第30話 愛と悲しみの航路

 強権を発動した事で、俺は親衛隊の現場における最高責任者となった。

「「「……」」」

 の俺を受け入れる親衛隊。

 が、拍手が無い様に、心からの歓迎ではない。

「少将殿、ご挨拶を」

「何を?」

「ご自分で御考え下さい」

 ライカが冷たい。

 ま、当然だろう。

 自分がトップだったのに、俺が階級で逆転したのだから。

「たっ君、ガンバ!」

「パパ~♡」

 空気を読めないのが、2人。

 ナタリーと皐月も言葉こそ出さないものの、2人と同じく熱視線を送っている。

 登壇し、挨拶。

 マイクを握って、

『……え~。お早う。今回、トップになった北大路煉だ。名字は読みにくいだろうから、階級名で呼んでくれ』

「「「……」」」

 無反応。

 まるで、荒れた学校の校長のスピーチの様だ。

「勇者様」

 礼服に着飾ったオリビアがやってくると、空気は一変。

「「「……」」」

 流石に彼女への敬意は、変わらない様だ。

 壇上で抱き着き、皆にその熱愛ぶりを見せ付ける。

 そして、マイクを取った。

『今回の人事は、公私混同と思われる方もいらっしゃるでしょう。然し、勇者様は、ライカ大佐を倒すほどの勇士です。実力もちゃんと見ている為、誤解の無い様にお願いしますわ』


 煉は、気付いていない。

 親衛隊の中で唯一、彼に熱視線を送っている隊員を。

「……」

 両目が隠れる位、髪で隠れた彼女は、ジャパニーズ・ホラーの有名人の様だ。

(殿下が惚れる訳だ)

