第15話 業
帰宅した俺は、早速1年前の自分と見比べる。
「……」
確かに白い。
病的とまでにはいかないにせよ、白化しているのは確かだ。
心なしか瞳の色も黒から蒼へ、鼻も以前より高くなっている様な気がする。
司も皐月も、提供者がアメリカ人という事は知っている。
もしかしたら、症例も知っているかもしれない。
コンコン。
『入って良い?』
皐月の声だ。
今、1番意見が聞きたい人の訪問は、素直に嬉しい。
「良いよ」
がちゃり。
皐月が入って来るなり、一言。
「……悩み事?」
「何で?」
「だって引き籠っているから」
「……俺、白化しているよな?」
「ええ」
間髪入れずに皐月は、頷く。
迷ったら逆効果、と思われたのかもしれない。
「これは、どうなんだ?」
「どうもこうも事実よ」
皐月は、俺を抱き締める。
「論より証拠。健康診断では何の異常も無いわ。極めて健康体―――」
「そうじゃなくて、俺が俺でなくなるとか―――」
「無いわ。煉は煉だもの……違う?」
「……ああ」
嘘を吐いた。
臓器移植後、俺は煉の体を乗っ取ったのだから、俺は皐月が言う煉ではない。
……元傭兵のしがないおっさんだ。
「例え肌の色が変わろうとも、私達は家族よ」
「……」
「さ、理解したなら、おっぱい触ってみ?」
「? 何でそうなる?」
「男を慰めるには、おっぱいが1番なのよ」
「……」
格好良い皐月の理想像が崩されっていく。
場を和ます為の
「……そうだね」
乾いた笑いで同意するのであった。
煉が皐月に慰められている頃、
(……たっ君、大丈夫かな?)
司は1人で自室に籠り、1年前の煉の写真を見詰めていた。
気にする事は無かったが、指摘され確認しているのだが、やはり想像以上に白化が進んでいる様に思える。
特に顕著なのは、
・瞳の色
・鼻の高さ
だろう。
純日本人な煉は、とても、外国系らしい外見は無かった。
それが今では、外国系日本人感さえある位、外国人っぽい。
下手したら、
コンコン。
ふと見ると、縁側に誰かが来た。
不審者だと悪感情を見抜く防犯カメラが事前に認知し、通報するのだが、それが無いとなると大丈夫な人物であろう。
(友達かな?)
カーテンを開けると、そこには中等部の制服を着た少女が立っていた。
(ああ、この子は……)
鍵を開け、司は招き入れる。
『突然のご訪問、御許し下さい』
相変わらずの機械音声だ。
・
・失声症
な彼女を校内で知らぬ者は居ない。
中等部の生徒会長も頭を抱える程の問題児だ。
学校行事には不参加だが成績は良い為、学校側も問題視はしていないし、金払いの良いので事実上の特別扱いである。
「……家、教えたっけ?」
『調べました。
「……」
雨が降って来た。
これだと、門前払いは難しい。
嫌な予感がするが、ナタリーに風邪を引いてもらいたくはない。
「入って」
『ありがとうございます』
ドイツ人だが、和式には慣れているようで、ナタリーは正座した。
『煉先輩と絶縁した方が宜しいかと』
絶縁、という単語に衝撃を受けた司だが、何よりも嫌なのは、
「……貴女も名前で呼ぶのね?」
『はい?』
「いや、こっちの話。どういう事?」
心が掻き乱されんばかりだが、感情を爆発させても話は進まない。
なので、司は冷静沈着なのである。
『彼と一緒に居ると、不幸せになる』
「……」
まるで預言者めいた発言だ。
「……何故?」
『彼は貴女とは不釣り合いだから』
「……具体的には?」
『もし、違う人だったら?』
「どういう事?」
『警告はしたから。でもこれだけは、言える。貴女は彼より相応しい男を見付ける事が出来る』
「……モテるから?」
『分かっているじゃない? じゃあね』
「……」
雨の中、ナタリーは外へ出る。
余程、ここが嫌なのだろう。
道路に出た所へ、親だろうか。
外国人男性が運転する車が、丁度、家の前に横付けし、ナタリーは乗りこむ。
「……」
へなへなと、司は腰を抜かした。
根拠も無い話だが、何故か説得力があったから。
