第12話 Genetic sexual attraction

 日本同様、アメリカにも科学捜査班があり、科学的見地から犯罪を捜査出来る機関がある。

 そこにシャロンは、煉の体液―――正確には汗を送り、鑑定してもらう事にした。

 幸い、ルーの死に疑念を持った彼の親友が彼の髪の毛の一部を保管していた為、それと照合する事で結果が分かる。

「……」

 別人で居て欲しい気持ちと同一人物だったら嬉しい、というのがシャロンの本音である。

 亡き父の形見のM16を抱き枕の様にして、寝台に横になる。

(……逢いたいな。御父さん)

 中学生になって以来、殆ど会ってない為、シャロンが覚えているのはその位の思い出だ。

 よくよく考えたら、父は他の家の父よりも結構優しかった。

 幼少期、壁に落書きしても私室に勝手に入って寝台に失禁しても怒らなかった。

 怒るのは、いつも母だ。

 恐らく普段構ってあげられない分、滅茶苦茶、優しさに徹していたのかもしれない。

 周りが代々カトリックの中、父はシャロンに宗教を強要する事も無かった。

 自身も無神論者の傾向があった為か、聖書以外に経典や聖典など、キリスト教以外の物を読んでも怒らず逆に褒めてくれるほどであった。

 見識が広がるとして。

 だから、シャロンはカトリックが多い保守的な地域に生まれたにも関わらず、洗礼を受けていない。

 時々、「共産主義者コミュニスト」と誤解されることもしばしばだ。

 もっとも、ブラッドリー家は代々、反共主義者アンチ・コミュニストの家柄である。

 WWII前、ナチズムよりも共産主義を危険視し、戦後、GHQの参謀第2部で国鉄三大ミステリー事件を主導し、赤狩りレッド・パージを積極的に行ったのが親戚。

 米国内でマッカーシズムを主導したのは、祖父だ。

 この結果、祖父は冷戦期、ニクソンやレーガンと言った反共主義者の大統領に認められ、政界で厚遇された。

 今でもホワイトハウスの宴会に招待されるのは、その縁だ。

 但し、左派系の大統領の任期中は、誘われる事は無かったが。

「……」

 天井に張られた星条旗を見る。

 2003年4月10日。

 独裁者の銅像が倒されたその日、イラクの大統領官邸にひるがえった物だ。

 米軍としては、硫黄島の星条旗の様に戦勝の宣伝プロパガンダとして使用したかったようだが、やはり銅像が引き倒される方が視覚的に強い効果を持ち、この星条旗は歴史の闇に葬り去られた。

 イラク兵か米兵か民間人か。

 星条旗は、血で染まっている。

 あの日、父は英雄になったのだが、不運にも銅像に株を奪われ嘆いていたのが、今でも忘れない。

 もし、銅像が無ければ、硫黄島の戦いをアメリカ側視点で描いた映画の様に、父もまた、映画の題材になっていたかもしれない。

(……パパ)

 この時ばかりは、娘に戻って父を想うシャロンであった。


 ある日の学校終わり。

 いつもの様に司と歩いていると、

 ♪

 俺の私的の方の携帯電話が鳴った。

(皐月か?)

 不思議に思い、見ると、非通知設定。

 私的だと、

・皐月

・司

 しか、番号を登録してない。

 その為、間違い電話以外で電話がかかって来る事は無いのだが。

「……はい?」

『もしもし?』

 声色で直ぐに判った。

 相手は、変成機ボイスチェンジャーを使用している事から、素性を知られたくない人物である事を。

『北大路煉―――いや、ルー・ブラッドリーだな?』

「……人違いです」

『メールを送っておいた。後で見てくれ。確認後、1分後に自動消滅する』

「……」

『これは、恩返しだ。分かったな?』

 命令口調がしゃくさわるが、構っている暇ではない。

 最後まで聞かずに切る。

「どうしたの?」

「間違い電話。変態だよ」

「珍しいね? かかってくるなんて」

「そういう時もあるさ」

 スマートフォンをしまい、司の手を握る。

 変態の相手をする程、俺は暇じゃない。

「怪我、大丈夫?」

「ああ、姉さんの御蔭だよ」

「ちゃんと名前で呼んでよ。婚約者フィアンセなんだから」

「許嫁の方が、和風じゃない?」

婚約者フィアンセ!」

 路上で堂々と叫ぶ、自称・婚約者。

「はいはい」

「あ~、弟の癖に姉をいじめるんだ?」

 ジト目の司も畜生、可愛い。

 美少女が何をしても映えるのは、美少女たる特権だろう。

「罰として晩御飯は、たっ君に作ってもらいます」

「いつ《いつ》も作ってるけど?」

「今晩は特に、よ」

 腕に絡め、筋肉を堪能する。

 司は細マッチョが好みだ。

 病弱の俺が大柄になる事を好まず、栄養士の資格を最年少で取得し、俺の訓練を協力してくれた。

「何が良い?」

「カレー」

「子供だな?」

「子供だもん♡」

 平和な一時である。


「さてと」

 カレーを作りつつ、俺はノートパソコンを開く。

 すると、匿名のメールが届いていた。

 ―――

『件名:苺狩り御協力への感謝

 本文:この度、私達に代わって苺を摘んで下さいまして有難う御座いました。

    社員一同、収穫されたそれを美味しく頬張っています。

    今回の御礼の為に近日、茶会を予定しております。

    御都合が良ければ、是非参加して下されば幸いです。

    色好いお返事お待ちしております』

 ―――

 簡素な文章だが、俺には分かった。

 送信者がである事を。

 共産党を監視対象にしている彼らは、俺の反共方針を支持している。

 だからこそ、極左テロリストを何人殺そうが、問題視しない。

 反政府の立場にならなければ、俺は良い駒なのだ。

 電話通り、開いて1分後に消える。

(苺かぁ……最近、食べてねぇな)