 二等兵である彼女は、中々、昇進が見込めない無能であった。

 不注意が多いADHD注意欠陥・多動性障害が影響している。

 煉の演説は、短くて分かり易い。

 つらつらと、面白く無い校長のそれより、断然良い。

 煉としては、話すことは何も無かった為、あのような事になったのかもしれないが、苦痛を覚悟していた親衛隊は、肩透かしを食らった形だ。

「ライカ隊長より良くない?」

「そうだね。よく見たら、男って初めてだね? 新鮮かも」

「様子見で良いじゃないか?」

 煉の就任に反対していた一部の親衛隊は、演説後に人事課に抗議する予定だったが、そこまで厳しくなさそうだ。

 囁き合う隊員達も、ライカほどではないが、好意的である。

 今は、親睦会。

 オリビアが主催者で、立食形式が行われている。

 親衛隊は制服だが、煉は黒服。

 オリビア、皐月、司、ナタリー、シャロンの4人はカクテルドレスだ。

 煉は、お酒を勧められていた。

 大使館内なので、日本の司法は及ばない。

 飲んでも良いのだが、

「酒、飲めないんだよ」

「あら、チューハイでもですか?」

「ああ」

 皐月をチラ見。

 煉に向かって、親指を見せて笑っている。

 残念そうにオリビアは、尋ねた。

「お医者様のご忠告ですか?」

「ああ」

 実家の病院では、時々、アルコール依存症の為の断酒会も開かれている。

 その為、院内では勿論、家にも酒は殆ど無い。

「残念です」

 折角、用意していた酒が無駄になった。

「済まんな」

「良いんです。アルコール依存症は、我が国でも問題ですから」

 WHOは2010年に、世界のアルコール依存患者は2億800万人(15歳以上人口の4・1%)と推定している(*1)。

・アメリカ

 患者数は200万人と推定され、毎年8万8千人の死者を出している(*1)。

・イギリス

 成人人口の24%以上が危険な飲酒パターンにあるとされ、成人の4%はアルコール依存(男性6%、女性2%)であるが、年間約6%しか治療に繋がっていない(*1)。

 労働者のアルコール依存による労働時間逸失は、年間約110万日(12億ポンド)に上ると推定されている(*1)。

 ・日本

 2003年の精神科病院における「アルコール使用による精神及び行動の障害」による入院患者数は2751人であった(*1)。

 アルコール依存による生活保護受給者は2015年時点で1万人程、平均年齢は57歳であった(*1)。

 トランシルバニア王国でも同じで、アルコール依存患者が多く、中には医療用アルコールを飲む猛者まで居る。

 その為、酒は1本日本円で1万と、超高級品だ。

「殿下、これ美味しいですね?」

「はい。我が国の国営企業と日本の酒造メーカーが共同開発した物です」

 分かりやすくオリビアは、皐月にへつらう。

 飲酒は、皐月やシャロン等、20歳以上が担当だ。

「ちょっと、トイレへ」

「お供します」

「良いよ」

「殿下の御命令ですので」

 ライカは、意地でも聞かない。

 事実上の降格にも関わらず忠義に厚いのは、相当、オリビアを慕っているのだろう。

 因みにライカは、メイド服だ。

 廊下に出て喋る。

「随分、変わるんだな? 服」

「殿下のご命令ですから。トイレは、こちらです」

「ありがとう」

 元々は、拷問官と被害者の関係であったが、今では部下と上官だ。

 不思議な逆転劇である。

「……大佐は、いつから親衛隊に?」

「まだ数か月ですよ」

「じゃあ、1年目なのか?」

「はい」

 1年目で大佐。

 相当、優秀らしい。

「士官学校は?」

「国立の方に行かせて頂いています」

「今も?」

「はい。通信制で卒業予定です」

 質問すれば、返してくれるのは、有難い。

 俺のことを嫌っている様だが、意思疎通に問題無ければ私怨は、二の次だ。

「ここが、トイレです」

「ありがとう」

 入って用を済ます。

 小便だけなので30秒もかかわらない。

 前世では、《ホワイト・フェザー》ことカルロス・ハスコック(1942~1999)の様に、場合によっては糞尿をズボンの中に垂れ流しながら戦わなければならなかった事を考えると、この日常がとても平和に感じる。

 洗面所で手を洗い、ついでに洗顔していると、

「……」

 背後に気配を感じた。

 敵意は無いが、反射的に振り返り、手刀を叩き込む。

「!」

 倒れたのは、テレビから出てきそうな幽霊くらい長い髪を持つ女性であった。

 否、少女か。

 制服はしわまみれで、お世辞にも清潔とは言い難い。

(危ないな。前世なら、そのまま首を圧し折っていたぜ)

 前世では、加減出来なかった。

 常に死と隣り合わせだったから。

 けれども、今、それが可能なのは平和国家・日本では無意識に力加減を微調整出来ている。

 死が身近では無い為、その様に成長または退化したのかもしれない。

「少将殿、御無事ですか?」

 人が倒れる音を聞きつけて、ライカがM16で武装して駆け付けた。

「! この者は……?」

「二等兵だな」

 認識票には、

Schutzstaffelシュッツシュタッフェル

 Sılaシーラ

 111

 A』

 とある。

 上から訳すと、

 所属部隊:親衛隊

 名前  :シーラ

 認識番号:111

 血液型 :A型』

 となる。

「ライカの部下か?」

「そうですね。何故、彼女がここに?」

「……尾行させてた訳ではない?」

「二等兵にはさせまんせよ。私が専任の担当者なんですから」

「……」

 話を聞く限り、ライカの命令ではなさそうだ。

 もし、嘘でも彼女の言う通り、二等兵にこんな真似をさせるのは、考えにくい。

 現状、このシーラ二等兵の独断の可能性が高い。

「……近衛兵ならもう少し、綺麗に出来ないのか?」

「もうしわけございません。彼女は、身形みなりに無頓着な様で」

「取り敢えず、医務室に運ぼう」

「担架を―――」

「良いさ。自分で運ぶから」

 腕をまくってシーラを抱っこ。

 すると、

「……」

 ライカが唾を飲み込んだ。

 そして、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。

「(凄い筋肉……)」

 と。

 余り知らていないが、俺は着痩せするタイプだ。

 外見上は痩躯だが、服を脱げば、金剛力士像の如くムキムキである。

 これほど鍛えているのは、やはりアメリカ人としての自己同一性が関係しているのだろう。

 アメリカは、筋肉至上主義の国だ。

 ハリウッド映画やドラマを観れば分かるが、日本のそれの様に線の細い俳優は少なく、逆にマッチョが多い。

 女性も日本では、可愛いキュートが最大の誉め言葉の様になっているが、アメリカでは、可愛いは幼い印象を与え、それよりも格好良いクール女性の方が優先されやすい、とされる。

 スクールカーストでもスポーツマンが上位なので、それが筋肉至上主義たる理由の一つかもしれない。

 アメリカの影響を強く受けているトランシルバニア王国でも、その傾向が強い。

 ライカも又、筋肉が大好きな様だ。

「……」

 唇を頻繁に舐め、喉をキュルキュルと鳴らしている。

 ライカの女性を強く刺激している様だ。

(参ったな)

 苦笑いしつつ、俺は、シーラを医務室に運ぶのであった。


「ううん……」

 なまめかしくうなるシーラ。

 ミニスカートから太腿がちらり。

 発育は、年相応の様で、そこらのJKと変わらない若さを感じる。

 その間、俺はライカから渡されたシーラに関する資料を読んでいた。

「……結構、ヘビーな半生だな」

 それによれば、シーラは、元路上生活者ホームレス

 孤児院で育てられ、生きる為に親衛隊に志願入隊した候補生である。

 孤児院でも士官学校でも、馴染めず、常に孤独で一時は食毛症を発症。

 何とか治すも今は、場面緘黙症ばめんかんもくしょうで苦しんでいる、という。

 本来ならば、休職するか不名誉除隊するかのどちらかが適当だろう。

 然し、彼女に帰る場所が無く、結局ここに留まっているようだ。

「……二等兵は、何が得意なんだ?」

「何も……」

 特技が何もない軍人。

 俺は、興味が出て来た。

「ライカ」

「は」

「この子を俺に付けてくれ。秘書にしたい」

「分かりました」


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:CNN 2017年6月23日 一部改定

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