第20話 fate

 イワンの前にシャロンは、引き出される。

「Mrs.ブラッドリー―――」

Missよ」

「失礼。Miss.ブラッドリー。英語は、苦手でね」

 貴重な人質だと判った後、シャロンは拘束を解かれ、手当てを受けていた。

 と言っても、医師が居ない為、怪我した部分を赤チンで消毒するくらいだが。

「……まさかあのルーの娘とはな?」

「父を知っているの?」

「戦友だからな」

「……」

 シャロンは喜ぶかと思いきや、疑っている目だ。

「何だよ?」

「いや、証言だけじゃ信じられないから」

「流石、あの男のむすめだな」

 苦笑いしつつ、イワンは写真を見せた。

「!」

 倒れた血塗れの男。

 煙草を咥えたまま、死んでいる。

 世に出せば『崩れ落ちる兵士』並に有名になりそうな位、になりそうだ。

「……何故?」

「俺が殺したんだ」

「!」

「しぶとい男だったよ。東欧でファシストと手を組んだ末路だ」

「……殺してやる」

「ん?」

「死ね!」

 タックルを図るも、イワンの部下が鳩尾みぞおちにアッパーを加える。

「ぐぼ!」

 その強さにシャロンは、嘔吐した。

 何も食べていない為、出たのは胃液のみ。

 シャロンは、そのまま組み伏せられる。

「じゃじゃ馬だな」

 イワンは、挑発する様に嗤う。

 そして、AK-47の銃口を米神に突き付けた。

「我々の声明文を読んでもらいたい」

 オレンジ色の囚人服を投げられる。

「断る」

「この期に及んでもまだ拒否出来るのは、流石だな。だが、受け入れろ。生かすも殺すも俺次第」

「……」

「貴様は、反米の広告塔になってもらいたい。さすれば、生徒は解放する」

「!」

 テロリストとは交渉しない。

 それが世界の規則だ。

 然し、生徒に命の危険が及べば、考えざるを得ないだろう。

(どうすれば……)

 悩むシャロンの脳裏に浮かんだのは、ルー―――ではなく煉であった。

 何故か。

 血の繋がった亡き父親よりも、煉に今逢いたい。

(……ああ、やっぱり)

 そこで、今までの疑惑が確信へと変わる。

 結局の所、煉は父なのだ。

 DNA鑑定でも示された様に。

 理由は分からない。

 過程も分からない。

 でも、論より証拠。

 感覚的にも、科学的にも煉が父親だという事が証明されている。

 向こうは、どう思っているか分からないが。

 兎に角、今は煉に会いたい。

「……」

 煉を想い、首を振る。

 そして、舌を噛んだ。

「あ!」

 慌てて、イワンは口を抉じ開けた。

 完全に千切れた訳ではいないが、その激痛の余り、シャロンは気絶。

「くそ!」

 大事な人質。

 然も、シャロンは、アメリカ人だ。

 確実にホワイトハウスを本気にさせる可能性がある。

 このまま見殺しにされつつある中、突如、硝子が割れる。

「「「!」」」

 全員が振り返ると、迷彩服をまとった男が侵入していた。

 刃渡り30はある軍用ナイフをイワンの腹部に投擲とうてきし、

「ぐ!」

 見事、壁にい付ける。

 直後、残りをM-16で流れるように一掃。

「ぎゃあ!」

「ぐお!」

「げば!」

 瞬時に伏せていれば、何とか回避出来たかもしれないが、テロリストは老兵揃い。

 全盛期ほど機敏に動く事は出来ない。

 相対する煉は、老兵といえども若さを手に入れる事が出来た。

 この差は、大きいだろう。

 数十秒でイワン以外を全滅させた。

「……ルーか」

「初めまして―――久し振りが適当かな?」

 煉は死体を踏んで、イワンの前まで行く。

「……」

 AK-47に手を伸ばすが、煉が奪い取り、木製バットの様に膝で叩き割る。

「な……?」

 次に煉は、ストーブから灯油を拝借し、瓶に入れる。

「……まさか?」

火炎瓶モロトフ・カクテルを召し上がれ」

 瓶にパンパンに詰めた後、布で栓をする。

 その間、遅れてやってきたナタリーが持って来た揮発油ガソリンをイワンの周りにかけていく。

「……おいおい、俺はジャンヌ・ダルクじゃねーぞ?」

「ご名答だ。でもコミーには、相応しいだろう? 真っ赤に染まるんだから」

「……」

『用意出来たわ』

「ありがとう。離れてくれ。危ないから」

『了解』

 ナタリーが離れた後、煉は火炎瓶を投げる。

「ぐぼ!」

 イワンの頭に直撃し、割れた。

 と、同時に燃料が飛散。

 揮発油とも相俟あいまって、激しく発火。

 イワンの体は、炎に包まれる。

 火災の恐ろしい所が焼け死ぬ所ではなく、最初に喉が焼かれ、窒息する所だろう。

「……!」

 イワンは藻掻もがくも、軍用ナイフで串刺しされた手前、動けない。

 更に揮発油の所為で、火災にも包囲された。

 まさに四面楚歌であろう。

 イワンが燃えていくのを確認後、

「ナタリー、診てくれ」

『分かったわ』

 ナタリーが、シャロンを見る。

『……大丈夫。激痛で気絶しているだけ』

「良かった。でも、一応、通院させるよ」

『その方が良いわね』

 煉は、シャロンを背負う。

 そして、保健室を出た。

 ナタリーも出て行く。

 全員が出たのを確認した後、煉は保健室に手榴弾を投げ込むのであった。


 保健室が爆発し、燃え盛る中、ニコライは警察と共に生徒達を誘導していた。

(……死ねなかったな)

