第5話 androphobia

 私は男性嫌悪ミサンドリーだ。

 何故って?

 私の心を殺したからよ。

 かと言って、男女同権主義者フェミニストでもないわ。

 現実的に筋力では勝てないし、社会的に男性の方が残念だけど実際には権力がある。

 それを平などにするのは、政治家の仕事。

 だから、私はそれに関しては、興味が無いの。

 でも、以来、初めてかな?

 異性に興味を持ったのは。

 ルー・ブラッドリー。

 和名は、北大路煉。

 正直、今でも理解が出来ないわ。

 臓器移植されたら元の人格が、本体を乗っ取るなんて。

 でも、ロビンソンから示された証拠は、真実だ。

 CIAのチームが様々な確度から調査した以上、私が否定する事は出来ない。

 信じたくはないけれど記憶転移は、実例がある。

 その有名なのが、クレア・シルヴィア の事例ケースだろう。

 ———

 シルヴィアは重篤なPPH原発性肺高血圧症を発症する。

 そして、1988年、心肺同時移植手術を受け、成功した。

 提供者ドナーは、バイク事故で死亡したメイン州の18歳の少年であった。

 その数日後から、彼女は自分の嗜好・性格が手術前と違っている事に気付く。


 ①嗜好の変化

 苦手だったピーマンが好物に。

 また、ファーストフード嫌いだったのにケンタッキーフライドチキンのチキンナゲットを好むようになった。

 ②性格の変化

 歩き方が男のように。

 又、以前は静かな性格だったが、非常に活動的な性格に変わった。

 ③その他

 夢の中に出てきた少年の名前ファーストネームを彼女は知っており、彼が提供者だと確信した。


 提供者の家族と接触する事は移植調整者コーディネーターから拒絶されたが、メイン州の新聞の中から、移植手術日と同日の死亡事故記事を手がかりに、少年の家族と連絡を取る事に成功し、対面が実現した。

 家族が語る所によると、少年の名前は彼女が夢で見たものと同じだった。

 彼はピーマンとチキンナゲットを好み、また、高校に通う傍ら三つのアルバイトを掛け持ちするなど、活発な性格だった。

 シルヴィアは1997年、自身の体験を出版した(*1)。

―――

 これよりも遥か以前の医療漫画でも記憶転移を扱った回があるから、しばしばあるのだろう。

 ルーの場合は、ノーベル賞受賞者を10人以上も出す、マサチューセッツの有名な病院も認めている為、ほぼ真実と言えよう。

(……不思議な人)

 CIAの機密情報ファイルを見つつ、私は思う。

 パナマに湾岸にユーゴスラビアでの戦功は、凄まじい。

 傭兵になった後も、

・イラク

・リビア

・シリア

・ジョージア(旧グルジア)

・ウクライナ

 などを渡り歩いている。

 特筆すべきは、イラクでの元大統領捜索作戦やリビアでの大佐殺害であろう。

 白人でありながら流暢なアラビア語を操り、イスラム教にも理解があり、常に敬意を払っていた為、反米色が強いアラブの地域でも人気があったようだ。

 彼の死後、親しかった彼らは遺族に対し匿名で寄付金を送っている。

 米軍での最終的な階級は、軍曹。

「……ん?」

 備考欄に気になる文面が。

 ———

『詳細は捜査中であるが、ルーを殺害したのは、マレーシア航空17便撃墜事件の犯行組織である事が、判った。

 彼らは、アメリカ人傭兵を探し出し、積極的に殺害を行っている。

 余りにも攻撃的な彼らを支援者であるロシアでさえも、制御コントロール出来ていない。

 今後、トルコなど、米軍基地がある国において、テロを起こす可能性がある』

 ———

(ロシア?)

 再読していると、文字がどんどん薄まっていく。

 そして、ものの数秒で全文が消えた。

 資料が更新された様だ。

 あるいは、

(……私に読ませる為?)

