第31話 Bullying

「ぐず」

鈍間のろま

「馬鹿」

「無能」

 ……

 数々の罵声がシーラに浴びせかける。

「……何でそんなこと言うの?」

 ガキ大将は、わらう。

「貴女のことが嫌いだからよ。無能さん?」

「……」

 シーラは言い返せない。

 試験の成績は、常に最下位。

 親衛隊は近衛兵でもある為、茶道等の技術や知識も問われるのだが、それも悪い。

 言い返しても、その2倍3倍の罵声が来る為、シーラは疲れて来た。

 そして、声を失った。

 否、話す事を放棄したのだ。


 昔の出来事を夢に見て、シーラは涙する。

 畜生と何度も思った事か。

 望んで注意欠陥・多動性障害ADHDになった訳ではない。

 親衛隊に入ったのも生きる為だ。

 決して、昔からの夢だった訳ではない。

 毎日が楽しくなく、ただ空虚に過ごす日々であった。

(いっその事、楽になろうかしら?)

 軍刀を抜いて、手首に押し付ける。

 皮膚が裂け、血が滲む。

 が、これ以上は、怖くて出来ない。

 無能な自分は、どうやら死ぬ事さえ、許されない様だ。

 本当に嫌になる。

 リストカットが駄目なら、直ぐに終わる断頭台ギロチンが適当だろう。

 しかし断頭台は、トランシルバニア王国には無い。

 手首の傷が増えていく。

 見た目も重んじる近衛兵には、似付かわしくない外傷だ。

 不名誉除隊待ったなし。

 逃げ道の無い人生に、シーラは、苦しむ。

 その時、

「おい」

「!」

 ふと見上げると、強面の東洋人が、目の前に立っていた。

 白人の雰囲気もある。

 白人と黄色人種の混血っぽい。

 初対面であるが、シーラは無意識的に彼が救世主に感じられた。

 第六感というやつか。

 案の定、それは当たる。

「この前淹れてくれたお茶、美味しかったよ?」

「……え?」

 失われた声が取り戻される。

 が、それ以上に慰められたのは、初めてだったことに驚いた。

「次も頼むな?」

「……」

 頷く。

 上官に返答しないのは、当然、反逆と解釈されても可笑しくは無い。

 事実、今までのライカ以外の上官は、場面緘黙症を知っても尚、シーラを叱責していた。

 それにより、シーラは更に委縮。

 相互の意思疎通が困難になる悪循環に陥っていた。

(この人の下ならば……)