 死ぬつもりだったのだが、生き延びてしまった。

「ありがとう御座います」

 ニコライに頭を下げつつ、体育館を後にする生徒達。

 彼等の笑顔と言葉だけでも、儲けものだろう。

(……ベスランの時は、助けられなかったが……今回は出来たな)

 死者は、奇跡的に0。

 怪我人はイワンが天井を破った為、それで裂傷を負った者が多い。

 中には、神経をやられ、残りの人生を車椅子無しでは生活出来なくなった生徒も居るだろう。

 ワイヤレス・イヤホンに通信が入る。

『ニコライ、撤収よ』

「了解」

 視界の隅には、皐月と司が抱き合う姿が。

 2人は、一目を憚らず涙している。

「良かった……」

「私も……」

 再会を喜び合った後、2人は負傷者への治療を始めた。

 精神的ショックが拭い切れていない中でのそれは、まさに脱帽だ。

(……強いな。俺よりも)

 医師免許を持たぬ司は、看護助手に徹している。

 煉が大好きな2人の事だ。

 本心では、治療よりも、行方不明の煉を捜索したい筈なのに。

 それすらおくびに出さないのは、ニコライには出来ない。

(……同志。貴方は、愛されていますよ)

 

「……」

 病院でシャロンは、目覚めた。

 口内に違和感。

 舌を出すと、千切れかけていたそれが、綺麗に縫い合わされていた。

「……!」

 生きている事を実感した直後、気付く。

 煉が両手を握っている事を。

 相当、長い時間していたのだろう。

 煉は、そのまま寝ている。

「……お父さん?」

 寝顔が、昔見た父親そのものだ。

「……」

 直視していると、やはり、父親本人に見えていく。

「……シャロン、愛してるよ」

 寝言で愛を呟き、煉は涙を流す。

 事件の間、校内では見なかったが、直感で自分を救ったのが、彼である事を察した。

「……お父さんなんだよね?」

 握り返し、再確認。

「……」

 寝ている事を良い事に、シャロンはその唇にキスしてみた。

 映画では母親が息子に接吻した時、家族愛を感じていたのだが。

(……分かんないや)

