第29話 海賊と呼ばれた女

 トランシルバニア王国の最大の貿易相手国はアメリカだが、日本はその次だ。

 毎年、多くの石油を買い、油槽船タンカーが北極海を通って日本に向かう。

 それを一手に担っているのが、極東興産である。

「まるで私掠船しりゃくせんですね。会社を買収し、乗り込んでくるなんて」

「合法ですよ。大事な息子を拉致する貴国の方が問題です。国際連合で訴えましょうか?」

「どうぞ。全世界を敵に回しても、勇者様はわたくしの夫です」

 俺を抱き締めたまま、オリビアは、法的根拠を示す。

 トランシルバニア王国の市役所が受理した俺達の婚姻届けを見せられた皐月は、

「……」

 意外にも笑みを絶やさない。

「煉は、モテモテね? 義姉に娘に王女とは」

「笑う暇があるなら、助けてくれよ―――」

「勇者様」

「ぐえ」

 軽く首を絞められた。

 愛しい人を絞殺しかけるのは、婚約者のやる事ではない。

「殿下、曲がりなりにも私は、貴女の義母になるかもしれないのですよ? 少しは、恩を売ってみたら如何です?」

「ご忠告ありがとうございます」

 2人が火花を散らし合っている中、シャロン達と親衛隊はというと、

「「「「「……」」」」」

『……』

 キューバ危機の米ソ並に激しく対立している。

 3人の内、ナタリーは、BND連邦情報局

 シャロンは、米軍属。

 親衛隊ほど鍛えている訳ではないが、両国共、トランシルバニア王国の友好国であり、特に後者に至っては宗主国でもある。

 3人の方が、分があるだろう。

「では、お義母様―――」

「誘拐犯に言われる道理は無いですよ」

「……CEO、結婚を御認め下さい」

「嫌です。まずは、友達から始めて下さい。話はそこからです」

 常に笑顔の皐月。

 内心は、大事な息子を誘拐されて、怒りで煮えたぎっている事だろう。

 その迫力に怖じ気付いたのか、オリビアは徐々に劣勢になってくる。

「……分かりました。CEOの仰る通り、婚約の件は一旦、諦めます」

「「「!」」」

 親衛隊に衝撃が走った。

「で、殿下―――」

「ライカ。今は時機が悪いのです。勇者様と再会出来た事を喜びましょう」

「……は」

 オリビアが言うのならば、ライカは、従うしかない。

「勇者様、大好きですよ……」

「……」

 涙目で解放されると、何故か、心が痛くなる。

 どうやら、俺は司と出逢って以降、優しい性格になったのかもしれない。

 もしくは、煉の精神を受け継いだHSPハイリー・センシティブ・パーソンの可能性も否めない。

「何、ストックホルムぶってるのよ。馬鹿息子」

「ぐわ」

 皐月に強く抱擁され、俺は呻く。

 顔や体をペタペタ触り、怪我の有無を確認する。

「無傷の様ね」

 直ぐに診るのは流石、医者だ。

 皐月はオリビア達に会釈し、俺達を連れて出て行く。

「「「……」」」

 オリビア達は、追って来ない。

「……皆、有難う」

『まだ安心しては駄目よ』

「そうよ。パパ、KGBに気を付けて」

「たっ君が無事で良かったよ。解放記念に焼き肉食べに行こう」

「司。それは、貴女の好みでしょ?」

 皐月は呆れつつも、俺を見る。

「行きたい?」

「そうだな。じゃあ、お願いし様か」

 朝食を食い逃した為、腹が減っている。

 俺達は大使館を後にし、焼肉店に向かうのであった。


 煉達が退館後、オリビアは早速、動く。

「ライカ、勇者様の行動パターンを調べて」

「は」

「後、ホワイトハウスと永田町にテレビ会議を要請して」

「は」

 恋焦がれていた男を目の前で再奪還されたのだ。

 簡単に諦める事は出来ない。

 1人の男を巡って日本、アメリカ、トランシルバニア王国の水面下の争奪戦が始まっていた。


「たっ君、あーん♡」

「パパ、口を開けて♡」

『今回だけですから先輩。優しくしてあげますよ』

 焼肉店の個室で俺は、3人の美女から接待を受けていた。

 皆が優しい。

 軟禁されていた俺を気遣っての事だろう。

 因みに皐月は、俺を孫の様に膝に置いて離さない。

 まるで二人羽織だ。

 俺に箸を使わせない。

「母さん、自分で出来るよ?」

「軟禁されて体力が落ちているでしょ?」

「まぁ……」

「貴方を救う為に何千億もの借金したのよ? 出世払い、頼むわよ」

「……有難う」

「どう致しまして」

 これで、皐月に死ぬまで頭が上がらなくなった。

 俺の為にこれほど投資してくれるなんて。

「それであの娘、どうだった?」

「と、言うと?」

 3人から受け取った野菜、肉、御飯を頬張りつつ、尋ねる。

「凄い仲良さげだったから、洗脳でもされたのかと」

「全然。軟禁された以外は、悪い事は無かったよ」

「Hした?」