 NSAの諜報員が、秘密シークレットを暴露して以降、アメリカは、より一層、ハッキング対策に力を入れている。

 私もバレないように慎重にしているのだが、絶対にバレないという保証は無い。

 若し、CIAが私を泳がして敢えて見せていたなら、その意図する事は何なのか?

「……」

 目の前で、ルーの全ての情報が消えていく。

 が、私も馬鹿ではない。

 ちゃんと、USBユニバーサル・シリアル・バスで保存済みである。

 予備のPCに繋いで中身を見る。

「……」

 そして、一心不乱に彼の資料を読み進めるのであった。


 赤軍派の隠れ家を見付けた俺は、通信機で指示を出す。

「ニコライ、風穴を開けてやれ」

『……』

 相変わらず、無口だがドラグノフを用意する音が聞こえる。

 そして、銃声が響いた。

 続いて、俺も突撃する。

 流石に日本人やロシア人のように「万歳ウラー」と叫ぶことは無いが。

 ドアを蹴破り、目が合った構成員をベレッタで射殺。

 構成員か否かは、服装を見れば分かる。

 鉄とハンマー意匠計画デザインされたヘルメットにマスクをし、サングラスをしているから。

 年齢層も高齢だ。

 暴力団同様、これは、若者が入りがたい組織である。

 彼らは、未だ冷戦の時代を過ごしている。

 自分達が世の中を変える。

 それが例え、暴力的であっても、『造反有理』。

 何人死傷しのうが、革命が成功すればいいのだ。

 その危険思想は、イスラム過激派と何ら変わりない。

 金属バットを持った老人が襲ってくる。

 濁り切った目は、令和の時代に昭和を生きる愚かなそれだ。

「……」

 俺はサッと避け、0距離で撃つ。

 老人の頭は吹き飛ぶ。

「資本主義の豚が!」

 老女が唾を吐く。

 が、届かない。

「資本主義ってどんな状態だ?」

「崖っぷちに立たされているんだよ!」

 答えてくれた。

 優しい。

「じゃあ、共産主義は?」

「皆の理想的な社会だよ!」

「じゃあ、何でソ連は崩壊したんだ?」

 老女の口に手榴弾を入れる。

「……!」

 もごもごと答えるも、聞こえない。

「正解はな? 『資本主義の一歩先』なんだよ」

 そしてピンを抜き、無理矢理飲み込ませる。

「もご!」

 吐き出そうとするも、出来ない。

 俺はさっさと遮蔽物しゃへいぶつに逃げる。

 数秒後に爆発し、老婆は革命の為に戦死した。

 

