならば、見た目が日本人に近い為、その類ではないかもしれないが、見た目からして日本人とは初見で分かりづらい彼らは雇う側が「日本語喋れるのかな?」等不安視して、敬遠するのかもしれない。

 兎にも角にも、外国人就労者には日本は住み難い国であろう。

「パパと離れたくない」

「俺もだよ。でも、生活は出来るんだろう?」

「うん。軍属だからね」

 以前、給与明細を見せてもらった所、俺の前世の時の軍属より高かった。

 待遇改善がされていたのかもしれない。

 ちょっと、羨山。

「無理して働く事は無いんじゃね? 軍属のままで―――」

「そうしたいけれど、私の本職は、研究者だからね? それだと、基地の中でしか勉強出来ないよ」

「ううむ……」

 学ぶには、確かに実地研修の方が、効率的だ。

 英語が不得意な人でも、英語圏で長期滞在すれば、否が応でも意思疎通を図らないと生活出来ない為、勉強するしかない。

 それで身に着いた話は、よく聞く。

 尤も、CIAの調査で英語圏話者からすると、アラビア語と日本語が、最も難しい外国語なので、日本人が英語が不得意なのは、仕方の無い事かもしれない。

 その逆も然り。

「パパも私が、基地内で過ごすのは、嫌でしょ?」

「嫌だな」

 米軍―――というか、何処の軍隊も男社会だ。

 2021年にアメリカの陸軍で女性兵士の口紅等の化粧が認められる様になった所を見ると、女性は、軍隊では、働き辛い環境であろう。

 又、秘匿された組織であるが故、表沙汰にならない性犯罪も多い筈だ。

 俺も前世で、その手の話は、よく聞いた。

 実際に見た訳では無い為、噂だけかもしれないが、後に公表されたのもあるので、全てが誤報とは言い切れないだろう。

「……いっそのことなら、俺の相棒になったら如何だ?」

「というと?」

助手アシスタントというか、相棒バディというか……」

「少将の相棒?」

「まぁ、そんな所だ」

「……オリビアが上官になるのは、嫌なんだけど?」

「でも、そうなったら、色んな所、顔パスで入れるぞ? 俺と一緒なんだから」

「……」

 俺が親衛隊の訓練を行う際、シャロンが参加出来るか否かは、基本的にオリビアの機嫌次第だ。

 バチバチにやり合っている時は、当然、一歩も入る事は出来ない。

 穏やかな時は、一緒に参加する事も出来る。

 俺の相棒になれば、自ずとその煩わしさは、無くなるだろう。

「……パパ、騎士なんだよね?」

「そうらしいな?」

「騎士道って。淑女を守るんだよね?」

「そうだったか?」

 欧州の騎士道精神には、確かそんな項目があった筈だ。

「パパ、大好き!」

「ぐえ」

 抱擁され、俺の背骨が軋む。

 一瞬にて、意識を奪われた事は言うまでも無い。


「……相棒ねぇ」

 オリビアは、履歴書とシャロンを見比べる。

 無職になった途端、面接に来たのだから、まさに不意打ちだろう。

 通常、人事課の担当者辺りが面接官を務めるのだが、ブラッドリーの愛娘だけあって、流石にオリビアが面接官にならざるを得なかった。

 貴族の娘は、当然、将来的には、貴族になる可能性がある。

 一代貴族に出来なく無いが、国家の英雄をそんな冷遇などしたら、それこそ乱心を疑われかねない。

 スーツをびしっと決めたまさにキャリアウーマンなシャロンだが、横にブラッドリーを座らせているだけあって、ファザコンは抜けていない様だ。

「勇者様は、どの様に御考えで?」

「そりゃあ賛成だよ。オリビアも心強い味方が出来るんじゃないか?」

「平民が味方―――」

?」

「も、申し訳御座いませんわ。失言です。撤回します」

 慌ててオリビアは、何処で覚えたのか、綺麗な土下座を披露する。

 王族の癖に自尊心プライドが無いのか?

 と、呆れる一方、直ぐ非を認めるのは、良い事でもある。

 俺が擁護した為、シャロンは、嬉しそうだ。

「パパ、不合格でも良いよ。パパの御嫁さんになれたらそれで良いから」

「おお……」

 世界中の父親が愛娘に言われたい言葉№1であろう。

 畜生、血さえ繋がっていなかったら、司と婚約者じゃなかったら直ぐにでも挙式をしたい所だぜ。

 ……ん?

 待てよ? 俺は、今、煉だ。

 結婚出来るのか?

 最近、シャロンをではなく、1人の女性として見る事が多くなった。

 記憶転移の影響だろうか。

 父娘の絆が、薄れていく様な寂しさもあるが、兎にも角にも、シャロンは、絶対に誰にも渡さない(決意)。

「良いでしょう。わたくしの養女になる可能性がありますからね。ここで恩を売って、勇者様を繋ぎ止めるのも良いでしょう」

 オリビア、心の声、駄々洩れだぜ?

 大丈夫かね、この王女。

 オリビアは、額を人差し指で掻きつつ、

「シャロンさん。貴女を特別に貴族にしましょう」

「そんな簡単に貴族になれるの?」

「貴女の場合は、特別ですわ。但し、義母となるわたくしに敬意を払う事、これが条件ですわ」

 そうか。

 俺の娘であるシャロンは、そのまま養女になる可能性があるのか。

 これは、又、複雑な家族関係になりそうだな。

 俺より年上の女性が、年下の女性の養子になるのだから。

 最早、あべこべ。

 家系図の但し書きが、大変な事になりそうだ。

「母上、と呼んだ方が良いの?」

「丁重にお断りしますわ。年上にその様な呼ばれら、気分を害します」

 ま、そうだろう。

 俺も老人から「お父さん」と呼ばれると、気持ちが悪い。

「では、何て呼べばいいの?」

「『殿下』『姫様』などですわ」

「……呼び捨ては? パパはしているのに?」

「勇者様と貴女は、違いますわ。嫌なら貴族から平民に降格させますわよ?」

「はい。殿下。言葉が過ぎました。申し訳御座いません」

 何この掌返し?

 WBCに興味が無い、と言っていた米国民が自国が優勝した途端、お祭り騒ぎした時並の綺麗さだ。

 ずっと、見守っていたライカが、囁く。

「(少将殿は、英雄色を好む、ですね?)」

 忠臣にまでいじられた。

 ああ、人事権が欲しい。

 ライカを二等兵に降格させたい。

 そんなこんなで、愛娘が貴族になりました。

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