第27話 エンペラーの報酬
ソ連を追い出した代わりに基地をアメリカに提供したトランシルバニア王国は、欧州最大の親米国だ。
毎年7月4日の独立記念日には、自国の国旗でもないのに星条旗が全土を翻し、その様は、「51番目の州」とも言われる。
その為、ソ連の継承国であるロシアからは、非常に評判が悪い。
ロシアとしては、北欧の衛星国を喪失した上に政敵に寝取られた様な感覚だから。
なので、トランシルバニア王国とロシアの間に国交は無い。
トランシルバニア王国は、
「ロシアに恨みは無い」
としつつも、
そんなトランシルバニア王国は、親日国でもある。
その証拠に、全土では英語以外に日本語が公用語に指定されている。
日本では99%が日本人なので、日本語を法律で公用語に指定しておらず、事実上の公用語だ。
然し、日本以外で日本語が公用語になっているのは、パラオのアンガウル州とこの国のみ。
親日国の代表例とされる台湾やトルコでも、流石にそれはなっていない。
だからこそ、オリビア達は、日本語が堪能なのである。
「母上。勇者様を連れて参りました」
大使館の敷地内にある墓地に、オリビアは、俺を伴って来ていた。
———
『Silvia(1968~2003)』
———
享年35。
北欧5か国 (フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、アイスランド) の平均寿命は81・72歳 (*1)を考えると、余りにも若い。
「母上は、プラハの春の年に生まれ、イラク戦争の年に難病で亡くなりました……最後まで戦争に憂い、勇者様の事をご心配されていました」
「……」
短い付き合いであったが、シルビアとは仲良しであった。
俺が常に他人に敬意を払い、尚且つ、王党派だったからだろう。
アメリカ人の王党派? と思う人々は大勢居るだろう。
アメリカは共和制のお国だから。
然し、共和制だからこそ王制に関心があるのかもしれない。
実際、こんなデータがある。
―――
『英の王室専門雑誌の売り上げは、英<北米
全体での売り上げは、4万4千部(約6割は米加、約4割は英豪新など)。
その理由については、マンチェスター・メトロポリタン大学の准教授が次のように分析している。
・アメリカ人にとって王室は、空想的であるという事
イギリスのように現実のものではない、だからこそ、批判なく語れる。
そしてヴェールに隠され、神秘的な部分があるからこそ、惹かれる。
・ネズミの国の影響
同国が、
アメリカ人の多くは中産階級で、満足した生活を送っていたけれど、アメリカには煌びやかな宮殿や馬車は無い。
同国の世界は、アメリカ人の王室に対する想像を掻き立ててる。
・アメリカ人の歴史好き
いわば歴史の体現者ともいえる王や女王に、惹かれる』(*2)
―――
ほぼ単一民族国家の日本では、家系図を幾ら辿っても、先祖はほぼ日本人なので、アメリカ人ほど、自分の出自に興味を持ち難いだろう。
因みに俺の出自は、イギリスだ。
シルビアも名前からして、英語圏が出自だろう。
「……」
俺は、墓前で最敬礼を行う。
トランシルバニア王国は冷戦期、王族がイギリスに亡命していた事もあり、イギリスの影響が強い。
掌を見せる所謂、イギリス式で最敬礼すると、
「「「……」」」
後方で
居並ぶオリビアも涙を溜めている。
オリビアと親衛隊の悲願の一つが、成就した瞬間の様だ。
1分ほど直立不動の後、俺は献花した。
シルビアが好きだったアイビーを。
「……勇者様?」
「不敬とは思うが、友情だからな」
アイビーの花言葉の一つに『友情』がある。
シルビアも天国で喜んでいるかもしれない。
「……有難う御座います。これで母上は、勇者様を『貴方』と呼べるでしょう」
「? 何の話だ?」
「アイビーには、『夫婦愛』『結婚』『永遠の愛』と言った花言葉(*3)もあるんですよ」
「……まじ?」
「まじまじです。勇者様は母上に操を立てた、という事です♡」
墓前にも関わらず、オリビアは、抱き着く。
「おいおい、操じゃなかったのよ?」
「母上は私です♡」
「……」
何その哲学。
俺の知るシルビアは、ドラクロワ(1798~1863)の『民衆を導く自由の女神』(1830年)のマリアンヌの様な格好良く、グレース・ケリー(1929~1982)の様な気品溢れる女性であった。
一方、この娘には失礼ながら何方も感じない。
母親似の美しい事は認めるが、それ以外は単純に幼さのみだ。
母親の愛を知らずに育ったお姫様は、格好良さと気品を学ぶ
墓地を後にし、東屋に入る。
東京の蒸し暑さを捨て身で感じていると、熱中症になる可能性が高い。
そこには、シャロンと司が待っていた。
2人は、
「「……」」
物凄く冷たい視線を俺にくれる。
ずーっと、オリビアと逢引している、と勘違いしているのだろう。
「2人共―――」
「勇者様、不倫は駄目ですよ?」
ぐいっとオリビアに引っ張られ、無理矢理、横に座らさせる。
王女と同席するのは、正直居心地が悪い。
然し、オリビアは気にしない様で、東屋でもその愛は、続く。
「高校卒業後は、我が国に来て下さいな。軍の教官の職を御用意しますよ?」
「公私混同では?」
「勇者様の腕を買っての事です。若い肉体を手に入れ復活したのですから、獲得に動くのは、筋でしょう?」
「……殿下―――」
「名前で呼んで下さい。婚約者同士なんですから」
「家格が違いますが?」
「我が王室は家格くらいでは、問題視しませんわ」
「……」
オリビアはそう言うが、俺の場合は事情が違う。
前世がアメリカ人傭兵で、今は日本人学生。
更に婚約者を持ち、年上の娘まで居る。
常人では、理解が追い付かないだろう。
俺自身、今でも半信半疑だ。
若し、これが公開されれば、国民はおろか、世界がパニックになるだろう。
「そりゃあありがたいが、俺は勘違いするかもしれんぞ?」
「その時は、一蓮托生ですわ♡」
オリビアは、俺を抱き締めて、婚約者と娘を暗に挑発する。
諦めなさい、と。
が、彼女は知らない様だ。
2人が負けず嫌いな性格な事を。
「「……」」
オリビアに気付かないように目配せすると、2人は固い握手を交わす。
(あーあ)
俺は、内心で溜息を吐きつつ、オリビアにされるがままであった。
[参考文献・出典]
*1:WHO世界保健統計2016版
*2:GLOBE『王室雑誌が売れるアメリカ いないからあこがれる?』 2019年1月18日 一部改定
*3:花言葉-由来
*4:ウィキペディア
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