第24話 Sápmi

 令和3(2021年)8月。

 無人島に女性陣を残し、俺は一旦、買い出しの為に都内に戻る。

 無人島であるが為に、島にはスーパーは無い。

 その為、食料や備品が底を突く前に、戻らなければならないのだ。

「残ってて良いのに」

「やーよ」

「たっ君を1人に出来ないもの」

 両横には、婚約者と愛娘。

 寂しがり屋の婚約者は分かるが、まさか愛娘もここまでべったりとは思わなかった。

「先生の休暇、長いな?」

「先生、じゃなくいて名前で呼んでよ。家族なんだからな」

「……シャロンの休暇は、長いな?」

「うん。合格♡」

 2人共、俺の手を握ったまま、離さない。

 便所で手を洗った直後でも握るものだから、毎回、強迫観念並に綺麗にしなければならない。

 俺達が入ったのは、漁港のスーパー。

 漁港だけあって、朝3時開店は恐らく、非24時間営業のスーパーで最も早い開店時間だろう。

「今更だけど、たっ君で、船運転出来るんだね?」

「2級小型船舶操縦士だからな。高校生でも取れる」

 2級小型船舶操縦士は、船舶免許の中でも人気が高い。

 ボートやヨットなどのマリンスポーツを存分にエンジョイしたい人には、適当だろう。

 受講資格  :15歳9か月以上(*1)

 免許取得資格;16歳以上(*1)

 だから、何ら問題無い。

「パパ、海軍ネイビーも行けるんじゃない?」

「そうだな。ずーっと、陸軍アーミーだったし」

 前世では、陸軍一筋。

 海軍や空軍の奴らとは仲が良かったが、負けたくない一心で戦場では、常に張り合っていた。

 鮮魚コーナーに着くと、既に水揚げされた沢山の魚が所狭しと並んでいた。

 ―――

『・鮎並アイナメ 

 ・イサキ

 ・イシモチ

 ・ウマズラハギ

 ・ウミタナゴ

 ・カサゴ

 ・カマス

 ・カレイ

 ・カワハギ

 ・キュウセン

 ・クロダイ

 ・鯖

 ・細魚サヨリ

 ・サワラ

 ・シマアジ

 ・シロギス

 ・ソウダガツオ *生食厳禁

 ・スズキ

 ・タチウオ

 ・ネンブツダイ

 ・ヒラマサ

 ・ヒラメ

 ・マゴチ

 ・マハゼ

 ・メジナ

 ・メバル』(*2)

 ……

 無いのは毒を持つ、

『・アイゴ

 ・エイ

 ・キタマクラ

 ・ゴンズイ

 ・ハオコゼ』(*2)

