第25話 revolution

 数時間後、扉が爆破され、親衛隊が雪崩れ込む。

 その数、50人。

 さきほどの女性が先頭で指揮を執っていた。

「軍曹、また会ったな?」

 さっきの失策を取り戻すかの様な口振り。

 が、俺は既に彼女を軽視している。

「下っ端は良い」

「な―――」

「黒幕を出せ」

「……」

 女性は、わなわなと震えていた。

 然し、反論は出来ない。

 さきほど、簡単に武器を奪われたのだから。

「勇者様、忠臣を余り虐めないで下さい」

 女性の背後から、又、女性の声。

 同時に親衛隊は、図ったかの様に平服する。

「殿下の、お~な~り~」

 法螺貝ほらがいが吹かれ、殿下が登場。

「「あ」」

 婚約者達の声が重なった。

「あのお店の……」

「貴女だったのね?」

「はい。巻き込んでしまい申し訳御座いません」

 それから殿下は、俺を見た。

「軍曹。初めまして。母がその節は御世話になりました」

「……シルビアの娘さん?」

「はい♡ オリビアと申します。以後、お見知り置きを」

「……初めまして」

 嫌な予感がする。

 シャロン達も察した様で、両横からつねる。

 めっちゃ痛い。

 オリビアは、迫る。

 滅茶苦茶整った顔立ちに、世の99%の男性は、夢中になるだろう。。

「……殿下、ですか?」

「はい。王族ですわ。敬語を使わないで下さい。いずれ、夫婦になるので」

「はい?」

「ふ、ふ~ふ?」

 驚きの余り、司は卒倒。

 親衛隊の衛生兵に担がれ、医務室に運ばれていく。

 シャロンが詰め寄る。

「パパ? 何の話? 全く話が見えて来ないんだけど?」

「案ずるな。俺も初耳だ」

「では、証拠をお見せしましょう。―――ライカ」

「は」

 先程、俺を尋問し様とした女性―――ライカが文書を渡す。

「「!」」

 俺達は、それを見た瞬間、固まった。

 ———

『オリビア

 上の者をジョン・スミス軍曹のご子息と婚約する事をここに承認する。

                         トランシルバニア王国王室

                          シルビア』

 ———

 国章と王室の紋章が押印されている。

 つまり、これは公文書だ。

「……殿下、私は彼の息子では―――」

「知っています。承知の上です」

「情報局が軍曹のご家族を追っていました。そこで御本人に行き着いたのです。ここで会ったのも何かの縁。名刺をどうぞ」

「……ありがとうございます」

 名刺には、日本語でしっかりと、『トランシルバニア王国王女 オリビア』と印字されている。

 皇族や大使などと会う際に使用している物だろう。

「これで我が国は安泰ですわ」

「と、言いますと?」

「軍曹の個人情報を提供して下さったのは、国防総省ペンタゴンです。この意味、分かりますよね?」

「な!」

 今度は、シャロンが卒倒した。

 司同様、衛生兵によって以下略。

「……政略結婚という訳ですね?」

「はい♡」

 邪魔者が居なくなった途端、オリビアは、腕に絡み付く。

 国防総省が俺を売ったのは、北海油田の利権目当てだろう。

 北海に位置するトランシルバニア王国は、北海油田の所有者でもある。

 その埋蔵推定量は、世界最大のガワール油田(サウジアラビア)とブルガン油田(クウェート)の600億bblを遥かに超える1兆bbl。

 ソ連が撤退した途端、アメリカが駐留するのは、当然のことだろう。

 世界的にコロナによる不況でアメリカが、北海油田での利権を更に高め、経済対策に努めたい思惑があるのかもしれない。

「これは、国家間の外交関係もはらんでいる為、軍曹には是非、ご快諾していければ幸いです」

「……ありがたい話ですが、自分には既に婚約者が居ますよ」

「はい♡」

 ヤバい。

 目が司のメロメロな時と一緒だ。

 恋は盲目。

 まさにそんな状態である。

「王族ともあろう御方が、これでは流石に問題かと」

 歴史的にこの手は、醜聞になり易い。

 王冠を賭けた恋で知られるエドワード8世は、

・離婚歴

・平民

・アメリカ人

 の女性に恋をした際も、保守派の反発に遭い、結局、王位を全うする事は出来なかった。

 現代でも不倫した皇太子は、その国民から支持を得にくく、ある世論調査では、「皇太子の息子が、王位継承者になるべき」との意見が多数派とされている(*1)。

 俺のやんわりとした注意に、オリビアは耳を貸さない。

「国家の英雄に惚れて何が悪いんですか?」

「英雄?」

「聞きましたわよ。母上と共に共産政権を倒したと」

「……」

 1989年の事は最高機密なのだが、オリビアには筒抜けらしい。

 若しくは彼女の歓心を買う為にアメリカが、情報提供したのかもしれない。

「ライカ、説明を」

「は」

 淡々とライカは、説明しだす。

 1989年のあの日の事を。


 1989年、アメリカは密かに動いていた。

 ポーランドで始まった民主化の波を利用し、ドミノ理論の下、密かに東欧諸国の民主派を支援。

 それが功を奏し、特に同年8月19日の汎欧州ヨーロッパ遠足ピクニック―――所謂、欧州遠足計画で実を結び、一気に民主化が現実味を帯び始めた。

 そんな中、俺は同年末、トランシルバニア社会主義共和国に派遣されていた。

 ———

『―――「米帝を始めとする西側諸国は、階級社会で人民は、常に貧困に苦しみ、圧政に耐えかねています」。

 以上、プラウダからの報告です』

『同志、報告、有難う御座います。

 次は、モスクワからの映画シリーズ。

 今回は、「戦艦ポチョムキン」をお送りします』

 ———

 チャンネルは1チャンネル。

 コーラもビールも菓子も全て1種類ずつ。

 当然、競争相手が居ない為、全て低品質。

(こんなくそみたいな生活で、よく国民は今まで耐えているな? 俺なら5分も持たん)

