第3話 love

「たっ君、はい、あーん♡」

「自分で食べれるけど?」

「良いの。うふふ♡」

 司は、新妻にいづまのように楽しそうだ。

 学校一の美少女と学校一の不良の義姉弟は、学校公認のカップルだ。


『将来、結婚しそうなカップル』


 ランキングで堂々の第1位を記録している。

 昼休み。

 こうして俺の自由を束縛し、お手製の弁当を食べさせるのは日常茶飯事であった。

(煉も大変だな。養子に入って以来、ずーっとこの調子だと)

 元の人格に同情する。

 もし俺が煉の立場ならば、その微温湯ぬるまゆな環境を嫌がり、不良化していたと思う。

「たっ君。中間試験、良かったね? 学年10位なんて」

「姉さん、それ嫌味だよ」

 司は、学年1位。

 これは、幼稚園から続いている記録だ。

 因みに俺は、高等部から成績が伸びている。

 というか、去年からだ。

 俺が煉の人格になって以降のことである。

 国立大学の医学部は入れないが、高卒級の知識は持ち合わせている為、試験勉強は復習するのみ。

 だからこそ、上位陣に食い込めるほどの好成績なのであった。

 ……もっとも、司は根っからの才媛さいえんだろう。

「大学は何処行くの?」

「それは勿論、たっ君と同じ所だよ」

「凄い差があるけど?」

「その時は私がレベルを落とすだけだから」

「……」

 ナチュラルに失礼な発言だが、司にはそれを許せるくらいの雰囲気がある。

 不倫しても余り叩かれない人気芸人のように。

「担任泣くよ? 進路指導の先生も」

「良いんだよ。将来はたっ君のお嫁さんだから」

 瞬間、教室内の温度が体感で10度くらい下がる。

 可笑おかしいな。

 初夏しょかなのに。

(リア充爆発しろ)

(死ね)

(殺す)

 主に野郎達のありがたい(?)視線が注がれる。

(てめぇらが死ね)

 中指を立てて黙らせつつ、尋ねた。

「気持ちはありがたいけれど、俺の為に青春を無駄にしない方が良いかと」

「これが私の生きる道だよ」

「……」

 真面目な顔で言われると、何も言えない。

 養子と実子は、日本の法律上、結婚が可能だ。

 禁じられているのは、


・近親婚

・養親と養子(*養子縁組を解いても不可能)


 の2パターンのみ(*1)。

 その為、俺達は義姉弟でありながら、結婚が可能なのである。

「勿論、たっ君に好きな人が居たら別だけど」

「全然、その予定は無いし」

「じゃあ、私と結婚する?」

「何でそうなる?」

 令和4(2022)年から、男女共に18歳で親の同意無しに婚姻可能となった。

 詰まり俺達は丁度、来年、結婚出来る年齢になるのだ。

 まさか人生で2回も結婚出来るとは、俺はその点でも幸せ者と言えよう。

「だって両想いじゃない?」

「どこが?」

「じゃあ、嫌い?」

「いや……」

「じゃあ、両想いって事で」

 嬉しそうに司は、笑う。

 この手の頭がお花畑な女性には正直、付き合えない。

 しかし、司にはその手の不快感は無い。

 心底、波長が合う証拠だろう。

「……」

 俺は呆れて、なすがままだ。

 こうして俺達の昼休みは、何時も終わるのであった。


 放課後。

「じゃあ生徒会、寄ってくからねぇ! 待っててね?」

 大きく手を振って、別れる。

「さてと……」

 生徒会が終わるのは、決まって午後6時半頃。

 同じ敷地内にある中等部の校舎へ行く。

 標的は、言わずもがなだ。

「……」

 事前にロビンソンから聞いていたパソコン室に入ると、

(……公私混同だな)

 カタカタと。

 ナタリーが、無表情でキーボードを打ち鳴らしていた。

「……隣、良いか?」

「……」

 ナタリーは、ちらりとこちらを一瞥いちべつしただけで、直ぐに画面に視線を戻す。

「ほー、ホワイトハッカーなのか」

 俺には分からないアルファベットの羅列られつが、画面上に表示されていた。

 適当に言ったのだが、

「……分かるの?」

 おお、初めて会話が成立した。

 ここは、演技するしかない。

「少しはな。ナタリー程じゃないけど」

「……そ」

 小声だが、会話が成り立っているのは以前と比べると大きな進歩だろう。

 性犯罪の被害者の為、気を遣って彼女の方を余り見ない。

 すると、PCのメモ帳を使って。

『恋愛は、順調?』

 初めて、ナタリーから質問が飛ぶ。

「何の話だ?」

『いつもべったりの子。付き合っているんじゃないの?』

「あー、よく知ってるな」

『監視カメラで何時も見てるから』

 なるほど。

 校内には、


・更衣室

・プール

・運動場


 以外、世界トップクラスの監視カメラの台数を誇る、ロンドン並に防犯カメラが設置されている。

 2004年に起きたロシアで起きたベスラン学校占拠事件などのように。

 学校がテロにう時代なのだ。

 これくらい、防犯対策してもなんら問題無い。

『ロビンソンから聞いた。戦友ですってね?』

「ああ」

『どこで知り合ったの?』

キューバの米軍基地グアンタナモとか」

「……そ」

 短く返事した後、パソコンを閉じる。

 やはり男性恐怖症らしく、目も合わすことも直接、会話する気も無いようだ。

 今度は、スマートフォンのメモ帳での会話である。

『盗撮されたこと、怒らないの?』

「悪用されなければ、な」

「……」

 無視され、ナタリーはさっさと下駄箱へ向かう。

「……じゃあ、お疲れ」

「(お疲れ様)」

「ん?」

 何か聞こえたが、彼女はもう背中しか見せない。

(距離が縮まっていればいいがな)