 赤軍の残党を全滅させて車に戻ると、ロビンソンが待っていた。

「いやぁ、実に残虐だね? まるでテッド・バンディ(1946~1989 30人以上の女性を殺害し、電気椅子)だ」

「よせやい。暴行や屍姦ネクロフィリアの趣味は無いよ」

「確認戦果は5か。―――あ、ニコライ、帰って良いよ。お疲れ様」

「……」

 不愛想ぶあいそに帰っていく。

「死体は、公安に渡しとくよ。証拠は残していないよな?」

「舐めるな。どれだけCIAカンパニーと仕事していると思ってんだ?」

「世が世ならな、ニュルンベルクか東京で裁かれているよ。お前は」

 戦争に慣れてしまった俺に慈悲の心は無い。

 相手が子供であっても、爆弾などの所持が分かり次第、殺す。

 それが、戦争なのだ。

「これから公安に引き継ぐから、ナタリーを家まで送ってくれ」

「俺が?」

「ああ。紳士だろう? 婚約者も居るし」

「そりゃあ手は出さんよ」

「そういうことだ」

「分かったよ。お休み」

「お休み」

 ロビンソンと別れて、小屋に行く。

 そこが、ナタリーの拠点だ。

 中には入らず、通信機で呼ぶ。

「ナタリー。ロビンソンの命令で、一緒に帰る事になった。出て来てくれ」

『……』

 案の定、返事は無い。

 が、中で音がする為、暫く待っていると……

 がちゃり。

 扉が開き、ナタリーが出て来た。

 魔女を連想させるくらい、全身、真っ黒な衣服だ。

 夜の為、視認されることは困難だろう。

「……」

 ニコライ同様、無口で先に歩き出す。

 ねぎらいの言葉も無い。

 俺も求めては無い。

「「……」」

 2人は、俺が持つスカイラインに乗り込む。

 ナタリーは中学生の為、運転は出来ない。

 必然的に俺が、運転する事になる。

 因みに購入者は皐月ではない。

 散財しない限り、高校生でも買えるような値段で俺が買った中古車だ。

「ん?」

 ナタリーが座った場所に俺は、違和感を覚えた。

 男性恐怖症の彼女が後部座席ではなく、助手席に座ったのである。

「……」

 ナタリーは気にした様子で、当然のように機械音声で尋ねた。

『助手席は婚約者専用だった?』

「いや、そういう訳じゃないが……」

『なら良いわよね? どこも座るのは自由でしょ?』

「……ああ」

 男性嫌悪なのか、言葉に威圧感がある。

 席位でへそを曲げることは無いので、大丈夫であるが。

「……」

 エンジンを入れ、発進させると、

『お疲れ様』

「!」

 振り向くと、ナタリーは、窓を見ていた。

 表情はよく見えない。

 しかし、勇気を出して言ったのだろう。

 その耳は赤い。

(……可愛くねぇなぁ)

 苦笑いしつつ、俺はハンドルを握り直すのであった。


 ナタリーの家は、アメリカ大使館にある。

 大使館前に止めると、直ぐに警察官がやって来た。

 ここは昭和の頃に極左過激派がアメリカ大使館にロケットを撃ち込むなど、テロの標的になった歴史がある場所だ。

 親米政権の日本政府が、他の国の大使館以上に気を配るのは、当然の事だろう。

「失礼ですが、どちら様で?」

「駐在武官の者です。お嬢様をお連れしました」

「失礼ですが、免許証をお願い出来ますか?」

「どうぞ」

 CIA発給の国際免許証(偽造)を見せる。

 鑑識レベルでないと見抜けないほど、精巧な技術は、一介の警察官では見逃せない。

「ありがとう御座います。公用車ではないようですが?」

「はい。私用車です。私用の外出ですから」

しばらくお待ち下さい」

 警察官がタブレット端末で出入の記録を見る。

「……確認出来ました。どうぞお入り下さい」

「有難う御座います」

 俺は作り笑顔を浮かべて、開けられた門を潜る。

 玄関前に横付けし、降車。

 そして、助手席の扉を開ける。

「着きましたよ。お姫様」

『……』

 中指を立てられた。

 年頃のお嬢さんは、難しい。

 俺が父親ならば、泣いている事だろう。

『班長、プレゼント』

 ナタリーが懐から出したのは、USBであった。

「……これは?」

USFJ在日米軍の機密ファイル。紳士な貴方への今日の戦功を祝しての事よ』

「おいおい、アメリカ人だろう? そんな売国奴みたいな真似事して良いのか?」

『生憎、私の祖国はドイツと日本よ。ナチズムを嫌う癖にKKKなアメリカは、大嫌いだから』

「……」

『そういう事で。じゃあ、お休み』

 さっさと中へ入っていく。

「……」

 俺は見送るも中身が気になった。

 車内に戻り、早速、ノートパソコンに繋げる。

 USBに詰まっていたのは、在日米軍の兵士に関する情報であった。

 約5万人居る兵士の中で、『Bradleyブラッドリー』の人名だけリストアップされていた。

(……まさか)

 数百人居る彼らの中で、俺は自然とある名前を探していた。

 そして、見付けてしまう。

「……嘘だろう?」

 驚きと喜びの混ざった声が出た。

 文字通り、夢にまで見たその人は、居たのだ。

Sharonシャロン Bradleyブラッドリー

 と。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

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