第26話 米の王子様
『昔々、私達の国は鎌と
その人達は国民に対し、一切の自由を奪い、平等を掲げながら自分達は貴族の様な暮らしを送っていました。
そんなある日。
外国から軍人さんが、やってきて下さいました。
彼等は私達を憐れみ、奪われた自由を取り戻すべく、一緒に戦う事を誓います。
その指導者が、ジョン・スミスという方でした。
彼は秘密警察本部にたった1人で乗り込み、長官以下、300人を虐殺。
革命の邪魔者を排除して下さいました。
そして、1989年大晦日。
国立劇場で上演されていた「ポルティチの
1830年のベルギー独立革命の再現です。
デモ隊は、レーニンやスターリンの肖像画を掲げて行進します。
侵略者を敢えて、立てるのは、銃撃対策の為です。
実際に文化大革命中の中国では、博物館の館員や美術店の店員が、文化財に毛沢東の肖像画や語録を貼り付けて回ったそうです。
そうする事で、紅衛兵も破壊活動に出られなくなりました。
博識なスミスの知恵は、功を奏し、赤軍はデモ隊に無策です。
指を咥えて見ているだけです。
革命軍は共産貴族が集う宮殿に突入し、共産党員を射殺していきます。
この日は丁度、日曜日。
革命を祝う、盛大な血の日曜日事件になりました。
こうして我が国は、主権を取り戻し、独立を果たしたのであります』
(『トランシルバニア王国王政復古物語』より)
日本やベトナムなど、歴史が長い国々には建国神話が存在する。
逆にアメリカなど、若い国々には存在しない。
トランシルバニア王国も、その部類だ。
尤も、国威発揚の為にかなり脚色されている。
「あの~自分、300人も1人で殺めた事も無いんですが?」
「そうなんですの? 母上はそのように仰っていましたが?」
(あの
事実を脚色あるいは誇張するのは、神話でよくある話だ。
シルビアの事だ。
俺を国威発揚に利用したのだろう。
足枷を外され、用意された黒服に身を包んでいる。
サイズも色具合も俺好み。
相当、下調べした様だ。
絵本には、前世の俺に似たアメリカ人男性が描かれている。
流石に素顔は、隠されていた。
個人を特定されない配慮らしい。
「私はですね。母上から勇者様の英雄譚を聞いて惚れたんです。いわば、
イギリスの記者、ウッドロー・ワイアット(1918~1997)は、『男は目で恋をし、女は耳で恋に落ちる』との名言を遺した。
オリビアはその名言通り、シルビアに聞かせられた事で俺に惚れた様だ。
シルビアも俺に好意的だった為、母娘は似た様だ。
「まずは、婚約者からお願いします」
「……殿下―――」
「名前で呼んで下さい♡」
オリビアは、甘える。
両目が♡だ。
「……オリビア様、御求婚は大変嬉しいのですが、先約が御座いまして」
「知っていますわ」
「その……結婚は、不可能かと」
「勇者様に拒否権はありませんわ。我が国の事はお詳しい筈ですよね?」
「……」
トランシルバニア王国は、独裁国家だ。
王政復古以来、
・反共主義
・親米
・王党派
の保守政党が与党になっている。
トルクメニスタンやベラルーシなど、旧ソ連から独立した国々は、民主主義が未経験の為か、独裁国家が多い。
トランシルバニア王国もその例に漏れない。
唯一違う事は、個人崇拝をせず、多くの国民も独裁を支持している事だろう。
北海油田のおかげで国民の生活は、欧州の中でもトップクラスに良い。
サウード家が支配するサウジアラビアも独裁国家ではあるが、国民は現状の生活に満足している為、政治的混乱は殆ど見られない。
トランシルバニア王国が王政復古以来、政変が起きないのもその為だろう。
「既に王室とホワイトハウスでは承認されています。勇者様に拒否権は無いのですよ?」
「……独裁者ですね?」
「不敬ですよ」
ライカが、刀であるグラムを抜く。
古
当然、神話通りの物ではない。
「おいおい、殺すのかよ? 国際問題になるぞ?」
「治外法権です」
2018年、トルコのイスタンブールにあるサウジアラビア総領事館で、反体制派のサウジ人記者が殺された。
サウジアラビアは実行犯に死刑判決を下したが、人権団体は更なる捜査を求めているが、事件自体はこれで幕引きとなっている。
真相は藪の中だ。
トルコ国内で起きた事件とはいえ、現場が、サウジアラビアの総領事館であった為、トルコの司法は届かない。
ここでも、俺が殺傷されても、日本の司法は、何も適用されないのだ。
「ライカ、お止めなさい」
「然し、殿下―――」
「命令よ」
「……は」
強く言われ、ライカは納刀する。
「よく初対面の自分を好きになれましたね?」
「恋に契機は無いのですのよ」
オリビアは、俺の手を握ると、真剣な眼差しで、
「『7日婚』という文化をご存知でしょうか?」
「ええっと……1週間同衾したら、事実婚認定されるんだったか?」
「流石です♡」
誘拐婚、妻問婚等、世界には、結婚に関して様々な風習がある。
トランシルバニア王国でも、7日婚なる風習があり、1週間同衾した上で、相互の愛情を再確認する、という物だ。
旧教が強かった時代に生まれたトランシルバニア王国独自の文化である。
今では旧習として、実行する国民は少ない。
然し、王室では伝統として遵守されているのであった。
「勇者様は、母上ともご夫婦なんですよ?」
「何?」
我が耳を疑った。
俺とシルビアが夫婦?