 

 司を迎えに行くには、まだ時間がある為、射撃部に寄って行く。

「……」

 射撃場には、誰も居ない。

 部員が居らず事実上、廃部となっているここだが、東京五輪の選手の練習施設に指定されてしまった為、閉鎖が困難になってしまったのだ。

 当然、防犯の観点からは銃架じゅうかしかない。

 俺はベレッタに消音器を装着し、役目が無くなった人型の標的マン・ターゲットに9x19mmパラベラム弾を撃ち込む。

 消音器といえども、完全に発砲音を消せる訳ではないのだが。

 にも角にも、ここが俺の練習場の一つだ。 

「……」

 15発撃って、命中率を確かめる。

 ———

『12/15

 80%』

 ———

 現役時代は、目隠しても90%は当てれたのに、今はこのようだ。

 平和なこの国が、俺の腕をなまらせていることは言うまでも無い。

(……守る、か)

 アメリカに残してきた妻子が、頭をよぎる。

 自分の都合で安定した米軍を辞め、傭兵に転職した分、苦労をかけた。

 ロビンソンの話では俺の戦死後は、年金生活を送り、子供も大学まで行けるという。

 一先ひとまず安心だが、やはり会いたい。

 ただ、現実的には難しいだろう。

 白人から別人の黄色人種になった俺が会いに行っても不気味がられる事は間違いない。

 最悪、家に足を1歩踏み入れた瞬間に射殺されるだろう。

 俺が妻子にそのように教育したから。


『不法侵入者は、迷わず撃て』


 と。

 ベレッタをしまい、出ていこうとした時。

 パチパチパチパチパチパチ……

 振り向くと、ナタリーが拍手していた。

「……凄いな。気付かなかったよ」

 嘘だ。

 抜き足差し足忍び足で誰かが、入って来たのは、気付いていた。

 まさか、ナタリーとは、思わなかったが。

「……」

 彼女は、話す気が無いのか。

 一瞥するだけ。

 ただ、自分の意思で会いに来ただけでも嬉しい。

「危ないぞ?」

「……」

 相変わらず喋らず、ナタリーは、軍用ナイフを取り出すと、投擲。

 マン・ターゲットの丁度、股間に的中。

「おお」

 思わず俺は、拍手する。

 投げナイフは得意だが、ここまで見事なのは初めて見た。

 股間を狙ったのも、男性の象徴シンボルだからだろう。

『半信半疑だけど、貴方なら信頼出来そうね?』

 うつむいてナタリーは、スマートフォンを出す。

 どういう仕掛けか分からないが、彼女は自分の声を出すことさえ嫌がり、それに頼っているのだろう。

 無機質な機械音声が、続ける。

『ロビンソン以来よ。私に下心を向けない男は』

「……」

『貴方に押し倒された時、貴方からは、殺気しか感じなかった。男は野獣と思っていたけれど、貴方は戦士よ』

「……ありがとう」

『褒めてない』

 どうやら知らない所で、ナタリーは俺を高評価していたようだ。

 軍用ナイフを引き抜くと、

『貴方の想い人は、狙われているわ』

「誰に?」

『赤軍』

「この令和の時代に?」

『宗教と一緒で、赤も麻薬なのよ』

「……」

 ソ連崩壊しても今尚、共産主義者や社会主義にすがる国は多い。

 民主化を果たした東欧諸国やモンゴル等、一部の国々を除き、一党独裁のままだ。

「……親か」

『正解』

 俺の母親・皐月は、町医者でありながら、医師会の大幹部であり、防衛医科大学の臨時講師も務めている。

 自衛隊が嫌いな赤軍には、標的にされてもおかしくはない。

「公安は、何してる?」

『情報収集してるわよ』

「こっちから潰せるか?」

『出来なくはないけれど、余りお勧めしないわ。政府はテロが起きて欲しいから』

「選挙で勝つ為に?」

『そういうこと。9・11式よ』

 戦後、一部の期間を除いてずーっと親米保守が与党になっているのだが、最近では醜聞スキャンダル続きで再び不安定になっている。

 冷戦期、親米保守政党と政界を二分していた左派政党が事実上、解党状態にある為、現状げんじょう与党と真面に戦える政党は存在しない。

 衛星政党も力が無い。

 政治不信も根強い。

 まさに三重苦だろう。

 与党としては、選挙に勝たねば意味が無い。

『いずれ、赤軍派のテロが起きるわ』

「……分かった」

『報酬は?』

「払うよ」

 スマートフォンが、震える。

「はい?」

『たっ君。どこ~?』

「ああ、今行く」

 スマートフォンを持ったまま、ナタリーに手を振る。

「……」

 彼女は、どこか寂しそうな感じで見送るのであった。


[参考文献・出典]

*1:そして僕らは恋をする 恋愛作品の創作に役立つ知識をまとめるブログ

  『養子と実子は結婚できるの?』 2018年10月30日

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る