第13話 Sie werden euch in den Bann tun euch

 2014年7月17日(木曜日)。

 ウクライナ、ドネツク州上空。

「パパ、もうすぐ夏休みだね?」

「そうだな? 何処行こうか?」

 ―――

「先生、今回の後天性免疫不全症候群エイズ会議の予定スケジュールなんですが」

「うむ」

 ―――

「次は、どんな映画なの?」

「えっとですね……」

 乗客283人を乗せたマレーシア航空17便が、飛行していた。

 操縦席コックピットでは、

「機長、早く、この空域を出たいですね?」

「そうだな。戦争状態のある国だからな。もう少し危険手当、上乗せして欲しいよ」

「ですね」

「夏休みは、どうするんだ?」

「決まっていませんよ。うちには、クレムリンよりも恐ろしいボスが居ますからね?」

「そうだったな。うちにも『ワイフ』と言う名の独裁者が居たよ。俺達に決定権は無かったな」

 機長と副機長が仲良く談笑していた。

 他の乗員13人は接客していたり、整備中だったり、仮眠中だったりと各々忙しい。

 乗務員はマレーシア航空だけあって全員、マレーシア人(*1)。

 乗客の3分の2以上(68%)はオランダ人、他の大部分の乗客はマレーシア人とオーストラリア人でそれ以外に7カ国の市民が居た(*1)。

 乗客の中にはメルボルンでの第20回国際エイズ会議に向かう代表団がおり、そこには国際エイズ学会元会長も含まれていた(*1)。

 この他、

・オランダの上院議員

・オーストラリアの作家

・マレーシアの女優

 も搭乗している(*1)。

 少なくとも20組の家族グループが機内に居て、乗客の80人は18歳未満だった(*

(*1)。

 そんな航空機にて、現地時間午後4時20分頃、突如、GPWS対地接近警報装置が鳴る。

「な!」

「何だ?」

上昇せよPull Up上昇せよPull Up……』

 無感情な連呼が続く。

「「!」」

 訳も分からず、2人は操縦桿を握り直し、上昇させる。

 が、次の瞬間、操縦席の左側で何かが爆発した。

「「!」」

 まばゆい光と機内にも関わらず、感じる熱量が凄まじい。

 機体は、操縦席と尾翼部の両区画が胴体中央部から千切れ飛ぶ。

「「「わああああああああああああああああああああああああああああああ!」」」

「「「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!」」」

 乗員乗客は高度1万m以上の高さから、投げ出されていく。

 

 墜落からしばらくして地上では、

「部長、これをお聴き下さい」

「ん?」

 職員が音声を流す。

同志タヴァーリシチが飛行機を撃墜した。間違いなく民間機だ。不味い』

「「「!」」」

 防諜機関の諜報員達は、騒然とする。

「……民間機? 行方不明になっている民間機を探せ! テロリスト共が!」

「「「は!」」」

 ウクライナは親露派に押され気味であった。

 その時にこの失点は、形勢逆転の好機チャンスでもある。

 一気に国際世論を味方につければ、本当の意味での独立が果たせるだろう。

 一方、誤射してしまった集団は大慌てであった。

「くそ! 大韓航空機撃墜事件007便以来だ! 誰だ? 指示を出したのは?」

「「「……」」」

 誰もがうつむく。

 彼らはソ連流のやり方で、民間機だろうが撃墜する事を好んでいたのだが、いざ本当に撃ち落としてしまうと、良心の呵責に苛まれる。

 WWIの撃墜王エース・パイロットの1人、エルンスト・ウーデット(1896~1941)はこんな言葉を残したという。

 ———

『撃墜した相手にそれぞれ嘆き悲しむ母親が居る事を、思い出してはならない』

 ———

 と。

 今回の相手は、民間機だ。

 集団が暗い雰囲気になるのも、無理無い。

同志タヴァーリシチ、イワン」

「何だ?」

「クレムリンからお電話です」

「!」

 それまで怒っていたイワンだが、えりを正す。

 部下には強く出れても、上官には同じ事は出来ない。

 努めて冷静に振る舞う。

「……はい」

だな? イワン』

「う……」

 今や主は、黄色くにごった眼をしている事だろう。

『一度目は貴様の軍歴を考慮し、許した。スターリン時代だったら、粛清対象だったのに、だ』

「……」

・大韓航空撃墜事件 (1983年 死者269)

・大韓航空機銃撃事件(1978年 死者2 負傷者13)

に続いての事であった為、国際的な心象イメージが低下した。

 当時は一時、WWIIIの勃発が懸念された程に。

『貴様は、

同志タヴァーリシチアルヒーポフ(キューバ危機の際、核戦争を未然に防いだソ連海軍軍人)

同志タヴァーリシチペトロフ(1983年の核戦争危機を防いだソ連空軍中佐)

 のような慎重さを見習うんだ。では、もう関わる事は無いだろう。左様ならダスビダーニャ

 事実上の解任だ。

「……」

 イワンは、携帯電話を落とす。

 地面でバウンド後、メールが届いた。

 ―――

『【解任通知書】

                          2014年7月17日

 イワン・イワノビッチ

 

