第14話 Co-dependency

『紫陽花や 昨日の誠 今日の嘘』(正岡子規)

 ザー。

 梅雨の都内は、夏だというのに非常に涼しい。

「……」

「鼻、出てるよ」

「ありがとう♡」

 婚約者(現時点では、義弟)が差し出したティッシュで、司は鼻をむ。

 2人はこの時期、相合傘だ。

 本当は1人で差したい所だが、ブラコンな司はそれさえを許さない。

 その首元には夏にも関わらず、マフラーが巻かれている。

 通販サイトで見付けた冬用で俺が買ったのだが、見ての通り奪われている。

 司は俺の物だと気に入れば、何でも欲しがる傾向にある様だ。

 若しかしたら、共依存なのかもしれない。

 共依存の特徴の内、

 ―――

『①他人の面倒を見たがる(強迫的世話焼き)

 ②自己の価値を低く見る

 ③抑圧的である

 ④強迫観念にとらわれやすい

 ⑤相手をコントロールしたがる

 ⑥現実を直視できない

 ⑦何かに依存せずにはいられない

 ⑧コミュニケーション能力に乏しい

 ⑨他人との境界があいまいである

 ⑩信頼感を喪失している

 ⑪怒りの感情が正常に働かない

 ⑫セックスが楽しめない

 ⑬行動行動が両極端である』(*1)

 ―――

 ①⑤⑦⑨が、司に当てはまっているだろう。

 もっとも、俺は医者では無い為、診断は出来ない。

 これはあくまでも推測の域に過ぎない。

(酷かったら、皐月に相談するか)

 現時点で俺は迷惑では無い為大丈夫だが、依存症だった場合、治療は必要不可欠だろう。

「何、じーっと見て?」

「いや、綺麗だな、と―――」

「もう、たっ君たら!」

 俺が傘で手を塞がれているのを良いことに、司はその機を逃さない。

 背伸びして、俺の唇にそっと口付け。

 直後、パッと離した為、感触的には微妙だ。

 然し、キスは事実である。

 小悪魔のように司は、わらった。

「マーキング、つけちゃった♡」

「……」

「拭ったら、浮気認定だからね?」

 目が怖い。

 鬼嫁だ。

「……重くないか?」

「重いのよ。言ったでしょ?」

 (*´σー`)エヘヘ

 笑顔とは真逆に闇が深い。

 本当に心底、俺の事を愛しているのだろう。

 想像したくないが、もし道を誤れば異常者になっていたかもしれない。

「重いよ。でも好きだよ」

「ならば、良し」

 満足した司は再び背伸びして、俺の頭を撫でる。

 婚約者は、優しい姉でもある。

「所で、たっ君?」

「うん?」

「ブラッドリー先生とは、仲良しだね?」

 あら、不機嫌。

 今日の司は、情緒不安定だ。

「仲良しって……英語が喋れるからな」

 英語教育が盛んな明神学院でも、前世がアメリカ人な俺に勝る英語力で勝る生徒は居ない。

 英語帝国主義万歳だ。

「昔は不得意だった癖に。今は私よりペラペラになっちゃって。何? 将来は金髪ナイスバディなお姉さんと付き合いたいの?」

「そうは言っていないだろ?」

「じゃあ、思っている訳?」

 何、この揚げ足取り?

 まるで国会中継を見ているような感覚だ。

 もっとも、司が不審がるのも無理は無い。

 記憶転移前、英語が苦手だった煉が快癒後に覚醒。

 成績が2だったのに、今や5だ。

「思っていないよ」

 否定しつつ、司の額に接吻。

「ほら好きなのは、姉さんだけだから」

「……もう」

 不満らしいが、信じてくれた様だ。

 晴れ間が差し込む。

 校門が見えて来た。

 傘を閉じ様とすると、

「このまま教室行こう」

「え? 何で?」

「見せびらかしたいの」

「……分かったよ」

 どうせ学校公認の仲だ。

 今更恥じる事も無い。

 俺達はバカップルを自認しつつ、登校するのであった。


(バカップル)

