第23話 coup d'État

 2020年、全世界が新型ウィルスで苦しめられる中、日本から遥か遠い北欧の島国で、政変クーデターが起こっていた。

 電撃戦ばりの速さで王室直属の親衛隊は動く。

地点ポイントA制圧クリア

地点ポイントB制圧クリア

地点ポイントC制圧クリア

 宮殿の西口、南口、東口。

 全身黒ずくめの武装した親衛隊は、宮殿の出入口を全て抑える。

 王族を守る筈の親衛隊の背信行為に、メイド達は慌てふためく。

 ある者は悲鳴を上げ、ある者は恐怖に泣き、またある者は女子トイレに逃げ込む。

 親衛隊は、無抵抗の彼女達に目もくれず、本丸に突き進む。

 重厚な扉は、RPGでぶち破る。

 ドーン!

 シャンデリアの真下に居た国王は、狼狽うろたえた。

「な、もう来たのか!?」

 逃げ場を探すが、時既に遅し。

 窓、天井、床下……

 ありとあらゆる場所からも親衛隊が雪崩れ込んでくる。

 床に付くほどの長い顎髭を震わせた国王は憤る。

「貴様ら、今何をしているのか、分かっているのか? 国家反逆罪だぞ!」

 大佐は、銃剣を突き付ける部下達を手で制止する。

「陛下、これは国民の意思なのです。内閣も承認済みです」

「なんだと?」

「国民は、陛下の時代錯誤な絶対王政に耐え切れなくなったのです。我々の要求を飲まなければ、断頭台ギロチンを用意しなければなりません」

 凄みある口調と塵芥ちりあくたを見るような蔑んだ目。

 国王は、ビクッとする。

「それからヴァレンヌ事件(フランス革命中に国王と王妃がオーストリアに亡命を図った事件。失敗し、連れ戻され、王制打倒の遠因の一つになった)の様に逃亡を図る意思があれば、陛下支持派と同じてつを踏む事になります故、御理解下さい」

 国王の背筋が凍った。

「私からの説明は以上です。では……殿、前へ」

 瞬間親衛隊は、モーゼの海渡りの様に一斉に道を開ける。

 政変指導者―――は、長いドレスを引きずりながら歩く。

 親衛隊の誰もが緊張していた。

 何人かの頬から冷や汗が滴り落ちる。

 膝を付いていた国王は、相手を見て愕然とした。

「ば、馬鹿な……?」

久方ひさかた振りですね。父上」

 それは国王の実の娘―――王女プリンセスであった。

 ショートヘアに見える長い金髪を靡かせ、澄んだ碧眼の王女は、国王の前に歩み寄る。

 あまりのショックに国王は、腰を抜かした。

「な、何故……?」

 王女は、ひざまずいて答える。

「父上、お許し下さい。陛下の恐怖政治に民は耐えられなくなったのです」

「……」

 国王は、言葉を失った。

「父上の恐怖政治に悩んだ我々は、秘密裏に傘下の情報局を使って、友好国の情報機関と共に、民衆を扇動させたのです」

「この、売国奴が!」

「売国奴は父上の方ですわ。父上の所為で王室は、存亡の危機にありましたから」

 一呼吸置いた後、王女は、親衛隊に目配せする。

「父上。貴方の全ての爵位及び軍籍は剥奪します」

「!」

「国民の総意の上、当然の事ですわ。それと並びに国民から『徴税』として略奪した資産は、全て被害者に返還します。父上の外国人私兵は全員処刑しました」

・権力

・地位

・財産

 全てを失った国王は、死後硬直の如く固まる。

「連れて行きなさい」

 連行される国王を横目に大佐は、尋ねる。

「前国王の処遇はどうなさいますか?」

「先祖古来の風習に従い、性器切断した上で、火刑に裁かせましょう。父上の罪は戦争犯罪に等しいですから」

「その様に致します」

 大佐が下がった後、王女は1枚の皺くちゃの写真を胸元から取り出す。

 純粋な笑顔を浮かべた若者が、恥ずかしそうな少女の肩を寄せてピースサインをしている。

「……」

 暫く見詰める内に、頬が桜色に染まる。

「何処にいらっしゃいますの? ジョン・スミス様」

 震えた小さな声は、部屋に切なく響いた。


 俺が買った無人島は、伊豆諸島にある。

 元々は、更地の小島だったのだが、土地の所有者が、

「医者の息子か? 将来的に病院を作ってくれるなら売っても良いよ」

 と言った為、高校生でも買えたのであった。

 日本の僻地医療は、深刻な問題だ。

 特に無医地区は、解消が急がれている。

 ―――

『無医地区とは、

「医療機関のない地域で、当該地域の中心的な場所を起点として概ね半径4kmの区域内に人口50人以上が居住している地域であって、かつ、容易に医療機関を利用することができない地区」

