第34話 胡狼

 高校生ながら親衛隊教官に就任した俺は、日本人でありながらトランシルバニア王国の外交官でもある。

 その為、合法的に武器を携帯する事が出来る。

 お昼を食べた後、部屋で射撃訓練の為の準備をしていると、

「たっ君、拳銃、沢山持ってるね? 全部で何丁あるの?」

「これで全部だよ」

 司は、まるで、舐める様に銃架を見る。

AK-47アフトマットカラシニコバソーラクスェーミ

APS水中銃アフタマート・ポドヴォドヌィイ・スペチアリヌィイ アーペーエス

・M16

・ベレッタ92

・FN ブローニング・ハイパワー

・デザートイーグル

 ……

「何これ? ナイフ?」

「NRS ナイフ型消音拳銃。拳銃だよ」

 弾を装填して見せる。

 渡す事はしない。

 素人が触れれば、暴発や誤射が起きかねない。

「……たっ君って、スパイなの?」

「いや、民間人だよ」

「持ち過ぎじゃない?」

「これが無くなった時こそ平和になった証拠だよ」

「……キャパみたいだね?」

「そういう物だよ」

 司の腰に手を回す。

 恥ずかしがり屋な日本人には、出来ない芸当だ。

「たっ君、セクハラだよ?」

「婚約者だろ?」

「もう、中身は、おじさんな癖に?」

 唇を尖らせつつも、司は受け入れる。

 煉の体でありながら、中身が別人でも、司は受け入れてくれた。

 二度目の人生同様、大切にしなければならない。

「パパ」

「ぐえ」

 シャロンに耳朶じだを引っ張られ、

「勇者様」

「ぐあ」

 オリビアに頬を抓られた。

 軍属と王族による暴行事件だ。

 特に後者は、品位を求められる者として厳禁であろう。

「デレデレし過ぎ」

「デレデレし過ぎですわ」

 愛娘と王女は、手厳しい。

「婚約者なのに?」

「駄目ですわ。私が、その役なのね」

 オリビアが、胸を押し付ける。

 日本人の司より、発育が良い。

「たっ君、鼻の下、伸びてる?」

「! そんな訳、無いぞ?」

「パパの助平」

「……」

 シャロンに蔑まれ、俺は精神的ショックを受けるのであった。


 領事館の敷地内にある射撃場に行くと、既に親衛隊が集まって、訓練を始めていた。

「少将に敬礼!」

 同行するライカの大音声に隊員達は、びくっとする。

「「「!」」」

 そして、最敬礼で出迎えた。

「ありがとう。訓練に戻れ」

「「「は!」」」

 騎士シュヴァリエだが、俺は、彼女達に敬われる資格は無い。

 トランシルバニア王国の王政復古に貢献はしたものの、当時は任務としして務めたのだから、冷たくなるが、トランシルバニア王国は無関係なのだ。

 実家の借金を返す分、高給なここを就職先に選んだだけなので、自ら希望した場所ではない。

「ライカ、ここの平均点は、どのくらいだ?」

「は。70点です」

「ふむ……」

 射撃場を見渡す。

 木製の標的は、100m先。

「シーラ、ドラグノフ狙撃銃、使えるか?」

「……」

 こくっと頷く。

 相変わらず場面緘黙ばめんかんもくだが、意思疎通は出来る為、俺としては問題視していない。

 他の組織だとあまり理解が得られず、益々ますます症状を悪化させるだろうが。

 持って来たそれを渡すと、シーラはうつぶせになる。

「……」

 が、引き金に指をかけると、震え出した。

「……」

 チラチラと俺を見ては、汗が滴り落ちる。

 視線恐怖症か。

 多汗症か。

 あがり症か。

 どれにしても、冷静さを求められる狙撃手には、不向きだ。

「あー、済まんな。見ないよ」

 視線を外し、ライカを見た。

 そして、シーラに聞こえないような小声で問う。

「(彼女は、いつもああなのか?)」

「(はい……)」

「(……分かった)」

 数秒後、発砲音がした。

 見ると、標的に穴は空いていない。

 7・62x54mmR弾は、明後日の方向に飛んで行った様だ。

「……」

 見るからに落ち込んでいるシーラ。

 掠りもしないとは、まさにこの事だ。

「……シーラ、お酒飲めるか?」

「!」

 驚いてシーラは、振り返る。

 そして、一生懸命、首を横に振った。

「少将殿、何故、飲酒を?」

「昔な。あがり症の野球選手が居たんだ」

「はぁ……?」

 急に野球?

