第33話 エッジ・オブ・トランシルバニア

 オリビアの職権乱用により家の前に領事館が建ったが、俺の生活の拠点は離れであることは変わりない。

 前世で殆どと娘と一緒に生活出来なかったのだ。

 現世で同居しても何ら問題無い。

 お互い合意の上だから。

「パパ、これ何て読むの?」

麒麟キリンだよ」

「Giraffe?」

「そうだよ」

 今、行っているのは漢字の勉強。

 知日派とはいえ、画数の多い熟語にはまだまだ自信の無いシャロンだ。

「……」

 その横では、シーラも座っている。

 学んでいるのは、日本語の平仮名。

 シャロンと比べると、レベルは格段に落ちるが、それでも、日本語を学ぶ上には、大切だ。

「でも、パパ。どうして内弟子なの?」

「この娘が希望したんだよ」

「喋らないのに?」

 むっとしたシーラは、ノートに記す。

私は英語を書く事が出来るI CAN WRITE ENGLISH

 と。

「あら、英語は、出来るのね?」

英語は我が国の公用語EngliIsh is official language in my country

「……そう」

 納得したものの、シャロンは、シーラに興味がある訳ではない。

 直ぐに俺に切り替えた。

「パパ、卒業後、アメリカに来ない?」

「何でまた?」

「パパと一緒に暮らしたいからだよ」

「そりゃあ嬉しいが、向こうでは無職だぞ?」

「大丈夫。パパの腕なら軍に紹介出来るよ」

「軍ねぇ……」

 現政権は軍縮傾向にあり、米軍の影響力の低下が指摘されている。

 その証拠に、アフガニスタンやイラクなどから撤兵が相次ぎ、そこではイスラム過激派が台頭。

 ソマリアのような無政府状態が危惧されている。

 その為、次の選挙では再びテロとの戦いを鮮明にした強硬派な大統領が誕生する可能性が高いとされている。

 卒業し、渡米して入隊してもその経路で行けば、再び世界中を転戦する事も予想出来るだろう。

「……いや、良いよ。この国で生きたい」

「戦争は嫌?」

「それもあるが、折角、救ってくれた皐月の為にも恩返ししたいんだ」

「先生の事、名前で呼ぶんだ?」

「本人曰く『年上から「母さん」と呼ばれるのは心外』なんだと」

「あー。それは分かるかも」

 シャロンは、想像する。

 還暦過ぎたおじさんから「母さん」と呼ばれる事を。

「……ちょっときついね?」

「だろう? 中身はおっさんだけど、最近じゃ。心身共に若さ漲っているんだけどなぁ」

「朝、つ?」

「シャロン?」

 睨み付けるも、シャロンが気にした様子は無い。

 よくよく考えたら、既に思春期を過ぎた大人な女性だ。

 若い俺は、転生前より正直、性欲はある。

 10代だからかもしれない。

 この国に売春防止法が無ければ、大手を振って娼館に繰り出していただろう。

「……勃つよ。若いからな」

「♪ ♪ ♪」

 何故か『歓喜の歌』をシャロンは、鼻歌で歌う。

「嬉しそうだな?」

「だってパパが教え子なんだよ? それに若いし、メアリー・ルトーノー(=未成年の生徒に手を出し、妊娠したアメリカの教師)になっちゃいそう」

「おい、犯罪だぞ?」

冗談ジョークだよ」

 否定するシャロンだが、どうも俺にな真実にしか聞こえない。

(……GSAジェネティック・セクシュアル・アトラクションって奴か?)

 ―――

『【GSA】

 離れ離れになっていた親族が再会した場合に起こる、近親者同士の性的魅力である。

 通常、子供が幼児期に共に育てられる時には、この現象はウェスターマーク効果として知られる逆の性的すり込みによって回避されるが、距離を置いた場合はこの様な現象が起こりやすい。

 GSAの原因としては、元々親族である為、自らの特徴との類似点が多く、交配相手として魅力的と感じている可能性が挙げられる。

 生まれた時に引き離された兄妹が大人になってから出会うと、えてして強く惹かれ合う。

 又、この様な生き別れの状況になる理由としては、養子縁組などが挙げられる。

 2008年にスコットランドで近親相姦罪で有罪を宣告された異父兄妹は、自分達の関係について子供時代に兄妹で一緒に育てられていない為だとして、GSAを原因として挙げていた。

 その有名な例の一つに古代ギリシャの詩人、ソポクレス(紀元前497/紀元前496頃~紀元前406/紀元前405頃)が創った戯曲『オイディプス王』の主人公、オイディプス王が居る。

 彼は、父を殺し、母と交わり子を成した。

 全てを知った時、母は自殺し、オイディプス王は、絶望した上で自らの目玉を抉り、追放されたという』(*1)

 ―――

 もっとも、正確には、俺とシャロンが離れ離れになったのは、彼女が中学生の時。

 GSAの前例には、当てはまらない。

 だとしたら、純粋に近親愛の傾向が他人より(異常に)強い傾向なのかもしれない。

「……」

 シーラに袖を引っ張られる。

「ん?」

 そこには、キリル文字で言葉が書かれていた。

『後でご指導下さい』

 と。

 約50年間、ソ連に支配されていた時代が長いトランシルバニア王国では、キリル文字も普及している。

 ソ連崩壊後、旧東側陣営の多くはキリル文字からラテン文字に切り替える国が多い。

 これは、

・ソ連からの決別

・世界で最も使用されているラテン文字を使用する事で世界と繋がる

 ことが主な理由だ。

 日本でも戦後、漢字を廃止し代わりに外国語を導入する案があった。

 然し、GHQが日本全土で識字率を調べた所、余りにも高かった為、その案は頓挫とんざし、現代まで続く、

・ひらがな

・漢字

・アルファベット

・カタカナ

 という、世界でも稀に見る珍しい言語体系になっている。

 キリル文字からラテン文字に切り替えた国々は、以下の通り。

①モルドバ

②ウズベキスタン

③トルクメニスタン

④アゼルバイジャン

➄キルギス

⑥タジキスタン

⑦カザフスタン

⑧モンゴル

 シーラが内弟子になってから、彼女は、俺から訓練トレーニングを受けている。

 軍事は勿論の事、言語以外にも、各国の文化、宗教……

 全てを教わっている。

「なあに。見詰め合って? ―――あら、ご指導?」

「シャロン? ロシア語読めるのか?」

「昔、パパの部屋にロシア語の辞書あったから暇潰しに読んだんだよ」

「なるほど」

「撃ちに行くなら、私も行くわ」

 M16を掲げて、鼻息荒くするシャロン。

 NRA全米ライフル協会の会員として、発砲出来る喜びを感じているのだろう。

「はぁ……じゃあ、行くか」

 愛娘と愛弟子を連れて、午後は射撃訓練と決める俺であった。


[参考文献・出典] 

*1:ウィキペディア

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