第6話 Leichtgesinnte Flattergeister

 米軍は、国防総省が公表しているだけで150か国以上に駐留している。

・ドイツ

・イギリス

・イタリア

・韓国

 ……

 その中で世界史において最も影響力を与えたのは、トルコの基地だろう。

 冷戦期、ソ連を牽制する為に置かれたそこは、ソ連を刺激しキューバ危機の遠因の一つになった。

 在日米軍基地も世界とは、切っても切り離させない。

 ベトナム戦争の際は、ここから派兵された。

 左派系の市民団体は、これを理由に反戦運動を展開する。

 もっとも、この支援にKGBが関与していたことがソ連崩壊後に判明した為、日本もまた、冷戦の暗闘の地であった事は言うまでも無い。

 これ以外にも、ソ連が「北方領土を返す代わりに米軍基地を撤退させてくれ」と、日本政府に交渉している。

 この時、日本政府は日米同盟を理由に断ったが、若し鵜呑みにしていたら、ドイツやバルト三国などのように侵略されていたかもしれない。

 そんな在日米軍であるが、その兵力は世界最大だ(*1)。

 駐留国  兵力

 日本   約5万5千人

 ドイツ  約3万5千人

 韓国   約2万6千人

 トルコ  約1万2千人

 イギリス 約1万人

 最盛期、イラクには戦争の関係で15万人以上の米兵が居たが、現在は大半が撤収し、アフガニスタンなどでもトランプ大統領の政策の下、撤退が進んでいる(*2)。

 また、アメリカと仲が悪い中国やロシアの為にも在日米軍は、必要不可欠だ。

 実際、フィリピンにはソ連対策に1947年以降、米軍基地が置かれていたが、ソ連崩壊後、その必要性が見直され、自然災害を機に1992年に米軍は撤退した。

 その直後、中国が不法にフィリピン領を占拠したことから結局、米軍は舞い戻り、元の鞘に収まる。

 2001年以降の両国は、対テロ戦争に協力する関係だ。

 直近の2017年にフィリピンで内戦が起きた際にも、米軍の特殊部隊がフィリピン軍を支援している。

 このようなことから、在日米軍基地不要論はアメリカが極左政権にならない限り、現実的ではないだろう。

「……」

「シャロン、またお父上の写真、見ているのか?」

「あ、ごめんなさい」

「良いよ。家族を大切にすることは良いことだ」

 女性の上官は笑顔で、シャロンの肩を揉む。

 シャロンは、美しい金髪に西洋人特有の碧眼へきがん

 身長170cm。

 アメリカ人女性の平均身長が162・2cm(*3)なので、アメリカ人の中では、長身と言えるだろう。

 上官は隣に座り、骨付き肉を豪快にかじる。

 海賊のように。

「それで、何故、こんな平和な国を希望したんだ?」

「父が戦争屋だったので、逆に平和な場所で過ごしてみたかったんですよ」

「平和ねぇ」

 天災が多い反面、戦争や犯罪には縁遠い日本では、米兵の中で人気の国の一つとされる。

 欧米には無い意匠計画デザインの寺社仏閣や古風な日本家屋、相撲などの文化が残っている一方、自動車やゲームなど、世界でも十分に通用している最先端技術を持ち合わせているのは日本だけだろう。

「ま、貴方が白人日本人ホワイト・ジャパニーズなのは、認めるわ。貴方のお陰で日本との関係が上手くいってるもの」

 シャロンの地位は、軍属。

 正式な米兵ではない。

 高名な大学の日本研究所から出向して来た通訳である。

「ありがうございます」

「で、不思議少女ちゃん。基礎訓練は、ついていけてる?」

「何とか」

「分かってるとは思うけども、軍属とはいえ護身術くらい、覚えていた方が良いわよ? 性的嫌がらせセクシュアルハラスメントや暴行なんて日常茶飯事だし」

 米軍内部での性的暴行問題は、根深い。

・テイルフック事件    (1991年)

・アバディーン事件    (1996年)

・航空士官学校性的暴行事件(2003年)

 が、公になった醜聞スキャンダルで、国防総省は、独自に性的暴行事件対抗策を発行している。

 又、米軍は、問題と向き合う為にその定義も行っている。

 ―――

『性的暴力は、

・力の行使が特徴の故意の性的接触

・身体的脅威

・尊厳の侵害又は被害者が同意しない若しくは同意できない状況

 と定義出来る犯罪である。

(省略)』(*4)

 ―――

 2004年には、『軍学校における性的嫌がらせ・性的暴力防止部隊』が創設された(*1)。

 軍という秘密主義な性格上、泣き寝入りする被害者も多い事だろう。

 又、米軍は、まだまだ保守的な組織だ。

 2011年 同性愛者を公言して軍務に就くことを禁じた軍務規定撤廃

 2016年 軍内の全ての軍事的職業を女性に解放

 2018年 トランスジェンダーの志願者の入隊を受付開始

 となっているが、女性や性的少数者と同じ空間に居ることを嫌う女性蔑視ミソジニー同性愛嫌悪ホモフォビアな米兵も居るかもしれない。

 上官は続ける。

「貴女は才媛さいえんで美女だから、色んな男共から言い寄られているでしょう?」

「いえ」

「謙遜しなくて良いわ。事実なんだから」

 ペッと、骨の欠片を吐き出す。

 清々しいほど、豪快だ。

「困った時は私に何でも相談しなさい」

「あいがとうございます」

 心強い味方にシャロン、安堵するのであった。

 