 2人の姿をナタリーは、中等部の校舎から眺めていた。

 目の前には、シャロンが居る。

「貴女がナタリーね? 宜しく?」

 笑顔で手を差し出すも、ナタリーは拒否。

 彼女が心を開くのは養父のロビンソンか、上官の煉(=ルー)だけだ。

 相変わらず、機械音声を使う。

『……何?』

「いや、貴女が煉と仲が良い子なんだ?」

 妖しくシャロンはわらう。

『米兵は性犯罪者の巣窟なの? 教え子に手を出しちゃ駄目よ?』

「あら手厳しいわね? ご忠告有難う。でも、この国では来年から18歳が成人よ?」

『……』

 ナタリーは、昔観た映画をつい連想してしまう。

 その映画では、1985年から1955年に時間旅行した主人公がひょんな事から若い実母に惚れられてしまう、という内容だ。

 シャロンは、無意識の内に感じている家族愛を異性愛と勘違いし、煉に惚れているのかもしれない。

『……やめておいた方が良いわよ』

「どうして?」

『……」

 ナタリーは、黙ってしまう。

 説明したいが、事情が事情なだけに難しい。

 話したとて簡単には理解出来ないだろう。

 これは家族の問題でもあり、煉の同意も必要だ。

 ナタリーの一存では決める事は出来ないのだが、それを知る由もしないシャロンは笑顔で再び訊く。

「どうしてあの子に惚れちゃ駄目なの?」

『……婚約者が居るから』

「あー、あの娘ね?」

 窓から司を見る。

 2人は晴れているにも関わらず、まだ相合傘をしていた。

 呆れるほどのバカップルだ。

 呆れてしまうナタリーだが、他の生徒にはもう免疫がついたらしく、引いていそうな者は居ない。

 学校側も、特段注意する様子は無い。

「……別に寝取る気は無いけど、諦めるつもりも無いわ」

『……』

 CIAの調査報告書でも、煉は前世で「世界一、諦めが悪い」と書かれていた。

 シャロンは、その面でも親譲りなのだろう。

「それとも、貴女が本妻なの?」

『!』

 バッとナタリーは、真っ赤になる。

「あら、正解だった?」

『……残念だけど、彼とはただの友達よ?』

「そー? でも、彼は、貴女を気にかけていたわよ?」

『何て?』

「貴女が正直者にならない限り、私も教えない」

『じゃあ、嘘だね?』

「嘘かどうかは、聞いてみて判断した方が良いと思うわ」

『……最低』

「ありがとう」

 ナタリーは、そっぽを向いて去っていく。

 煉とは仲良くなっているが、シャロンとは水と油な仲だ。

 話す度に不快感が増す。

 これは、司を見た時もだ。

 人に興味が無いナタリーだが、2人の場合はその存在自体が不愉快。

 SNSで繋がっていたら、即ブロックするくらいの心象である。

 シャロンから離れれば離れるほど、妙に煉が気になりだす。

「……」

 足を止めた。

 もう1歩行くと、高等部の校舎に入れる。

 移動教室がある時は、全然問題視していないのだが、何故か最近は高等部に苦手意識を持っていた。

(……久々に連絡とって見ようか?)

 仕事用のスマートフォンを取り出す。

 煉とはビジネスパートナー。

 なので私的な遣り取りは、一度たちともしたことが無いし、連絡を取った事も無い。

(……迷惑かな?)

 一応、私用の方にも、緊急時の連絡先として煉の電話番号が入っている。

 それで電話をするなり、メールをするなりは簡単なのだが。

 今のナタリーは、優柔不断だ。

(でも、優しそうだし……信じたいし)

 膝を曲げて、その間に顔を埋め、ナタリーは思い悩むのであった。


 その日の昼休み。

 俺は、いつものように司と昼食を摂っていた。

 ……否、今日は違う。

 何せ、

「美味しいね? 司ちゃん、これ、貴女の手料理?」

「はい」

 朝、あれほど、シャロンを敵視していた癖に釜の飯となると司は猫を被る。

 女って怖い。

 電話では、声が高くなるし。

「たっ君も食べて食べて」

「はいよ」

 生野菜を箸であ~ん、される。

 その時、司の目は、一瞬、シャロンへ。

(……牽制か)

 道理で、シャロンの前では、必要以上に濃厚接触が多い訳だ。

 事ある毎に頬にキスしたり、手を握ったりと、今日の司は忙しい。

 それでいて授業はちゃんと集中し、受けているのだから、聖徳太子の様に一度に沢山の事を出来るのだろう。

「2人は、付き合ってるの?」

「結婚を前提とした仲です」

 笑顔の司。

 シャロンもまた、笑顔だ。

(何この作り笑顔同士の謎の戦い?)

 険悪な妻同士の仲を取り持つイスラム教徒ムスリムの夫のような雰囲気だ。

 改宗していない為、想像でしかないが。

「へぇ。所でさ? は、どんな化粧品をしているの?」

「!」

 下の名前を呼んだ事に司の額が痙攣している。

 病気でなければ良いが。

「何故、苗字ではなく名前なんですか?」

「君達の苗字は、何度練習しても読み辛い」

 確かに『北大路』を流暢に発音出来る外国人は、これまで見た事が無い。

 サルタラマッキアなど、日本人には読み方が難しい名前があるように。

外国人もまた、読むのが困難な和名があるのだ。

 その例がリトアニアで沢山のユダヤ人を救った外交官・杉原千畝ちうねだろう。

 下の名前が外国人には読み辛い事を知った千畝は、外国人に対しては、千畝せんぽと名乗っていた。

 その結果、WWII後、イスラエルは彼を特定するのに多大なる時間を要す結果になった。

 その点、煉の場合は綴りは違うが、『レン』は小惑星の名前にもなっている。

 なので千畝と比べると、比較的外国人には呼びやすいだろう。

「『煉』は『北大路』と比べると、読み易いのよ」

「ぐぬぬ……」

 リアルで「ぐぬぬ」って言う人、初めて見たわ。

「もう一度聞くけど、化粧品、どの商品を使っているの?」

「……化粧品は使っていませんが?」

「そう? 日本人にしては肌が白いから、てっきりしているのかと」

「……」

 スマートフォンのカメラ機能を使って自分の顔を見る。

 が、よく分からない。

(……もしかして)

 俺はある例を連想した。

 肌が白いロシア人が、臓器提供を受けた所、提供者のアフリカ系のように肌の色が変色したことを(*2)。

 そう考えると、1年前より白くなっているような気がする。

「司、気付いていた?」

「うん」

 あっさりと自白。

「でも、たっ君が、気にして無さそうだから言わなかった。最初は先天性白皮症アルビノかと思ったけど、先天性じゃないし、羞明しゅうめいなども無さそうだから、体質の変化かな、と」

「……そうか」

 司が気付いているなら、当然、皐月も察している筈だ。

 しかし、皐月が指摘していない以上、司も無暗矢鱈むやみやたらに心配は出来ない。

(これも記憶転移なのか?) 


[参考文献・出典]

*1:メロディ・ビーティ 『共依存症いつも他人に振りまわされる人たち』 講談

   社 1999年4月

*2:exciteニュース 2015年7月17日 一部改定

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