第37話 王女の居る8月

 8月も終盤に差し掛かった所、俺はオリビアと共に大使館に居た。

「……」

「勇者様、似合ってますよ」

 チュニック、ズボン、ベルト、ブーツを着用させられた俺は貴族の冠を被せられていた。

 雪の女王に登場する、山男の様だ。

 そういえば、彼もサーミ人であったな。

「……これが、貴族なのか?」

「そうですわ。我が国の民族衣装なんですわよ?」

「……何だか仮装コスプレしたみたいだな」

 トランシルバニア人の民族衣装である為、日本人が着ると不格好に見える。

 ただ、ここが、トランシルバニア王国で良かった。

 アメリカだと、文化盗用として徹底的に叩かれていた事だろう。

「そうですかね? 似合っていますわよ?」

 恋は盲目なオリビアには、違和感が無いようだ。

 因みにそんな彼女は、アフタヌーン・ドレス。

 俺には民族衣装を着せて自分は「それ?」と思うが、似合っている為、不思議と文句は言いにくい。

 天性のカリスマ性たる所以なのだろう。

 今日は、戴冠式。

 正式にトランシルバニア王国から、貴族の爵位を証明する書状が届き、こうしておめかししているのだ。

「これで、名実共に貴族ですわ。改名なさいます? レン騎士ナイト・フォン・北大路ノース・ロードとか」

「分かり難いし、要らんよ」

「そうですか……」

 残念そうなオリビア。

 が、切替スイッチが早い。

ひざまずいて下さい」

「はいよ」

 嫌々、従う。

 断りたい所だが。家の前に領事館を建てられた以上、逃げるのは、難しい。

「汝、健やかなる時も、病める時も我が国に忠誠を誓うか?」

 俺の肩にサーベルのさやが触れる。

 昔は抜刀されたまま行われていた様だが、残虐な国王が、誓いを噛んだ者の首を刎ねた事があって以来、このような状態で行われるようになったらしい。

「……御意」

なんじ、王族に逆らわない事を誓うか?」

「御意」

なんじ。病める時も健やかなる時も花嫁を支え愛する事を誓いますか?」

「御―――?」

 聞き馴染みのある内容に、俺は。思わず見上げる。

 すると、オリビアが何故か花嫁衣装になっていた。

 いつの間に着替えていたのか。

「もう勇者様ったら、正直になって良いんですよ?」

「何がだよ?」

わたくし達は、婚約者ではありませんが、許嫁なのは、変わりませんから」

「……」

 オリビアは婚約を取り下げたものの、トランシルバニア王国と日米の間で取り交わされた約束は、撤回されていない。

 つまり、3か国が撤回しなければ、永遠に俺達は許嫁同士なのだ。

 日本は、皐月が与党に働きかければ何とかなるかもしれないが、問題はアメリカだ。

 親米派ならば、人権侵害があっても黙認する二重基準ダブルスタンダードな国である。

 北海油田で米国民が生活出来るのだ。

 1人の日系人の人生が無茶苦茶になろうが、ホワイトハウスにしたら些細な事だろう。

「失恋に終わるかもしれないのに?」

「その時はその時ですわ。わたくしは、どんな形であれ、勇者様を支えていきたいのです」

「……」

 健気だ。

 眩し過ぎる程に。

 想い人が失恋するまで待つ、という歌があるが、まさにそれくらい純愛だ。

「……分かったよ。殿下ハイネス

「!」

 トランシルバニア王国の伝統に基づき、オリビアの手の甲にそっと接吻する。

 忠誠を誓う、古代からの習わしだ。

 何故、これを知っているのかと言うと、2だからである。

 オリビアの母、シルビアに教わり、物は試しとして行った所、大喜びされたのを今でも覚えている。

 もっとも、その後、国防総省ペンタゴンのお偉いさんから滅茶苦茶怒られたが。

 一国の王女にセクハラとも解釈出来る事をしたのだ。

 王室と宮内庁が問題視しなかった為、結局は不問になったが、下手すれば外交問題に発展していたかもしれない。

「……」

 涙目で喜ぶオリビアを見る。

 やはり、シルビアの娘だ。

 あの時も彼女は、嬉し泣きをしていた。

 ライカが、そっと囁く。

「(少将殿は、『ローマの休日』を御覧になった事は?)」

「(あるよ。あの映画が理由?)」

「(はい)」

『ローマの休日』は欧州の王女が、外遊先のイタリアの首都ローマでアメリカ人記者ジャーナリストと短い恋をする物語だ。

 殆ど自由が無い王女が、監視の目を掻い潜って平民と恋をするのは、当然、架空の世界だが、実際の王族も、憧れていてもおかしくはない。

 かつてある高貴な女性が、外国人の賓客に「私は自由の無い籠の中の鳥」と仰った事を何かの本で読んだ事がある。

 パパラッチや何かあれば、すぐ非難されるのだから、心身共に疲弊するのは当たり前だろう。

 適応障害等、ご病気を発症されても何ら不思議ではない。

 完璧な人間など、この世には居ないのだ。

「……勇者様」

 涙目でオリビアは、俺の肩に触れ、立ち上がらせる。

 そして、腰に抱き着いた。

「お許し下さい」

「ん?」

「……婚約者がいらっしゃる方に横恋慕した事を」

「……」

 何だかんだで気にしていた様だ。

・離婚歴

・アメリカ人

・平民

 のウォリス・シンプソンと恋をし、最終的に結婚したエドワード8世は、彼女の為に王位を捨てた。

 サラエボ事件で散ったフランツ・フェルディナント(皇太子)とゾフィー・ホテク(貴族)は、何とかその地位を保てることが出来たものの、ゾフィーが死ぬ迄「殿下」と墺の皇族から呼ばれる事は無かった。