 寝台で死んだ魚の目をした俺は、テレビを消す。

 外国人向けのホテルでこれだから、国民向けのホテルはもっと酷い有様だろう。

 日本国憲法にある『居住移転の自由』も無い。

 国内を国民が移動する際、国内用の旅券が必要なのだ。

 言わずもがな、盗聴もされている。

 試しに大声で、

「ああ、腹が減ったな。ウォッカが飲みたいな」

 と独りちると、数秒後、

『ジョン・スミス様、ルームサービスです』

 と給仕がやって来た。

 扉を開けて、受け取る。

「ありがとう」

 そして、扉を閉めた。

 覗き穴で給仕が帰っていくのを確認すると、今度は、

「そういえば、便所の紙が切れてたな。石鹸も小さいし、どうせなら、大きい物が欲しいなぁ」

 と言うと……どどどどど。

 給仕が汗びっしょりでトイレットペーパーと石鹸を持って来てくれた。

「ありがとう。気が利くな?」

「いえいえ。サービスですから。他に何かご要望ありますか?」

 言外げんがいに「慌てさせるな」と言っている。

 だが暇なので、俺は遊ぶのだ。

「無いよ。チップだ」

「ありがとうございます」

 賄賂を平気で受け取りやがった。

 国家公務員の癖に。

 不貞野郎だ。

 給仕が作り笑顔で帰った後、俺は三度みたび、独り言。

「さっきの給仕、チップを受け取ったけど良いのかな? 女性に任せたいな。野郎は嫌だ」

 すると、数時間後、給仕が女性に変わった。

 スタッフ受けは悪いかもしれないが、盗聴されるのは時に良い事だ。

 俺は民主派からの接触を待つ間、スタッフを相手に遊ぶのであった。


 数時間後、民主派がやって来る。

 組織名は、『愛国者達』。

「同志スミス。よくぞ来て下さいました」

「いえいえ。仕事ですから」

 やって来たのは、シルビア。

 護衛と共に入室する。

事務所カンパニーの方は如何です?」

「さっぱりですよ。好景気な日本が羨ましい位です」

 2人は親しく会話しつつ、筆記する。

『武器は、揃いました。ルーマニアのように始める予定です』

『分かりました』

 ルーマニアでCIAの工作が成功している為、『愛国者達』も「我々も続こう」とばかりに士気が高い。

 ルーマニアでは、西側の諜報員が送り込まれ、国内の反体制派の知識階級を支援(*2)。

 歴史的対立が続くハンガリーの反ルーマニア勢力を巻き込んだ国際的なネガティブキャンペーンが実行され、ラジオ等を通じ、ルーマニア人に反体制派の存在を広めていく(*2)。

 そして、12月。

 ハンガリーに近い町での宗教デモを行い、それをいつの間にか反チャウシェスクのデモにすり替える(*2)。

 扇動者は、ドイツやハンガリーなどでCIAによる訓練を受けた人々だ(*2)。

 更にチャウシェスク逃亡後、彼に忠誠を誓うテロ勢力との闘いで数多くの市民が犠牲になったとされるが、実際にはテロ勢力は存在しなかった(*2)。

 これも西側による演出である(*2)。

 平和的な東欧革命の中、流血沙汰になったルーマニアの例は、『愛国者達』に強い共鳴を覚えた。

「事務所の方は、幾ら程出せますの?」

「必要経費は、この位ですね」

 俺が資料を見せる。

 すると、護衛が思わず声を漏らした。

「これ程?」

「予想以上に多いな」

 キッとシルビアが睨む。

「お前達。失礼ですわよ?」

「「は……」」

 罰が悪そうな護衛。

「済みません。不作法で」

「いえいえ。気にしていませんよ」

「それで道具の方は?」

「食材と共に届きます。明朝に。正確な時間は、後程連絡が来ます」

「有難う御座います」

 盗聴に気を付けて、隠語を使用している。

 尤も、バレても問題無い。

 既に沢山の工作員が、イギリスやドイツから上陸し、蜂起の準備をしている。

 俺達が、秘密警察に拘束されても計画は、実行される予定だ。

 新ベオグラード宣言の下、ソ連は、事実上、衛星国を見殺すにする事を選んだ。

 ルーマニアが崩壊していっても指を咥えて見ているだけ。

 アフガニスタンのように、ソ連軍は撤退の準備も行っている。

 その為、親分が居ない秘密警察は赤子の様なもの。

 俺達は、密かに嗤い合う。

「事業が待ち遠しいですね?」

「そうですね」

 1989年。

 この年が、この国の共産政権最後の年になるのであった。


[参考文献・出典]

*1:AFP通信 2007年8月27日

*2:『ルーマニア革命は仕組まれたのか ~チャウシェスク打倒の裏で~』 NHK   2009年4月3日

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