第16話 Red flag

 令和3(2021)年7月。

 某県某所。

「米帝では最近、再び軍国主義ファシズムが勢力を盛り返しているらしい」

情報通信員レポーターの同志は、如何した?」

事務所ビューローが邪魔でな。米帝はフーバーの時代に回帰している。糞ったれの資産家ブルジョアが、軍国主義を支持した結果だ」

「この国でも同じだけどな? 折角、政権を担った同志の自由主義者リベラリストが揃いも揃って無能だから、又、軍国主義者ファシストの政権に舞い戻った。次、政権を担えば国民を転向させる必要がある」

 彼らは、昭和47(1972)年に解散した連合赤軍の元構成員達。

 若くても60代。

 最年長は80代と、老兵達だ。

 冷戦が終わり、ソ連が崩壊し、中国が資本主義になびいても尚、彼らは未だに幻想の中で生きているのである。

 生活が出来ない彼らは、生活保護受給者。

 国から生き長らえてもらっているのに、反政府とは何とも虫の良い話である。

「党の方はどうだ?」

「相変わらず堕落幹部ダラ官ばかりだ。怠業サボタージュばかりだよ。赤化に成功している地域もあるのに」

 平成になって方針を転換した彼等の支持政党は、最早もはや同志ではない。

 転向した軍国主義者だ。

 山岳ベース事件(1971~1972)以来、約50年経つのだが、自分の意にそぐわない者は、裏切者と決め付けて嫌うその短絡的さも変わらない。

 だからこそ、その単細胞さが党からも問題視され、除名されたのだが、それでも彼らは「自分達で世界を変える」と信じてやまない。

 かつて、強大な権力であった王政を倒したフランスやロシアの様に。

「よぉ、皆、元気か?」

「おお、同志イワン」

「ほら、御土産だ」

 イワンの手下が残党の前に木箱を置き、中を開けた。

「「「おお!」」」

 手榴弾にトレカフにAK-47……

 夢にまで見た武器の数々だ。

「これは?」

「ヤクザから中古で買い取ったり、ヤクザ用に用意していたんだが、売れなかった物だ」

「成程」

 平成4(1992)年に施行された暴力団対策法により、日本の裏社会を牛耳っていた暴力団は、目に見えて弱体化している。

 常連がこのざまだとロシアンマフィアも困っているのだろう。

「それに貴国には、銃を密造出来る技術がある」

「……そうだったな」

 平成7(1995)年、オウム真理教が自動小銃密造事件を起こす。

 世界一銃規制が厳しい国の一つである日本で、精度は別だが、銃を密造出来るのは、問題と言わざるを得ないだろう。

 最近では、3Dプリンターでも作れる。

「貴国の技術と金、我々は知識と経験を提供し、ここに米帝国主義打倒を誓い合おう」

有難うスパシーバ

 日露の老兵同士が最後の一花とばかりに手を組むのであった。


 ロシア人のイワンが、残党と連携を選んだのは、日本のロシア人が理由だ。

 彼らは、今もだが公安警察の監視対象になっている。

 ロシアが北方領土を不法に占拠した日本にとっての仮想敵国だから、仕方の無いことだろう。

 ロシア人も分かっている様で、こんな話がある。

 昭和64(1989)年1月7日、昭和天皇が崩御された。

 それに伴い、新元号は平成となり、新時代に入る歴史的な日であったのだが、崩御により、日本国内は、前年から始まっていた自粛ムードが更に強まった。

 が、これに困ったのは、ロシア人である。

 何しろ1月7日はロシア正教にとっては、降誕祭。

 現在のロシアでは、 定められている程のおめでたい日なのだ。

 信教の自由を盾に祝うことも出来なくはないが、顰蹙ひんしゅくを買うことは必至。

 最悪、右翼に攻撃されかねない。

 かと言って祝わない訳にもいかず、結局彼らは、日本人に隠れて降誕祭を祝ったのである。

 現在は、宗教テロ事件の所為で宗教への心象が悪い所がある。

 あの時、目立って祝えば、ロシア正教の心象悪化は避けられなかっただろう。

(戦勝国なのに)

 とイワンは日本人に配慮する同胞をあわれんで、彼らを救う為に、又、公安警察にも一泡吹かせる為に日本でのテロを決意したのだ。

「……」

 初めて東京を歩く。

 幸か不幸か、イワンはKGBがベトナム戦争の際、日本の市民団体を支援していた為、その訓練で日本語を習得している。

 日本語には苦労しないものの、やはり、冷戦期に教わっていた心象とはかけ離れた現実に戸惑うしかない。

 煌びやかな電飾に行き交う人々。

 正確無比な時間で走る電車に、24時間開いているスーパー。

 どこも、「日本は資本主義の地獄であり、一部の金持ち以外は至る所に貧困が蔓延し、物不足は深刻」という事は無い。

(同志が亡命する訳だ)