「……違う人」
ナタリーの台詞を口にする。
その意味は分からないが、医師の娘である彼女はちゃんと論文を読んでいる。
(……記憶転移が、たっ君に? まさか……)
打ち消したいが、論より証拠。
実際に煉は、手術前後で別人の様になっている。
前は恥ずかしがり屋だったのに、今では、その気が無い。
(たっ君……)
ふらふらとした足取りで煉の部屋へと向かうのであった。
皐月が帰った後、俺は読書していた。
『大胆な者は大胆でない者に対して、常に勝つ』
神田の古書店で、買った軍事学者、カール・フォン・クラウゼヴィッツの『戦争論』の一文について、考えていた。
(あの時、俺は初めて見るドローンに躊躇っていた……それが生死の境目か)
まさにこの言葉通りだろう。
ドローンと相対する前の俺は、言葉に忠実で、常に大胆であった。
それが、今まで生き残って来た理由だろう。
(……)
考えてしまう。
あの時、躊躇わずに戦い勝っていたら、俺はどんな人生を送っていただろうか。
あの戦争を最後に傭兵は引退し、米軍に復職後、教官をしつつ年金生活をするつもりだったのだが。
今のように幸せだったかどうかは分からない。
それにその道であったら、娘と離れ離れであった。
俺はアメリカ。
シャロンは日本。
この地理的距離は、流石に俺でも埋める事は出来ない。
(駄目だな。俺は)
娘への愛を封印した筈だが、やはり、こうして毎日顔を合わせると、家族愛が戻って来る。
向こうは、実の息子に惚れた映画のヒロインの様な勘違いをしている様だが。
(……シャロンが居る前で、司との接触は控えた方が良いな。教育に悪い)
成人しているシャロンだが、俺の中ではまだまだ子供だ。
考えたくはないが、俺の知らぬ間に男性と交際したこともあるかもしれない。
それでも、俺にとっては掛け替えの無い娘だ。
(……寝よう)
考えるのをやめ、本を閉じる。
電気を消そうとした時、扉が開く。
「たっ君……」
涙目の司が立っていた。
「如何し―――!」
その手には、記憶転移に関する論文が握られていた。
(気付かれた?)
焦る俺を
「……たっ君はたっ君だよね?」
「何がだ?」
「さっきね。ナタリーちゃんが来たの」
「!」
「彼女がね? ……『別れろ』って。『不幸になるから』」
「……」
俺達のチームは、私的に関わらない事が暗黙の了解であった。
だからこそ俺は、他者に極力、関わっていなかったのだが、ナタリーはそれを破った様だ。
(……ヤクザなら破門だな)
司を抱き締め返し、俺達は、寝台に座る。
下心があれば、ここで交わるのが常道だろう。
が、傷付いている女性と寝る趣味は生憎、俺には無い。
「あいつの話だろ? 運命じゃない」
「でも……」
「俺は煉だ。今までも。これからもな?」
『嘘も100回言えば真実になる』とゲッペルスは言ったそうだが、俺の状況は結婚詐欺師のようだ。
司が惚れているのは北大路煉であって、ルー・ブラッドリーではない。
司を傷付けたくないばかりの嘘は、シャロンにも騙している様な気がする。
否、実際そうだから、俺はどの様に言い訳しても詐欺師と変わらないだろう。
「本当?」
「そうだよ。それとも姉さんは、外見が変わっただけで手の平を返すのか?」
「……そういう訳じゃないけれど……」
「だったら、俺達は婚約者だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……そうだよね?」
「ああ」
「じゃあ、証拠示して」
「あいよ」
抱擁すると、司は徐々に落ち着きを取り戻していく。
一方、俺は自分を憎悪していた。
まるでヒトラーの様に感じる。
これ程沢山の人々を傷付けて、気にしないのはサイコパスだろう。
(……これが、二度目の人生の代償か)
その夜、俺は久し振りに夢を見た。
真っ白な世界。
普段は無人な空間なのだが、今回ばかりは違う。
「……あんたが、煉か?」
「そうだよ」
