第4話 貪愛

 私、北大路司は正直に言います。

 心底しんそこ、義弟・北大路煉を愛しています。

 初めて会ったのは、幼稚園児の頃。

 正確な年齢までは覚えていないけれど、多分4、5才くらいだったかなぁ。

 にも角にも、お母さんが連れて来た煉―――たっ君の可愛さに一目惚れしちゃいました。

 今では、その面影は無いけれど、当時は本当に子役みたいに可愛かったんだよ。

 論より証拠。

 写真を見せたいんだけど、たっ君は西郷隆盛西郷どん並に写真嫌いで、全然撮らせてくれないんだ。

 卒業アルバムは流石に写っているけれど、やっぱり嫌いらしく、顔を隠している。

 多分、養子に来る前に色々あったのかな。

 だから、私も無理強いはしない。

 たっ君は一応、婚約者でもあるんだ。

 小学校低学年の頃、

「たっくん、すきなひと、いる?」

「う~ん? すきなひと?」

 意味を分かっていないのか。

 たっ君は首を傾げる。

 全身舐めたいくらい、可愛い。

 嘘、舐めたいのは冗談よ。

 でも、性犯罪者になりたくはないから必死に自制。

「たとえばどんなひと?」

「う~んとね。このひとといっしょにいたいな、ってひと」

「なら、おねえちゃんだよ」

「!」

「おねえちゃんしかいないよ」

「あわわわわわわわわ……」

 この直後の記憶は無い。

 お母さんの話では、鼻血を出して倒れた私をたっ君が背負って診察室まで連れてくれたんだって。

 凄いでしょ?

 低学年でこの行動力。

 もう惚れ直しちゃったよ。

 あの後、しばらくは一緒に寝て、小指同士に赤い糸を繋いだのは、良い思い出。

 でも高学年になるにつれて、羞恥心を覚えたらしく、夜這よばいするたびにたっ君は、逃げるうようになっちゃった。

 マジ、羞恥心しゅうちしんクソ。

 でも、婚約者ってのは、変わりないよ。

 今、私が見てるのも当時、最寄りの区役所で貰った本物の婚姻届だから。

 ———

『【夫になる人】   【妻になる人】

 [氏][名]     [氏][名]

 きたおおうじ れん きたおおじ つかさ

 ……

【証人】

 北大路皐月』

 ———

 お母さん以外は、全て私の字だ。

 たっ君は、恥ずかしがり屋で書いてくれなかったんだよ。

 そういう所も好き。

 これ、本当に区役所の市民課に提出したんだ。

 応対してくれた女性職員が、

「もう少し経ってからね?」

 って優しく諭してくれたの、覚えている。

 この後、新聞記事もなったんだ。

 確か、『多忙の市役所、和む一時ひととき』みたいな見出しで。

 流石に私達の名前は、載っていなかったけれど、全国紙で紹介されたのは、貴重な経験だったな。

「……」

 その婚姻届けを何度も何度も見る。

 今ではくしゃくしゃになり、色褪いろあせているが読めないことは無い。

「本当、煉のこと好きねぇ」

 お母さんが珈琲コーヒーを飲みつつ、微笑んできた。

 休日診療を終えたばかりで疲れている様子だが、子供の幸せそうな姿を見ると、体力スタミナが全回復するという。

 母は強し。

 私もああ、なれるかな?

