第19話 Zerreißet, zersprenget, zertrümmert

 普段、寡黙なニコライだが、この時に限っては多弁にならざるを得ない。

同志タヴァーリシチ、所定の場所に着いた。どうしたら良い?」

『簡単な話だ。テロリストと思しき者の射殺を許可する』

「! 良いんですか?」

『ベスランを思い出せ』

「!」

『子供達を死体置き場モルグにしたくなければ、問答無用で撃鉄を引け。犯人は全部で30人。目出し帽が特徴だ。その内、3人は殺った』

 チカチーロも真っ青なほどの手際の良さだ。

 心底、ニコライは思う。

(流石、不死身ダイ・ハードだな)

 冷戦期、真正面から対決していたら、負けていたかもしれない。

 若さを取り戻した彼の事だ。

 全盛期並に動けるだろう。

(ベスラン、か……)

 電子煙草を吸いつつ、ドラグノフ狙撃銃を用意する。

 あの時、ニコライは特殊任務部隊スペツナズの一員として、事件に参加していた。

 人質は、1181人。

 余りにも多過ぎる人質の数に嫌な予感がした事を今でも覚えている。

 それは不幸にも的中してしまい、334人が亡くなった。

(……復讐だな)

 ニコライは、ドラグノフを握る。

「同志、誤射防止の為に敵味方識別装置の起動をお願いします」

『おー、そうだったな』

 暫くすると、ニコライのスマートフォンに通知が届く。

『同志A、同志Bの居場所が確認出来ました』

 見ると、2人が居たのは、体育館の中であった。

「同志、大丈夫ですかい?」

『ああ、全くだよ、くそったれ』

 愚痴る煉だが、その口調は嬉しそうだ。

 アフガニスタン以来の救出作戦。

 胸が躍るのも無理無いだろう。

「同志、一つ私的な事を御質問しても?」

『娘の事か?』

「ええ……まぁ」

 人質には、煉―――正確には、ルーの娘、シャロンが居る。

 そして、婚約者も。

「……ご心配では?」

『言うても軍属だ。それに成人している。心配だが、俺の最優先事項は、司だ。シャロンは、二の次だよ』

「……」

 このくらい、はっきりしていると分かり易い。

 あの時、煉ほどの決断力と行動力があれば、死者はもう少し少なく出来たかもしれない。

 トラウマが蘇る。

 痩せこけた人質……

 回収された死体の中から我が子を探す家族……

 群衆に取り囲まれ、生きたまま四肢や首を切断され、肉さえ引き千切られるテロリスト……

 この光景が、ニコライを脳裏に深く刻み込まれていた。

「……同志、自分は―――」

『言うな。分かっているから』

「……」

『後を追うのは簡単だ。だが今は、目の前の事件に集中してくれ。ニコライが居ないとこの作戦は、成功しないんだ』

「……分かっています」

『済まんな。無理させて』

「いえいえ。給料分、働かさせて頂きますよ。では、地獄で会いましょう」

『ああ』

 電話を切る。

 先程のは、今生の別れの言葉―――ではない。

 職業柄、死にやすいから、敢えてこの様な挨拶で死んだ時に備えているのだ。

 が、実際にニコライは死を望んでいた。

 ベスランで自分の心は死に、今まで死に場所を探していたから。

(……戦友達よ。最後の死に花だ。見ててくれよ?)


「……さっき行った3人、帰って来ないな?」

「そうですね? 道に迷ったんでしょうか? 呼びます」

 部下が携帯電話で呼び出す。

 しかし、出ない。

「……可笑しいな」

「可笑しいですね」

 考えられるのは、

・迷った説

 校内が広過ぎる為、迷い、電波の届かない場所に居る。

・逃げた説

 この期に及んで、怖じ気付き逃亡。

 のどちらかであろう。

「……見てこい」

「は。念の為、6人で行きます」

「うむ」

 3人を見付けて抵抗された場合、倍の6人は必要との判断だろう。

 6人が体育館を出て、校舎に向かう。

 が、

 チューン!