「はい。我が国に来た際、民主派の隠れ家に1週間、御滞在しましたよね?」
「……そうだったか?」
何せ32年前の事だ。
記憶が曖昧である。
「はい。その際、母上と同じ部屋に御過ごしになったかと」
「そうだな。でも、その時は警護も居たぞ?」
「警護は確かに居ました。他のメンバーも。ですが、就寝中は母上に配慮し、部屋を出ていたんです。これで2人は事実上、夫婦となりました」
「……」
薄っすらと記憶が蘇ってくる。
確かに夜になると、俺とシルビア以外のメンバーは、ニヤニヤ顔で出て行っていた。
若かった俺達に不要な気配りをしたのだが、生憎当時、俺は既婚者。
相手は、王女。
当然、手を出す事は無かった。
「……シルビア様は?」
「母上は、私を産んだ後にお隠れになりました」
「! ……そうだったのか」
「当時、我が国はソ連の支配から脱した直後で、医療技術は西側諸国と比べると、遅れていたんです。母上はソ連の最後の犠牲者です」
恨みの感情をオリビアは、隠さない。
ソ連の医療技術が遅れていたのは、有名な話だ。
1990年、樺太の少年が大火傷を負った際、日本に比べて30年遅れていた事が災いし、治療する事が出来なかった。
その為、自国での治療を諦めた家族は止む無く、日本での治療を希望し、紆余曲折あったものの、何とか北海道で皮膚移植手術が出来、一命を取り留める事が出来た。
当時のトランシルバニア王国の医療のレベルは分からないが、1990年時点で宗主国がこの様に言われているのだから、その衛星国は更に遅れていたのかもしれない。
「母上は病弱でしたが、勇者様に惚れて、幼い私に洗脳するかのように勇者様の事を話して下さいました。末期の言葉も『もう一度、会いたかった』―――です」
「「「うう……」」」
親衛隊から嗚咽が漏れる。
相当、慕われていた人物の様だ。
然し、酷ではあるが、俺は、シルビアに好意が無かった。
否、持てなかったのが、適当であろう。
相手は、王女。
一方、俺は、
・外国人
・既婚者
・平民
と、王女には相応しくない事が、三つも揃っている。
「勇者様、お慕い申し上げます」
そう言って、オリビアは、抱擁する。
司とは違った雰囲気を持つ美少女だ。
若し、司と婚約者でなかったら、喜んで立候補していたかもしれない。
「……若し、拒否し続ければ、司はどうなるんです?」
「神のみぞ知る所です」
「……」
神というより、オリビアの意向次第らしい。
司を守る為にも、この許嫁は、従う必要があるだろう。
「分かりました。受けます―――」
「では、早速挙式を―――」
「ですが、自分が指定する人々には、一切、危害を加えない事が条件です」
「つまり、婚約者と御令嬢ですか?」
「もう2人。養母と部下です」
「分かりました。それ位なら簡単な事です」
オリビアが俺に頬擦りする間、ライカが、シルビアの遺影を持って来た。
両目に涙を溜めつつ、オリビアは、報告する。
「母上、母娘の夢が叶いましたよ」
「……」
心の底から望んだ婚約では無いのだが、それを見ると、俺はオリビアに悪感情を持つ事は難しくなった事は言うまでもない。
トランシルバニア王国は親米国でありながら、親日国でもある。
・ロシア帝国領時代、日露戦争で日本がロシア帝国に打ち破った事
・WWI後の欧州に於ける民族自決により、独立した際、真っ先に国家承認した事
・王政復古後、
・
などが主だった理由だ。
その為、オリビアやライカは日本語が喋る事が出来る。
「へ~。司様は、お医者様のご令嬢なんですね?」
「ご令嬢ってほどではないけどね? オリビアさんの方が凄いよ。王女だなんて」
大使館にある喫茶室にて。
司とオリビアは、談笑していた。
2人は、それぞれ俺の右手と左手を握り、便所にすら行く事を許さない。
「パパ、ハーレムだね?」
斜向かいに座るシャロンの目が怖い。
珈琲を
「それで、たっ君。婚約者になったって聞いたけど?」
「ああ」
「重婚は、犯罪だよ」
「知ってるよ」
「浮気者」
ゴリラのような握力で、司は俺の右手を粉砕しにかかる。
「私とは破談?」
「全然。むしろ最優先だよ―――」
「勇者様」
ライカのM16が、俺の後頭部に押し付けられる。
「おいおい、撃ったら、殿下も怪我するかもよ?」
「生憎、私の腕は部隊一なのだ。殿下が巻き込まれる事は無い」
「そりゃあ
俺は、2人の握手を振り解く。
「「あ」」
直後、2人を抱き寄せて、振り返った。
「う」
「形勢逆転だな? 不良少女」
オリビアが人質に取られた以上、ライカは手が出せない。
立場的に不利な事は変わらないが、オリビアの活用次第では自己防衛に利用出来る。
「シャロン」
「パパは、悪人だね?」
俺から借りたベレッタを構えて、シャロンは立ち上がった。
軍属とはいえ訓練を受けており、その上、アメリカ育ちの為、発砲に
俺の命令次第で直ぐでにも、ライカを撃つ事が出来るだろう。
「……く」
悔しそうにライカは、M16をしまう。
「勇者様は、交渉上手ですね?」
「脅されても怯まない、たっ君、格好良い♡」
2人の婚約者は、この状況でもメロメロであった事は言うまでも無い。
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