「本気で結婚するの?」

「うん」

「本当は、色んな人とお付き合いしてみた方が良いと思うけどねぇ」

 お母さんは、お父さんを亡くして以来、恋愛していない。

 だからこそ、私に沢山の恋愛をして欲しい、と考えているようだ。

「それ、母親が言うこと?」

 呆れつつも、婚姻届けを直す。

 出すのは、来年だ。

 それまでは、へその緒のように厳重に保管しなければならない。

「煉を余り束縛しちゃ駄目よ。結婚は、1人の人生じゃないんだから」

「分かってる」

「あと、煉と本気で結婚したいのならば、にしない事よ」

 お母さんは放任主義に見えて心配性だ。

 ちゃんと見ている、ともいう。

 多忙でも授業参観や三者面談など、行事には参加する。

「たっ君は、優しいからね。ちゃんと働いてくれるよ」

「そう? それなら良いけれど」

 台所からたっ君が顔を出す。

「夕食、出来たよ」

 学校では悪人面でも、家では、立派な主夫だ。

「いつもありがとうね?」

「家に母さんが、お金を入れてくれているんだ。これくらいさせてくれよ」

「流石、我が息子よ」

 お母さんは、たっ君を抱き締めて、その頭を撫でる。

 高校生がこんな事されたら、普通、嫌がりそうなものなのに、たっ君は、無抵抗だ。

 心底、お母さんを尊敬している証拠だろう。

 マザコンなのかもしれないが。

「も~、たっ君。どうしてお母さんにそんなに甘いの?」

「母さんは、いつも疲れているんだ。これで癒されても良いんじゃないか?」

 優しいのは分かるが、嫉妬してしまう。

「はいはいはい。解散~」

 無理矢理、2人を引き剥がし、たっ君の腕に絡み付く。

 お母さんには、無い若さで勝負だ。

「「……」」

 睨み合う母娘。

 息子(義弟)を巡る対立である。

 たっ君は、苦笑いしていたことは言うまでも無い。

 

 たっ君は、時々不思議ちゃんになる。

 何か考え事をしているのか。

 不意に遠い目をしてボーっとしている。

 病弱だった癖に、スポーツジムに入り、今ではムキムキだ。

 私もお母さんも筋肉フェチなので歓迎しているのだけども、たっ君はそれを活かすこと無く、郊外の射撃倶楽部に入っちゃった。

 何でも、

「クレー射撃をしてみたい」

「狩猟免許を取りたい」

 とのこと。

 クレー射撃は、五輪オリンピックの競技にもなるくらい、人気のスポーツだ。

 ある元首相もそれで五輪に出場歴がある。

 私も興味はあるけれど、銃声が性に合わないからやらない。

 狩猟免許の方も、同じ理由だ。

 たっ君の部屋には、彼が集めたモデルガンで一杯だ。

(……分からない)

 銃架じゅうかの銃を見て、私は苦笑い。

 全部、真っ黒。

 又、同じ形にも見える。

「たっ君、将来は自衛官になるの?」

「何で?」

 寝台で寝っ転がって、漫画を読むたっ君が尋ねて来た。

 横顔でも可愛い♡

「だって、集めてるじゃん?」

「趣味だよ」

「じゃあ、将来は何になるの?」

「医療事務だよ」

「ここの?」

「ああ。医者にはなれんが、事務としてこの病院を支えていきたい」

「じゃあ、私と一緒だね? 私は、外科医だから」

「おー。そうなるな」

 適当な返事だが、その耳はほんのり赤い。

 何だかんだでたっ君は、独立する気は更々無いようだ。

 これだと、結婚出来るだろう。

「たっ君は、子供何人欲しい?」

「考えたこと無いから分からない」

「現実的に、よ」

「う~ん。3人くらい?」

「分かった」

 たっ君の希望は、ちゃんとメモしていく。

 ———

『希望人数:3人』

 ———

 と。

 私としては子沢山が希望なのだが、結婚するならたっ君の希望も聞かなければならない。

 恋は1人で出来るが、愛は2人でないと出来ないのだから。

「ちょっと眠いから寝るわ」

「そう? じゃあ、私出ていくよ?」

「良いよ。隠し事無いし」

「エロ本も無いの?」

「無いよ」

「じゃあ、家宅捜索して良い?」

「良いよ」

 許可が出た事で私は、腕捲うでまくり。

 たっ君は年頃の癖に、全然その気配が無い。

 今の時代、携帯電話でも観れる為、無くても困らないのかもしれないが。

 兎にも角にも結婚する以上、相手の性癖を知りたい所だ。

 寝台や本棚の裏等、思い付くような場所を見るも何も無い。

「zzz……」

 漫画で顔を隠し、たっ君は寝ている。

「……」

 私の興味は、家宅捜索から寝顔に移る。

 ずいずいっと、近付く。

 漫画を外しても、たっ君はお疲れモードらしく、起きない。

「zzz……」

 可愛い寝息を立てているだけだ。

(ふふふ。かーわい♡)