俺は、還暦の元の姿。
軍服を着ている辺り、俺が死んだ時の物だろう。
目の前に居るのは、
俺が高校1年生の時の制服を着て、今の姿から簡単に推測する事が出来た。
「……初めまして、というべきか?」
「ははは。そうなるね。まぁ、座りなよ」
煉が指パッチンすると、
その前に座る。
「久し振りに来たよ。ここは」
「僕の部屋だからね?」
「何故、今まで、隠れていた?」
「招待したのは良いのだけれども、天界から行く手続きに時間がかかってね。ごめんね?」
「……いや、良い」
司の義弟だけあって、喋り方が似ている。
同じ家で育った為、似るのは、当然だろう。
「君は、死んだのか?」
「そうなるね」
「……俺が憎い?」
「全然。だって僕の代わりに姉さんを幸せにする為に入れ替わったんだから。むしろ、応援しているくらいだよ」
「……何故、俺なんだ?」
「ソマリアとアフガニスタンでの作戦で名誉勲章を受章したのが、理由だよ」
「……詳しいな」
「神様からの受け売りだけどね?」
にかっと、煉は笑う。
公になっていないが、俺はソマリアでブラックホークを撃墜され、孤立した仲間を決死隊を率い、救出に成功した。
アフガニスタンでも
前者は、ブラックホークダウン。
後者はレッド・ウィング作戦として知られ、表向きには失敗に終わっているのだが、実際には両国から撤退する為の脚本の為に行われた自作自演だ。
作戦は、両方共成功し、アメリカは撤兵している。
上の言い方をすれば、
『自国民が被害者で無い以上、現地人が殺し合いしようが知らん。金になれば別だけど』
となる。
「……」
「神様は、『前世で戦争とはいえ、殺めてきた分、今世では、1人くらいでも良いから幸せにさせなさい』とのことだよ」
「……煉は、
「うん」
「……死んで悔いはない?」
「僕には姉さんを守ることも、その愛を受け止める事も出来るほど、心は強くなかったんだよ。だから姉さんと母さんには悪いけど、早退を選んだ。ごめんね? 重荷を背負わせて」
「……分かった」
相手が死者な以上、俺は彼を責める事はしない。
司達も騙している手前、その資格すら無いだろう。
「ひょっとして自分のこと、詐欺師と思ってる?」
「……まぁな」
「自分を責めないで。悪いのは、逃げた僕だから」
「……」
「もし、バレた時は協力するよ。それが僕の償いだから」
煉は俺を気遣ってか、頭を撫でる。
年下にこの態度は、正直不快だが、相手が煉だと違う。
癒し効果があるのか、どんどん心労が軽減されてきた。
「……煉。君は生まれ変わる気は無いのか?」
「全然」
笑顔で撫でつつ、煉は否定した。
「僕はね。
「……」
煉は、俺の前に座った。
「ルーさん、3・11の時、ありがとうね?」
「……知ってたのか?」
「うん。テレビで観たから」
日本とは縁遠い俺が来日した数少ないのは、トモダチ作戦の時だ。
「僕はね。津波の映像を毎日観て疲れたんだ。姉さん達の前では、元気に振る舞っても1人で居る時はずーっと死を意識していた。だから、ルーさんが僕の体に来た時は、
「……」
もし、尊厳死が合法化でも、皐月が医師である為、絶対に認めなかっただろう。
その辺の事情も煉が、病んだ理由の一つなのかもしれない。
「僕の勝手な都合で、巻き込んでしまってルーさんには、悪いと思っている。ごめんね? もし嫌だったら、相談に乗るからさ」
「いや……良いよ。苦労したんだろう? 生き辛かったんだろう?」
「うん」
戦場で
「……じゃあ、煉。もしもの時は2人に事情を説明してくれないか? 俺1人だと無理だ」
「分かってる。姉さんを幸せにしてね?」
煉は、手を振って消えていく。
「……ああ」
そこで視界が真っ黒になっていく。
(煉……良い奴だったな。天国で幸せに暮らせよ)
俺の目尻から涙が、落ちる。
罪悪感が払拭されたことは言うまでも無い。
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