 上記の者を全ての任務から外す。

                          以上』


『―――今日の報道ニュースによりもっと衝撃を受けている。

 現場の遺体を引き摺って勝手に移動された事だ。

 映像を観た国民が激怒している。

 大統領にお願いです。

 我が国民を帰国させて下さい。

 葬式で遺体をきちんと埋葬したいのです』

 最も多くの死者を出したオランダの外務大臣は、涙ながらに訴える。

 オランダの国民感情は強く刺激され、ロシアの大使館は包囲され、連日れんじつ抗議活動が行われていた。

 ロシアの大統領の親族がオランダに住んでいる事も、国民を不快にさせていた。

「……」

 イワンは、テレビを消す。

 そして、ウォッカを呷る。

 あれ以来、イワンは働いていない。

 飲酒し、寝て、起きては飲酒するという生活だ。

 全世界を敵に回した感がある。

 大韓航空機を撃墜した操縦士は、特にソ連から厳罰を受けた様子は無い。

 本人は、「軍令の為とはいえ結果的に民間機を撃墜した事は遺憾」としたのみで、取材に同席した妻も「撃墜は義務」とのコメントしたのみでだ(*2)。

 そう自分に言い聞かせないと、精神が持たないのかもしれない。

(……生まれてくる時代、間違えたな)

 ソ連が健在であったら、自分もその操縦士同様、処分される事は無かったかもしれない。

「……」

 眠たくなってきた。

 が、眠りたくは無い。

 約300人もの亡霊が、ささやいてくるからだ。

『何故、殺したの?』

『生きたかった……』

『人生を返して』

 と。

「……くそ!」

 AK-47アフトマットカラシニコバソーラクスェーミを握り、ぶっ放す。

 声が聞こえなくなるまで。

 ずっと。


 7月、夏真っ盛り。

 シャロンが非常勤講師として、赴任する。

「この度、ALTとして来ました。シャロン・ブラッドリーです。宜しく御願いします」

 黒板にサラサラと書く。

 ———

『Sharon Bradley』

 ———

 と。

 教室は、ざわつく。

「(うわ、めっちゃ美人……)」

「(良い匂い)」

 男女共に見惚れる。

 学園女王の司でさえも。

「(凄いねぇ。やっぱり、向こうの人は長身だね?)」

「(俺の子だからな)」

「(え?)」

「(何でもないよ)」

 俺がシャロンから視線を外さない事に不安を抱いたのだろう。

 司は、ぎゅっと手を握って来た。

 流石、重い女だ。

 一方、シャロンは作り笑顔で、手を振って愛想を振りまく。

 表向きにはALTだが、実際には在日米軍の心象イメージ回復を図る広報官だ。

・小倉黒人米兵集団脱走事件 (1950年)

・嘉手納幼女暴行殺人事件  (1955年)

・沖縄米兵少女暴行事件   (1995年)

・沖縄米兵強制猥褻未遂事件 (2002年)

・米海兵隊員沖縄少女暴行事件(2008年)

・北谷女性殺害事件     (2019年)

 など、在日米兵による日本人への犯罪は絶えない。

 これで割を食っているのが、シャロンなどの様な真面目な米兵だ。

 不良米兵が問題を起こす度に彼等も同一視され、肩身が狭い思いをしている。

 だからこそ、不良米兵の尻拭いをするのが、彼女達なのである。

「日本語お上手ですね?」

「勉強家ですから。―――あ、先生」

「はい」

「北大路煉君に私の補助をお願いしたいのですが、宜しいでしょうか?」

「煉?」

 名指しされ、俺に注目が集まる。

「ん? 俺?」

「ブラッドリー先生、補助というのは具体的にどんな事なのでしょうか?」

「教材を運んだりして頂きたいんです」

「何故、彼が?」

「以前、偶然出逢って仲良くなったんです」

「煉! 手前!」

 隣の男子生徒が、掴みかかるも、

「うっさい」

 俺は、冷静に対処。

 襟首えりくびを掴んで、そのまま一本背負い。

「ぐふ」

 柔道部の有段者を気絶させた。

「! 北大路―――」

「待って下さい」

 担任が叫ぶも、シャロンが制止した。

「誰だって、耳元で叫ばれたら反射的に防御してしまいます。余り責めないで下さい。平和教育は大事ですが、自分の身を守るのも大切です」

「……はい」

 濁った笑みの迫力に、担任は負けた。

 俺の娘だけあって迫力は、親譲りだ。

 言い方も俺そっくり。

「じゃあ、煉君。宜しくね?」

「……はい」

 覚悟はしていたが、まさか娘が教員で俺が生徒とは。

 まるであべこべだ。

「あわわわ」

 隣で司が口から泡を吹く程慌ててた。

(あの教師、ショタコンだ)


 女性教員が教え子に手を出すのは、当然、犯罪だ。

 日本では、報じられる事は少ないが、犯罪大国・アメリカでは、女性による少年への性的虐待が相次いでいる。

 その代表例が、映画にもなったメアリー・ルトーノー(1962~2020)だろう。

 彼女は、1996年に6年生の男児と関係を持ち、妊娠するが翌年、児童強姦罪で逮捕された。

 幸い、赤子は中絶される事無く、無事、産む。

 被害者になった児童も、

『重要なのは、僕達が互いを愛し合っていたという事実だけだ』(*3)

 と語り、メアリーの弁護士も、

『彼女は理想の男性を見つけた。だが、彼は13歳だった』(*4)

 と擁護した事から同情が集まり、1998年元日に仮釈放される(*1)。

 その後、紆余曲折ありながら2人は、2005年、遂に結婚を果たした(*1)。

 純愛か暴行か。

「…………はぁ」

 恋敵(説)のシャロンを司は、敵視していた。

 煉が英語に堪能なのが、気に入られた理由だろう。

 その煉は今、学校主催のシャロンの歓迎会に行っている。

 本当は司と一緒に帰る予定だったのだが、シャロンにお願いされた形だ。

(……たっ君、浮気しちゃ駄目だよ?)

 曇がかった天気はやがて、悪天候になっていく。

 雨が強く降り出し、雷も鳴り出す。

 ぶつん。

 停電になっても、司は煉の写真を眺めるのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:『大追跡』 1991年 日本テレビ

*3:『ニューヨークタイムズ』1997年11月26日

*4:『タイム』 1998年2月16日

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