 シャロンとルーは、友達親子の様な関係性であった。

 滅多に怒られる事は無く、家では遊んでくれた仲であったから。

 シャロンは、ルーのような男性がタイプであり、厳格だったり、ナルシストな男性は好みではない。

 これが、今まで、交際歴がほぼ皆無な原因だろう。

『変態』

「!」

 見ると、ナタリーが剥いた林檎を持っていた。

『父親とキスするなんて……倫理的にどうなのよ?』

「……父子じゃないよ」

『え?』

「先生と生徒」

『それもそれで問題じゃないの?』

 呆れつつも、ナタリーは、煉の隣に座る。

「……何してるの?」

『お疲れの様だから、支えようと思って』

 目が♡に見えるのは、気のせいだろうか。

「……もしかして、恋してる?」

『はい』

 煉が熟睡中な事を良い事に、ナタリーはあっさりと認めた。

「……中身はおじさんだけど? 何、老人性愛ジェロントフィリアなの?」

『ファザコンよりマシじゃない?』

老人性愛ジェロントフィリアは認めるのね?」

 ナタリーは、お祖父ちゃんっ子であった。

 暴行された経験もあり、若い男性より力の無い老人を好む様になったのかもしれない。

『貴女とは倫理的に問題がある。その点、私の方が適任者だよ。相棒だしね』

「相棒?」

『そうよ。貴女の救出作戦は、私と隊長がしたんだから』

「……」

 その時、煉が起きた。

「あ、先生、お早う」

「お早う。御父さん」

「ああ……―――うん?」

「何があったか知らないけれど、お父さんと再会出来て嬉しいよ」

 頬にキスする。

「……」

 寝惚け眼なのか、煉は珍紛漢紛ちんぷんかんぷんだ。

「……ええっと?」

「ほらほら。論より証拠」

 アメリカの一流大学が認めたDNA鑑定の結果を見せる。

「……まじか」

 記憶転移で、臓器提供者の人格が憑依したのも驚愕なのに。

 まさか、肉体的にも同一になるのは、思わなんだ。

 論文で発表されたら、世界中でニュースになるだろう。

「……その―――」

「良いの。お父さんにも色々事情があったと思うから。今後、ゆっくり聞かせてよね?」

「……怒ってないのか?」

「全然。こうして会えたし、命の恩人にそんな事出来ないよ」

「……ありがとう」

 煉としては、1発殴られる事を覚悟していたのだが、これほど寛容とは思わなんだ。

「それに……好きになっちゃったし」

「……へ?」

「もう2回も言わせないでよ」

 笑顔でシャロンは、煉を引っ張り、寝台に誘う。

『な』

 ナタリーの目が怖い。

「……好き?」

「そうだよ。御父さんに恋しちゃった」

「……頭、大丈夫か?」

「大丈夫よ」

 煉の体をベタベタ。

「……煉、大好き♡」

「……」

 ナタリーに視線で助けを求めるも、

『ふん!』

 思いっ切り、そっぽを向かれてしまった。

 悪い事は続く。

 扉が開き、

「たっ君、大丈―――ぶ?」

「司、病室では、静かに―――あ」

 婚約者とその母親が来た。

「「……」」

 2人は、今まさにベッドインし様としている煉とシャロンを白眼視。

「たっ君……先生と浮気?」

「ブラッドリー先生、これはどういう事ですか?」

 2人の目が、鬼の様に怖かった事は言うまでも無い。


 その後、何とか納得してもらったのだが、

「……」

 司は、不機嫌だ。

 ツーンとし、視線を合わさない。

「本当に何も無いんだって」

「……たっ君には、GPSを持たせた方が良いかもね?」

「そうだね」

 皐月も同意した。

 場所は、病院から変わって、北大路家。

 3人は、布団の上だ。

 右から、司、大河、皐月と川の字になっている。

「……たっ君、ブラッドリー先生の事好き?」

「尊敬しているよ」

「そうじゃなくて、女性として」

「全然」

「本当だよね?」

「本当だよ」

「じゃあ、抱き締めて」

「はいよ」

 皐月の前では恥ずかしいが、これ以上、不信感を募らせる訳にはいかない。

「えへへへ♡」

 満足そうに、司は微笑む。

「仲良しね? 私も混ざろうかしら」

「それは、丁重にお断りします」

「あら、残念」

 意地悪な笑みを浮かべる皐月は、煉の額に接吻する。

 何だかんだで、彼女も又、機嫌を直した様だ。

 司の頭を撫でつつ、煉は考える。

(……シャロンをどうすっかな)

 バレた以上、これまで通りの関係は困難だ。

 記憶を改竄かいざんさせるのが、1番手っ取り早い方法だが、親心としては反対だ。

(……ナタリーに相談すっかな)


 真夜中。

 煉が寝ていると、

「……うん?」

 両側から圧を感じた。

 目を開けると、皐月と司が熟睡しつつ、泣いていた。

「……煉」

「たっ君……」

 2人に挟まれてしまう。

 直感で煉は、悟った。

(……が説明したのか)

 シャロンに露見した時機で、「遅かれ早かれ真相に辿り着く」と判断したのだろう。

 自分の口からは、説明し難いので、煉としてもが説明してくれるのは、楽だ。

「……ごめんね」

「気を遣わせて」

 2人は、洪水の様に涙を流す。

「……」

 煉は起き上がり、手巾で2人のそれを起こさない様に、慎重に拭くのであった。


 テロから1週間経った。

 俺は、今でもルー・ブラッドリーではなく、北大路煉として生きている。

「パパ、朝ご飯出来たよ」

「ありがとう」

 シャロンが作った目玉焼きを食べる。

 ここは、北大路家の離れ。

 本当は、一軒家を借りたかったのだが、皐月・司の母娘が許さず、プレハブ小屋を用意されたのだ。

「新居に移りたいね?」

「まぁ狭いな」

「基地に引っ越す?」

「ありがたい提案だが、司に殺されるよ。これでも譲歩してくれたんだし」

 別居を当初、司は、嫌がった。

 シャロンに寝取られるのでは?

 と、心配したのである。

 皐月の方は、俺達の仲に理解がある様で、

・司を裏切らない事

・性交時は、避妊する事

 を条件に、プレハブ小屋を購入した。

 シャロンが長らく父親が居なかった事を同情しての事だ。

 窓が開き、司が入って来た。

「たっ君。お早う~。朝ご飯出来たよ~―――あ」

「ごめんね。司ちゃん。もう食べさせてるから」

「あー!!!」

 耳元で大声。

 鼓膜が破けそうだ。

「又、負けたぁ」

「地の利を活かした勝利よ」

 シャロンは、俺を抱き寄せる。

「ぐぬぬぬ」

 司は、涙目で逆方向から、引っ張る。

 ヤジロベーのようになる俺。

「一難去ってまた一難ね」

 何故か、食卓に一緒に居るナタリー。

 俺の目玉焼きが、奪われていた。

「英雄色を好む、ね?」

 皐月も窓の向こうで笑っていた。

 正直、戦場より死が間近に感じるのは、何故だろうか。

「……ええっと、取り合えず、一緒に食べ様―――」

「「断る」」

 両側から無慈悲の拒否。

 俺は、WWII中のスイスの様な孤立感を味わうのであった。

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