(元気そうで何よりだな)

 我が子の様子に俺は、安心する。

 横田基地の食堂は、混んで来た。

 その時機でハッキングを止める。

 じかに見たいが、元気そうで何よりだ。

 これは一晩悩んだ末、選んだ結果である。

 スマートフォンを閉じると、視線を感じた。

「じー」

「擬音を言うなよ」

「可愛いでしょ?」

「まぁな」

「でも、ランチの時に携帯いじるのマナー違反だよ」

「済まん」

「反省したら良し。食べて食べて」

 弁当箱には、肉じゃががたんまり。

 健康を考えて、9割がじゃが芋と人参だ。

 菜食主義者ベジタリアンになった気分である。

「最近、肉じゃが多いな」

「うん。花嫁修業だからね」

「ほえ~」

 一口、パクり。

「……甘いな」

「砂糖入れ過ぎたかも」

「次は、気を付けような」

「うん!」

 料理に失敗しても俺は、悪く言わない。

 家庭でのボスは、どこの国でも同じくワイフなのだから。

 逆に仕事に無暗矢鱈に口出しする妻は、悪妻だろう。

 ルーマニアの独裁者、チャウシェスク(1918~1989)の妻、エレナ(1916~1989)は元々、良妻であったが訪中時、毛沢東の夫・江青ジャン・チン(1914~1991)から「指導者の妻は、政治に関わるべき」と助言され、”チャウシェスクの落とし子”を作った。

 その江青も個人的怨嗟から、権力を乱用し伝統芸能を排斥。

 恋敵も次々と迫害し、更に夫・毛沢東の盟友を続々と追い落とすなど、勘違いが目に余った。

 天はそれを見逃さず、最後は逮捕され、最期は自殺した。

 親友のエレナも革命で射殺された為、2人は同じ穴のむじなと言えよう。

 又、東ドイツのマルゴット(1927~2016)も共産国の癖に夫のホーネッカー(1912~1994)と共に贅沢な暮らしを送っていた(*5)。

 良妻なら良いが夫の権力を勘違いし、失政に走ったり、贅沢に過ごすのは悪妻の特徴だろう。

 司の場合、彼女達のようなドジは踏まないだろう。

 政治にも良い意味で無関心なのは、俺が彼女を気に入った理由の一つだ。

 司とならば、良い家庭を築けるかもしれない。

「でも、たっ君。もう少し自己主張して欲しいな」

「と、言うと?」

「失敗したんだから、怒って欲しい。優しいのは嬉しいけど、成長出来ないから」

「う~ん……」

 司が軍人で直属の部下ならば、映画の某軍曹のように叱責する事は出来るが、生憎、彼女は一般人だ。

 それに、パワハラ防止法もある。

 これは、民間企業が対象(2020年6月1日~大企業、2022年4月1日~中小企業)であるが。

 兎にも角にも、怒るのは俺自身も疲れる。

「気持ちは分かるけどな? でも怒る程の事じゃ―――」

「好きなんだよね? 私の事?」

「ん? ……まぁな」

「だったら、ちゃんと怒る時は怒って欲しい。家族になるんだから」

「……分かった」

 シャロンが気になるが、彼女には彼女の人生がある。

 俺も文字通り、新しい人生を送っている。

 過去に区切りをつける為には今後、司中心に考えなければならないだろう。

「じゃあ、甘過ぎた罰を与える」

「罰? 痛いのは、嫌だよ?」

「痛くないよ。目を閉じて」

「う、うん……」

 自分から「叱って」と言った癖に、いざとなると嫌そうだ。

 ホテルで自分から誘った癖に寝台の上では、処女のように緊張する尻軽のように。

 ……おっと、例えが悪かったな。

 今のは、司に失礼だ。

 取り消そう。

「……」

 目を閉じた司。

 手刀を頭に食らう、とでも思っているのだろう。

 目に涙を溜めて、今にも落としそうだ。

「……司」

「!」

 びくっと、震えた。

 俺が司の肩に乗っていたら、震度7は感じていたかもしれない。

「次は気を付けるんだぞ?」

 そう言って、額にキス。

「……え?」

 思わぬ感触に司は、目を見開く。

 と、同時に俺は離れた。

「ねぇ、今のって?」

「罰だよ」

「……私、けがされたの?」

 言い方。

 俺は苦笑い。

「広義では、そうなるかもな」

「もう、結婚出来ないじゃない」

「良いよ。俺がめとるから」

「! 本当?」

 涙目から笑顔に。

 可愛い(語彙力)。

「本当だよね? 嘘吐かないよね?」

「さぁな。神のみぞ知るってこった」

「も~意地悪~」

 俺の胸をポカポカと叩く司。

 いやぁ、可愛いすわ。

 子持ちでなかったらが元気だったよ。

 キーンコーンカーンコーン。

 昼休み終了を告げる鐘が鳴ってもなお、司はデレデレなのであった。


[参考文献・出典]

 *1:ウィキペディア

 *2:BBC 2020年11月17日

 *3:世界雑学ノート

 *4:陸軍学術指南

 *5:伸井太一『ニセドイツ〈1〉 ≒東ドイツ製工業品』社会評論社 2009年

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