 と、ライカは、首を傾げた。

「その投手は才能はあったがんだが、その所為で全然成績が伸びなかったんだよ」

「「……」」

 シーラも真面目に聞いている。

「で、コーチがその選手が酒豪と言うのを知って、試合前に飲酒を勧めたんだ。それで、その選手は好投手となり、昭和最後の完全試合を達成するまでに才能が開花したんだ」

 俺が酒を提案したのは、その前例があるからだ。

 尤も、シーラが下戸ならば、無理強いは出来ない。

「じゃあ、他を試すしかないな。―――

「!」

 びくっと、シーラは一歩引く。

 しまった。

 つい、殺気を出してしまった。

 見るとライカはベンチの下に隠れ、他の隊員達も又、それぞれ遮蔽物に隠れている。

 が、彼女達とは対照的にシーラは、隠れない。

 目を逸らしも、逃げない。

 強い女性だ。

「……勇気あるな」

「……」

 すると、シーラは震えつつ、俺を見た。

 そして、振り絞る様に声を出す。

「……知っているから」

「何を?」

「……地獄を」

「……」

 報告書によれば、シーラは、孤児院出身。

 そこはアイルランドにかつて存在したマグダレン洗濯所のような場所だったという。

・虐待

・拷問

・暴行

・堕胎

 が当たり前だった孤児院は、今の環境と比べると地獄であった事は言うまでも無い。

「その勇気は、長所だな。伸ばすんだ」

 俺は、褒めて伸ばすタイプ。

 パワハラが横行していた時代から、部下には優しく接している為、自分で言うのも何だが、評判は良い方だ。

 一等軍曹ガニーなら「甘い」と叱るだろうが、人間は怒られたら委縮してしまい、その潜在能力を発揮出来ない、と思っている。

「……?」

 全然俺が叱らない事にシーラは、逆に緊張していた。

 頻りに目をぱちくりさせ、「怒らないの?」と視線で問うている。

「怒る理由は無いよ」

 俺は、微笑んで返す。

「戦争犯罪等、人道に反する場合や、有り得ないミスだったら怒るけれど、人間は失敗から学ぶ生き物だ。練習で幾ら失敗しても良い。大事なのは、本番だからな」

「……!」

 余りにも怒らない為、シーラはギョッとした目で俺を見た。

「今度からは五感を封じて、精神統一した上でやって見よう。それで駄目なら次だ」

「……」

 ライカが這い出て来て尋ねた。

「意外に猛訓練しないんですね?」

「今まで訓練して無効果だったんだから、それだと無意味だ。別の方法から考えないと」

「……」

 柔軟な考え方にライカは、感心する。

(保守的な軍部の上層部とは違う有能な御方だ。流石、殿下が御好意を抱く訳だ)