 苺に思いを馳せつつ、カレーを味見。

「かっら」

「あら、美味しそうな匂い」

 風呂上りの皐月がやって来た。

 シャンプーの匂いが心地良い。

 バスローブを着たまま、机に座る。

「辛い?」

「うん。汗掻くかも」

「又、風呂かぁ。明日、入るかね?」

「その時は、シャワーでも良くない?」

「折角、娘が入れたお湯を捨てるのは勿体無いわ。天国のワンガリ・マータイが呪うレベルの悪行よ」

「……そうだな」

 流石にノーベル平和賞受賞者のお偉い様に恨まれたくはない。

「煉、いつかは肉じゃが作って欲しいな」

「何で?」

「婿養子なんだから」

「あー……面倒臭い」

「命令よ」

 嬉しそうに皐月は笑うと、冷蔵庫から日本酒を取り出す。

 普段は二日酔い対策や健康の為に酒を断っているのだが、こうして、飲むのはほぼ初めて見る。

「開けて♡」

「はいはい」

 司を生んだだけあって、甘え上手だ。

 これを拒否出来る男性は、世界で皆無だろう。

 だが、酒好きでも彼女は下戸だ。

 香だけで直ぐに酔う。

「……気持ち悪い」

 今すぐにでも吐きそうなくらい、顔面真っ青。

「よく医者が出来るな?」

「こっちとあっちのアルコールは、違うのよ」

「じゃあ、何で買ってるんだよ?」

「いつか、2人と呑む為よ。結婚祝いにね?」

「……」

「あー、照れてる~www」

 頬を人差し指でプニプニされり。

 ガブ。

「あ~、噛まれたぁ♡」

 赤ちゃんの様にしゃぶる。

 レロレロレロレロ。

「もう、赤ちゃんね?」

 ちゅぽんと、離した後、

「子供だからな。お母さん」

 皐月の頭を撫でる。

「子供の癖に……」

 抵抗しない。

 日頃の疲れを俺が癒しているのだ。

「濡れてるな?」

「乾かして」

「あいよ」

 ドライヤーとくしを出して、皐月の髪を整えていく。

 時々、撫でる事も忘れない。

「あ~、気持ちいいんじゃぁ~♡」

 酔った皐月も可愛い。

 母娘揃ってこれほど可愛いのは、反則だ。

「あー!」

 遅れて上がって来た司が、俺達を見て大声を上げる。

 全裸なので、胸から全て丸見えだ。

 いつもの済ました才媛さいえんは、何処へ行ったのか。

 今は恥知らずの痴女ちじょに見えるのは、不思議だ。

「ひっどーい! 私、された事無いのに!」

「おいで。姉さんにもするから」

「名前で呼んでよ!」

 癇癪かんしゃくを起しつつも、司は大河の前に座る。

 私にもやれ、という事らしい。

「あ、姉さん。シャンプー変えた?」

「うん。よく分かったね? 前の方が良かった?」

「いや、今のも好きだよ」

「良かったぁ♡」

 よだれが垂れ落ちそうな位、嬉しそうな司。

 カレーが煮立っているが、今は2人のお姫様に集中せねばならない。

 アメリカでもそうだったが、どこの国でも家庭の女性は強い。

 2人の髪をかす。

 美女と美少女。

(幸せ者だな)

 自然とニヤニヤが止まらなかった事は言うまでも無い。


 後日、時間を作って公園に行く。

 そこには公安の刑事が待っていた。

 見た目を俺に合わせたのか、他校の制服で同年代くらい。

 初見だと、公安と傭兵とは誰も思わないだろう。

 それくらい、不自然さが無い。

「国家公安委員長からの御言葉だ。―――『ありがとう』だとよ」

「言葉だけかよ?」

「政治家だからな。下々には、言葉だけで事足りると本気で思っているんだよ」

「……で、何故呼んだ?」

「お前を殺したテロリストが偽造旅券で入国した。狙いは不明だが米軍基地の可能性がある」

「……日米同盟の分断?」

「多分な。ロシア大使館からの情報提供だ。『我が国は一切、関与していない』とな」

「……」

「君達のチームは悔しいが、我々が束になっても敵わないだろう。だから、協力関係を構築したい」

「相互不可侵?」

「そういうことだ。君達に超法規的措置として殺人許可証ライセンスを与える。これからも我が国と敵対する馬鹿共を駆逐してくれ」

「……経費は払って欲しいな。俺達は1人も日本人じゃない。日本がどうなろうが知った事じゃない」

「分かっているよ。人件費と諸経費は、ケイマン諸島の幽霊会社ペーパーカンパニー名義で払う。武器も提供する」

「随分と協力的だな?」

「テロとの戦いは、基本方針だからな」

 茶封筒を置き、刑事は去っていく。

「……」

 姿が見えなくなった後、茶封筒を開ける。

 100万円の小切手。

 キャッシュレスの時代にわざわざこれなのは、その場で確認出来る長所を選んだのかもしれない。

(……まるで外人部隊だな)

 小切手だけ受け取り、茶封筒はゴミ箱に投げ入れるのであった。

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