 期待で胸がいっぱいになった時、目覚める。


「お早う」

「!」

 起きたと同時に目覚めさせる為の珈琲が、置かれる。

 夢で見た新上官―――北大路煉が、用意した物だ。

「……!」

 目をぱちくりさせる。

 階級は、少将。

 二等兵からすれば、雲上人だ。

 必死にお辞儀して、謝罪を示す。

 が、煉は全然気にしていない様子で、

「良いよ。謝罪は、求めてないから」

 にっこり笑うだけ。

「……!」

 委縮するシーラにライカが、助け船を出す。

「二等兵、少将殿はご自分の意思でされているのだ。気にするな」

「……で、でも―――」

「おお、ライカとは話せるなんだな?」

「!」

 恥ずかしさの余り、俯く。

「同期生だからな。親友でもある」

 ライカも頬を赤く染める。

「良かった。話し相手が居るなら心強いな」

 高校2年生にも関わらず、煉はまさに老師の様な穏やかな雰囲気だ。

《神武以来このかたの天才》と呼ばれた天才棋士の様な好々爺感さえある。

「……?」

「少将殿、『飲んでも?』と」

「ああ、その為に淹れたんだ。どうぞ」

「……」

 会釈し、「ありがとうございます」と告げる。

 チビチビと飲み始める。

 その時機タイミングで煉は告白した。

「二等兵、済まんが、君は俺の専属になる」

「!」

「君に光る物を感じた。無論、嫌なら断っても良いがな? 秘書として働いてくれないか? 何分、親衛隊の事は無知なんだよ」

「……」

 断っても良い、というのは煉の本心なのだろう。

 然し、雲上人の提案を二等兵如きに拒否権は無い。

 困った様子で、ライカを見た。

「少将殿は、本心だよ。私には、シーラを守るには限界がある。少将殿の方が、守って下さる筈だ」

「……」

 夢は、正夢だった様だ。

 煉が光り輝いて見える。

「……」

「『お受けします』だそうです」

「ありがとう」

 煉は、シーラの手を取り、がっちり握手。

 自分とほぼ変わらない年代の筈なのに、まるで父親の様な温もりがそこにはあった。

 見た目は、高校生。

 中身は、おじさん。

 だけども、シーラには惹かれるのであった。


 シーラを連れて戻ると、会場は騒然とする。

「あれ、見てよ」

「え? 嘘、まじ?」

「あんな娘を相棒バディに選んだの?」

 驚き10割。

 その後、幻滅10割と言った所か。

 ライカを凌駕する程の戦闘力を持っていても人を見る目が無い。というのが親衛隊の人物評になった。

 もっとも俺自身は、それほど他者からの評価を重要視していないが。

「勇者様、その方は?」

「弟子だよ」

「弟子? 私じゃなくて?」

「シャロンは軍属だろう? それとも親子の縁を切って、弟子になりたい?」

「そこまでの覚悟は無いよ」

 師匠と弟子になると、今までの関係を壊さないといけない。

 有名なケースだと、相撲が1番のそれだろう。

 実の親子でも、子供が弟子入りしたら、事実上の親子関係は無くなる。

 父は、親子の情けを捨て、他の弟子同様、厳しく接する。

 敢えて、人一倍厳しい場合もあるだろう。

 相撲以外にも将棋や高校野球等、同じ様なケースは見られる。

 米軍に属するシャロンは諸先輩方から俺の逸話を聞いているようで、弟子になる気は更々無い様だ。

「勇者様が見繕った者ならば、大成する可能性があるでしょう」

 オリビアは、理解を示し、

「たっ君、その娘が弟子なんだ? お名前は?」

 司は、作り笑顔で応じる。

 若干、嫉妬心があるのだろう。

 全日本国民的美少女コンテストのグランプリに選ばれてもおかしくはない美少女と、かたや地味女。

 陽と陰だ。

「その子、場面緘黙ばめんかんもく?」

 皐月は、直ぐに診断した。

「!」

 驚くシーラ。

 一目見て診断出来る医者は、早々居ない。

「流石、日本一の名医ですね」

「ライカちゃん。日本一は、言い過ぎだよ。この子の場合は、分かりやすかっただけだから」

 俺が場面緘黙に理解あるのは、皐月の影響もあるだろう。

 シーラは、俺の蔭に隠れる。

「あら、慕われているわね?」

「そうか?」

先生ドクター。1番弟子は、私です』

 何故か皐月の言葉を否定し、1番弟子宣言するナタリーであった。


 宴会後は、オリビアからメダルが授与される。

 名誉勲章が胸に輝く。

 トランシルバニア王国では、初めての外国人受賞者。

 日本人だと、ベトナム戦争で活躍した日系人伍長、テリー・河村(1949~1969)以来の快挙だろう。

『煉少将は、民主派の一員として、1989年、外国人でありながら、自らの生命の危険を顧みない、我が国の解放に一役買い、王政復古を実現する立役者になった』

 ライカが、受賞に至った理由を説明する。

 死傷率300%以上の第442連隊戦闘団と比較すると、理由として弱い気がするが、王室が俺を気に入って下さっている様なので、それが決め手になったのかもしれない。

「これで勇者様は、我が国の軍人さん~♪」

 嬉しそうに俺にベタベタ。

「ちょっと、触り過ぎよ」

わたくしは、王女ですから」

 司の注意も何処吹く風。

「殿下―――」

「名前。これは、命令だから」

「……オリビア、俺達は、何時解放されるんだ?」

「受賞後、速やかにご帰宅できますわよ。―――

 意味深に嗤う王女。

(何か狙っているな)

 と思いつつ、俺は、司とシャロンの手をぎゅっと握りしめるのであった。


 式典終了後、俺達はライカが運転する送迎車で帰されるのだが、

「……何ここ?」

 いつの間にか、実家の前に御殿が。

 病院の前に立派な3階建ての一軒家が、悠然と建っている。

 表札には、『トランシルバニア王国領事館』とあり、トランシルバニア王国国旗が、ひるがえっていた。

「……領事館って別な場所にあっただろう?」

「日本政府と交渉の末、ここに移転する事が出来ました」

「……」

 東京国際羽田空港と東京駅への接続アクセスが良い、ここは、確かに立地的にも良いだろう。

 外観は、ピンク色の館カサ・ロサダっぽい。

 邸宅は、柵に囲まれ、警視庁の警察官が、物々しく警備している。

「……領事って誰?」

わたくしですわ。名誉ですが」

 オリビアは、俺の頬を指で突っつく。

 俺の腕を両側から絡めている司とシャロンの力が強い。

 段々、外堀を埋められている感が半端無い。

 流石、王族様やで。

「あ、因みに勇者様は、我が国では、騎士シュヴァリエであり、貴族ユンカーでもあります故」

 ライカの説明に、司は、息を飲んだ。

「騎士? 貴族?」

「そうです。少将は、我が国初の外国出身の貴族です」

「……」

 アイドルが、「家族が勝手に履歴書を送って事務所に受かった」という逸話の様な、俺の知らない間に話が進んでいた。

「日本では、平民でも我が国では、貴族として歓迎されますわよ?」

『神は世界地図がより多くイギリス領に塗られることを望んでおられる。できることなら私は夜空に浮かぶ星さえも併合したい』との迷言を残し、占領地に自分の名前を付けた、イタくてヤバい奴なセシル・ローズ(1853~1902)に求婚し続けたカタジナ・ラジヴィウ(1858~1941)以来の高位なストーカーだろう。

 問題はカタジナは、ポーランドの貴族であったが、オリビアは、王女だ。

 日本政府も対応が難しいだろう。

「ささ、新築祝いに御持て成しさせて下さいませ」

 車は家の駐車場に入る事無く、領事館に方向を変えるのであった。

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