「今日は、初日だからこの位で」

「?」

「休養日だ。ゆっくり休め」

「!」

 シーラは、軍帽を落とした。

 ライカも驚きを隠せない。

「少将殿、早くないですか?」

「良いんだよ。人生は長い。頑張り過ぎて結果、病む事も考えられる」

 軍帽を拾い、俺はシーラに被せる。

 少将が二等兵にする事ではない。

「……」

 シーラが茫然としていると、

「パパ、まだ?」

 見学室で待ち草臥くたびれたシャロンが、呆れ顔でやって来た。

 アメリカ人の彼女は本来、トランシルバニア王国領事館に立ち入る権利は無いのだが、俺の娘という事で、親衛隊の監視付きだが、親衛隊関連施設のみ自由行動が出来る。

「済まんな。仕事が長引いて。司とオリビアは?」

「談話室に居るよ。パパの卒業後の事で話し合っている」

「……俺の意見は?」

「無いよ」

 えへへへ、とシャロンは、俺の細腕に絡み付く。

「ムキムキだね?」

 俺達は、恋人の様にイチャつき、一緒に銃を撃ち始めた。

 シャロンは、ベレッタ92。

 俺はコルトパイソンとグロック18の二丁拳銃トゥーハンドだ。

 50m先の的を蜂の巣にする。

 外れは無い。

 俺の前でシャロンは撃ち、俺は彼女を抱擁するかの様に撃つその様は、ボニーとクライドの如く。

「「「……」」」

 2人の寸分も乱れぬ射撃なのは、隊員達を惚れ惚れさせる。

 全弾撃ち尽くした後、2人は、微笑み合う。

「軍属の癖にやるな?」

「パパこそ。高校生の癖にやるね?」

 得点が表示される。

『シャロン 82点

 煉    91点』

 と。

「! 全部当てたのに? どうして?」

「このAIは、射撃時の姿勢なども判定基準にするんだよ。多分、それじゃないかな?」

「! パパ、知ってたの?」

「そうだよ?」

 むきー! と、シャロンは鬼婆の様に髪の毛を逆立たせる。

「詐欺師だね?」

「騙される方が悪い」

「! ひっど~い!」

 俺の胸をポカポカと殴る。

 怒った愛娘も可愛い。

 幸せな顔で俺は、シャロンの頭を撫でるのであった。


 身分が貴族になっても俺の生活の拠点は、相変わらずプレハブ小屋だ。

 アメリカでトレーラーハウスで生活していた時期もある為、この手の生活には、抵抗が無い。

 どれだけ偉くなっても、宮殿暮らしは趣味ではないのである。

 夜、今日の報告書をPCで認めていると、

『たっ君、居る~?』

 司がノックしてきた。

「居るよ」

『開けて良い?』

「良いよ」

 婚約者であっても、お互いの私的プライバシーは守る。

 それが、仲良しな理由の一つであろう。

 扉が開き、司が俺の等身大人形を抱いたまま、入って来た。

「パパ、来ちゃった♡」

「勇者様、今晩わ♡」

 愛娘とストーカーも一緒だ。

 オリビアには、護衛なのかライカも同行している。

 問題は、この後だ。

 皐月、シーラ、ナタリーも続々と入室する。

 狭い部屋は、一気に大所帯と化す。

「何だよ?」

「今晩は一緒に寝よう、って話になったんだよ。修学旅行みたいで良いでしょ?」

「良いけど、狭いからどうせなら、家の方が良いんじゃないかな?」

「この狭さも一興なんだよ」

 司はそう言うと、人形を投げ捨て、寝台にダイブ。

 寝台は、1人分。

 当然、こんな人数を受け入れる事は出来ない。

「今晩は、熱帯夜になる予定だぞ?」

「そういう時もあるでしょ?」

 シャロンが、続いて入り、俺の枕を盗む。

「パパの結構、フカフカね?」

 皐月は、寝台の下に興味深々だ。

「……エロ本は無いわね?」

『こっちにもありません』

 ナタリーは、本棚の奥を見ていた。

 そこが無ければ、本の表紙を外して、中身と合っているか見比べている。

「え? パパって無性愛者?」

 証拠が何一つ出ない為、シャロンは疑った。

 気持ちは分からなくはない。

 思春期真っ只中の高校生が、エロ本を1冊も持っていないのは、逆に心配するレベルだろう。

「何処がだ? 俺の娘だろ?」

 シャロンを抱き寄せると彼女は抵抗はしないが、まだ疑心暗鬼らしい。

「……」

 眉根をひそめている。

「……そんなに疑うなら証拠を見せるよ―――司」

「へ? ―――!」

 全員の前で、司にキス

 本当ならば結婚時にしたかったが、娘の疑惑を払拭する為には早めは早めが良いだろう。

「……! ……♡」

 最初こそ驚いた司であったが、徐々に笑顔になっていく。

 何せ今までは、司の方からしていたのだが、今回初めて、俺の方からだったから。

 フレンチ・キスは、数秒ほどであったが、司は永遠に感じられたことは言うまでもない。

 離れると、恍惚とした表情で司は、寄り掛かる。

「たっ君、大好き♡」

「俺もだよ―――ぐえ」

 いきなり、ラリアットを食らった。

「! 何しやがる!」

「殿下のご命令ですので」

 犯人、ライカは、直ぐに引き下がった。

 オリビアを見ると、

「……」

 笑顔であるが、額や頬が痙攣けいれんしている。

「勇者様、教育的指導が必要ですわね?」

「え?」

「そこに正座しなさい」

 命令された。

 瞬間、俺は、騎士としての意識があったのか、直ぐに正座する。

「良いですか? 騎士たる者はですね―――」

 葬式のお経並に長い説法を聞かされる羽目になった事は言うまでもない。

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