 ―――

 くらいだ。

「パパ、河豚ふぐ、食べたい」

「じゃあ、買おう」

「たっ君、私は、まぐろ

「はいよ」

 2人に抱き着かれたまま、俺は指定された食材を買い物かごに入れていく。

「たっ君、予算大丈夫?」

「ん? ブラックカードあるから」

「え? パパ、お金持ち?」

では、実業家なんだよ」

 財布からブラックカードをちょい見せ。

 前世ではシャロンの学費などで色々と金がかかったが、転生後はで儲けてまくっている。

 テロ事件で活躍した為、裏社会で俺は有名人となり、仕事が増えているのだ。

「パパ、大好き♡」

「現金な奴め」

 シャロンに頬擦りされ、俺は頬が緩む。

 丁度、思春期に離れ離れであった為、その反動か、シャロンは、極度のファザコンだ。

 年相応が理想なのだが、前世で悲しませてしまった分、甘くなってしまう。

「たっ君。お金持ちだね? もう学校辞めて、余生を過ごそうよ」

「おいおい……」

「冗談だよ」

 司は微笑む。

 シャロンの様にはならない。

 婚約者としての余裕を見せたいのかもしれない。

 それが出来るなら、買物くらい1人で行かせて欲しいものだが。

「あら、たっ君、外人さん」

「本当だ。珍しいな」

「パパも私も外国人なんだけど?」

 3人が見つけたのは、水槽を眺める女性。

 金髪碧眼は、シャロンと一緒だが、服装は全く違う。

 シャロンは、現代式のブラウス。

 一方、向こうは青いプリーツがたっぷり入ったワンピース。

 その襟元、袖口、裾は赤を基調とした刺繍テープで彩られている。

「あれ、何て服なんだろう?」

「コフテ、だな」

「「コフテ?」」

 2人は、小首を傾げた。

「サーミ人の民族衣装だよ」

「「サーミ人?」」

 聞き慣れない民族名だ。

 その様な国も存在しない。

「北欧の少数民族だよ。2人も似合うかもな」

「「……」」

 じーっと、2人は民族衣装を直視。

 人をジロジロ見るのは不作法だが、日本で見慣れない以上、注目するのは、仕方ないことだろう。

 女性は困った様子で、俺達を見た。

「あの……」

 日本語だ。

 店内では、彼女以外の外国人は、シャロンだけ。

 助けを乞うには、シャロンが適任者と判断した様だ。

「これ、何て読むんですか?」

「パパ、これなんだっけ?」

「『まぐろ』だよ」

 準一級レベルをど忘れするのは、どうよ。


「ありがとうございます。おかげで買えました。では、私はここで」

 女性は、会釈し退店。

「凄い美人だったね?」

「うん、何か高貴な感じだったし。お嬢様って感じ?」

 シャロンと司は、仲良く会話する。

 恋敵であるが、同時に親友になりつつある様だ。

「……」

「? パパ、どうしたの?」

「いや、何か気になる事があってな」

「たっ君、まさか一目惚れ?」

「婚約者の目の前でそれを出来る奴は、異常者だよ」

 司に睨まれつつ、俺は、脇の下の愛銃を確認する。

(……あるな)