 と定義されている(*1)。

 平成26(2014)年で全国に637地区、そこに約12万人が住んでいる(*1)。

 過疎地域自体は昭和53(1978)年に1750地区あり、50万人が住んでいた事と比べると減少している(*1)』

『過疎地区に対する医療体制の整備は、厚生労働省の僻地保健医療計画に基づき進められてきた。

 計画は昭和31(1956)年から11次に渡って策定され、これに基づき各道府県が診療所の設置や病院による支援等の対策に取り組んでいる。

 平成30(2018)年度から僻地保健医療計画は都道府県の医療計画に統合され、僻地医療は各都道府県が取り組む5疾病5事業等の一つとして救急医療、災害医療等と共に一体的に取り組まれる事になった。

 ここでいう「僻地」とは、

『交通条件及び自然的、経済的、社会的条件に恵まれない山間地、離島その他の地域の内、医療の確保が困難であって無医地区及び無医地区に準じる地区の要件に該当する地域』

 とされ、平成26(2014)年時点で僻地が存在しない千葉県、東京都、神奈川県、大阪府を除く43道府県の無医地区637か所と準無医地区420か所の合計1057か所が対象となっている』(*2)

 ―――

 なので将来的には、ここに病院を作り、付近の島々に無医地区の拠点病院になる様、整備する必要がある。

 幸い、医者の知り合いは大勢居る。

 元々、軍医や衛生兵だった者が、医者に転身しているのだ。

 戦場では、医薬品等の不足により助からなかった事を悔やんでいる者達だ。

 彼らは、この平和国家・日本では、その心配をせずに、全力で治療に励む事が出来るだろう。

『北大路病院建設予定地』と書かれた看板を眺めていると、

「れ~ん」

 皐月が、酔った様子でやって来た。

「さがしたわよ~」

「母さん、酔い過ぎだよ」

「あら、老兵の癖に私を老婆扱いするの?」

 何この面倒臭い生き物。

 酒臭さを撒き散らせつつ、皐月は、俺の隣に座る。

「僻地医療に興味があるの?」

「興味って訳じゃないけどね」

「あら、素直じゃないわね」

 俺の頬をプニプニ。

 畜生。

 可愛くて怒れない。

 美しさは、正義だ。

 世の中、不条理なり。

「貴方の事は、情報本部でも有名だったよ?」

「何故?」

「米兵の中でも異端児だったから」

「……」

 酔っているのに、皐月は、素面の様だ。

 若しかしたら、話し辛い為、敢えて酒の力を借りているのかもしれない。

「……司には?」

「話してない。最高機密トップシークレットだもの」

「……」

 裏を返せば、最高機密への接続アクセス権がある程、皐月は高位者の様だ。

 表は、名医。

 裏は、大物、か。

「……確認戦果は?」

「覚えてないよ」

「流石ね」

 皐月は、酒瓶を建設予定地に投げ捨てて、抱き締める。

「私はね。強い男が好きなの。前夫も自衛官だった」

「……聞きにくい事を聞いても?」

「夫のこと?」

「ええ……まぁ……」

 北大路家に煉以外の男性は、居ない。

 父親らしき遺影はあるが、禁忌っぽいので、今迄、聞かなかったのだ。

「……殺されたのよ。新左翼に」

「……」

「3・11の時、被災者の救援で尽力したのに、新左翼は、夫を殺したの……理不尽でしょ?」

 ツーっと、皐月の目から涙が。

 新左翼が自衛官を標的にした事件での有名な例は、朝霞自衛官殺害事件だろう。

 昭和46(1971)年8月21日に、陸上自衛隊朝霞駐屯地で警衛勤務中の自衛官が、新左翼によって殺害された(*3)。

 現在、新左翼は、日本国民の大多数からの支持を失っている。

 因みにアメリカのそれは、1960年代後半からベトナム反戦運動で盛り上がりを見せた(*3)。

 1968年にはニューヨークのコロンビア大学を始めとする多くの大学が急進派の学生に封鎖され、非暴力による黒人解放運動を指導していたキング牧師が暗殺されると全米で一斉に黒人による暴動が発生した(*3)。