「「!」」

『!』

 瞬間、室内の空気が、一気に氷点下に。

「Hって……直球ストレートだな?」

「アメリカ人なら分かりやすいでしょ?」

「日本人だよ」

「パパ……」

「シャロン、悲しくなるな。前世と今は違うんだよ。まぁ、アメリカも祖国っちゃあ祖国だけど」

 前世の自我がある中、祖国は日本のみ、とは言い切れない。

 アメリカ人のシャロンも否定してしまう様で抵抗があるのだ。

 泣き出しそうな愛娘の頬を撫で、手巾で目元を拭く。

 それだけでシャロンは、笑顔になった。

 皐月が息子の為に何千億も借金したのは、この様な笑顔が見たかったに違いない。

「……母さん、ごめんね。悪人面で」

「突然何よ?」

「いや、御礼した時、笑顔無くて」

「そんなことで?」

 皐月は、微笑んで胸を押し付ける。

 寡婦になって以降、恋活はしていない。

 俺の正体が年上と知ってからは、この様に積極的だ。

「全然。煉は恥ずかしがり屋だったけど、貴方くらいが丁度良いわ。そうよね?」

「そうだよ。たっ君は、悪役ヴィランの様な格好良さがあるから」

「パパは、 名前を言ってはいけないあの人He-Who-Must-Not-Be-Named.なんだから」

『……それって褒めてなくない?』

 シャロンは褒めたかったのは、分かるが、如何せん、例えが悪かった。

「……俺ってそんなに悪人顔なの?」

「そうだよ。でも、しょげてるたっ君も可愛いよ♡」

 司は頬に口付けし、慰める。

 恐らくだが、俺に惚れる女性は、犯罪性愛ハイブリストフィリア、又は、刑務所プリズングルーピー(犯罪者追っかけ)の傾向があるのかもしれない。

 犯罪性愛とは、一種の性的倒錯パラフィリアで、犯罪者に惹かれてしまうフェティシズムを言う(*1)。

 俺は犯罪者ではないのだが、殺人を犯している点を考慮すれば、犯罪者に当てはまる。。

 実際に人気なのだから、少なくとも皐月、司、オリビアはその発症者なのだろう。

 シャロンは、過剰なファザコン。

 ナタリーに関しては、不明だ。

「……」

『何よ?』

「いや、忠臣だな、と」

 忠臣はいたく心配していた様で、お酌する。

『どうぞ』

「ありがとう」

 あれほど男嫌いだった彼女が、こんな事になるとは。

 距離が近付いている証拠だろう。

 俺としては求めていないが、ここで丁重に断ると、彼女の機嫌を損ねる可能性がある。

 嫌いでは無い為、ナタリーが好きな様にさせるのが、俺の主義だ。

 水差しが無くなった所で、皐月が呼び出し鈴を押す。

 十数秒後、現れたのは、

「失礼します」

 焼肉店の制服を着たライカであった。

 早朝はメイド、その次は、親衛隊、で今は、焼肉店の看板娘。

 親衛隊の仮装コスプレ担当なのかもしれない。

 女性陣も然程、驚いた様子は無い。

 無意識の内に予想していたのかもしれない。

「……、誤解の無い様に。あくまでも仕事ですから」

「……教官?」

「は。前世での戦功が評価されての要職ポストです。どうぞ」

 金色の徽章きしょうと感状が渡される。

「わ! パパ、名誉勲章じゃない? すっごい!」

 シャロンは、両目を輝かせた。

 名誉勲章は、米兵最高の勲章だ。

 その対象は、『戦闘においてその義務を超えた勇敢な行為をし、若しくは自己犠牲を示した軍人』とされ、トランシルバニア王国でも、同様の制度が採用されている。

 軍属であるシャロンは、米兵では無い為、それを受章する事は万に一つも無い。

 賞状には、

 ―――

『ジョン・スミス

 

 上記の者を名誉勲章を与えるものとする。

                           トランシルバニア王室』

 ―――

 とある。

 本名ではないのが残念だが、実名だと、革命にアメリカが関与していた事になる。

 暗黙の了解、という事で王室側の配慮だろう。

「パパ、凄いね?」

「俺の活躍は、微力だよ。99%は民主派だから」

 ハンガー動乱やプラハの春等、民主派を武力で押し潰したソ連を前に約半世紀耐え抜いた民主派の我慢強さには、敬意を表しなければならない。

「教官就任に伴いまして、少将の階級も授与されました」

「え? そんなに上位なの?」

「そうです……殿

 歯を食い縛って言うライカ。

 自分より上位なのは、相当、嫌なのだろう。

(……俺を親衛隊に属させることで用心棒にする気だな)

 オリビアの狙いを知り、彼女から逃れられない事を悟るのであった。


[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

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