 と、ここで、ある事に気付く。

 店内が自分達以外、誰も居ない事を。

「……パパ」

 流石のシャロンも気付いた様だ。

『動くな』

 背中に銃口を突き付けられる。

 音声変換機ボイスチェンジャーの声。

 振り向こうとした司を俺が無理矢理引き寄せて、後ろを見せない。

『賢明な判断だ。私は、ジェーン・ドゥ大佐。貴様達は既に包囲されている。無駄な抵抗をすれば……分かるな?』

 銃口が、俺の背中にり込む。

「……一般人には?」

『貴様次第だ。案ずるな。悪い様にはしない』

 聞き慣れた口調が気になるが、人質になった以上、どうする事も出来ない。

 直後、司達が倒れた。

「!」

 2人の首筋には、注射の痕が。

 瞬間、無意識の内に裏拳を叩き込もうとするも―――チクリ。

「う」

 首筋に注射された。

 倒れて背後を見る。

 襲撃者は軍人らしく、迷彩服に目出し帽。

「く、そ……」

 意識が遠のきつつ中、続々と襲撃者が集まって来る。

 彼等が持っているのは、M16。

 そこでようやく、俺は思い出す。

 この共産流のやり口を公然と行う国が、北欧にある事を。


「標的、確保」

 襲撃者は、全員、女性であった。

 煉が意識を失ったのを確認後、秘密裡に運び出す。

 彼女達が3人に注入したのは、彼らの国で言う所の『鎮痛剤』。

 日本など西側諸国で言う所では、獣医が動物に使用する『ノックアウト・ドラッグ』と似たものであった。

「殿下、捨て身の確認有難う御座いました」

「いえいえ。お国の為ですから」

 彼女達は、73式大型トラックに乗り込む。

「無人島の2人は、如何しますか?」

「外務省とアメリカ大使館に救助要請を」

「は。この女達は?」

「このままで。発狂してでもしたら、我が国の責任よ」

 拉致 ×

 保護 〇

 それが、彼女達の目的であった。

 トラックは漁港を出て、大使館へ向かう。

「……」

 殿下と呼ばれた女性は、煉を見た。

 気絶しているが、脇に手を伸ばしている辺り、時機タイミングが少しでもズレていたら、反撃されていただろう。

「大佐、武装解除を」

「は」

 部下がベレッタを抜く。

 安心した所で、は、煉に覆い被さった。

「お慕いしていましたわ」

 再会に涙ぐむ。

 部下達も貰い泣き。

 先程までのピリピリした雰囲気は、一転。

 車内は、お通夜の様になる。

 皆、落涙し、再会を喜ぶ。

「う……う……」

 運転手も号泣だ。

 トラックはほぼ無審査で、大使館の敷地内に入る。

 これで、日本の司法は届かない。

 スカンジナビア十字旗ノルディック・クロスを意識した青、赤、黄、緑の四色旗が悠然と翻る。

 大使館前の文字盤には、こう書かれていた。

 ―――『トランシルバニア王国』

 と。

 

「う……」

 眩い光を感じ、俺は目覚める。

 真っ暗な部屋。

 光源は、サーチライト。

 間近では、眩し過ぎる。

 一般人だと苦痛だが、俺は元米兵。

 拷問にも耐え得るよう、訓練されている。

「……へっくし」

 くしゃみが出た。

 現在、俺は全裸である。

 拘束した者を裸にするのは、よくある話だ。

 これは、全裸にさせる事で、被害者は自分を守りたいが為に口を割りやすくなる、とされる心理を利用している。

 手足には、手錠と足枷が。

 猿轡さるぐつわされていない所を見るに、会話したい様だ。

 段々と目が慣れて来た。

 前の壁には、スカンジナビア十字旗に似た旗が。

 記憶が蘇って来た。

 もう40年以上前の話だ。

 余りにも古過ぎてすっかり忘れていた。

 扉が開き、女性の軍人が入って来た。

 ボーイッシュな顔立ちをした短い金髪の若い女性だ。

 褐色のシャツに黒のネクタイとズボン、ケピ帽は彼女が王族専用警備隊である、親衛隊であることを如実に表している。

「軍曹、気分はどうだ?」

 少し、上擦った声。

 拷問が初めてなのか。

 男の裸に緊張しているのか。

 どちらにせよ、主導権を握っている筈なのに。

「ああ、腹減ったよ」

「余裕だな?」

「余裕だよ」

 次の瞬間、ゴキッと音が鳴った。

 女性は、驚く。

「な……!」

 口が開いたまま、塞がらない。

 当たり前だ。

 肩の関節を外したのだから。

 空間が生まれた事で、俺は簡単に手錠から脱出。

 脂汗がドッと出て激痛だが、悶え苦しむ事は無い。

 それから、無理矢理入れ直す。

「ふー……これで、手は自由だよ。さ、話そうか?」

「……」

 茫然自失の彼女。

 俺はその間、彼女からM16を奪う。

「……あ」

 時既に遅し。

 俺は足枷ながら武装。

 彼女は、何不自由無いが、武器は無い。

「さ、2人の下へ案内してくれ。後、服もくれ」


 親衛隊の男性用の制服に身を包んだ俺は、M16を持ったまま、彼女を別室に案内させた。

 そこでは、司とシャロンが、仲良くお茶していた。

「あ、たっ君、無事だったんだ?」

「パパ、お帰り」

 2人に用意された部屋は応接間の様で、お茶以外に茶菓子が用意されていた。

 これで、相手の事が段々判って来た。

 俺だけ危険視され、2人は賓客ひんきゃくの様な扱いの様だ。

「たっ君、彼女は解放してあげて。悪人じゃないから」

「了解」

 司の提案を俺は素直に受け入れて、女性を解放する。

 応接間の外に出し、鍵を閉めた。

「で、ここは、大使館か?」

「よく分かったね?」

「パパ、詳しいね?」

「勘だよ」

 一応立て籠もっているのだが、親衛隊が居る以上、強硬策を採られた場合、脱出は難しい。

 M16を傍に置きつつ、俺は嘆息するのであった。


[参考文献・出典]

*1:JEIS 一般財団法人 日本船舶職員養成協会中部 HP

*2:釣りカムイ 【必見】東京湾で釣れる魚を全種類紹介!東京湾おさかな辞典! 2019年7月20日

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