第38話 Princess Save the Queen
トランシルバニア王国は、皇室とも縁が深い。
日本の王政復古を模範としたのだから、当然だろう。
王宮には明治天皇の肖像画を飾り、王族は誕生日と命日には、神社への参拝を欠かさない。
やはり、ロシア帝国を打ち破った当時の日本の国家元首として相当、畏敬の念を込めているからだろう。
日本側も好意的なトランシルバニア王国に対しては、仲良くする様に努めている。
皇族が公務で北欧諸国を周る際は、必ずトランシルバニア王国にも立ち寄る程だ。
王族が亡くなった際にも、どの立憲君主制の国よりも早く弔電を送る等、配慮も徹底している。
なので、現在、日本人が1番身近に感じる北欧諸国はトランシルバニア王国であろう。
令和3(2021)年9月1日。
俺は、領事館に呼び出されていた。
「おいおい、もうすぐ登校の時間なんだが?」
二学期の初日にも関わらず、前日―――8月31日夜に「明朝、来て下さい」と電話で言われ、朝、4時過ぎ、プレハブ小屋にライカが親衛隊を引き連れて、俺を拉致った。
以前とは違い、予約があった為、平和的だが、誘拐罪には変わりない。
「勇者様はパジャマ姿も可愛い♡」
オリビアは、早朝からこのテンションだ。
正直、ついていけない。
前日から寝ていないのか、両目は、充血している。
ハイテンションから察するに、徹夜明けのハイになっているのかもしれない。
「早く返してくれよ。登校の準備をしたいんだから。後、シャロンに気付かれたら殺される」
「大丈夫ですわ。シャロン様の寝室に睡眠薬を注入している為、私が指示しない限り、起きませんわ」
「……」
「そう怖い顔しないで下さいまし。安全な麻酔ですから」
麻酔というのは、何故、人体に利くのか未だ分かっていない部分があるという。
日本で麻酔を研究していた江戸時代の医者は、妻が自ら実験台に志願し、その結果、彼女を視覚障碍者にさせてしまった。
現代では麻酔科医が居る為、中々、そのような事は起きにくいが、人間は完璧ではない。
どれほど警備が強化されたアメリカの大統領でさえも、暗殺事件が起きているのだから、ミスをしない人間など居ないのだ。
「仕方ありませんわね。ライカ、ご家族の皆様をお連れして」
「起こしますか?」
「いえ、自然に起きるまで、手を下さずに御願いしますわ。勿論、危なかったら軍医や衛生兵を総動員させて診てあげて」
「は」
ライカが親衛隊を連れて、再び家の方へ行く。
彼女達も早朝から大忙しだ。
国家公務員なのだから、もしかしたら時間外手当が破格なのかもしれない。
2人きりになったオリビアは、笑顔だ。
作家を拘束し、大暴れした狂人を描いた映画の女性の様に。
「勇者様は、仮装がお好きですか?」
「ううん? どうだろう? 考えた事ないな」
「では、女性の仮装は、お好きですか?」
「似合ってれば、な」
俺は、似合っていない仮装が、余り好みではない。
例えば、日本人がゲーム等の登場人物に仮装する事があるが、骨格や髪の色さえ違う人物に日本人が成り切るのは、違和感を禁じ得ない。
勿論、好きな人は好きで良いのだだが、俺にはどうもその手は、苦手なのだ。
「では、これは、如何ですか?」
オリビアが、その場で脱ぐ。
「お、おい?」
「欲情して襲って下さっても構いませんわよ?」
「……」
呆気に取られている間に、オリビアは、下着になった。
胸部は、ボンと。
腹部は、キュッと。
臀部は、ボンっと。
非常に
比較すれば、
ナタリー<ライカ<シーラ<司<シャロン<皐月<オリビアと言った具合だろうか。
口が裂けても言わないが。
「勇者様は、やっぱり男性ですね? 目を逸らさないのは」
「呆れているだけだよ」
「言い訳が下手ですわね♡」
オリビアは、俺の額にキスすると、今度は何かを着始める。
「! それって……?」
「そうですわ」
オリビアが、着用したのは、明神学院の制服であった。
太腿付近にサイズを合わせたミニスカートに半袖のセーラー服。
皐月が、「JKの至高は、絶対領域
「やはり、勇者様は中身はおじさんでも、心は男の子ですわね?」
「……そうだな」
こればかりは、肯定せざるを得ないだろう。
安易に言い訳しても結局、見ているのだから嘘になってしまう。
「あれ? でも、以前の学校はどうしたんだ?」
「通信制ですから問題ありませんわ。転校の手続きも済んでいます」
王族の学校といえばお金持ち学校の心象だが、それと比べると、母校は余り言いたくは無いが、格落ち感が否めない。