 KGBの知り合いの中には、来日時、日本の豊かさに洗脳が解け、転向した者も居る。

 大韓航空機爆破事件(1987年)の犯人の1人も、逮捕された際、ソウルの街へ連れ出され、が解かれた。

 洗脳を解くには、現実を見せる方が手っ取り早いだろう。

 もっとも、重症な場合は自殺を図ったり、精神崩壊することも考えられる為、一概にこれが、最も適当な治療法とは言えないが。

「……」

 椅子に座って考える。

 崩壊後、バラバラになった戦友達の事を。

 イワンの知る限り、3パターンに分かれる。

・マフィア

・実業家

・行方不明

 コースだ。

 実業家に栄転出来れば良いが、残り二つは最悪だ。

 国の為に尽くした結果が、これなのは、まさにベトナム帰還兵の様に理不尽な最後であろう。

が、羨ましいな)

 防衛省のビルを仰ぎ見る。

 米ソが冷戦期、代理戦争を繰り広げる中、日本はアメリカの核の傘に守られ、経済的に発展し、対外戦争に何も参加する義務が生じなかったのだから。

(……あの戦争に負けていたら、モスクワは発展出来ていたののかな?)

 WWIIの敵であった日独は、アメリカの庇護の下、それぞれ、世界第2位と第3位の経済大国に上り詰めた。

 その頃、ソ連の国民は、何時も生活に苦しんでいた。

 当時の日常生活を表す小噺アネクドートを披露しよう。

 ―――

①Q.「クレムリンに蔓延はびこる鼠をどうやって駆除したらよいか?」

 A.「『集団農場コルホーズ』と書かれた看板を掲示すればよい。

   そうすれば鼠の半数は飢え死にし、残りの半数は逃げ出す」


②アメリカ人がレニングラードからキエフへ向かう列車に乗った。

 彼が車内で携帯ラジオを取り出して、ラジオ放送を聴いていると、近くの乗客が声を掛けてきた。

 乗客   「我がソ連では、そいつよりももっと性能のいい物を作れるんですよ」

 アメリカ人「おや、そうなんですか!」

 乗客   「勿論です! で、そいつは一体何ですか?」


③酔客A「原爆ってどんな爆弾だろう?」

 酔客B「俺もお前もウォッカもなくなる代物さ」

 酔客A「じゃあ中性子爆弾は?」

 酔客B「俺とお前だけいなくなってウォッカだけが残るんだ」

 酔客A「俺が居てお前が居てウォッカだけ無いってこの状況。

     俺達は、一体何の爆弾を落とされたんだろうな?」


④男 「肉をくれ」

 店員「ここは魚屋よ」

 男 「俺は肉が欲しいんだよ」

 店員「肉屋なら道の向こう側よ。肉の無いお店の事でしょ?」


⑤「お父さん、車の鍵を持たせて」

 「いいよ、でも無くすんじゃないぞ。あとたった7年で車が来るんだからな」


⑥男が冷蔵庫を買いに行き、配達時期について尋ねた。

 男 「そうですね、10年後の金曜日に」

 店員「ああ、その日はだめだ。配管工が修理に来る事になっている」


⑦Q.「鶏と卵の、どちらが先にあったか?」

 A.「共産化の前には、両方ともあった」


⑧ある老婦人がモスクワの百貨店を訪れた。

 販売員「奥様、何をお求めですか?」

 老婦人「電気掃除機が欲しいのよ」

 販売員「掃除機はもう長い事品切れなんです。

     掃除機工場がある地区で探してみてはいかがでしょう」

 老婦人「私はまさに、掃除機工場がある町に住んでいるわ。

     然も、その工場で働いているのよ」

 販売員「それでしたら いっその事、部品を毎日1個ずつ持ち出して、御自宅で組み

     立ててみては?」

 老婦人「実はそれも試してみたわ。

     所が何度やってみても、最後に出来上がるのはカラシニコフなのよ」


⑨Q.「大事故と悲劇の違いは?」

 A.「もし君が誤って山羊を川に落として溺死させたら、大事故じゃなくて悲劇。

   もし閣僚達の乗った飛行機が墜落して全滅したら、大事故だが悲劇じゃない」


⑩Q.「ロシアで最初の選挙が行われたのはいつ?」

 A.「神がアダムの前にイヴを連れてきて、『さあ、なんじの妻を選べ』と言った時」


⑪ある保育園で外国人の客を迎える事になり、保母達は子供達に、

「ソ連の物は世界一です!」

 と答える様に指導した。

 当日、

 保母「玩具はどう?」「食べ物は美味しい?」

 子供達「「「ソ連の物は世界一です!」」」

 然し、その内、1人の子供が泣き出した。

 訪問者の1人が訳を聞いてみると、大泣きしながらその子は言った。

に行きたいよう!」


⑫Q.「アダムとイヴは、どこの国の人だったか?」

 A.「勿論ロシア人である。

   彼等には何も着るものが無かった。

   彼等には住む家もなかった。

   そして地上の楽園で暮らしていると信じていた」(*1)

 ―――

 小噺に思いを馳せつつイワンは自動販売機で酒を買い、駐日ロシア大使館前に移動する。

「……」

 その掲げられた三色旗を見上げる。

 当然、あの時の旗ではない。

(……左様ならダスビダーニャ。我が祖国よ)

 そして、背中を向けるのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

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