 イタリアでは赤い旅団が、ドイツではドイツ赤軍がそれぞれテロ事件を起こしている。

 どこの国でも事件を起こしているのが、新左翼の現実である。

(……皐月が反左翼なのが、この理由か)

「新左翼は、大っ嫌い」

「……俺もだよ」

 皐月を抱き締め返す。

 直後、彼女は、嗚咽を漏らした。

 夫が亡くなって以降、大黒柱は自分。

 子供達の手前、決して弱音を見せれなくて、仕事に邁進したのだろう。

「……私って悪い女だよ」

「何が?」

「娘の婚約者に横恋慕しているんだから」

「……」

 潤んだ目で見詰められると、本当に不味い。

 ただでさえ美人なのに。

「……一晩だけでも良い。私だけを見て」

「……」

 テントに居る司をチラ見。

 恐らく、スヤスヤ寝入っている事だろう。

「……俺は……」

「うん」

のことも好きだよ」

「名前で呼んでくれるんだ?」

「好きだからな」

って事は、司が最優先?」

「ああ。婚約者だからな」

「それが最善よ。私も娘には、幸せになって欲しいし、寝取る気は無いから」

 ぐでんと、皐月は、後頭部を俺の肩に預ける。

「でも、今晩だけは、大人の恋愛をしましょう」

 皐月は、俺の頬にキスし、その手を握る。

 夜の浜辺でロマンチックに過ごす俺達であった。


 明け方。

「……もう、たっ君たら♡」

 煉の等身大人形(手作り)に抱き着いたまま、私は寝ていた。

 朝4時半。

 突如、目が覚める。

「!」

 ガバッと起き上がり、辺りを見渡す。

 昨晩、一緒に寝ていた筈の煉が居ない。

 私は、煉無しに生きられない女。

 世の中、社会的距離ソーシャル・ディスタンスと叫ばれているが、私は、煉が最低でも半径5m以内に居ないと寂しくて死んじゃう兎の様な女なの。

「……」

 煉の匂いを嗅いで、警察犬の様に臭跡しゅうせきを追っていく。

 ―――

『犬の匂い物質をキャッチする嗅細胞は約2億個。

 人間の嗅細胞は約500万個なので、嗅細胞の数だけでも人間の40倍という計算となる。

(中略)実際の犬の嗅覚の能力は、人間の100万~1千万倍にもなると言われています』(*4)

 ―――

 その為、人間は犬の様な嗅覚を持っていないのだが、私は煉に対してだけは、何処に居るかが分かる。

 時々、火薬の匂いがするけども、銃を撃っているのだろう。

 煉は、銃器愛好家だ。

 合法的に手続きを経て、国家資格を得ている。

 恐らく日本の高校生で唯一、銃器を所持している人物だろう。

 特別に許可が下りたのは、最近起きたテロ事件の戦功が認められたからである。

「……」

 這うようにしてテントを出て、浜辺へ。

 ……居た居た。

 浜辺で体育座りして、寝ている。

 多分、習慣のランニングをした後、そのまま睡魔に負けたのだろう。

 隣には、ナタリーちゃんが居る。

 嫉妬しちゃうけど、彼女は、可愛い後輩だから怒れない。

 抜き足差し足忍び足で、煉の隣に座る。

 360度何処から見ても、煉は可愛い。

 99%の人々は、「犯罪者面」と評するが、個人的には、パピヨンのように可愛い。

 朝日が昇るまでの薄暗い中、私は、煉の体をベタベタ。

 中身はおっさんらしいけれど、それでも良い。

 煉は、世界で1人。

 中身が丸ごと変わっても、煉は煉。

「……かわぁいい♡」

 煉の頬を突っつきつつ、朝を迎えるのであった。


[参考文献・出典]

*1:厚生労働省 令和元年度無医地区等及び無歯科医地区等調査 令和2年5月29日 一部改定

*2:へき地ネット 全国のへき地医療情報ネットワーク 【へき地医療とは】 一部改定

*3:ウィキペディア

*4:外崎肇一 『ニオイをかげば病気がわかる』

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