 先頭の1人が額を撃ち抜かれ、たおれる。

 5人が慌てて周りを見るも、また1人、撃たれた。

 慌ててかげに隠れる。

 イワンに報告し様と、スマートフォンを出すも、

「「「な?」」」

 妨害電波が出ているのか、圏外であった。

「糞!」

 1人が捨て身で体育館に戻ろうとするも、やはり、頭に被弾する。

 シモ・ヘイヘの様な正確無比な射撃術だ。

「くそ、なんて奴だ」

「どうする?」

「膠着状態だな」

 銃声の音は小さい。

 締め切った体育館の中には、届いていないだろう。

「本当、膠着状態だな?」

「「「!」」」

 第三者の声に3人は、振り向く。

 そこには、AK-47を構えた男子高校生と女子中学生が立っていた。

 2人はそれぞれ、額に銃口を押し付け、そのまま撃つ。

 ドン!

 と。

 これで、1人だけとなった。

 流石に今のは、銃声が大きかった為、体育館の扉が開く。

「な! 何やっているんだ!」

 男はAK-47を構えると、2人を銃撃。

 然し、2人の方が一枚も二枚も上手だ。

 唯一の生存者を文字通り、人間の盾にし、全ての銃弾を食らわす。

 ガガガガガガ……

「ぐふ! げふ! ごぼ!」

 盾が膝から崩れ落ちる間、2人は左右に分かれて逃げていく。

「く!」

 発砲を聞きつけて、テロリストが集まってくる。

「どうした!」

「うわ! 何だこれは!」

 辺り一面は、死体ばかり。

 送り出したばかりの6人が、このようとは思わなんだ。

 直後、目の前の昇降機が降りてきた。

 チンと、開く。

「「「!」」」

 中に入っていたのは、行方不明になっていた3人。

 全裸の死体の腹には、彫刻刀で掘られたのか。

『暑中見舞い、有難う御座います』

 との文字が。

「くそ!」

 死んでいる、と分かっている一応、視るのが人間の性だろう。

 昇降機に入った途端、図った様に死体が光り出す。

「「「な―――」」」

 3人が口を開いたその刹那、大きな爆発が起きるのであった。


 最初の3人。

 次に探しに行った6人。

 銃声を耳に駆け付けた3人。

 合わせて12人が、した。

 イワンは考える。

(警備員がこんな事出来るのか……余りにも手際が良過ぎる)

 射殺された者以外の死因ば、爆発によって四肢や胴体が吹き飛んだ為、特定しにくい。

「防犯カメラも駄目ですね?」

「ああ。見事なハッキングだな?」

「ハッキング? 警察、ですか?」

「いや、情報力において脆弱なこの国が、こんな凄腕のハッカーを囲っているのは、考え難い。米軍かもしれない」

「「「……」」」

 人質には米軍の関係者も居る為、可能性は無くは無い。

 それ所か何処の局をつけても、どの報道番組も、報道していないのが、不気味だ。

INSCOM陸軍情報保全コマンドか、NSA? いや、CIAか?)