 添い寝し様と横になる。

 途端、

「う~ん」

 たっ君が寝返りし、抱き着いてきた。

「! ……! ……!」

 動揺していると、たっ君が耳元で囁く。

「(I love you.)」

「!」

 これまで聞いた事が無い、ネイティブな発音だ。

 電話だと、アメリカ人と勘違いするだろう。

(愛してるって……)

 鼻血を出し、私の鼻息は荒い。

 今のは、プロポーズと解釈しても良いだろう。

 思わず、

「ME TOO!」

 と叫びそうであったが、現実は厳しい。

「ん……」

「? ———!」

 よく見ると、たっ君は泣いていた。

 大粒の涙を流している。

 でも起きない。

 夢の中で何か、悲劇が起きているのだろう。

「……」

 たっ君が文字通り、夢にまで見るくらい会うことを願う相手は、誰なのだろうか。

「(大丈夫)」

 抱き締めて、撫でる。

 すると、たっ君は安心したように微笑む。

 多分この子は、養子だから愛情に飢えているのだろう。

 生まれた家で何があったのかは、規約上教えられていない。

 私からも積極的に、聞く事は無い。

 聞いたら聞いたで、今の関係性が壊れそうだから。

「(大丈夫)」

 泣き止むまで、私はその頭を優しく撫でるのであった。


 ああまた、この夢か。

 俺は、天を仰ぐ。

 腕には血だらけになった最愛の妻子が。

 2人共、正確に頭を撃ち抜かれ、顔は潰れている。

 殺ったのは、俺だ。

 遥々はるばる日本から帰って来たのに、妻子は俺の事を侵入者扱いした。

 それに怒って、俺は撃ったのだ。

 2人の冷たくなった体を感じる。

 くそ。

 戦場では、散々触り慣れているのだが、なんだこの冷たさは。

 くそったれ。

 サイレンが近付いてくる。

 明日の見出しは、多分、こうだろう。

 ———

『【一家殺害事件! 容疑者の日本人もその場で自殺】』

 ———

 と。

 メディアの事だ。

 被害者が白人母子。

 で、容疑者が黄色人種の俺だ。

 あること無いこと適当に書き、事件をでっち上げるだろう。

 大方おおかた、俺を暴行犯か強盗で作文し、警察もそのように発表するだろう。

 祖国だが、有色人種には暮しにくいんだよ。

 この国の白人至上主義は、不治の病だ。

 銃を手放さない重病と同じく、癌なんだよ。

 記事通り、俺は転がったグロックを握りしめ、米神に押し当てる。

 ああ、散々撃ち慣れている筈なのに。

 自分がされるとなると、銃口が非常に冷たく感じる。

 これが、死へのカウントダウンか。

 いつか見た、ペンシルベニア州財務長官のロバートドワイヤー(1939~1987 集まった記者たちの前で口内を撃って自殺(*1) )の公開自殺を思い出す。

 あの時は口だったが、俺としては頭の方が好みだ。

 口と頭から流血し、崩れ落ちたドワイヤーは、悲惨に感じられた。

 キリスト教徒でなくて良かったぜ。

 自殺は、禁じられているからな。

「……」

 俺は2人を抱き締め、引き金を引く。

 瞬間、意識が絶たれた。

 ……これが時々、見る俺の夢だ。


[参考文献・出典]

*1:The New York Times 1987年1月23日

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