第22話 stalking
日本の学校の夏休みは長い。
7月下旬から9月の頭まで。
日本の子供が、1年間で最も待ち侘びる長期休暇だろう。
「たっ君、どんな水着が好き?」
「ビキニ」
「もう、H♡」
俺達は、最寄りの服屋に来ていた。
中身が還暦を過ぎた老兵でも、司という娘は嫌がらず、俺を受け入れた。
良い娘過ぎて涙が出そうだ。
煉がどんな説得をしたかは知らないが、少なくとも、皐月・司の母娘は、俺が彼ではない事を理解している。
「パパは、モノキニでしょう?」
シャロンが、囁く。
幸せ(?)な事に俺は、美女と美少女を伴ってデートしていた。
1人は、幼馴染。
もう1人は、教師。
後者に関しては、前世で父娘の関係だったが故、ややこしくなっている。
「先生、聖職者の癖に生徒の恋路を邪魔するんですか?」
「父娘の絆を破壊する女狐が何だって?」
「「……」」
睨み合う美女と美少女。
マゾヒストがその間に居れば
転生前は、別段そんな事は無かったのだが、日本では、思いの
触らぬ神に祟りなし。
日本で覚えた諺を遵守し、2人の口論から遠ざかる。
姿見を前に俺は、お目当ての服を試してみる。
アルスターコートとダークスーツ。
サングラスも欠かせない。
(……ちょっと決め過ぎか?)
お洒落に
特に黒服は、便利だ。
仕事と冠婚葬祭で使うのだから、当然、使用頻度も高くなる。
「……」
財布と相談する。
副業で無人島を購入出来るほどの稼ぎはあるにせよ、俺は、浪費家ではない。
服飾費は、必要最小限で収めたい。
(3万か……ギリギリだな)
セットで7500円。
元々高額だったのだが、あまりにも不人気過ぎて、急降下。
去年のコロナ渦によって、経済は弱体化。
国民の多くに経済的負担が重く圧し掛かっているのに、この元の値段は無いだろう。
売るとすれば、
ま、製造業者の事情は、どうでも良い。
一期一会。
ここで逢ったのも何かの縁だ。
俺は試着後、それを買うのであった。
「たっ君は、大人っぽいね?」
「実際に大人だからな」
「パパ、
両手に花。
右手を司が、左手をシャロンがしっかり握っている。
彼女達の胸には、それぞれ買った水着が。
今夏は、俺が買った無人島で遊ぶのだ。
2人が例年以上に水着を喧嘩するほど真剣に選んだ理由である。
因みに俺は、買ったばかりの服を既に2人にせがまれ着ていた。
「ありがとう。2人とも」
「うん」
「まぁね」
2人は、両側からキス。
白昼堂々、このラブラブっぷり。
大通りの人々の視線は痛い。
「(死ねや)」
「(あの野郎)」
野郎からは、呪詛と嫉妬の声。
「(あの男の人、格好いいね?)」
「(本当、本当)」
女性からは、意外にも好評な感じ。
「パパは、モテるね?」
「そう?」
「だって、
「?」
司が手鏡で見せてくれる。
「あー……」
記憶転移の影響により、色白になりつつある。
鼻も高くなり、
スマートフォンで自分を撮影後、その
すると、
『該当者 1件』
今でいうスポーツ刈りで、旧日本軍の軍人であった。
―――
『【来栖良(1919~1945)】
父親は外交官。
母はアメリカ人で、シカゴで生まれ育つ。
その白人の血が色濃く出た混血の容貌故に、普段から強い偏見や虐めに遭っていたがその人柄の良さも相まり、周りから容貌について揶揄される事は無く、本人も弱音を漏らす事は少なかった。
又、その日本人離れした端正で色白な容貌と175cmの長身から、待合茶屋の芸妓達からは大変な人気があり、満州出張時には現地のロシア人ホステスから同じロシア人と間違われたり、フランスを旅行している最中には、現地人から俳優になるよう誘われたこともあったという。
その最期は、悲劇であった。
多摩飛行場の誘導路上を歩いていた所、同僚が操縦する戦闘機のプロペラに接触、頭を
事故直後、来栖の家族には、不慮の事故による死亡では気の毒だという陸軍の配慮もあって、「迎撃戦闘時に被弾負傷、帰還後に死亡」と伝えられ、これが公式発表とされた。
来栖の戦死を報道する当時の新聞各社の記事や、戦後の靖国神社遊就館内での展示内容においても同様となっている。
死後、陸軍技術少佐に特進。
又、部隊葬が来栖の家族と航空審査部の将官以下軍人・軍属一同が列席した上で同部の格納庫にて行われた。
墓碑には父によって、
『In peace, sons bury their fathers. In war, fathers bury their sons.(平和な時は、息子が父を葬り、戦争の時は、父が息子を葬る』
というヘロドトスの言葉が刻まれた。
戦後、進駐軍が長野県軽井沢町にある来栖家の別荘を訪問し、将校が軍服姿の来栖の写真を見て、アメリカ人の母に対し、
「戦死したのは気の毒だが、これも日本軍の犠牲だね」
と語りかけた所、母は、
「息子が祖国の為に戦い戦死した事を誇りに思います」
と答えた。
その将校は黙って写真を再度見て、
「いい男だ」
とだけ述べて立ち去ったという』(*1)
―――
大戦期、日米という間で母も又、大いに苦しんでいた事だろう。
それを