 アメリカには情報機関が複数ある為、特定はし難い。

 考えられるのは、現時点でこの3組織だろう。

「報道規制は、米帝への忖度?」

「かもしれないな」

 左派系の局でさえ、一切報じないのだから、総務省辺りが各放送局に対し、圧力をかけているのかもしれない。

「SNSではどうだ?」

「それが繋がらないんです」

「何?」

「どこからか妨害電波が出ているらしく、先程から一切の通信が出来なくなりました」

「……」

 目を閉じ、イワンは思い出す。

 ベスランの出来事を。

 ―――2004年9月3日。

 あの時、イワンはロシア軍の兵士として現地に居た。

 午後1時4分。

 詰所にて自前の銃の整備をしていた所、誤って発砲してしまった。

 これをテロリスト側が「突入」と誤認し、両者は、衝突。

 そのまま済し崩し的に突入作戦が実行され、テロ事件は、終結した。

 人質      334人

 警察官・公務員 8人

 救急隊員    2人

 特殊部隊    11人

 犯人      31人

 合計      386人

 21世紀以降の世界のテロ事件に於いても、9・11に次ぐレベルの大惨事であっただろう。

 冷戦期、数々の軍事作戦で活躍し、ソ連邦英雄を授与されたイワン唯一の失敗である。

 事件後、モスクワに呼び出されたイワンはその場で辞表を提出するも、輝かしい戦歴を知る軍部の意向により、何とか事実は隠された。

 しかし、軍内部で噂が広まり、居心地が悪くなったイワンは心身症を患い、不名誉除隊。

 以降、傭兵に転身し、違った形でロシアの為に働いていたのだが。

 ウクライナ機を撃墜してとがにより、それさえも失ってしまったのである。

(……生か死か、か)

 軈て目を開け、AK-47の銃口を天井に向けた。

 そして、ぶっ放す。

 ガガガガガガガガガ……!

 7・62x39mm弾を30発全部。

「「「きゃああああああああああああああああああああああああああ!」」」

 人質は頭を隠し、落ちて来る硝子から身を守る。

 教師達は身を挺し、彼らをかばう。

 司はシャロンに守られた。

「! ブラッドリー先生―――」

「喋るな! 死にたいの?」

 叱って言論封殺。

 破片が、シャロンを襲う。

 背中に刺さり、

「ぐ!」

 腰を掠める。

「う!」

 無防備な頭や首筋は、幸運にも刺さる事は無かった。

 拘束されたままだが、司を抱き締めつつ、シャロンは思う。

(お父さん……)

 

 破片の雨が終わった後、イワンは校長室から持って来た椅子にふんぞり返っていた。

「……」

 見ているのは、人質の名簿。

 その中で、どうも北大路煉という男子生徒が気になって仕方が無い。

 顔写真は黒澤映画に出て来るような鋭い目つきをしただけで、それ以外、何ら特徴は無いのだが。

 長年の勘がそうさせていた。

(……会った事があるか?)

 日本人傭兵とは少なからず、戦ったり、時には共闘した事もあった。

 多くの場合、右翼上がりやミリタリー・マニアの素人で、大抵は戦死するか行方不明になるのだが、出身者や外人部隊出の者は、骨があった。

 この煉という男は、その後者の様な目をしている。

 また、混血なのか、肌が白っぽく、目も蒼っぽい。

 どこかで見た事がある様な、外見だ。

(……アメリカ人との混血か?)

 ほぼ単一民族国家の日本だが、米軍が駐留している為だけあって、米兵と結婚する日本人は多い。

 この学校も近くに基地がある為、必然的に米軍との交流が盛んで、アメリカ人と国際結婚する者が居ても何ら不思議ではない。

 のだが……

(……この目は……ブラッドリーか?)

 東欧で、戦っていた相手を思い出す。

 老兵同士、直接対決は無かったが、度々、噂は聞いていた。

 東欧の民族主義者で構成された極右団体の準軍事組織と共闘し、各地で分離主義者と交戦。

 多数の確認戦果を挙げている事を。

 ロシア系の戦友も多数討たれ、親露派から賞金首になる程の活躍を見せていた。

 イワンはFSBと連携を取り、ブラッドリーの居場所を把握。

 ドローンで暗殺し、何とか討ち取った次第であった。

(ブラッドリーの隠し子か? いや、あいつの子供は娘だけだ―――!)

 そこでシャロンを見た。

 重傷を負いながらも彼女は、司や他の生徒達を励ましていた。

 笑顔が眩しい。

(……あいつの名前は―――)

 名簿からシャロンを探す。

「!」

 そして、見付けてしまう。

『シャロン・ブラッドリー ALT』

 と。

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