 其れ位、貴賤結婚というのは、短所デメリットがあるのだ。

 世界人権宣言で人類は、固有の尊厳と平等の権利を有する事が謳われているが、伝統がある家では、柔軟には対応出来ないのが、事実であろう。

「……この悪女をお許し下さい」

「……」

 ライカに目で問う。

『如何したら良い?』

 答えは、直ぐに返って来た。

『抱き締め返して下さい』

 と。

「……」

 王女に自分から触れる事は気が引けるが、俺もそれが、現状、適当だと思う。

 不敬罪を覚悟で、抱き締め返す。

「! 勇者様?」

「不敬をお許し下さい。自分は、気にしていませんから」

「……はい♡」

 オリビアは、俺の胸板に顔を埋める。

 折角、彼女が新調してくれた伝統衣装も、彼女の涙と鼻水で汚れていく。

 が、俺は気にしない。

 親友の娘だ。

 親友の為にも大事に接しなければいけないだろう。

 ふと、見ると、

「……ぐす」

 ライカも泣いていた。

 貰い泣きしたのだろう。

 シーラもすすり泣いている。

 御転婆なオリビアの為に、号泣しているのだから、相当、慕われている人物なのだろう。

(……シルビア、俺、貴族になったよ)

 天国の親友は、笑っているかもしれない。

 明るいの事だ。

 トランシルバニア王国に行く機会があれば、墓参りもしなければならないな。

 こうして、俺は正式に騎士の爵位を得、身分も平民から貴族に昇格するのであった。


 貴族になっても俺の生活は、基本的に変わらない。

 朝はシャロンとシーラ、皐月、司の為に御飯を作り、それが終わると皐月を見送った後、残りの3人と共に登校。

 司の生徒会が終わるまで、3人と時間を潰す。

 午後、皐月と合流するとカラオケやゲームセンター等に寄って遊んで、帰宅し、夕食を作る、という習慣ルーティーンだ。

 然し、今日は何時もと違って、ナタリー、オリビア、ライカも一緒であった。

 場所は、カラオケ店。

 その様は、女子会の様である。

「ライカ、フライドポテトを注文して下さいな」

「は」

 オリビアとライカは、初体験のカラオケ店のフードを楽しみ、

「へ~。アメリカの曲もあるのね?」

『あった!』

 シャロンとナタリーは、タブレットで洋楽を探している。

「楽しそうで何よりだね?」

「そうだな」

 司の意見に俺は、同意する。

「お待たせ~」

「……」

 皐月とシーラが入って来た。

 2人は、診察とその手伝いをしていたのだ。

「シーラは、大丈夫だった?」

「もう、患者から大人気だったわよ? 無口でドジっ子だから」

「……ドジっ子は、不味くないか?」

「医療事故じゃないからセーフ」

 本当の娘の様に皐月は、シーラを可愛がっている。

 頬擦りされ赤くなったシーラは、逃げる様に皐月から離れ、煉の隣に座った。

「あら、残念」

「あんまり部下を虐めないでくれ」

「ごめんなさいね」

 皐月は微笑んで、シーラの頬に接吻してから、曲を選ぶ。

 シーラは日本で言う所のJKなのだが、皐月にはその動きから幼女に見えているのかもしれない。

「あーそこ、私の場所なんだけど?」

「シャロンさん? そこは、許嫁であるわたくしでは?」

 シャロンとオリビアが、シーラに詰め寄る。

「……! ……! ……!」

 怯えたシーラは。配管工の如く、小さくなっていく。

 2人の圧が凄いからだ。

「おいおい、虐めるなよ」

 庇うと今度は、俺に集中砲火だ。

「パパ、甘くない?」

「そうですわよ? 部下にご好意でもあるんですか?」

「まぁまぁ、そう怒るな。な? ほら。アイス」

 俺が差し出したソフトクリームを、シャロンはがっつく。

「もう、パパは物で釣る」

 文句を言いつつ、美味しそうに頬張る。

 オリビアには、柿の種だ。

「勇者様は―――はむ」

 文句を言う前にピーナッツで口を塞ぐ。

「……」

 一口で魅了された様だ。

「勇者様、これ、輸入しますわ」

「貿易商じゃないから会社に言ってくれ」

「ライカ、この会社を調べて」

「は」

 日本でもアメリカでも人気だから、両国と感性が合うトランシルバニア王国でも、人気が出るかもしれない。

 何だか餌付けしている様だが、平和の為には、最善策だろう。

 司が、マイクを握る。

 歌うのは、彼女が好きなアニソンだ。

 時々、口ずさむ為、アニメに詳しくない俺でも知っている。

(楽しそうで何より)

 婚約者が、楽しそうに歌い、時折、俺に向けて目線を送る。

 俺も手拍子。

 心底、幸せな時間を過ごすのであった。

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