今まで王族を受け入れた事が無い為、学校側は、この夏休みの間、右往左往していただろう。
司が、ほぼ毎日、生徒会で登校する様になったのは、学校側が余りにも忙しく、且つ混乱した為、業務の一部を生徒会も手伝っていたのかもしれない。
「……生徒は、知っているのか?」
「いえ、お知らせしていませんわ。今日のサプライズ、という事で」
「俺にバラシて言いのか?」
「テロリストに捕まって拷問されても何一つ吐かなかったベトナム戦争以来の英雄が、何を仰いますか?」
にへへ、とオリビアは微笑む。
何をしても権力には勝てない。
嘆息した俺の頭を、犬の様に撫でるオリビアであった。
オリビアの転校先は、2年A組。
留学生も多く在籍するとはいえ、現役の王族が転校するとは、前代未聞だ。
その為、全学年は一度、
普段は、入学式や卒業式が行われるそこは、流石私立だけあって、大きい。
最大収容人数5万人は、甲子園球場並だろう。
「何でこんな所に朝から呼び出されなきゃいけないんだよ」
「全くだぜ。昼で終われば良いが」
今日は、朝だけ出席して、明日以降、授業が再開される予定なのだが、この調子だと昼を過ぎるかもしれない。
夏休み気分が明けない生徒達は、謎の式の早期終了を願ってやまない。
一方、舞台の袖に居る俺達はというと、
「何故、燕尾服?」
「お披露目ですから♡」
両目を♡にしたオリビアによって、俺は、夏服から無理矢理、燕尾服を着させられていた。
サイズといい、好みといい、感触といい……
全てが俺に合った物である。
ライカが親衛隊に目配せしていた為、彼女達が犯人なのだろう。
探偵を用いたのか。
親衛隊が持つ独自の情報力によって得たのか。
兎にも角にも、俺の嗜好は筒抜けらしい。
オリビアは朝同様、夏服。
流石に絶対領域は、見せない。
校則を遵守し、膝の皿さえ見せない徹底ぶりだ。
「たっ君、あれはね? 『ロングスカート』って言うんだよ? 昔の不良少女が穿いていたんだ」
司は、俺の手を絡めとり、オリビアに犬歯を剥き出しにしながら言う。
2人はカラオケで一緒に歌うほど、仲は良いが俺が関与すればたちまち、キューバ危機の米蘇並に悪くなる。
「不良ねぇ……」
「何、じっと見てるの? 変態」
「ぎゃあ!」
いきなり目潰しされ俺は、のた打ち回る。
躊躇い無くこんな戦争犯罪を出来るのは、1人しか居ない。
「……!」
シーラが、温かいタオルをくれた。
「ありがとう」
効果があるのかは分からないが、激痛が温かさで軽減されていく。
「……シャロン?」
「パパ。『先生』って呼ばないと?」
ALTの腕章を見せ付けつつ、悪魔は嗤う。
畜生、昔は可愛かったのに、今では平気で父を虐げる様になってしまった。
親の顔が見てみたい。
「親は、貴方よ」
シャロンは冷たく言い放つと、司とは逆側に立ち、俺の手を絡めとる。
最初は厳しく、後には優しく。
まるで飴と鞭、良い警官と悪い警官だ。
「ごめんね。でも、パパが悪いんだよ? 異性の体をじろじろ見るのは、セクハラなんだよ?」
「……守る為に?」
「そうだよ。パパが不純異性交遊を起こさない様に。又、オリビアが被害者にならないようにする為だよ」
「……オリビアには、親衛隊がついているが?」
「……」
俺の論破を無視し、シャロンは、力士の様な握力で俺の手を握る。
軍属であるが、俺がジムに通い始めた事で、一緒に彼女も始めた。
そこで一緒に
彼等から教わり、又、俺の娘でもある為、シャロンは俺の様に筋肉が付き始めている。
こればかりは、肉体が男子高校生で良かったかもしれない。
前世のままだと、鍛えているとはいえ、俺は老人。
圧殺されても可笑しくはない話だ。
『国歌斉唱』
「「「!」」」
壇上の教頭がその言葉を発した瞬間、全校生徒は立ち上がる。
そして、教職員と生徒の大合唱だ。
♪
『君が代』は、世界で最も短い詞の国歌とされている。
フランスやアメリカ、中国などの様に戦争を表した荒々しい内容ではなく、これ程平和的なのは、俺の知る限り日本だけだろう。
イスラエルも思い浮かべたが、あれは「平和的」より「暗い」との表現が適当だろう。
2千年間荒野を彷徨い、居着いた先々では
当然、俺達も歌っている。
オリビア達留学生も。
軈て、歌い終わると、全校生徒は、着席した。
一糸乱れぬその動きは、軍隊を彷彿とさせる。
『それでは、
「「「!」」」
初耳に生徒達は、驚く。
転入生は事前に1学期の後半で聞かされ、心の準備が出来ているのだが、今回はそんな事が無かった。