将校は皮肉を言いたかったのかもしれないが、1枚も2枚も母の方が上手であった。
「凄いイケメンな軍人さんだね?」
「パパの若い頃にそっくり」
「シャロン、俺の若い頃知ってるのか?」
「ほらほら」
自慢げにシャロンは、スマートフォンの写真を見せる。
米陸軍軍服のACU(迷彩服の一種)を着たルーの姿が。
撮影日は、2005年。
丁度、ACUが採用された年なので、軍服は、新品同様。
場所は、アフガニスタンだろうか。
砂漠の中で、パシュトゥン人の通訳と談笑している良い写真だ。
俺は現地の文化に敬意を払い、イスラム教にも理解を示していた為、比較的、現地―――というか、中東では名誉イスラム教徒のような事になっている。
これは未来永劫、世に出ない物だ。
反イスラム主義者やテロの犠牲者遺族には、耐え難い内容だから。
2005年当時は、テロとの戦いを掲げている政権の時代。
翌年末にはイラクの独裁者が逮捕され、死刑執行になっている。
9・11から4年経ったとはいえ、憎悪の感情は、中々、薄まらない。
又、9・11以降も、テロは、無くなっていない。
2002年 場所 死者 負傷者
10月12日 バリ島爆弾テロ インドネシア 202 209
10月23~26日 モスクワ劇場占拠事件 ロシア 130 700以上
2004年
3月11日 マドリード列車爆破テロ スペイン 191 2050
9月1~3日 ベスラン学校占拠事件 ロシア 355 783
10月27日 日本人青年殺害事件 イラク
2005年
7月7日 ロンドン同時爆破事件 イギリス 52 784
……
主要なだけでもこれだけ。
これ以外にもアフガニスタンなど、政情不安な国々では報道が追い付かないだけで毎日のようにテロが起きている。
平和な日本では直近では、俺達の通う学校が共産主義者の標的にあった事件のみ。
歴史上、日本で最もテロが起きていたのは、1970年代であろう。
・1969年10月24日~1971年12月18日 土田・日石・ピース缶爆弾事件
・1970年3月31日 よど号ハイジャック事件
・1972年2月19日~1972年2月28日 あさま山荘事件
・1974年8月30日 三菱重工爆破事件
・1977年9月28日~1977年10月3日 ダッカ日航機ハイジャック事件
この時代と比べれば、令和は平和だ。
「たっ君の前世かぁ。格好良いね?」
「……姉さんは―――司は、ショックじゃないのか? 俺が煉じゃなくて」
「夢でね。たっ君―――煉と会ったんだよ。そこには、お母さんも同席しててね。ずーっと、煉の御話を聞いたんだ」
「……」
「だから、怒らないし、『そうだったんだぁ』って感じ。煉は、天国で幸せそうだから今更帰って来いとはいえないよ」
実家の病院の中には老人保健施設がある。
そこでは、毎日のように高齢者が亡くなっている。
始皇帝が遥か昔、不老不死を願ったものの、幾ら医学が発達しているとはいえ、人間が不死身になった例は無い。
生きている以上、逃れられないのが、死だ。
司は、幼少期から看取っている。
遠方に孫が居る為、中々会えない高齢者の遊び相手になっているのだ。
学生になった今では、勉学が優先なのでその機会は少なくなっているが、それでも出来る時には、遊びに行っている。
だからこそ、煉の死を早くから受け入れたのだろう。
司も、医師であるが、安楽死(尊厳死)には、賛成の立場だ。
もう
本人が苦しみ、その痛みから解放されたいのであれば、それを和らげる事も又、医者の仕事の一つでは?
と考え、安楽死合法化を訴えている。
1942年にスイスが世界で初めて合法化にして以降、
1994年 オレゴン州
2001年 オランダ
2002年 ベルギー
2008年 ルクセンブルク
2009年 ワシントン州、モンタナ州
2013年 バーモント州
2014年 ニューメキシコ州
2015年 カリフォルニア州
2016年 カナダ
2017年 ビクトリア州(オーストラリア)、韓国
2021年 ニュージーランド
主要な国と地域は、これだけある。
これら以外にも続々と合法化に踏み切っている国々が後を絶たない為、日本の遅れている感は否めない。
こんな2人だからこそ、理解されたのだろう。
逆に言えば人権派の医師の家だったら、すんなりとは行かなかったかもしれない。
「煉は残念だけど、ルーさん?」
「は、はい」
突然、本名で言われ、俺は照れる。
「ちょっと、パパを気安く呼ばないでくれる?」
「良いもん。
「な!」
怒りの余り、シャロンは固まる。
その握力は、まるでゴリラ並だ。
「……パパ、デレデレし過ぎ」
「……ごめん」
威厳のある父親が夢だが、娘には叶わない。
(シャロンが最恐じゃねーか)
と、心の中で突っ込む俺であった。
(
煉達は、知らない。
彼らの後を付ける覗き魔が居る事を。
それは、ルーの姿を再確認。
そして、
(ビンゴ)
と、舌を出して
[参考文献・出典]
*1:ウィキペディア
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます