第2話 saṃsāra

 司は俺の事を「たっ君」と呼ぶが、本名は北大路れん

「たっ君」の「た」の字も無い。

 何故、この愛称ニックネームなのかというと、

「弟には、『たっ君』と呼びたかった」

 という何とも自分勝手な理由からだ。

 その為、大抵の場合、初対面の人は俺を「たくや」等と勘違いする。

「たくや、今日もお姉ちゃんと一緒だな」

 同級生達は、俺の本名を知りながら、偽名で呼ぶ。

「うるせー」

 司に気付かれない様に、中指を立てて蹴散らす。

 ブラザー・コンプレックスな司は、俺がな事を理由に学校でも常に一緒だ。

「もう、たっ君、人気者ね?」

「誰の所為だよ? 姉さん」

「そりゃあ、貴方の人徳でしょう?」

 犯罪者と勘違いされる事が多いこの三白眼な見た目の男子高校生を、学校一の美人が可愛がる様は、さぞ他人には、羨ましい事だろう。

 から早1年。

 俺達は無事、進級し、2年生になっていた。

 司は去年同様、太らず痩せらず。

 だが、筋力不足を指摘された俺は訓練に励み、前世の全盛期と同じくらいの体力を得ていた。

 射撃の方も本物をダークウェブで購入し、使っている。

 一男子高校生が、ダークウェブを利用出来るのか?

 と思う人は、居るだろう。

 然し、令和2(2020)年6月8日に拳銃自殺した男子高校生もその入手経路にそれが浮上している(*1)ように、出来なくはない話だ。

「今日は、試験だね?」

「嬉しそうだね?」

「だって、勉強の成果が出るんだよ?」

 鼻歌混じりに下駄箱で靴を履き替える司。

 凄いプラス思考だ。

 恐らく、日本全国の高校生の中で、この思考は、司か進学校位だろう。

「たっ君、試験嫌?」

「嫌だよ」

「その癖、好成績だよね?」

「母さんに恥をかかせたくないからね」

 流石に外科医の子供が低成績だと、母親が院長を務める病院の評判にも繋がりかねない。

 親と子は別でしょ?

 と、言う人も居るだろう。

 然し、病院は増えても、患者が増えるとは限らない。

 実家は、個人病院だ。

 一応、外科以外に内科等もあるが、近くに大学病院がある為、初診の人でもそっちに行く事が多い。

 個人病院と比べる、やはり、高くても大学病院を選びたくなるのは、当然の話だろう。

 ただでさえ、MRIなどで借金がある個人病院を維持する為、皐月は土日、大学病院に行って手術のアルバイトもしている。

 そんな超絶多忙な母親に学業迄面倒見てもらうのは、俺の選択肢に無い。

 教室に向かう途中、1年生や3年生と擦れ違う。

 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。

 まさに司に適した言葉だろう。

「「「北大路先輩、お早う御座います!」」」

「お早う」

 司が爽やかに返すと、女子生徒達は、

「「「はうわ!」」」

 奇声を発し、立ち尽くす。

 胸に♡の弓矢を撃たれた様だ。

「姉さんは、人気者だね?」

「そう?」

「うん。まるで宝塚の男役だよ」

「そう……なんだ」

 司は、項垂うなだれる。

 彼女的には、「女性」と言って欲しかったのかもしれない。

 女子生徒は無論、男子生徒からの視線がきつい。

 学園のマドンナを悲しませやがって、と。

 女子生徒は兎も角、男子生徒には、この目つきの悪さで対抗出来る。

?」

 眉をひそめ、威圧すると、

「「「ひ」」」

 男子生徒だけでなく女子生徒も逃げていった。

 これで、司の引っ付き虫は、居なくなった。

「もう、心配性だね。たっ君は」

 姉思いな愛弟に司は、笑顔になるのであった。


 試験終了後、俺は便所に行く。

 個室に入って、ブレザーの脇の下を確認する。

 愛銃は、ベレッタM92。

 ダークウェブで、買った物なので高品質か最初は疑問視であったが、何度か試射し、自分流に慣らした。

 9x19mmパラベラム弾は、無くなれば、近くの米軍基地の不良米兵から買えば良い。

「……」

 この国では非合法だと分かっていても、俺には、銃が手放せない。

 この国が祖国―――アメリカ以上に平和だったとしても、だ。

 NRA全米ライフル協会曰く、『人を殺すのは、人であって銃ではない』。

 だから、俺もまた死んでも銃を手放す事が出来ないのだ。

(さてと……)

 の携帯電話を見ると、1件、メールが来ていた。

 ———

『御久し振りです。

 先日の依頼にお応え下さり、有難う御座いました。

 親父も喜んでいます。

 これからも御付き合いの程、宜しく御願いします』

 ———

 簡素な文章だが、これは、とのやり取りだ。

「……」

 ネット銀行に接続し、入金を確認する。

 ———

『振込:5,000,000円』

 ———

 本来の相場よりかは低いが、最初はこんなものだろう。

 後は着実に実力を付けて、引き上げれば良い。

 俺はダークウェブを使って、犯罪組織と付き合っていた。

 最初はお互い疑心暗鬼であったが、俺が結果を出す度に犯罪組織は、信用し始め、今では、この様に頻繁に連絡を取る仲だ。

 常連客の中にはヤクザも居るのだが、俺の正体に気付くと、むしろ歓迎した。

 少年法適用者なので、法律も甘く見てくれるからだ。

 企業舎弟を通しての依頼なので相当な証拠が出ない限り、使用者責任としてヤクザのトップまでしょっ引かれる事もまずない。

 暴対法以降、ヤクザはを得るにも一苦労な時代だが、芸能界や政界等、金のなる木と繋がっていれば、シノギは幾らでもある。

 500万円も、はした金だろう。

(……さて、そろそろ資金も溜まって来た事だし、副業、始めるかね?)

 貯金残高は、1億円以上。

 これだけあれば散財しない限り、生活していける。

 親が外科医で小遣いも別に貰える為、人生は豊だ。

 俺が始めたい事―――それは、司を本格的に守る事であった。

 

「お早う御座います。班長」

「諸君、お早う」

 都内某所。

 埠頭の倉庫。

 そこが、俺が作ったシークレットサービスの本拠地だ。

 メンバーは、俺含めて4人。

 構成は、以下の通りだ。

・班長

・副長

・狙撃手

・分析官

 転生前の縁故を存分に使った結果、親友を通してこれだけ集まってくれた。

「元気にしていたか?」

「見ての通り」

 爽やかに笑う優男の副長。

 アイドル顔負けのルックスだが、その実はキューバでテロリスト相手に拷問を行っていたCIAだ。

 名前は、ロビンソン。

 現在は、CIA日本支局東京支部に在籍している。

 俺とは、無二の親友だ。

「然し、改めて見ると本当に信じられないな。まさか、ルーとは」

「俺も驚きだよ」

 当初、再会した時、ロビンソンは俺の事を精神障碍者と疑い、一度、措置入院させようとした。

 だが話が合う為、様々な噓発見器にかけた所、『真実』と判断したのだ。

 じーっと見る。

「おい、俺は異性愛者ストレートだぞ?」

「分かっているよ」

 それでも、未だに疑いが拭えないのかもしれない。

 東欧で死んだ戦友と、まさかこういう形で再会するとは。

「で、狙撃手を紹介するよ。ニコライ。元KGBだ」

「……」

 無表情で小さく会釈する40代のロシア人。

 顔に古傷がある辺り、アフガニスタン帰還兵アフガンツィっぽい。

「元? 今は?」

「ロシアンマフィア。都内のロシアンパブで用心棒している」

 ニコライの代わりにロビンソンが、ありがたい事に通訳してくれる。

 ロシア語は喋れなくは無いが、ネイティブレベルとは言えない。

 その為、ロビンソンが通訳ならば、非常に有難い事だ。

 ソ連崩壊後、仕事を失った軍人やKGBの多くはロシアンマフィアになったとされる。

 その為、他の国の犯罪組織より連携が取れ、殺しにも明るい。

「……」

 ニコライは俺の若さに興味を示すものの、何も言わない。

 事前に説明はした筈だが、それで納得したのか。

 それとも、他人に興味が無い性格なのかもしれない。

 俺の経験則ではロシア人は無口&無表情が多い為、こんな不愛想でも問題は無い。

 逆にロシア人の癖に多弁なのは、信用し難いが。

「で、最後は、構成員の中で最も曲者だ」

「曲者?」

「会えば分かる」

 ロビンソンに連れられ、奥の警備室へ。

 入ると室内には、沢山のモニターが設置され、ノート型パソコンやスマートフォン、ドローンなどが机上に並んでいた。

「……」

 興味本位で見ていると、殺気を感じた。

 見ると、首筋に軍用ナイフを突きつけられていた。

「(……何者?)」

 蚊の鳴く様な小さな声。

 これだけ近距離でなければ、聞こえなかっただろう。

「ナタリー、止めろ。彼は、俺達の班長にして雇用主だ」

「(私に殺されかけているのに班長?)」

 こんな小声でもロビンソンには、普通に聞こえる様だ。

 流石、CIA。

 地獄耳と言った所か。

「ルー、本気を見せてやれ」

 ロビンソンの言葉と共に、俺は、彼女の手首を掴むと

「!」

 その時間、1秒未満。

 そのまま、押し倒し、耳元に突き立てる。

「形勢逆転だな―――ん?」

 跨った相手が、予想以上に幼かった事に俺は、驚いた。

 雰囲気的に20代後半を心象していたから。

「……」

 目の前で怯える少女―――ナタリーは、眼鏡をかけ、髪の毛がぼさぼさの内向的ナード満載なドイツ人であった。

 が、外見よりも俺が眉をひそめたのは、服だ。

 何という事か。

 ナタリーは、俺が知る中学校の制服を着ていたのだ。

「……歳は?」

「……」

 ナタリーは、涙目で答えない。

「あー、ルー?」

 空気を読んだロビンソンが、俺を引っ張って一旦、警備室から出させる。

「説明していなかった俺が悪かった」

「何の話だよ?」

「……」

 ロビンソンは、制服の乱れを直すナタリーを気にしつつ、

「彼女は、ケルンの被害者だ」

「……冗談ジョークだろう?」

「残念ながら……」

 力なくロビンソンは、首を横に振った。

 ケルンとは、ドイツ4番目の都市である。

 日本では、4番目に人口が多い都市が札幌市なので、ドイツ版札幌市と解釈した方が分かり易いかもしれない。

 そのケルンでは、2015~2016年の年越しにかけて、大規模な性犯罪が起きた。

 所謂、『ケルン大晦日集団暴行事件』である。

 この事件では、アラブ人と北アフリカ人が主体となった1千人の男達が、大晦日から元日にかけて、中央駅と大聖堂前広場に集まっていた女性達を襲い、暴行した(*2)。

 被害者の届け出は、2016年1月10日時点で516件(*3)。

 犯罪者の半数強が、難民であった事が、警察の捜査により判明している(*4)。

 ロビンソンは続けた。

「彼女は、それ以来、男性恐怖症だ。俺に心を開くのにも暫くかかった。だが、ああして、何時も男を敵視している事は変わりないよ」

「……何故、分析官を?」

「彼女の曽祖父は、ゲーレンだ」

「! あのラインハルト・ゲーレン?」

 ラインハルト・ゲーレン(1902~1979)は、ナチス政権下で対蘇諜報活動の専門家スペシャリストで戦後、アメリカに厚遇され、ゲーレン機関を設立(*5)。

 1955年には、BND連邦情報局初代長官になり、東側陣営との暗闘に努めた。

 戦時中、赤軍の捕虜の拷問に関与する等、その過去が問題視されていたにも関わらず、アメリカに可愛がられるのは、それ程有能な人物であった証拠だろう。

「彼女は、見ての通り、内向的ナードだが、曽祖父の先祖返りか、情報収集に関しては、専門家スペシャリストの中の専門家スペシャリストだ。テロリストの居場所を特定したりと、年不相応の活躍を見せている」

「……あの歳で?」

「ああ。末恐ろしいガキだよ。ドイツでは米軍基地で働き保護されていたんだが、あの日、友達と遊んだのが運の尽きさ。鬼畜共に天罰が下らんかね。ドイツに死刑が無いのが悔やまれるよ」

「……」

 言葉は悪いがロビンソンは、彼女の日本での親代わりなのだろう。

 言葉の端々に優しさが感じ取れる。

「何故、日本に?」

「何でも第三帝国時代にドイツに赴任していた日本人の外交官とゲーレンの親族が恋仲になって生まれたのが、あの娘の祖母らしい。今じゃ、日本人の血は薄れてきているが、DNA鑑定だと日系人だよ」

「……」

「ドイツであんな事件に遭ったんだ。第二の故郷であるこの国の親族を頼って来たが、生憎戦犯で処刑されていて、結局俺が引き取る事になったんだ。まさかこの年でおりとはな」

「……」

 過酷な人生つ天涯孤独の様だ。

「ま、ルーと同じ系列の中学校に通っていたのは、偶然だし―――」

「図った?」

「さぁな?」

 にやりと笑んで、ロビンソンは、否定する。

 イケメンは、悪魔的笑顔でも絵になるぜ。

「でも、ルーにぴったりの部下だよ。お前には無いギークオタクだし。短所を補え合えるだろうよ」

「……」

 ナタリーを見ると彼女はこちらを一切見ず、パソコンに向かっていた。

 恐ろしい程の無表情で。


[参考文献・出典]

*1:東スポWeb 2020年6月9日

*2: AP通信  2016年1月6日

*3:ドイチェ・ヴェレ 2016年1月10日

*4:^ "Polizei identifiziert nach Kölner Übergriffen weitere Verdächtige". Die Welt. 8 January 2016.

*5:関根伸一郎『ドイツの秘密情報機関』講談社 1995年

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る