男子生徒はアイドルの様な美少女を期待し、女子生徒は薄顔の美少年を願う。
「さ、行くわよ」
「え?」
オリビアに手を引っ張られ、俺はシャロンと司から無理矢理、引き裂かれる。
「「!」」
2人が奪還を目指すも、親衛隊が間に入り、M16で威嚇した。
突如、現れた外国人美少女転校生と、燕尾服の俺に会場は、混乱する。
「おいおい、どういう事だ? 話が見えねーぞ?」
「あの娘、エルフみたいで可愛いな。北欧の人かな?」
「そんな事よりも、あれなんだ? あれじゃ、まるで―――!」
誰かが「新郎」と言いかけた時、何処からか発せられる邪悪なオーラを感じ取った。
生徒の第六感が、告げる。
それ以上何も言うな、と。
彼だけでない。
多くの他の生徒も同じ様な事を思い浮かべたが、やはり気配を感じ、その言葉を飲み込む。
その根源は、舞台袖からであった。
「「……」」
2人が、能面の様な無表情で、生徒達を見詰める。
その怒気を感じ取った生徒は、皆
大型スクリーンには、でかでかと俺とオリビアが、キスした画像が表示される。
「「「……!」」」
生徒達は、玉音放送を聞いた日本国民の様に静まり返る。
「(おい、ありゃあ何だ?)」
「勇者様と私の恋の表紙ですわ」
何とも詩的な御言葉である。
が、感傷に浸っている暇は無い。
「……」
ちらりと、婚約者を見ると、
「……!」
案の定、御怒りだ。
横のシャロンも又、9・11直後の米国民並に怒ってらっしゃる。
「(にしても、コラージュは、酷くないか?)」
「あら、誰もコラージュとは言ってませんわ」
「へ?」
「以前、接吻しましたわよね?」
「……あー、あったな」
あの不意打ちは、今でも思い出すだけで顔から火が出そうな位、恥ずかしい。
シルビアも情熱的であったが、オリビアはそれ以上だ。
若しかしたら、シルビアの怨念が彼女を過激派にさせているのかもしれない。
「あの時、忠臣が撮影していたんですよ。それを皆様に御紹介しただけですわ」
「……」
よくよく見ると、画像の端っこには、司達と思しき姿が。
然し、綺麗に切り取られ、素顔までは分からない。
初見だと、
普段は、厳格な教育指導の先生がマイクを握った。
げっそりと痩せ細っているのは、問題児を迎え入れざるを得ない状況に胃が痛いのだろう。
胃薬を後で送った方が良いかもしれない。
オリビアと目が合うと、作り笑顔で御辞儀し、今度は俺を睨み付ける。
お前の所為だ、と言わんばかりに。
前言撤回。
胃薬より下剤を送った方がよさそうだ。
先生は、全校生徒を見渡しつつ、
『え~。この度、転校生としていらっしゃったオリビア殿下は、敬称から分かる通り、王族です。皆様は、御無礼が無い様に。若し、不敬を働いた場合は、護衛の方々から有難い御説教を頂く事になります』
それから、と先生は俺を見た。
『横に居る2年A組の北大路煉が、殿下の許嫁兼後見人だ。彼にも敬意を払う様に』
はて。
可笑しな単語が聞こえたぞ?
余りにも婚約者と愛娘からの視線にいたたまれず、現実逃避をしていると、
「殿下、ご挨拶を」
先生からハンドマイクがライカに渡され、それがオリビアの手へ。
先生と
昔、タイで「王族に無許可で触ったら死刑」との法律があり、ある王族が川で溺れた際、誰も助ける事が出来ず、結局王族を見殺しにしてしまった逸話を思い出した。
知識層嫌いで眼鏡をかけていただけで殺す程の狂人、ポル・ポトが医者を殺しまくった所為で、カンボジアで医者が不足し、素人の子供が医者の真似事をせざるを得なくなってしまった出来事並に嘘の様な本当の話だ。
俺が心配そうに見ているのを気付いたか、オリビアは柔和な笑みを浮かべて答える。
「緊急避難の場合のみ、平民は、王族に触れて良いのですわよ? 勇者様は特別ですけどね?」
それから、全校生徒に見せ付ける様に宣言する。
『こちらの殿方は私の竹馬の友であり、さきほど、ご紹介にあった様に許嫁の関係でもあります。又、身分上は貴族でもあり、騎士でもあります。皆様、今後とも宜しくお願いしますわ』
何とも情報量の早い挨拶だ。
自己紹介ってこんなんだっけ?
他己紹介の間違いではないだろうか?
「「「……」」」
誰も声を発さない。
オリビアの転校初日は、まさに電撃作戦の如く瞬時に終わるのであった。
……俺?
後で、同級生から質問攻めに遭いましたけど何か?
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